23話 新しい仕事
妻をホテルに残して望田と共に本部へ向う。勝手に犬がついてきたが、1人にさせるのも怖いので、そのまま連れてきた。新しい下着も手に入ったし、多分衣装じゃなくてもいいだろうと言う事で、黒のカソック風ワンピース。流石に激戦の後を呑気な姿で歩く気にもなれない、この身体と姿は注目を集めるのだから。
「お疲れ様です、千代田さん。」
「待ってましたよクロエ。望田君、君はホテルで奥様と待機していたまえ。」
互いの挨拶もソコソコに本部の中を歩く。撤収が始まっているのか、機材の一部はまとめられている。歩く人間も様々で警官や自衛隊、撤収の為に呼ばれたであろう業者等が忙しなく動き回り、指示役が荷物の行き先を示している。
「さて、騒々しいとは思いますが見ての通り撤収の作業中でしてね。この部屋で構いませんか?」
「どこでもいいですよ。それで、今後の話とは?」
とりあえず国の方針については、ゲート内に限り自己責任の、治外法権を認めるというものは聞いたが、何やら発表された法案等は聞き及んでいない。最もいいのはこのまま『お疲れさん!』と放逐してくれるといいな。
「先ずは、今回の件で貴女に対する不利益は発生しません。これはあの書類にも明記されていたので当然です。」
「分かりました・・・ビル消失に巻き込まれた方は?それと、宮藤さん達は?」
これは、必ず確認しなければならない。罪に問う問わないではなく、自身が引き起こした事なのだから。警告はした。しかし、モンスターとの戦闘中に全員脱出出来たとは限らない。
それに、戦場で見た赤峰も宮藤も程度の差こそあれ、怪我を負っていた。生き残っていて欲しいが、あの中だ。戦死も覚悟しなければならないだろう。
「約50名。自由落下で負傷しましたが、現在までで死亡判定は聞いていません。倒壊ではなかったというのが大きいですね。職というのは偉大です。カメラで確認した限りでは酷くて骨折程度だったので、高槻先生の薬がぶ飲みで凌いでくれました。
貴女に関係ある所では橘警視は有志の方達のまとめ役だったので大丈夫です。他は宮藤巡査長が重症でしたが、命に別状は有りません。その他の方も大丈夫でした。」
「それは良かった。」
あの風化に巻き込まれて死んだ人がいなくて良かった。高槻先生もありがとう、薬を間に合わせてくれて、その職を選んでくれて。悩みが1つ無くなった。
「そう言えば、職に就いた方、或いはダンジョンゲートに入る方の総称を掃除屋と国として正式に命名しました。」
「その名称を考えた人間は、中々的を射ている。ゲートに詳しい人間が関わりましたか?そうでなくては普通探索者辺りでしょう?」
まぁ、誰が決めようと何と呼ぼうといいのだが、総称を決めて貰えるのは楽でいい。名乗るにしても、書類に職業を書くにしても、公に決まっていないと1から説明する羽目になる。
「それは、有識者と上がった情報から決議した結果です。」
どこにでも湧く有識者、どんな知識を持っているかは別として、俺は呼ばれないので有識者ではないらしい。呼ばれたら呼ばれたで面倒なのでいいのだが。
「有識のある方が羨ましい。それだけの知識が有るなら、今回の件も解決していただきたかった。そう言えば、政治家と大使への贈り物は届きましたか?」
皮肉を言えば、千代田が珍しくニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。七三分けの時はそうでもなかったが、オールバックにしたせいで、思った以上に強面だ。なんだろう、細面だし若頭とかいいたくなる。インテリヤクザとかこんな感じなんだろうか?
