22話 プロローグへ続く道 (遠い)
「カオリ、全て終わったんですか?」
見上げた空にはヘリがチラホラ見える。報道か警察かは分からない。そんな中チヌークはわかるぞ、自衛隊の物だ。自己責任の場所に最初の撃墜を見た後にヘリを飛ばすという事は、それなりの安全が担保されたと考えていいのだろう。
「ええ。最後の1体、ツカサが倒したアレで多分最後です。内部班の生き残りの映像にもモンスターは確認されず、今は有志の方を含めて地下鉄等をくまなく探している所ですが発見の報告はありません。」
戦闘で服が無くなり、全裸の俺はとりあえず望田が掛けてくれたタオルで身体を隠す。戦闘の中で右手も喰われたせいで、指輪も見当たらない。アレが有れば服は入っていたのに。
「司、本当にどこも怪我はないの?」
「無いけど・・・何で莉菜がここに?」
妻は行動的だが、なんでここに居るのだろう?一応モンスターは掃討出来た様だが、完全な安全宣言が出ていない以上、危険な場所には来てほしくないのだが。
「私も一応、職に就いたのよ・・・。那由多達が勝手に職に就いた話は前にしたでしょ?危ないからやるなって言うなら先ずは自分が体験しないとね。今回は有志と言う事で・・・ごめん、家族って事で無理やり現地に向かう警察の方にヘリで送ってもらったの・・・。本当に大丈夫?」
ヘリに向かいながら妻と話すが、知らん間にゲートに入ったらしい。那由多達が入ったのは聞いたが、確かに封鎖ゲートは秋葉原のみだったので、入ろうと思えば確かに入れる。しかし、妻は動画とかでモンスターを見たと・・・とかか。どうやら、お灸を据える相手を増やさないといけないらしい。妻、俺、望田と大型ヘリに乗り込み、いつの間にか付いてきていた大型犬も乗り込んで、離陸する。
「莉菜、あぶなっ!」
お小言を言う前に、涙を浮かべた妻から頬を両手で掴まれ唇を塞がれ、そのまま舌が絡み合い、離れる頃には互いの唇から細い銀の糸が伸び消える。
「ただいまは聞いたけど、お帰りのキスはまだだから・・・。」
「まったく君は・・・そうやって塞がれたら、先が言えなくなった。」
「えっと、私もお帰りのキスした方がいいですか?いや、しま・・・。」
「カオリ、自分を大切にしなさい。」
タオルそのままに隙間から手を入れ肌に触れる妻を、何処か羨ましそうに見る望田は置いておくとして、指輪どうしよう?アレがないと色々問題がある。薬もそうだし、資源等目録の原本もあの中だ。原本喪失とか割りとシャレにならない事態なのだが。
「指輪・・・後でさがっうひぃ!」
「ちょ、なんて声出してるのよ!」
そんな事を言われても仕方ないじゃないか!首筋に生暖かいザラザラした何かが・・・舌?振り返ると、そこには大型犬がいた。真っ黒で毛のフワフワした犬だか、吠える事も舌を出してハァハァしている様子もない。ただの犬のはずなのだが・・・、犬だよな?
「えーと、犬、何か用か?」
「pjui5・・・、ワン。」
聞きたくない聞いた声が聞こえたが・・・今は無視しよう。幻聴の可能性もある・・・。
『無いわよ?貴方、アレになんの魔法を掛けたか忘れたの?』
『え、犬になる魔法だが?』
『アレは犬の仮装をしたモンスターよ?貴方がイメージしたじゃない?お前は犬の仮装をしてるだけって。良かったわね、従僕ができたわよ?間違いないんでしょ?相棒で。』
賢者が頭の中でバカ笑いしている。それこそ、イメージで考えるなら四つん這いで床を笑いながら叩いている。いや、その後に腹を抱えて転がりまわってる。そんな犬はベロリと長い舌を出すとその上には指輪があった。
「えっと、私の?」
「ワン!」
舌の上から指輪を取るが、唾液1つ付いていない。ワンコロよ不気味が過ぎるのではないか?とりあえず指に嵌めて見たが、どうやら本当に俺の指輪らしい。そうか・・・、確かにお前、俺の手をもぐもぐしてたもんな・・・。砕けてなくてよかった。しかし、これがあるなら服がある。裸族とはおさらばである。
「お利口なワンちゃんですね、あの戦場で手懐けるとかどれだけ余裕なんですか?」
何も知らない望田がワシャワシャ犬を撫でているが、敵意は無いらしい。されるがまま尻尾を振っている。コッソリ後で首を跳ねた方がいいのだろうか?
