閑話 57 遥の講習会場 挿絵あり
デザイナーを目指す。それはいつから抱いた夢だっただろう?小さな頃に両親から絵を褒められたからかもしれないし、ファッションショーのキラキラした世界をニュースで見たからかもしれない。難しい道であるとは両親から聞かされている。サラリーマンでない以上、全ての責任は帰って来るし成りたいものを目指す以上、そこに逃げ道はない。そう、何かあれば息抜きを求めて逃げ込む先。
今かろうじてそれと出来るのはバイクくらいだろうか?父に乗せてもらって以来、風になる感覚は何時も私を1人の人として出迎えてくれて無心になれる。もらったモンスターバイクは公道で最大速度は出せず高速でも無理な代物だが、静かなエンジン音と思った以上に効くサスペンションで疲れを感じずに何処までも連れて行ってくれるのではないかという感覚に浸らせてくれる。
別に服飾やデザインに飽きた訳ではない。ただ、大会で見た装飾師が私の思いを裏切るように強く、本部長にまで上り詰めた事が私にこんな気持ちを抱かせるのだろう。中位へは至った。服を作るのにも何1つ手を抜くことはない。ただ、そうただ私もゲート内で戦って奥の景色を見れたのではないかという思いがそうさせるだけ。
私と彼女、酒井さんは違う。考え方も成りたいものも出来る事も性格も外見も何一つ同じものはない。ただ、装飾師と言う職が同じだけ。そう、この一点が同じなだけで道は全く違うものになる。ゲート開通当初に弟やその友達達と入って以来、私の人生は偶然と驚きと幸運に彩られている。そう、幸運。いつか取り返されそうな運の前借り状態は未だに続いていて、下手したら確変からのボーナスステージなのかもしれない。
それを終わらせない為にも努力はするし、自分に出来る事は何でもする。努力は裏切らないと言うけれど、それが実るとも限らない。私の場合その努力の後に残されるものは経験と実績だけで機能美を突き詰めたデザインとはとことんシンプルで言い換えれば誰しもがそのデザインを行えるものなのだから。
「先生確認お願いしますっと、なにか考え事ですか?」
「いや・・・、うん。考え事と言えば考え事かな。同じ職でも戦う人もいれば私みたいに服をつくる人もいる。考え方ひとつなんだろうけど新しいインスピレーションを得る為にはゲート入った方がいいのかなぁってね。」
米国での戦いは映像を見る限りハードで、あの時持てる技術やイメージを注ぎ込んで作ったお父さんの服は全損してしまった。それは未知と戦う以上仕方ないとは言え、歯がゆさがないわけではない。まぁ、全損して謝ってきた本人は大会も終わり自堕落に過ごしている。今朝もベッドの上で布団に包まり、大福の様な姿でスマホをイジっていた。飲み物を取るのも億劫そうで魔法で浮かせて飲む辺り今は何もしたくない時期なのだろう。
まぁ、元々礼儀正しい親ではあったけど、物臭な時はとことん物臭になるので今更感はある。最近は望田さんが連れ出そうとして布団の取り合いになっているのは何とも言えないが・・・。確かに母さんとも家ではそんな押し問答してたな・・・。それでも動き出すと切り替わるのかいそいそと着替えて研修会を覗きに行ったり、政府の人と話したり薬の材料を確保したりと仕事している。
「ファーストさんと一緒にホテル住まいでしたよね?憧れるなぁ〜。」
「そう?普通の人だよクロエは。」
「またまた、ドレス着てメイドさんとかに紅茶淹れてもらいながら本とか読む優雅な生活なんじゃないですか?『お嬢様、こちらの茶葉は高級アールグレイです』とか。」
「夢見過ぎ・・・、あるのは朝から椅子に座ってコーヒー飲みながらタバコ吸ってニュースとか新聞読んでるくらい。礼儀にはうるさいけど、基本ものぐさだからなぁ・・・。今は燃え尽き症候群なのか飲み物も手を使わずに魔法で飲んでるしね。」
新聞を両手で持ってタバコやコーヒーカップが魔法で口元に運ばれる姿は面倒臭がり以外の何ものでもない。見る人が見れば高等技能で舌を巻くような魔法の精度なのだろうが、見慣れてしまえばねぇ・・・。元々美少女である以前に父親なので、ゴロゴロしている父さん以外の感情もないし。ただ、腹立たしいのは外見のせいで母さんじゃないけど甘やかしそうにってしまう・・・。
「米国でも大変そうでしたからね、それでインスピレーションってなにか新しい服とか技術を試すんですか?」
