閑話 外円の戦士 3
5千字掲示板方式で書く→気に入らず没
新しく閑話を書く→本編並→なんでそうなった?
その出会いは突然だった。今にして思えば恥ずかしいが、自分に酔っていたのだと思う。黒歴史・・・その言葉は聞いた事があるが、まさか自分にそれが生まれるとは思いもよらなかった。
小さい頃から剣道を習い、インターハイ個人の部で優勝まで飾った俺は、ゲートの開通と共に中に入り当然の如く剣士となりモンスターを切り伏せていた。俺は無敵だ、そんじょそこらの奴とは違う。
槍を持った奴も、ビームを撃つやつも配信で見た限りでは敵ではない。剣は俺の一部であり、また俺も剣である。疾風、風のように早く、音を置き去りにして振るう剣閃は雑魚などモノともしない。上がった身体能力に剣の冴え、配信で見たファーストは魔法を使っていたが、そんなモノより速く近付き斬る。正に無敵、今もまたビームを躱し1体斬り倒した。
だからだろう、俺は何処か魔術師と言う者に偏見を持っていた。そいつと出会ったのは偶然で、秋葉原ゲート近くで飯を食った後にぶらついていた時。街は騒がしいが、何時もとは様変わりし警官や自衛官がウロウロしている。本当なら秋葉原ゲートにも入って腕試しをしたいが、ファーストが封鎖を宣言して以降立ち入りが禁止されている。
俺ならやれる。俺なら中に入っても、楽勝で攻略して帰ってこれる何なら5ゲート以降にも今から入っても楽勝だろう。なにせ俺は無敵。動画で見たがあの程度ならどうとでもなる、なにせモンスターは遅い、俺より遥かに遅い。
遅いなら斬れる。新しく遠距離攻撃も出来る様になった、正に無敵。圧倒的全能感は俺を一振りの剣として無敵へと押し上げてくれる。だからだろう、そんな優越感に水を差す声が癇に障ったのは。
「やっぱり剣はいい、俺は無敵だ。近付き斬るそれができれば何でも出来る。」
「そんなわけないよ、頭冷やしたら?」
呟いた声が聞こえたのか、すれ違った野郎は俺を否定した。俺の強さを知らず、俺の速さを知らず、剣は一本で既に5ゲートまでを何度も往復し、他の奴とも潜って誰よりも強く後衛などいらぬ、前衛として最高の俺を否定した!
「てめぇ!職はなんだ!前衛をバカにするのか!?」
「ファーストは魔法職だ、なら魔法職の方が上だろう?僕は魔術師だ。君のような脳筋とは違う。」
スカした野郎だ、大学ではそれなりに成績はいい。高々魔法職如きが、無敵の俺を否定した。その事実が腹立たしい、ファーストが魔法職だからと、魔法が優位だという考えがムカつく。しかし、所詮は魔法職。武器を見れば怯え、考えを改めるだろう。前衛たる剣が上で、後衛の魔法職など無能だと。
「魔法職?俺より早く動けるか?」
「動く前に灰になるか?」
スカした野郎は俺が剣を抜くと、合わせるように火の玉を周囲に浮かべ出した。はっ、お化け屋敷じゃあるまいし、火の玉で怖がるのはガキがやる事だ。そんな物なら俺の風で消せる、剣圧で斬れる。やはり俺は無敵なのだ。負ける気はしない。俺も抜いた、相手も抜いた。なら、指や手首は我慢してもらおう、幸い薬も何本かある。切り飛ばしても繋げてやろう。
「2人ともそれまで、これ以上は死ぬよ?」
美しい声が聞こえた・・・。騒がしかった周囲を置き去りにしたかのようなその声は、とても美しくスルリと頭に響く。死ぬ?誰が?俺が?相手が?冗談じゃない!
「外野は黙れ!俺の剣は無敵だ!魔法なんかに、負けない!」
「君の方こそ、死にたくないなら来ない方がいい。僕の炎は一度着いたら消えない。」
スカした野郎も声に反応したが、お互い目は離さない。俺はスカした野郎を斬る。俺を否定し、剣を否定し、前に出る前衛を否定した魔術師を叩き潰す!
