215話 彼女の帰国 挿絵あり
「それでは皆さん撮りますよ〜。」
エマの帰国も明日となりついでに講習会も正式に終了となった。まぁ、庁舎建設に時間がかかるので解散後も仮拠点として東京には残るのだが、こうして一堂に会すという機会は実質ない。仮にあるとすれば同窓会とか?まぁ、電話でもなんでも話はできるし、任地に行ってもゲート内なら会える。
前に千代田がゲート内に本部長用の会議室を作らないかと話していたが、それも承認されているのでどういう形として完成させるかは別として駐屯地の近くにでも出来るだろう。まぁ、ラボの空き部屋を使いまわしても良かったのだが、作ってるものがモノだけに流石にそれはやめてくれと苦言を呈された。
「この写真って何処かに掲載とかされるんですかね?
「いや、その予定はないけどカオリは掲載したいの?」
「私というより千代田さん通してしたい勢が多数いるとは聞いてますよ?外務省とかは日米友好アピールに使いたいとか。」
「露の方面は殺気立ってましたけどね。外務省のお仕事で行ってきましたけど何をするにしても監視と護衛がいっぱい・・・。何回か行ったけど赤の広場とかモスクワの聖堂とか見て回りたかった・・・。」
「加納さんもお疲れさまです。帰国早々に写真撮影に呼んですいません。疲れてませんか?」
「コイツがあれば大丈夫です。ハミ子になって上の丸い枠に私の写真が入るとか泣けてきますよ・・・。ここまで来たならイベントはこなさないと損です。」
エナドリを一気飲みしながら話しているが、彼女の帰国は昨日。疲れが抜けているかと言われれば微妙だが、逆に疲れているならさっさと薬飲めともいいたくなる。まぁ、薬に頼らずに寝るのもリフレッシュには十分役立つのでいいのだろうが・・・。今回の写真撮影にかこつけて卓と雄二に卒業式やる?と打診してみたが、2人共勉強の方が忙しいとパス。まぁ、政府が修了証書なるものをわざわざ作ったのでそれの配布にとどめた。
2人の言う勉強とは千代田による勉強合宿・・・。法律関係に精通した職員も配置する予定なのだが、何分若い2人。変に舐められて法律のごまかしがあっても困ると2人の相談サポート役にもなる千代田がみっちりと叩き込んでいる。因みに、この勉強は未成年本部長にも適応されるので海道や酒井も泣きながら勉強してるとか。他の人が勉強しなくていいわけでもないのだが、大人組はある程度任意となっている。まぁ、それでも宮藤が全員連れてくるので余程の用事がないと参加させられるのだとか。
因みに藤は職員と言う事を盾にラボに逃げているし、御堂はたまにスープの仕込みで抜けるのだとか。逆に頭を抱えながら座るのは浦橋。介護系の専門学校は中退してしまったので時間はあるそうだが、真面目に話を聞くのと頭に入るかは別。泰山も同様で右から左へ話が抜けるタイプ。まぁ、やる気はあるようなので後はどれくらい頭に入るかかなぁ・・・。因みに恐ろしいのは無理やら出来ないやら言うと宮藤が否定はダメですとみっちりと教えてくれる。それこそマンツーマンで分かるまで・・・。講習会の時も法律関係をよく勉強したり教えてもらっていたので手抜きはないだろう。
「サクラがないのが惜しいナ。着物、サクラ吹雪、その下に佇む私とクロエ・・・。絵になると思わないカ?」
「ディープフェイクでも作ります?背景変えるだけならいくらでも作れそうですが。」
「いヤ、向こうでの教導を手早く終わらせて花見に顔を出すとしよウ。話を聞く限りだとやる気のある兵士達が雁首揃えて私を待っているらしイ。それ以外でも民間人・・・、セスだったカ?そいつから建築方式を習い基地を立てると息巻いているらしイ。まァ、山口の作るラボには太刀打ちできないだろうがナ。」
渡米した山口は大統領演説のせいで顔バレして謎の美女として注目の的となった。しかし、山口自体はそれを気にすることなくさっさと1人でゲートに入りラボを建ててしまったのだとか。いや、1人は無理だろう?そう思いたかったが、指輪を使うと出来てしまう。ラボを丸ごと入れていくのは設置後に不具合が出たら面倒なのでなしだが、各スペースを箱型に区切って複数個に分けて持っていったらしい。感覚としては積み木の家を作る気分だがコレにもちゃんと理由があり劣化や破損時のメンテナンスを容易にする為。壊れて毎回建て替えるのは面倒なのでパーツ毎に区切って番号を振り壊れたら交換して即稼働とする為である。