「残念ながら、集まっていたので1人目へ届けた後に貴女の言い分を話したら素直になってしまって・・・。嘆かわしい、丁寧に一人一人呼び出して届けるべきでした。」
真面目な人間ほどキレると怖いというが、千代田はそのタイプなのかもしれない。或いは、ハンニバルの主人を突き落とした使用人。その場合、レクターは俺である。
そして、逃げるならこのタイミング。気になっていた事も聞けた、政治家の処遇も聞いた。ワンチャン、立ち去って見逃してくれるならこのタイミング。
「成る程、喜ばしい。邪魔な者は叩いて排除する。いい言葉です。さて、私はそろそろお暇します。残務処理も有るでしょうが、頑張ってください。」
俺がそう言うと、千代田が笑顔で右手を差し出した。別れの握手だろう、俺も笑顔で手を差し出し握手する。
「ええ、やる事は多いですが、頑張りましょう。」
ガッシリと握手した。軽く上下に振った。後は離すだけ、離すだけ・・・。
「千代田さん、放していただけませんか?」
「放したら帰るでしょう?貴女の処遇はまだ色々とあるんですよ?」
逃げ出すのは失敗したか。まぁ、出来たらいいなぐらいだったので別にいいのだが、流石に変な無理難題を言われたら言葉でも物理でも蹴ると思う。例えば、不老不死の薬探してこいとか、それより先に確認事項がある。お互い席に座り直して再度会談といこう。
「先に聞きますが、国へは帰れますか?」
「状況次第ですが帰れます。」
ふむ、東京に缶詰ではないと。てっきり缶詰にして首都防衛の要にされるのかと思ったが、どうやら違うらしい。なら、一体俺に何をしてほしいのだろう?出来る事が少ないとは言わないが、そこまで多いとも思わない。
「話を聞きましょう。場合によっては蹴りますよ?私にも選ぶ権利がある。」
「ええ、それは構いません。貴女1人に全て任せる気は有りませんが、貴女を遊ばせておくほど余裕がある訳でもない。」
今回の件での死者、それは言ってしまえば虎の子だ。他の国がどう動いてるかは知らないが、この国は育ち始めた芽を潰された。資源問題で戦争はなくなるかも知れないが、そこに行くまでの距離が離れたと言っても過言ではない。
それ以外にも、考えられるのはゲート争奪戦。ゲートその物を資源、或いは国の通貨としてのやり取りする事。これは既に起こっていると聞いている。掃除屋が減ったのなら維持管理が無理だから寄越せと言われる可能性がある。
最後にミニマムサイズで考え付くのは、個人の確保。ゲート出現以降戦力と言うモノを考えた時、それは兵器ではなく個人に回帰する。今回の件で見せてしまったのだ、個人がビル数棟を消失させる姿を。それは見方を変えれば、個人のテロ行為が腹マイトから核弾頭に変わったようなもの。
考えるだけで恐ろしい。外の問題はそれだが、ゲート内も問題で掃除屋になったとしてもきちんと掃除できなければまた、スタンピードは起こる。内外の対策と言うモノを考えた時、強力な個人を国に引き抜きたいと考えるのは普通だろう。それに潜れば潜る程、何か出るなら先へ行きたいのはどの国も同じだ。
「戦力的に必要という事ですか。学術的な方は学が無いので期待しないでください。」
「戦力は期待しますが学術的な物ではなく、教育的にも期待しますよ?それ以外も。」
「残念ながら、私は教員免許は持ってないですね。それ以外はなんです?」
「戦力にリンクしますが、スィーパーの犯罪抑止です。法整備は急ピッチで進めていますが、スタンピードの件で民間レベルの法整備は進んでいません。・・・今回の件で警察も自衛隊も血を流し過ぎた。総数こそ約53万人いますが、全てが全てスィーパーではないですし、一極集中しているわけでもない。
国としては今後、スィーパーを管理運営する機関を新たに制定すると共に、各都道府県に設置。それまでの間に、管理出来る人材を育成したいと考えています。」
話としては分かる。秋葉原ゲートの件は国が動いてくれた。それが終われば次に目を向けるのは当然の事だが、生憎と俺は法に詳しくもなければ、教育者としても経験がない。更に言えば、元はただの会社員。管理運営なんて範疇外もいいところ。できる人間がやった方がマシである。
「教育も管理運営も難しいですね、経験がない。それならば、経験のある方を選任するのが妥当でしょう?」
「ええ、サポートにはそういった方達がつく予定です。しかし、何か忘れていませんか?」
忘れている事?何かあっただろうか?秋葉原の件は片が付いた。他国とのいざこざは関係ない、法整備や研究関連も俺にはどうしょうもない。有名人にはなったが、人の噂も七十五日。いずれは沈静化する・・・。はて、忘れている事?
「残念ながら思い当たりませんね。」
そう言うと笑顔のまま一枚の紙を取り出して、こちらに寄こした。内容は配信で話したモノと橘達と話した内容を文面化した物で、所々にマーカーが引いてある。
「交渉の席の話なら、材料も場所も知りませんよ?」
「ええ、それは知っています。しかし席その物の場所は、此方としては明確にしておきたいと言うのが本音です。努力目標で期限は決まっていませんが、捜索はお願いします。
それが1つ、もう1つが魔法に対する理解力です。貴女は今現在最高の魔法使いで、他の追随を許さない。秋葉原の件でそれは証明されました。そして、宮藤巡査長に対して助言だけで魔法を使わせ、兵藤さんは空を飛んだ。更に赤峰巡査は、モンスターのビームを握り潰したそうですよ?