「職に優劣はない。君達の職は君達が自身で選んで、何者かに成ろうとしているのだから。・・・他人は関係ない。今言った事、君達は強固にイメージできるかい?」
美しい声で紡がれた言葉は、拒否したいがそれも叶わずスルリと頭に入り考えたくないモノを考えさせる。剣道を始めて、インターハイも優勝した、しかし、負けなかった訳では無い。試合をする、負けた。試合をする、判定で負けた。試合をする、勝てずに2位だった、試合を、試合を、シアイヲ・・・。
「え?」
「な!」
一瞬、そう一瞬だ。声に囚われた一瞬でスカした野郎の火は消えた。無敵の俺が、負ける?違う、魔術師なんかに負ける訳はない。割り込んできたチビも魔術師だ。なら、俺は負けない!近付けば斬れる、速く鋭く!脇構えからの突進による切り上げによる一撃、この剣はとまらな・・・、い?
踏み込んで斬り上げた、そのはずだ。だが、煙に覆われた目では距離も分からない。手応えが無いなら、当たっていないはずだが、この煙が邪魔だ!なら、見せてやる俺の一撃を魔術なんてものともしない、俺の一撃を!
「クソ!秘剣・風神の太刀!」
「風は吹くものだ、残念ながらソレは空に上って凪いで行く。」
返す刀で振り下ろした剣で風を生み、眼の前にいるはずのチビを斬る。当たればただでは済まないだろう、きっと痛いだろう。しかし、放ってしまった。俺は・・・俺は?生み出した風は煙に巻かれ空へと打ち上がり消えていく・・・。
紡がれた言葉は道理だ。呆然と消えた技を眺めるしかない・・・。風は吹くがずっとは吹かないし、何れは凪ぐ。なら、俺は何を無敵だと考えていたのだろう?無敗ではない。何なら、試合をして勝ちが多かったかも知れないが、それでも負けはあった・・・俺は無敵ではない・・・。
「ファースト?」
その声で我に返る。先程誰とも知らぬチビだと思っていた相手は、配信で見た彼女だった。紅い瞳に色が抜け落ちたかのような白い髪に肌。配信で見た衣装ではないが、それでも色のある世界に彼女だけが、モノクロ写真の様に佇んでいる。
横を見ればスカした野郎も驚いたのか、彼女から目が離せずに立ち竦んでいる。言われた言葉が頭の中ではリフレインする、他人は関係ないと、強固にイメージ出来るのかと。・・・無理だ。負けを思い出した、悔しさを思い出した。
そして、剣道を始めた頃の楽しさを・・・。剣道は相手との勝負だ。しかし、礼に始まり礼に終わる。それは相手に敬意を示し、互いを認め、自身の道を切り開く道。確かに相手は要るが俺の道に関係はない。
「聞いてほしい、君達は力を得た。その力は自分の力で、誰かと比べるものじゃない。人と同じで得手不得手は有るが、優劣はない。自分だけのイメージを持って考えてほしい、自分が何をすべきかを。・・・そこの2人。筋はいいんだ、頑張って!」
そう言葉を残して、彼女は文字通り飛んで行った。駆け付けた自衛官に口添えしてくれたようで、搾られるだけで俺達は済んだ。本来なら刑務所送りも、覚悟しなければならないだろう、街中で武器を抜いて争ったのだから。スカした野郎と2人、解放されて顔を見合わせる。
「君、名前は?」
「俺は木崎 雄二。お前は?」
「僕は神崎 卓。なぁ前衛、僕達は筋が良いらしいぞ?」
「おう、聞いた。ファーストのお墨付きだ。・・・組むか。俺はファーストの帽子は飛ばせた。」
互いに素で名乗り、不意にそんな言葉が口から出た。彼女は強かった。いや、多分、彼女は勝負したとも思ってない。ただ、大人が子供を叱る様に優しく窘めた程度だろう。配信では風変わりな言い回しだったが、出会った彼女は思った以上に大人だったらしい。
「僕は散々だ、手も足も出なかった。でも、2人ならなんとかなるかもしれない。」