『ソレはしなくていいよ。コレの殆どは君の中、空っぽで良かったね。溜め込めた。今は君自身が首輪だよ。これだから魔法は面白い。』
笑い転げていた賢者が囁く。好き勝手な事を言う。俺は猫派で犬は嫌いではないが、毎日散歩とかしたくない。家にはにゃん太も居るし、かと言って野放しは怖いし・・・。
「クゥ~ン」
顔の読めない犬が、悲しそうな声を上げる。仕方ない、飼うしか無いのか・・・。下手に放り出して暴れ回られても事だ。ピッドブルなんて言う犬種は人を噛み殺すとも言うし、闘犬なんて言う犬もいるくらいだから野放しは無理か。
「とりあえず、その犬は飼うよ・・・。莉菜、服を着たいから手をどけてくれないか?」
傷を確かめるにしても、触り過ぎである。胸から尻から面白みのない身体をよく触る、くすぐったい。どさくさに紛れて望田も背中を触ったようだが、何が面白いのやら。彼女とて俺の裸は前に見ただろう。
「後ちょっと!吸い付く肌を撫で回したい!」
「一緒に風呂にでも入ればいいだろう、後でだ。何処に向かってるかは知らないが、タオル一枚で降りたら捕まるよ。」
2人を引き剥がし、黒い下着とカソック風ワンピースを取り出して素早く着る。これで、裸族卒業、降り立っても大丈夫。
「それでカオリ、何処に向かってるの?」
「総合指揮本部です。私が出る時は既に掃討から打ち漏らしの残党狩りに移行している状態でした。ツカサ、貴女が最後の激戦を演じたんですよ・・・。」
ごめん、本当はその犬は今回のラスボスだったんだぜ。アナウンスも流れないしモンスターも出ないので、強制排出は止まってるはず。なら、残党処理さえ出来れば今回の件に決着が付く。・・・聞きたくはないが、これは聞かなくてはいけない。
「被害は?」
「・・・正確な数は分かりません。半数以上。それが私が聞いた最後の数です。」
「・・・。」
押し黙る他ない。彼らに手向ける言葉はサヨウナラ。それ以外は要らない。共感してはいけない。嘆いてはいけない。怒っても蔑んでも、ありとあらゆる感情で語ってはいけない。彼らの魂は崇高なのだから。その価値を、名も知らぬ戦友を俺は語ってはいけない。それをすれば俺は本物のペテン師に成り下がる。
「・・・追悼には、出ません。ただ、サヨウナラと送ってください。」
「・・・経を上げるのは生者の為ですよ?」
葬儀も献花も追悼も、おらぬ誰かに届くかは分からない。ただ、した人間は確実には軽くなる。見送った誠意として、送り出した形として、思い出への決別として。人は何らかの形で故人を偲ぶ事に光を見る。
「ええ。でも、私は楽な道は歩めませんから。」
扇動した本人はその資格は持ち得ない。たとえ自己責任だとしても、例え被害を抑える為だとしても、散った彼らから逃げて軽くなるのは、目を逸らす事はしたくない。
「司・・・意地張らなくてもいいんだよ?」
「莉菜は知ってるだろ・・・俺が泣ける人間だと。」
妻が両手を頭に回し胸に引き寄せる。無くなった心臓の音が懐かしく心地良い。疲れた・・・身体はなんとも無いが、酷く疲れた・・・後・・・どれ・・・。
(寝ちゃいました?)
(ええ。たぶん相当疲れたんでしょうね、この人は自分勝手で優しくて意地っ張りだから、こうやって偶にはゆっくりさせてあげないと。)
(妻の威厳ですか?)
(司はあげないわよ?)
(・・・想うのは自由ですよね?)
(想うだけならね。全くこの人は!知らないうちに誑かす。無自覚なのがなお悪い。)
(前は知りませんが、今は容姿も相まって大変ですね。と、見えてきました。着いたら起こしましょう。)
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「司、起きて。着いたわよ。」
「んあ、寝落ちした・・・確か指揮本部だったか。」
「ええ、皆さん待ってますよ。」
着いたのは、何処かのビルを接収して作ったであろう指揮本部。屋上のヘリポートから見る秋葉原は、ビルがなくなり物悲しさが際立つ。後は事態の終了宣言さえ出てくれれば、一連の騒動も収まり、俺も国へ帰れる算段がつくだろう。
「待ってましたよクロエ。疲れているでしょうが、これから最終調整に入ります。」
「最終調整?」
出迎えてくれた千代田は、何時もの七三分けではなくオールバックになっていた。何時もは柔和な顔で押して来るが、殴って吹っ切れたのかワイルドさが更に増している。しかし調整とは?残党狩りが終わり、国から終了宣言が出れば終わりではないのだろうか?