「米国に行く前に渡した服は全損したから何かもっと防御力とかを上げられたらとは思うんだけどね。それと、服の確認は終わりました。糸のせいか最後の端末部分がほつれやすそうだから、なにか別の糸と修復させて繋いだ方がいい。このままでも簡単には解けないけど、スィーパー達の命に関わるからね。一着見本を作ってみよう。」
色々と実験してもらって強度は証明されている。モンスターのビームは貫通しないし、防塵耐性も打撃耐性も高い。通気性に優れて蒸れないし汗臭くもならない。文字通り魔法の繊維だけど解れると消えていく。そして、これをどう加工するかが私の腕の見せどころ。必要なのは自由な発想。デザインはイメージした時点で形作りだされ武器を使えばそれが布に伝わり服になっていく。そして出来たものは何時もと同じ様に何一つイメージが崩れるところもなく、糸そのものが完全に一本に繋がって服となっている。
職で服を作るときの最大の注意点は解れだ。どうしてかと考えていたけど、答えはものすごく簡単で服として成立できないから。そう、多少の破けはまだいい。修復出来るから。ただ、それが服として機能しなくなったときが私達の作成した服の終わり。解れも処理すれば大丈夫だけど、ほっとくとなくなってしまう。一度実験で故意に解れを作ったものはほつれの広がり方によるけど1日保たなかった。だから、最後の糸処理だけは入念にやる。
「糸処理は修復機能を使って同一化させれば大丈夫。それまでは固定しておくのを忘れない事。ただ、作成された糸の精度で修復力も変わるから、修復力が弱いと思うなら長めに処理部分を取るといい。」
「糸の作り手さんのイメージ次第ですね・・・、良い糸と悪い糸って見分け付きます?」
「私は手触りかな?一概には言えないけどシルクみたいにスベスベの糸は当たり。逆に毛糸みたいに毛羽立ってるのはムラがあるように思う。糸を出せる人は増えたけど最終的にはその人が何を思って糸を作ったのか?そこに全ては依るからね。逆に毛羽立ってる糸は布にして防具とか作る会社に渡した方がいいかな。インナーじゃなくで緩衝材を作るイメージなら毛羽立ちが衝撃吸収してくれるイメージになるし。あるいは、良い糸の布と毛羽立った布を層にして行くと暖かくて丈夫なものになりやすい。後は色の相性とか?」
「色・・・、魔術師さん達毎に微妙に色も違うし同じ人でもなんか違うんですよね・・・。色変えられるのは今の所ファーストさんのものだけでしたっけ?」
「そうだけど、色は魔術師さん達にお願いすれば途中変更は出来なくても作り始めなら大丈夫かな?例えばこの赤い糸と黒い糸は宮藤さんが作ったものだし。」
指輪から取り出した2個の糸玉は方や静かな赤色で、どこか落ち着いた印象を持つ。触ると少し暖かく冬ならヒートテックの代わりになるし、ハンカチサイズでもホッカイロの代わりになる。そして、もう1つの黒い糸玉は温かさは同じだけどどこか炭の様に見える。どちらも手触りはシルクの様で指で触っても引っかかるところはなく均一だし、加工するにしてもどう加工すればより効果的か分かりやすい。
そして、同じ属性なら多少質の悪い糸と合わせても同一化していって劣化するのではなく、質の良い糸の方に性質が合わさっていく。見ているとなんだか憧れに近付こうと背伸びする子供と、それを補助して引き上げる大人の様に見えてくる。普通・・・、この魔法の糸が出来るまでは古い糸と新しい糸を混ぜて使おう何て思わなかった。
それをすれば日焼けでの色ムラや古い分劣化しているので、弱い部分が早くに破けるなどして使い物にならなくなる。ただ、この糸は全く逆で使えば使うほど強度は増すし使用者に順応していく。まぁ、だからこそ下手なものは作れないというプレッシャーもあるわけで・・・。
「やっぱり中位本部長達が作る糸は違いますね。早くに作れるようになった人達の糸も良い手触りですけど、格が違うとなんだか更に良いもののような気がしてきます。」
「まぁ、最初の頃は糸出すだけでも大騒ぎで今でも高等技能感はあるけどね。ただ、割とお願いするともらえる立場だから感覚が馬鹿になってる感はあるかも・・・。まさか、あそこまで物販会場で売れるとは思わなかったし・・・。」
「嫌な事件でしたね・・・。ポロリと言ったばっかりに・・・。先生、うっかりは辞めて下さい。」