卓は悔しそうにしているが、彼女の言葉を思い出したのか足立ゲートの方を見ている。成る程成る程、気合はあるか。なら、行くしかないだろう。新しい相棒も出来た、言葉をくれた彼女は恐ろしく強かった。なら、目標としては十分過ぎる。
「時間あるなら行くか、とりあえず5ゲートマラソン。へばるなよ?」
「君こそ、前衛は体力勝負。僕には抜かされるなよ?」
それから足立ゲートで夜中までマラソンし連絡先を交換して別れ、コッソリ家に帰ったら親にこっ酷く怒られた。これは仕方ない。俺も日付が変わる前に帰るつもりだったが、卓とのマラソンが思った以上に楽しく、ついつい遅くなってしまった。
また明日も回ろう、そう約束したが寝て起きたらそれどころではなくなっていた。学校に行く為に眠い目を擦って起きてテレビを付けたら、秋葉原ゲート付近からの避難勧告と有志を募る放送。噂やネットでは、ファーストがヤバいと言っていたからかなり危ないのではとの憶測が飛び交っている。
「母さんちょっと出てくる。」
「あんた!有志に行くんじゃないでしょうね?危ないからやめなさい!あんたは大学生なんだから勉強してなさい、こんなんだったらゲートに入るの許可しなかったら良かったわ!」
母さんがガミガミ怒る。心配してくれてありがとう。でも、行かない訳にもいかない。だって、俺は剣を振る事の意味を思い出したから。
「・・・うん、ごめん。ありがとう心配してくれて。でもさ、あそこからモンスターが溢れると多分、母さん達も危ないんだ・・・。だからごめん、行くよ。」
「ダメ、絶対にダメ!死んじゃうかもしれないのよ!?」
「うん、分かってる。でも、行きたいんだ。行ってあそこで戦う人達の役に立ちたいんだ!だからごめん!」
職に就いていない母さんでは、俺を止められない。脇をすり抜けて玄関から出る。母さんの叫ぶ声が聞こえるが、俺は俺の道を多分見つけたんだと思う。
「よぉ、相棒。行くか?」
スマホで卓に連絡を入れる。来ないなら仕方ない。命が懸かっている場所だ。避難勧告に従って、逃げていてもおかしくない。情報だって避難しろとしか出ていないのだし。
「ああ、さっき家を抜け出した。どこで落ち合う?」
「そうだな、ゲート北側でどうだ?」
「いいよ、行こうか。」
互いに親を振り切った親不孝者、落ち合ったゲート北側は有志や警官、自衛官で物々しい雰囲気を醸し出していた。有志の受付所に行き名簿に名前住所を書く。補給所に集められた有志の数は50名近い数だった。
配信で見た橘さんから概要を説明されたが、俺達の仕事は主に打ち漏らしの討伐と負傷した人の救護で、4km圏内がモンスター出現ポイントであり、生存率が変わると言われた。つまり、今俺達がいる場所はまだ安全という事だ。
「お前達、若いのになんでまたここに来た?」
「え?」
声をかけられ振り向くと、草臥れたおじさんがタバコをふかしながら立っていた。ボサボサ頭で余り身なりがいいとは言えないが、不潔な印象は受けない。
「いや、若いし未来あるし、二人ともまだまだ夢いっぱいな年頃だろ?」
「まぁ、やること見つけたんで。」
卓はおじさんに、はにかみながら答えた。うん、そうだよな。親も振り切った、俺はこの道を歩みたいと思った。だからここにいる。
「俺もっす。ここでやる事があるんで。」
そう返すと、おじさんは眩しい物を見るように、目を細めながら俺達を見ると、タバコを差し出してきた。
「何かは知らんが、若いのはいい。無鉄砲で、夢があって・・・怖いもの知らずで。記念に吸うか?死んだら吸えんぞ?」
卓を見ると横に首を振った。俺は・・・俺は。
「1本いただきます。えっと、咥えて吸えばいいんですか?」
初めて吸ったタバコは煙たく、喉に当たれば咳き込んでクソ不味い物だった、ファーストやおじさんは何が良くて吸ってるのか分からない。そんな俺を見たおじさんはゲラゲラ笑いながら。