エキセントリックな言い回しは多いですが、結果は出ています。・・・秋葉原の喧嘩、そこで貴女があしらった2人も、今回の件で活躍しました。上は貴女の指導、或いは助言に何らかの力がある物と考えています。」
うぅむ、確かに職に対する理解度は高い。詳細は知らないが、そもそも職の名前は俺の語彙から作られたのだから、名前を聞けばある程度の推測は出来る。本当に名前と内容が、合致しているかは別としてだが。現に魔女は、薬を調合してくれなかったし。
「それは推測と結果ですね、確実ではないですよ?そもそも、職は個人のイメージです。後押しは出来ても断定はしたくない。・・・そうですね。右斜左下、そこはどこですか?一服してくるので、考えてみてください。」
「それが答えであると?」
「さぁ?」
長話で疲れた。忙しなく仕事をする人達の間をすり抜けて喫煙室で一服。やたら注目を集めたが、払いたくも無い有名人税として諦める。ガラス越しに中を見た時に何人か先客がいたが、チラチラ見るだけで話しかけて来ない。一応挨拶はしておくか、撤収してくれているのだし。
「お疲れ様です、撤収ありがとうございます。昨日の今日で大変だと思いますが、頑張ってください。」
挨拶とお礼を言うが、何故か皆ポカンとしている。変な事は言っていないと思うが、どうしたのだろう?服装も乱れた様子はないと思うが?一応、スカートの裾や袖を見るがおかしくはない。
「え〜と、ありがとうございます?その、配信で見たのと話し方が・・・。」
「えっ?ああ、あれは演技ですよ、演技。普段からアレでは日常生活に支障が出ますよ。」
「あ〜、そうなんですか?配信しか知らないんで、いつもあんな感じかなと思ってましたよ。しかし奇麗ですね、何食ったらそうなるんです?」
恰幅のいい作業着を着たおっちゃんが、割りと気さくに話してくれる。そうか、配信しか知らないなら、かなりエキセントリックで高飛車な感じに思われているのかも知れない。
「朝食でしたら5人前ならペロリですよ?好き嫌いはボチボチですね~。ナスは駄目です。あの紫色は私と敵対している。」
「なんですかそれ?ナスがお嫌いなん?」
「見るのはいいですが、敵対しているので口には入りません。妻が好きなんで食卓に上がりますが、遠く遠くへと。」
遠ざけるゼスチャーをすると、おっちゃんはニコニコと笑ってくれた。ナスはダメ、歯ざわりも、敵対してるから色も駄目。
「ああ、分かりますよ。嫌いな物ほど遠ざけたい。そう言えば、奥さんって本当に?」
「ええ、本当ですよ?まぁ、色々あるんですよ、色々と。」
タバコを吸い終わるまでの間の他愛もない会話だが、割と楽しい。前の職場でもなんだかんだで、喫煙所で話し込むこともあったし。プカリプカリと吸って大体1本5分、これ以上話し込んでは作業の邪魔になるだろう。
「さて、そろそろお暇します。残りの仕事も頑張ってください。」
「ありがとうございます、みんな貴女には感謝してるんですよ。モンスターを倒してくれて、ありがとうって。あ!サイン貰っていいですか?娘宛の。」
差し出された手帳に上手くもないサインを書くと、遠巻きに見ていた人にもねだられたので書いていく。口々にありがとうと言ってくれるが、アレは俺1人ではどうしようもなかった。
「お礼や感謝は亡くなられた方達に、私はいいですから。」
「分かった、献花でもしに行くよ。」
喫煙室を後にして、千代田の待つ部屋へ入る。さて、答えは出たのだろうか?意地悪問題で、否定も肯定も山程できるこの問題に、彼はなんと答えるやら。
「答えは出ましたか?」
「・・・無いですね。正確には定義がない。示された場所か空間か或いは平面か立体か。何も無い。」
「貴方がそう思うならそうですね。職を扱うというのは、その無いモノを自己定義していく作業ですよ。」
そう言うと千代田は腕組して、何かを考え込む。彼はスィーパーでは無いので、この感覚を掴むのは中々難しいだろう。意外と哲学者とか、スィーパーになったら化けるのかも知れない。我思う故に我あり。では、我とは?
