閑話 57 研究者の手記 挿絵あり
各国にゲートというものが現れて半年以上が過ぎ、国同士のパワーバランスは確実に変化している。それは先進国、発展途上国という枠組みや列強諸国という言葉さえ過去のモノにしようとしている。嘆かわしい事に祖国は列強から劣勢になる立ち位置だ・・・。国土は広く天然資源も豊富ながら、国としての自由が少ないのがその要因の一つと言っても過言ではないだろう。過去は良かったのだ・・・、ゲートが現れる前の過去ならば。
資源は限りある財産であり、それをチラつかせて外交を行えるのならば当面の間は列強であり続けられ、その猶予の中で緩やかにパラダイムシフトして行けばよかったが事は突然に起こり、性急にチェンジする事を強いられた。そう・・・、性急に待ったなしに。過去の枠組みなぞ知るかと嘲笑うかの様に。
資源と言う外交カードはこの1年にも満たない間に国にあれば便利という程度のカードになり、場合によっては油田やガス田を作成維持するコストの方が問題視され始めた。当然だろう。CO2にしろ公害にしろそのプラントを作らなければ発生せず、使用分だけを支払えば足りる。我が国の1日における石油消費量が約3,400バレル/日とした場合約54万リットル。ゲートから出る石油大瓶にして540本。不可能な数字ではなく別に大を狙わなくても小も中もあるので更に難易度は低い。それは石油だけではなく天然ガスも同じ様に出土するし、鉱物資源も同じ様に出土する。
更にクリスタルだ。ゲートのモンスターを倒せば例外なく残されるクリスタルは新たなエネルギー資源として既に各国共に研究が始められている。私は久々にこの国の外交官を呪い、政治を呪い、そしてそこでまだ仕事をしている自身を笑った。ゲート開通当初の混乱時ならまだ世界は簡単に散歩できた。しかし、時が進むに連れ中々厳しい条件を突き付ける国も増えてきた。この前の仮面パーティーは実に良かった。科学アカデミーの人間として仮面を付けて日本へ赴いたが、苛立たしい国は更に苛立たしいように様変わりしていた。
ゲートの奥へ行く。言葉にすれば簡単で、奥に行けばそれなりに良いものも出やすい。1立方メートルの最高品質のダイヤやサファイアに今更価値を付けろと言われても、価格の暴落は目に見えているので精々金貨10枚程度が関の山だろうが、それでも鉱物資源としてそれも出る。しかし、事の問題はそこではないのだ。今回の大会で売られたモンスターの素材。一体から1つクリスタルが出るにしても、下に行けば行くほどクリスタルは大きく高純度になっていく。まぁ、純度というものは実際に調べなければ分からないのだが、それでも電力算出するだけであの国は発電所と言う物の建設を向こう数年は行わなくてもいい程度の電力は得ている。
笑えて来るな・・・、資源もなく列強を気取って世界相手に戦い破れた国が今度は資源と力を、最強の矛と盾を準備して世界を殴り付けに帰ってきた。矛・・・、ファーストを現段階で見くびるという選択肢はない。米国でもそれは示され同士は選択を誤り反感を深く買っている。国と言う盾は経済にしろ技術をにしろ我が国では太刀打ちしづらい。完全に負けを認める必要性はないが、それでも平均レベルとして祖国では勝てない。だからこそこうしてゲートに関する研究では他国より一歩でも先にいたいと豊富な資金と権利の融通をしてもらった。
テストケースNo.1 職の発生について
対象年齢5〜18歳男女同数をゲートに入れ職の発生を観察。このテストは全300回行った。結果、職に就ける年齢としては14歳〜上、16歳なら確実と判断された。それ以下の年齢は可能性が0とは言えないが就ける確率が低く、14歳だとしてもストリートチルドレンは就けない事もあった。ここでの判断基準とは何なのか?14歳以下で職に就けた者は総じて知能指数が高め・・・、いや語弊がある。理解力が高いと表現しよう。全25回のテストを行い最年少は9歳で魔術師となった少年だが、コレと14歳で職に就けなかった少年に複数の思考テスト、記憶力テスト、判断力テスト等を行った結果、魔術師の少年の方が全てにおいて上回っていた。