高槻に聞いた話では既に稼働実験も終わり生産も軌道に乗っているのだとか。向こうの研究者や思惑がどうなっているかは分からないが、少なくとも政府の息のかかった重要施設なので簡単には壊されないだろうし、ある場所を知っているのも極少数の人間。そして、仮にここを潰そうと動くものがあるなら、それはモンスターではなく人間だ。回復薬欲しさにここを襲撃しようものならマフィアだろうが個人だろうが米国が文字通り潰しにかかる。まぁ、欲しいもの筆頭でスィーパーの生命線だしな。
「残る問題は生産性の向上ですね。落ち着いてきたら施設の増設とか生産ラインの増設とかの話もあるでしょう。そう言えば、加納さんホングヌスという言葉に聞き覚えはありませんか?」
「さぁ?私は聞かないですね。」
一瞬眉が動いたが知らないらしい。まぁ、顔の変化は気に留める程度でいいだろう。日々バタバタしていて千代田に会えていないのでやはりどこかで時間を作る必要性があるかな?実害がない以上そこまで探る必要があるかと問われればないとも言えるのだが・・・。
「それより2人の写真撮りましょうよ。後がつっかえてますから。」
「わざわざ全員とツーショット写真撮る必要性ある?エマは帰国するけど他の人達は日本にいるしなんだかんだで会えるでしょうに。」
「そこはほら、記念兼仲良しアピール的な?この後講習会を開くつもりがないなら実質最初で最後の教え子ですよ!優遇してもバチは当たらないでしょう。」
「教え子というか助言役何だけどなぁ・・・。まぁ、軽い訓練ばっかりだったし余裕のよっちゃんだったでしょう?」
「クロエさん、見つけたモンスターは全討伐で10日以上事前報告なしの階層に放り込んだうえで、食べるものが最後は馬肉とかだったのは軽いんですかね?」
望田と話していると兵藤が来て話すが、思い返すとつらいのかな?取り敢えず、食料と水はどうにかなる。兵站と言うモノを考えると無限に水の出る水源と買い込んだ食料をノーリスクで運べる指輪。体力にしても中で箱を見つけて回復薬を飲めば傷も体力も回復するし眠気も吹っ飛ぶ。問題はずっと仕事しているという精神的なものだが、それを考えるより先にモンスターを倒さなければ自分達が殺される。ふむ・・・、へ、平常運転だしぃ?証拠に全員生き残ってるしぃ?まぁ、生死についてはかなり気を付けたしな。
「軽い軽い。上空からの襲撃はほぼ1人で受け持ってたし、何より不測の事態が起こっても呼ばれたら駆けつけるんですよ?死角を一個潰してもらってたと考えたら楽でしょう兵藤さん?」
「楽・・・、楽?まぁ、モンスターに対する心構えは嫌と言うほど叩き込まれましたけどね。」
「実際私も探り探りでやっていたので、何が正解で何が失敗なのかは分かりません。ただ、必要な結果とその後にもらえる私へのご褒美は確実にもらえるでしょう。」
「帰郷ですか。俺達が東京を離れるのはもう少し先ですが、クロエさんがいなくなると寂しくなりますね・・・。」
「何馬鹿な事言ってるんですか?ギルド稼働試験として実地研修にはローテで何人か来てもらいますよ?そもそも、私の所が1号なのでどんなに問題点を潰そうとも問題しか出ないと思っています。」
インフォメーションを通して必要な場所へ誘導する仕組みだが、そもそも来る人間が多岐に渡る。ゲートに挑むスィーパーを始めとして、研究やら買い取りやらで許可を貰いに来る企業の人に、犯罪者が出ればスィーパーを貸してくれと来る警察官、怪我したら内外問わずに治癒師を求めて来る人達に、職員の子供達やスィーパーの子供達。建屋は大きいが人の出入りは相当なものだと思う。依頼そのものはネット管理が出来るが失敗判定をどうするかという問題もある。それとライセンス取るのもギルドなので仕事量はうなぎ登り・・・。
当初は全部自己責任で管理しないのがいいのではと思ったが、それをしたら混乱しかでないしギルドの存在意義がなくなる。ならばどうするか?企業側には階層指定を義務付ける事としたし、スィーパー側にも指定階層以降に足を踏み入れているなら依頼が受けれるようにするのがベターなのではないかと結論が出た。例外は上昇アイテムを持っているか否か。依頼失敗は期限内に帰ってこなければ自動失敗。仮にその後帰ってきたなら個人で連絡を取り合って交渉してもらおう。