「兄ちゃん、タバコってのは魔除けになるらしい。験担ぎだ、験担ぎ。終わって生きてたらまたやるよ、じぁな。」
そう言葉を残して人混みに消えていった。残されたタバコはまだある、おっかなびっくり吸っていると、卓が横からヒョイと取り上げて一口吸って唾を吐いた。
「ゲロマズだな、何で大人はこんなもん吸うんだ?」
「さぁ、大人だからじゃないか?」
「そんなもんか。」
そんなやり取りをしていると女性の声でアナンスが流れた。曰くゲートからモンスターを排出すると。するとすぐ、静かだった秋葉原の街の方から墜落するヘリと、内部班の怒号と悲鳴が木霊する。怖い、今更ながらに思う、怖いと。無敵と思っていた俺が浅ましい、モンスターが出ないと言われた地点にいるこの状況でさえ、響く悲鳴と爆音が雪崩のように圧し潰しにかかってくる。
「まるで逆鳥取の飢え殺しのようだ。」
「え、何だよそれ?」
「篭城戦で兵站が尽きたのを、降伏を認めず起こった惨劇だ。中の人達は逃げてこれる、でも、モンスターが逃げる事を許さない。俺達は中に入りたくても・・・入れない。穴が開けばそこからモンスターが外に出る。」
見守ると言う事がこんなに辛いだなんて・・・上る黒煙がまるで、まるで空を覆う暗闇の様じゃないか!誰か、なにか無いのだろうか、何か出来る事は!
「ん、あれは?」
「ファーストの煙だ・・・彼女も中で戦ってるのか・・・え?」
木霊する怒号の中で上がる紫煙がビル群を覆い、砂のように風化させていく。信じられない光景だが、あの煙は間違いない、煙を浴びて目眩ましされた俺には分かる。横の卓を見ると、奴も同じ物を見ているが、何やら考え込んでいる。
「なにか思いついたか?」
「いや、ビルを壊すって事は視界が悪いのかと思ってね。・・・ごめん、嘘だ。アレが、僕に出来るか考えてた。」
「結果は?」
「逆立ちしても今の僕には無理。・・・悔しいな、彼女は遠い。」
互いの無力さを感じている時、事態は動いた。俺達の居る方へ何人かの戦士が走ってきているのが見えた。みんなボロボロで綺麗な所など1つもなく、血と汗と土に塗れ何時その歩みが止まってもおかしく無いほどに疲労している。
ああ、あれは尊いモノだ・・・何者にも代えがたく、人々を守ると言う使命の為に自身を投げ売った、とても尊い人々だ!なら、ここに居る俺達は彼らを、死地から帰って来た彼等を迎えなければならない!
「卓、行くぞ。奴らを助けに行く!」
「ああ、相棒。行こうか!」
駆け出した俺達に数人が追従し、彼等に回復薬を浴びせるなどして処置をする。それでも、傷の酷い人は歩けず誰かが肩を貸し、引きずるようにして後方へ下げる。
「大丈夫か!薬だ、飲めるか?」
「・・・あ、あ。ま、だ、彼が、殿を、務めた・・・彼が・・・。」
ひゅー、ひゅーと嫌な呼吸音のする兵士は、薬をかけて飲ませて、他の人に頼んで連れて行ってもらった。彼の言う殿の姿はその後にすぐ見えた。右腕がなく、ボロを纏った彼はしかし、炎を操りモンスターを屠りながら引きずる様に歩んでくる。
「大丈夫か!傷は、腕は?」
「じ、自分は!自分は彼女に任せてじまっだ!あの戦場で!がのじょに後をまがぜでじまっだ!」
駆け寄った彼は涙ながらに膝から崩れ、嗚咽を漏らす。彼女とは・・・ファーストの事だろう。他の場所は知らないが、警官も自衛官も女性は見ていない。
「雄二!彼を下げろ、来たぞ!」
卓の声で視線を上げれば、見た事の無いモンスター達がいた。怒号と爆音が木霊する中、モンスターは何時もの様に静寂を保ち佇んでいる。クソっ、辺りに人はいない。先に来た兵士を連れて下がってしまった。卓1人で抑えきれるのか?