「その分現場でリサイズや修繕して腕は上がったでしょう?私だって初期在庫一掃セールだからそこまで人来ないと思って糸の出どころ話したんだし。」
物販会場は戦争だった・・・。現状のスィーパーの装備を見ると一番多いのは、モンスターの素材を鍛冶師なんかに持ち込んで防具作成依頼をする事。未だに高いダンゴムシはそろそろ絶滅するのではないかと言われている。それ以外でも上手にモンスターを倒せばはぎ取れるものもあるので、それで何かを作ってもらうというのが主流。
武器はモンスター手持ちの剣とか槍とかも奪えるそうだけど自身が使い慣れたものを使う傾向が強いスィーパーは本当に戦利品程度にしか思っていない。ただ、高槻先生の所にいる斎藤さん曰くこれと武器をかけ合わせればなにか作れるかもしれないとは言っていた。試しに何個かモンスターの手持ち武器も買ってみたけど、いいものなのか悪いものなのかは分からない。
そんな防具主流の中で薄いインナーの価値は低いと思っていたけど、どうやらその考えは間違いで本部長達がインナーだけで進む姿を考えると、ごちゃごちゃと防具付けるよりは普段着の下にインナー着込んだ方がモンスターは討伐しやすいらしい。実際、お父さんも白いブラウスに黒いタイトスカートでゲートに入っていたので多分本当。父よ・・・、こんな教師風らしいけどそこは普通にパンツスーツで良かったんじゃない?あの下着渡した私が言える事じゃないけど。そう言えば下着も後数枚欲しいって言ってたな・・・。同じデザインでいいって言ってたけど・・・。
「確かに今まで誰かと言うか、スィーパーの人が着た状態でリサイズするのって少なかったからですね。急遽女性用の着替えスペース作ったりして大変でした。」
「大変って言っても政府の人に頼んで用意してもらったんだけどね。ただ、男の人も女の人も筋肉はそれなりに太くなってたね。」
一緒に生活していて見る望田さんはそこまで筋肉はない。別に腹筋が割れている訳でもないし、太ももがパンパンになって筋が浮かぶようなこともなく、精々趣味で山歩きしているのかな?くらい。お父さんは筋肉のきの字もなく。どこを触ろうとぷにぷにでおおよそモンスターとの戦いを生業とする様な人とは思えない。普通にファッションモデルでいいんじゃないかな?父に向かって綺麗というのはなにか違うような気もするけど、実際綺麗なのだから仕方ない。
ただ、ここで1つ言わせてもらうとするなら講習会メンバーの人達はまた毛色が違ってくる。元々が警察官や自衛官と言う人達なので結構カチカチの身体で大浴場に一緒に入った時に見た清水さんは腹筋が薄っすらと割れていたし、男性メンバーは講習会が進むにつれてどんどんアスリート体型へと変わっていっていたなぁ。わずか数日で平気でウエストが5cm縮む講習会ってなに?ダイエットにはそこまで興味ないけど、知っておいて損はないと思う。
まぁ、それを施した父は風呂ではされるがままの無心になっていた。父との入浴は勇気がいったけど、親戚設定で来てしまったのでここで変に遠慮するのもおかしいし、何より私は変わった後の父の身体を計測目的で隅々まで見ている。そうなってくると元々父と娘だけどその父が既に男性ではないと嫌でも分かってしまう。だってアレもないしね。そうなると、後は同性としか見えないのだから不思議なもので割と一緒に入るのに忌避感はなかった。
ただ、惜しかったのは父のポヨポヨのお腹がなくなったことかな・・・。小さい頃はそこまでポヨポヨじゃなかったけど、年を取るにつれて出たお腹は枕によくて昼寝している父の腹枕を利用したこともある。今もぷにぷになので出来ない事はないけど重さで潰れないかの方が心配だ・・・。
「筋肉が大事なわけじゃないですけど安心感はありますね!私もあの丸太のような腕とぶ厚い胸板に包まりたぁ〜い。」
「筋肉フェチだったか・・・。なら、この講習会が終わったらギルド配置だね。私はなんか生産者会議とかに呼ばれたりして忙しくなりそうだし。」
「今最高の生産者が集まるって噂のあれですね!先生が参加したら生徒としても鼻高々ですよ!」
「私はその期待は背負っていこうかな。新しく藤さんも会議参加者に抜擢されたし、意見交換でなにか新しい事がわかるといいな。」
「イケメンになったあの人ともお近づき、お供がいるならぜひ私を!では、見本見ながら腕磨いてきます!」