ゲート最大の問題はどうやって外に出るのか?これが全てで退出ゲートからしかでられない。例外の脱出アイテムはネットを探し回ろうと箱を開けてまわろうと発見できず、この世に2個しかない。それを独占しているとすればかなりのアドバンテージなのだろうが、公表する気もなければ誰かに売る気もない。それこそ、国外に出した瞬間に「失くしました。」と言われるのが落ちだ。
使ってる所を押さえればいいって?いつ使うのか、誰が持っているのか?そもそも失くした時の状況は?モンスターに殺されて入っていた指輪もありませんと言われたらその時点で詰んでいる。なので信用できる人間にしか貸す気もなければ最低1つは手元においておきたい。まぁ、そういいつつ研修生用に宮藤に2個とも預けているのだが・・・。
そんな撮影会も終わり、大衆焼肉店だが大統領もお忍びできたせいで変に格式の上がった店で焼き肉を食べまくって酒を飲んで打ち上げを行いエマの送別会とした。どこかもっといい店もあると話したが、自国の大統領も食べに来た店ならここでいいだろう?と言われたら言い返せない。どんどんこの焼肉屋が高級店に舵切りしそうなフラグがたっているが、俺ももうじき東京を離れる予定だし後は経営者の努力次第だろう。そして最後に部屋でゆっくり飲み直しながら色々と有った事を話す。
「実際日本に来てどうでした?」
「そうだナ、1つ言うなら私は日本に来る前にクロエ=ファーストという人物を殴り倒そうと思っていタ。」
「お父さんなんか恨み買った?」
「いや、早々海外の人に恨みを買うような事は・・・。」
「そうですよねぇ、ツカサの場合英語話せないからわざわざチャットとかやらないですからね。知り合いとかもいないでしょう?」
「流石に恨み買って殴りに来る人は友人じゃないな。」
「勝手な思い込みダ。本国でも色々聞かされたシ、ウィルソンからは日本語教育としてアニメとマンガをほぼ寝ずにぶっ続けで見せられタ。」
エマが変にアニメの知識を持っているのはこのせいか。確かに耳で覚えれば日本語もヒアリングしやすいが、興味のない人間にとっては地獄だろう。日本語大丈夫かなと思っていたがそんな教育を受けていたとは・・・。まぁ、話は合ったし人間関係の構築という点では間違いはなかったのだろうが・・・。それにしてもアニメ以外なかったのかな?まぁ、他を出せと言われても他がないので何も言えないが。
「しかし、何を聞かされたんですか?恨むようなことってありました?あの頃は米国に何もしてなかったと思いますけど?」
「ゲートをいじれると言う話でいきり立ってただけだナ。それが出来るならお山の大将でいろト。実際会ってからゲートをいじる素振りもなければ、教育についても何もおかしな事はないので毒気を抜かれたヨ。」
「教育・・・、兵藤さん達が中位に至った頃だったね来たの。聞くだけならハードそうだったけど?」
「遥の言う通りハードだっタ。たダ、それでも成果が出るならそれは正しい訓練なのだろウ。事実、米国ではなんの成果も出なかったしナ。」
「まぁ、それでも私と一緒に至って中位ですからね!」
「うム、私は帰るが後は頼んだぞカオリに遥。」
そう言いながらエマが望田と固い握手を交わし遥の顔を見る。しかし、頼むぞって何を頼むのだろう?なにか重大な事とか懸念事項とかってあったっけ?スタンピードも当面の間はなさそうだし、不穏な事が起こりそうな予兆はない。強いて言うならホングヌスと言う単語だが、対策も立てようがないんだよなぁ・・・。
そんな夜を過ごしエマは全員のお見送りの元米国へ帰って行った。帰る際に抱きしめられて別れを惜しんで涙を浮かべていたが、今生の別れでもないし会いたければ行ってもいいし来てもいい。何ならゲート内を旅して落ち合えばいい。そんな事を思いながら飛び立つ飛行機と手元に残されたツーショットの記念写真を見ながら考える。渡したプレゼントは喜んでくれるだろうか?
出会いがあれば別れはある。長い時を過ごす間にどれほどの人に出会えて気の良い別れか、恨むべく決別を辿るかは分からない。ただ、今回の出会いはいいものだったと思う。割と出不精でそこまで人と深く関わろうと思わない性分だが、こんな出会いがあるならもう少し色々な人と話してもいいかもなぁ・・・。
「クロエー、帰りますよ?」
「分かった、ホテルへ帰ろうか。」