それを元に16歳で職に就き格闘家、槍師、剣士の職が出た少女に同一問題を解かせた所、魔術師の少年と同等か一歩及ばないという結果となった。ここで注目するべきは同等の部分が知能指数という点だろうか?16歳で職に就いた少女はストリートチルドレン組だった。ゲートで職に就けるのは一定の知能指数が必要なのか?そこから更に繰り返された検証で出た答えはなんとも判断しづらいものだった。
少年と同等の知能指数の子供複数をゲートに入れたとしても、職に就ける確率はシビアで10%に満たない。逆に年齢が上がりさえすれば・・・、具体的には第二次性徴期に入っていれば概ね就けない事もなく、終了すれば確実と言えるのではないだろうか?これは奇しくも日本が法律として出したゲートに入るのは16歳からと言うものにリンクする。苛立たしくて仕方がない・・・、配信からゲート開通までの時間は短く、検証するような暇はなかったはずだがあの国はピンポイントでその年齢を割り出した。いや、ファーストが無理矢理にでもゲートを開けるのならば、全ては予定調和だったのかもしれない。
そう、予定調和。すべての検証は終わっており国も彼女も全て合意の上で・・・、下手をすれば国と彼女が合意の上で仕組んだシナリオを私達は歩まされているのではないか?陰謀論と笑い飛ばしてしまいたいが、様々な点からそう思われても仕方ないと言えるところがあるのではないか?最初のスタンピードは日本。ゲートが初めて開通し、ファーストが表舞台に立った国。その延長線で中位の誕生。知能指数と言う物を基礎学力や識字率と置き換えたなら、あの国ほど識字率が高い国はない。その上16歳と言う数字を打ち出せばスィーパーを量産しつつ、可能性の芽をより効率的に採取できる。
次に日本が米国から受け入れた使者。長い同盟国としての歴史があろうとも、日本は火に焼かれた過去がある。本来なら・・・、陰謀ではないと否定するならここで使者は断るべきだったのだろうが、日本は厳正なファーストの審査の末受け入れたとしている。残念な事に審査の内容は分からない。この頃には日本の政治家は守りの姿勢に入っていたという。よく分からない報告だが、下手にファーストの周りを突付けば辞職のリスクだけでなく、社会的な死があると怯えるものもあったらしい。日本の有名な交差点で土下座した政治家がいたとネットで読んだが・・・。
しかし、受け入れられた国で次のスタンピードは発生した。そう、米国スタンピードは記憶に新しいし、海外初の中位が米軍将校と言う知らせを受け、沸々と怒りが湧いたのも覚えている。そして、今回の大会だ。職を明かし、中位を誕生させ、肝心の最後の総当たり戦だけを的確に潰して本部長となる者達の実力を最後に隠した上で、目眩ましの様でありながら本人の強さと中層を見せて入れと促してくるやり方・・・。嫌なものだ。しかし、嫌でもそれを見なければ遅れを取るので見なければならないし、研究もしなければならない。
テストケースNo.2 接触実験
格闘家と言う職がある以上、モンスターに身体が触れる機会は必ずある。そう、必ずだ。打撃に手足を使えばそこが触れ、投げれば背中や首が触れる。つまり、モンスターと言うものは触れても大丈夫なのだろう。日本からは職に就いていないなら触れるなとされているが、具体的になにがどう危険なのかは明記されていない。モンスター持ち出しの件はどこで察知されたのか共同研究であったにも関わらず頓挫してしまった。まぁ、あの異形が外で暴れるというのなら、暴れられた国は言い逃れができないので持ち出す気もなければ価値もない。外でできないならゲート内で行えばいい。
全300回行った実験で職に就けなかった者の取り扱いとして5階層の退出ゲートまで連れて行くと言う作業及び6階層セーフスペースの定住化整備というものがある。まぁ、後から付け足された定住化はいいとして、24名の男女を引率しながらモンスターと戦うというのは中々ハードな任務であり、職に就けた者については早々に戦線に立たせていいと許可してある。しかし、それでもハードな任務には変わりない。上としても簡単に実力のある者に死なれては困るので、派遣されて来た元軍人のアガフォンという男が指揮官として専属した。