「・・・、お前だけで大丈夫か?」
「強がりは言わないよ・・・多分、無理だ。」
どうする?ボロボロの彼を脇に置いて戦う?連れ帰って卓を見殺しにする?駄目だ、それは駄目だ!どちらも選べない。折角出来た相棒を失う事も、尊い彼を見殺しにする事も!
「雄二!迷うな、自分が何をすべきか、彼女に言われただろ!?」
選べない、しかし選ばなくてはいけない。なら、相棒を信じるしかないのか?
「・・・おう。立てますか?」
「・・・薬を。自分もここで戦う。」
「下手したら、死にますよ?」
「自分は、死ぬ気で来て、彼女に死ぬ気で生きろって言われたんです。なら、ここでは死ねない。」
無言で彼に薬を渡す。それを彼は飲み干し、ふらつく足だが確かに、そう確かに彼はモンスターを見た。
「卓。俺が前衛だ、俺が前でお前が後ろだ。援護は任せた。」
「ああ、当然だ。彼の炎を見たら、自分がちっぽけに見えて嫌になる。でも、僕が君の後衛だ。」
剣を構える。得意の脇構えは二段斬り。本来の剣道では面しか有効ではないので竹刀を隠し間合いを読ませない構えだが、俺は剣士だ。剣士ならば斬ればいい。それは面など関係なく、試合ではなく、ここで行われるのは生存を掛けた死合なのだから!
正面のモンスターに突進し一閃、剣は寸分違わず右下段からの斬り上げで正面の1体目を両断!返す刀の一閃で更に一歩踏み込み左の1体。動け早く、早く!身体は二段斬りで残心が取れず死んでいる。モンスターはまだそこに居る。速度を上げろ!動け!敵のビームは待ってくれない!
「雄二、右!」
卓の声で後ろに、飛び退くと目の前を炎弾が通り過ぎ、モンスターを火だるまにして燃やし尽くす。これで3つ!しかし、まだ居る。
「イメージは火鉢、対象はモンスター、燃えて果てて灰となる。白き灰がちになりて・・・わろし。」
聞こえたのは短歌の1節。3体のモンスターが赤熱して灰となる。これは、片腕の彼の魔法。卓は多分このイメージで魔法を使っていない。ボロボロの彼はしかし、俺達と共に戦おうと気力を絞る。なら、前衛たる俺は前へ!大丈夫、追い風が吹いている!最後の1体、これさえ凌げば後方へ彼を連れて行ける。
「化け物共!俺より先には行かせない!」
豚面の化け物が何かを振るう、その軌道は斬撃?とっさに剣を引き受け止める体制を取るが、何かが当たり左の肩と右太ももに激痛が走る。
「動くなよ!薬だ!」
卓が背後から薬を掛けてくれたおかげで、多少の痛みは引いたがくっついた訳では無いようだ。チラリと太ももを見れば、パックリと開いた肉がゆっくり閉じようとしている所だった。
「あれがなにか分かりますか!」
「・・・多分糸だ。極細鋭利な糸。あれで何人か殺された。」
糸・・・極細で見えづらく鋭利な糸。形は不定形で、受けたら受けきれずに斬られた。どうする?糸を斬る?駄目だ、絡まる、捌く?見えなかった糸は、合わせられるか分からない。受ける?それは既に斬られた、結果がある。なら何ができる?俺のやるべき事、俺の・・・。
「糸は燃える。相棒、風起こせ。糸を燃やす!」
「風があるなら自分もやりやすい。トドメは君が、武器は自分達が。道は作りますよ。」
後ろにいる相棒は心強い。それに協力してくれる彼は猛者だ。なら、負ける道理は無い!考えろ!糸は燃える、糸は不定形・・・だが風なら巻き取れる!起こせ竜巻を、いや、違う。それは大き過ぎる。
剣で起こせない事を知っているなら、何なら起こせる?モンスターの斬撃を、軌道を考えて飛び退いて躱す、しかし、躱しきれずに数が増える。2人も援護してくれるが、決定打にはならない。「風は吹くものだ。」彼女はそういった、間違いない。俺には追い風が吹いているなら、これならできる。
「2人共頼む、火をアイツ含めた一帯に出してくれ!」
「なっ!死ぬ気か!」
「策が有るんですね?」
「ある!」
片腕の彼の判断は早く、相棒も考えた末に火を出してくれた。燃え盛る火は確かに熱い。立っているだけでも、肌を焼く。だが、この状況でないと今の俺ではまだ確固にイメージ出来ない。
構えるのは脇構え。大丈夫、俺はこれで優勝した。風は出せる。彼女の帽子は飛ばした。なら、これができて当然。
「旋風!」
切り上ると共に放った風は、炎に寄って上昇気流となり渦を巻く。モンスターが何かを振るうが、それは風に巻き取られて、届かない。ならばこのタイミングだ!3人で作ったこのタイミングなら、奴を仕留められる!