「やはり、貴女には助言役として残っていただきたい。先程の質問、それを瞬時に思いつくなら十分こなせるでしょう。それと、封書は読みましたよね?」
「・・・いえまだ。忙しかったもので、会見とか。」
千代田が無言の圧力をかけてくる。終わったら読んでくれと言われたが、読む暇なんて無かったし何ならこちとら頭半分無くなったんだぞ。元に戻ったけど。封書を指輪から取り出し中身を確認する。なになに、特別特定害獣対策本部、本部長へ任命する・・・。
「わ、わ~い。出世したぁ〜。」
「おめでとうございますクロエ。貴女もこちら側の人間ですよ。最も権限については、私なんかよりよっぽど上ですが。」
千代田が柔和な顔で拍手する。これは首輪だろう・・・国内外にうちの組織の人間であるという・・・。ふむ、考え方を変えよう。悲観しても始まらない。
千代田の話では対策本部に付いては、各都道府県に設置する方針であると聞いている。なら、最終的に地元の本部へ帰れば職も失わず、給料も出る。長になるにしても、経験は無いがサポートも付く。何なら実務だけして丸投げでもいい。問題点は要員が少ない・・・ではなく、対応出来る人間の戦力が育っていない事。
ゲートの管理運営を行うなら先ずは戦力、最低でも個人で5層以降を突破出来る分は確保したい。何なら一緒に潜って中層のモンスターを・・・中層ってどこから?魔女も賢者もだんまりか・・・。多分言えばそっから以降に潜らないと思っているのだろう。うん、今回の犬が中層のモンスターなら、下層とか行きたくないよ。
「千代田さん。この任命は受けるとして、最終的に私は地元の本部へ帰ります。他の本部長の宛はあるんですか?」
「国としては、各都道府県の県知事辺りを据えようかと。」
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「駄目ですね。それではまたスタンピードが起こる。本部長はこれで決めてください、実務に当たる方達も。」
拳を突き出す。事務方が楽とは言わないが、実務者が帰ってこない事には始まらない。それに、中で活動する以上引っ張る人間も必要だ。そうなると、どうしても腕っぷしが必要になる。
「暴力ですか・・・暴走した場合は?考えたく無いですが、貴女が暴走した場合、既に手立てがない。」
千代田が物凄く嫌そうに俺を見てくるが、ディストピアは避けたい。暴走は・・・多分しないと思いたい。仮にするならゲートの中でしてルンバよろしく、掃除ロボにでも成り下がろう。
「・・・頑張ってください、ではダメですよね?まぁ、天秤ですよ。性善説も性悪説もニワトリタマゴも結局の所は一緒です。モンスターに世界を滅ぼされるのか、人が悪事を働くのか。怖いなら全体のレベルを上げて、人に対処出来る監察官を作るか、本部長が制裁役になるくらいしかないですね。」
相互監視体制。警察は市民を守るが、同時に犯罪を犯さないか監視している。自衛隊は国外を見ながら、攻撃の兆候を監視している。そうなると、力を持つ個人は、力を持つ個人で監視するしかなくなる。無論、法は必要である。
「・・・上には言いましょう。ただ、可決した場合貴女にもその方針で働いてもらう事になりますよ?」
「どの道ゲートがある以上、管理運営も入るスィーパーの教育体制も必要でしょう。自己責任でも、いたずらに死者を増やすのは良くない。今はいいですが、整備が整えば規制をかけて簡単なライセンス制でいいと思いますよ、スィーパーになるのは。」
自己責任の世界だが、その自己になる前に責任を取って死なれては困る。誰がどう至るかは知らないが、可能性は多ければ多い程対応力が増す。
「ライセンスの話は国会でも出ています。」
「それはいい、試験と実地研修。これが最低条件です。」
技術伝承ではないが、兵藤達がやっていた補助員というのは、教育システムとしては取り入れたい。自身で体験したが、初めて入るのがソロというのは中々厳しいものがある。後はゲートに関する法が決まれば、その法の理解力を確かめる試験は必要だろう。或いは、自己責任を叩き込む試験という名の誓約書だな。
「助言者としての期限は?妻とも話し合わないといけない。」
「そう言えば、朗報と貴女の戸籍等が国より正式に認可されましたよ。」
「朗報?」
「貴女が以前話していた、同性での結婚の話はひっそりと可決し施行されました。これでめでたく貴女方は認められた夫婦です。それに伴い、貴女の性別を正式に女性としました。性別のみの変更なので年齢は変わりませんが、若い方がいいならそうするそうです。」
おお!アレが通ったと。まぁ、時代の流れで、そのうちなるとは思っていたが、正式に認可されたのか。良かった良かった、知らぬ間に正真正銘の女の子になったが、何が変わるわけでもない良しとしよう。