不意の事故として職に就けなかった者にモンスターの一部ないし本体を持たせる等を行った所、例外なく接触箇所が原型を留められなかった。手足ならば再生は可能だろうが死亡してしまってはどうしょうもない。さらに言えばモンスターに近付いただけで頭痛等の身体障害をもたらす。溶けた状態を見るに重度の宇宙線被爆を想像させる。実際、各計器をモンスターに接触間近まで近付けて計測すると高濃度のそれが出ている事が分かった。
ただ、不思議な事とでも言えばいいのかクリスタルを抜かれた死骸からはそれが無くなり、ゲート内外問わず外で計測した時も触れさえしなければ溶ける事も汚染される事もなかった。例外と言えば虫や草等の人より小さな物は溶ける事があったので、純粋に安全とは言えない。
しかし、職に就いた時点でこれに対抗する機構とでも言えばいいのか、人体変化が起こっているのでスィーパーにとっては放射線等は問題にならない。過去の事故事例を引用するなら、高濃度ウランを持った人間でさえ普通に回復薬を飲みさえすればピンピンしながら仕事復帰している。これの発見により石棺の補強から内部解体に移行しゴミはさっさとゲートに投げ込むと秘密裏に決定された。負の遺産が遺産さえ残さずに消える日も近い。そもそも、核は管理コストも解体コストも馬鹿にならないので廃棄に舵取りするのもすぐだろう。それに人員を割くくらいならスィーパーを鍛えた方がより有益だ。
ボタン1つで大量に人質が取れる装備が核だが、本質的には使えない兵器の筆頭。押すなよ?押さない!押すなよ?押しちゃおっかな?を真面目にやるのが核兵器であり、核の傘に入った国の宿命だった。そう、宿命。使った瞬間自身も道連れになる自爆兵器。小型化して使おうがミサイルとして撃ち出そうが使った事がバレれば報復は確実で根絶やしにしたとしても汚染は残る。それは祖国の遺産で嫌という程に分かっている。
実際米国からも核廃絶の打診は来ているし祖国もそれに対してイエスという姿勢を取ろうとしている。先を見るなら隠して持っておくという手段も十分に取れるのだろうが、それに対するメリットはない。断言できる。ミサイルなんて言うレーダーに見えやすく火を吹きながら飛んで発射地点さえ簡単に割り出されてしまう兵器を使うくらいなら、中位を複数人送り込んだ方が遥かに戦果を挙げられる。
隠密性、殲滅性、処理能力に判断力。ボタンを押して飛ぶ無能は確かに数が倒せるが見つかりやすすぎる。その点、人は数で隠せ、探し出すだけという過程を強いるだけでも相手を心理的に疲弊されられる。何時もそこで核が睨んでいるではなく、不意に敵が奇襲してくる。しかも本当に闇夜に紛れて誰が敵か味方かも分からぬまま・・・。私がトップなら後者の方がより恐ろしい。
テストケースNo.3 結合実験
接触実験で重症を負ったもの及び、降下途中で重大なダメージを負った者を対象とした。
結果は散々だ。治癒師2人がかりで結合、増殖を繰り返したが出来上がったものは意志あるモンスターではなく、人ともモンスターともつかない異形・・・。この実験自体、私としても成果は最初から期待していない。元々コレを指示してきたのは政府関係者や金持ち連中だ。若さと永遠を求めた者達の不愉快の結晶だ・・・、アガフォンにさっさと始末させたが一体逃げたとも聞いた。元々長くは生きられないだろう。記憶から消し、この件も情報はすべて抹消済みだ。
そこまで書いてケース3を消す。これは手記にするにしても考察するにしても書くにはリスクが高すぎる。なら、最初からなくしてしまえばいい。次の実験も決まっているのだし。
「君、そう言えばアガフォンは?」
「今週末は釣りに行くと言っていましたが?」
「彼も好きだなこんな真冬に・・・。」