切り上げて上段、踏み込み振り下ろす。上段の構えは最速で面に届く。幾度となくした面打ち、それは外れる事なく当たって当然!
「取った!」
正中線を走った斬撃は、モンスターをクリスタルに変えて終わりを告げる。勝てた、辺りにモンスターは見えない。今更ながらに早鐘を打つ心臓は、生きてる実感と酸素を求めて肩で息をさせる。
「雄二、大丈夫か!ボロボロだぞ。」
「おう、きちーけど何とかって、いってー!」
動けるが痛い!火傷に切り傷、骨は逝ってないけど、傷は深い。でも、手足は繋がってるし、指もある。薬を1本飲んで1本を頭から被れば多少マシになる。
「自分が言うのもなんですが、君も重症・・・。」
「おうっ、兄さん死ぬな!卓ヤバい、兄さんがヤバい!」
強かった兄ちゃんが倒れた!元からボロボロで一緒に戦ってくれたんだ、かなり無茶したんだろう。ヤバい、この人を死なせたくない!
「バカか!お前もヤベーんだよ!後は僕がどうにかする、兄さんは担ぐから、君は・・・走れるか?」
「・・・おう、泣き言は後だ。頼むぞ相棒。」
「任せろ相棒。」
痛い身体を引きずって走る。たった500mあるかないかと言う程度の距離。それが痛む身体には、堪える。
「お前達無事か!ってボロボロじゃねーか!早くこっち来い!おーい、橘さーん、ヤバい負傷者だ!」
「どこですかって、宮藤くん!?君達も大丈夫か!」
どうにか引き上げてこれた俺達を、出迎えたのは草臥れたおっちゃんと走ってきた橘さん。どうやら、片腕の彼は宮藤さんと言うようだ。ズタボロの彼は橘さんが連れていき、俺は薬を更に飲んでここに残る事にした。
最後のモンスター出現のアナウンスが流れると、ゲートの近くの煙が濃くなる。多分、彼女はあそこで俺達が戦ったものより更に凶悪な敵と戦っているのだろう。卓もおっちゃんも病院に行けと言うが、俺はここでは最後を見るまで、クソ痛いが離れたくない。
「兄ちゃんも物好きだね、俺ならさっさと病院いくわ。」
「うっす。まぁ、終わりは見たいんで。」
「わがままな奴だ・・・大丈夫か?」
「おう。」
おっちゃんと卓と3人で座り込んで秋葉原を見る。結局煙と音だけで、どうなってるかは分からない。程なくして音は止み、遠くの空にヘリの音がする。
「そういゃあ兄ちゃん、いるか?やるって言ったんだ、生き残ったら。」
「貰います。」
「なら、火はつけてやろう。」
タバコを咥えると、卓が火を着けてくれた。慣れないタバコでまた咳き込む。クソマズなタバコから落ちる灰は物悲しく、戦場に散った人達の様だった。