年齢に付いては、変えなくていいだろう。所詮紙面上の話、タバコが吸えなくなるのも嫌だし、年齢で困る事もない。若返れるなら、若返りたい女性は多そうだが・・・。
「ありがとうございます。年齢は変えなくていいですよ。話はこれくらいですか?終わりなら帰って妻と話し合いたい。」
「ええ、今回はこれくらいです。助言役の件は、話を詰めるのに数日かかると思います。その間は連絡の取れる体制なら、自由行動で構いません。・・・そうですね、念の為に望田君を付けましょう。下の名前で呼び合う程、仲も良くなったようですし。」
望田を付けてくれるらしい。土地勘もないし、今の電車の状況も分からない。余り遊び回る気もないが、そろそろ職場とホテルの往復にも飽きてきた。何なら望田をスィーパーにして、妻の職を見るのもいいかもしれない。どちらとも了承すればの話だが。
「分かりました、ゲートへ入ってもいいですか?」
「・・・許可はしますが、深くには行かないでください。貴女の実力なら大丈夫だとは思いますが、万が一と言う事もあります。ホテルが変わってるので帰りは送ります、付いてきてください。」
千代田に連れられて本部内を犬と歩く。さっきのおっちゃん達が手を振ってくれるので軽く笑顔で振り返す。嬉しそうで何より、お仕事お疲れ様です。車に乗り込み千代田がハンドルを握る、バイクには乗ったが久しく車も運転していない。千代田に確認を取り、キセルでプカリ。窓の外は車や人が多い、夕方なので家路を急いでいるのだろう。
「クロエ・・・。オフレコですが、上は貴女を飼い馴らそうと考えています。私以外の方がいないのも、貴女の能力を警戒しての事です。」
夕日の差し込む車内、何かを操作した千代田がポツリとこぼした。まぁ、されて当然で、引き込めるなら早々に引き込みたいのだろう、役職と言う名の首輪も付けられた事だし。
「良いんじゃないですか?衣食住揃いて人、礼節を重んじる。とりあえず、家族と生活に困らなければ後はどうとでも。流石に脱いで奉仕しろ、と言われれば張り倒しますが。」
中身はともかく、見た目は黄金比で作られてすこぶるいい。邪な奴はご退場願おう。金?権力?残念ながら、それでどうこうできると思うなら、その力で中層まで潜ってほしい。
「貴女が媚びてる姿は想像できませんね。」
目を細めて喉で笑いながら、こちらを見る。心外な、やろうと思えばやれる。これでも生きて長いのだ、テレビで見たが確かこんな感じ。
「ねぇ〜、パパぁ、私ぃお洋服とか欲しいなぁ♪って、あぶね!」
千代田の奴が急ブレーキ踏みやがった!事故らなかったからいいものの、シートベルトが食い込んで痛い。涙目で千代田を見上げると、若干赤い顔でこちらを見たせいで、見詰め合う形になる。何が悲しくてコイツと見詰め合わなきゃならんのだ。
「クロエ、好みの服はありますか?」
「?、なんでもいいですよ?黒くてダボついたのが好きです。ジョークなんですから気にしないでください。」
「それを踏まえた上で忠告しましょう、先程の振る舞いはやめた方がいい。」
「あ~、気持ち悪かったですか?すいませんねぇ。」
流石に見た目が良くても中身がおっさんでは駄目らしい。まぁ、進んでやろうとは思わないが。
「逆です。貴女の声と容姿でねだられると、なんでも買いそうになる。現に奉仕の話でえらくリアルに想像して、服の話でブランド店の店名が頭をよぎりましたよ・・・他の方にはしてませんよね?」
裸を想像したと・・・千代田も男性だ仕方ない。処理は家でしてもらおう。おねだりか、くれるなら貰うが、自分から何かをねだるのは苦手なんだよな・・・こう、借りを作っているように思えて返さないと行けない気分になる。最近もらった物・・・ああ。
「橘さんにお金ちょうだいと言ったら、カード貰いましたよ?」
「なっ!そんな物貰ってたんですか!?」
「いや手持ちがなくて言ったんですが、配信の収益金と言う事で私名義のカードをくれました。」
その言葉に千代田が考え込んでいるうちに、新しいホテルに到着。裏口なのか人は疎らだ。正面に停められて騒ぎになるのも避けたいのでちょうどいい。
「ありがとうございました、部屋は何号ですか?」
「最上階の1号です。・・・クロエ、後ろにトランクがあります。つまらないものですが持って行ってください。」
何やらくれたのでトランクを指輪に収納して、千代田と別れ最上階へ。多分スイート、もしかしたらロイヤルスイート。多分無料だからのんびりしよう。
「帰ったよ〜。」
「あら、司お帰り。望田さんと話したんだけど、どれがいい?」
差し出されたスマホには、何やら沢山の服の画像が映し出されていた。