確かにゴタゴタは残る。今回の件は国を越え、世界に激震が走っただろう。ゲートが出現して約10日、たったそれだけの期間で世界はひっくり返り、あの戦闘を見れば世界の終わりを考えた人も少なくは無いだろう。それは、職に就いた人間ほど強く。就いてない人ほどより、強く。
「ええ、掃討は完了しています。生き残った兵士達も負傷者含め、それぞれの帰路へ就いています。問題は誰が最後の決を下すかと言う所ですが、それは貴女の役目だ。
これが人と人の戦なら、国が決を出せばいい。しかし、今回はモンスター対人だ。戦いに赴いていない政治家の声明だけでは弱すぎる。・・・最後の戦いに赴き、生きて帰って来た。貴女のその姿は、人々に安心感を与える。」
「希望になれと?」
千代田は無言で頷く。他の出迎えてくれた人々を見ても、やはり頷く。妻と望田だけ不安そうな顔をしているが、今回の件の幕を引くのは、確かに俺の仕事だろう。幸いな事に俺の身体に傷1つ無い事が、その役目に1役買ってくれる。あの激戦でも無傷で生還するものがいるのだと。礎になった者達は・・・決して無駄では無いのだと。
「分かりました、引き受けましょう。台本はありますか?」
「いえ、貴女の言葉で・・・最後のモンスターを討伐した貴女自身の言葉で伝えて欲しいと、総理からのお願いです。」
「人前は苦手ですが、分かりました。場を整えるのは任せます。」
苦手だが、やるしかない。言葉は宣言までに考えよう。場は整えてくれるのだ、出る言葉は口下手な俺の言葉、誠意と安心と逝った者達への別れを。
「ええ、望田君、彼女達を控え室へ。・・・その犬は?」
「ああ、何だか相棒になったらしいです。気にしないでください。」
望田に連れられて、着いた先は何処かの会議室。着くまでに出会った人は忙しなく働いて居るが、顔を見るとそれぞれに『ありがとう』と言葉を送ってくれる。望田は俺達を送った後、調整があると言い出て行った。残された妻と2人。終わったが始まった、ゲートはそこにあり、いつ溢れるかは分からない。
「そう言えば、なんですぐ駆けつけられたんだい?あそこは激戦だった、安全かも分からない所に、なぜ?」
「煙が晴れたからよ?司が戦う時、何時もモクモク煙出してるじゃない。あれが晴れたって事は、何らかの形で決着がついたんだろうって事でスクランブルよ。」
つまりは、衛星かドローンかはたまた、有志か兵士かのカメラで見られていたと。うぅむ、不老不死がバレた所でゲートに潜れば薬が在る事を配信で喋っているから問題無いとは思うが、下手に実験されるのも嫌だな。巻き戻しの薬は目録で見てないし。
「戦ってる姿も見た?」
「ううん、煙で殆ど見えなかった。だから皆慌てたのよ。貴方が負けたら、本当に勝てる人は居ないんじゃないかって。確か中位だっけ?それじゃないと話にならないんでしょ?まぁ、着いたら着いたで司は全裸だし、報道のヘリもチラホラ飛んでたしで貴方の貞操の危機だったのよ?」
ふむ、職も何をしたかも、寧ろ勝敗すらも分からなかったと。俺が負けたなら、情報が欲しいだろう。そもそも犬が出たのはアナウンス後すぐでゲート正面の兵士が多分、空間ごと喰われたから。駆け付けるまでの間に相当煙は出したし、戦う時も煙を出した。敵味方関係ない煙幕を撒いていた状態か、普段はタバコの煙程度だが、量が増えれば姿も消せる。
「・・・もし負けてたら危ないじゃないか。俺は君に危ない事はしてほしくない。」
兵藤がくれたタバコを取り出して一服。気の利いた事で灰皿が置いてある。諦める気は無いが、それは負けない事には繋がらない。俺は死なない、モンスターに自然死があるか分からないが、死なないとした場合戦いの決着が何時になるかは別の話になってくる。
今回はあの場で、明確かは別として勝敗が決した。しかしあの場で俺が負けたなら、次の勝負は何時になるか分からない。魔法はイメージで決まる。一度負けた相手に勝つイメージを固めるまでに一体どれほどの時間が必要なのやら。
「それは私も一緒。誓ったじゃない、病める時も健やかなる時もって。子供達がいるからすぐじゃないけど、司が逝ったら私も逝くわ。死がふたりを分かつだなんて認めないわよ?」
妻が後ろから左手に左手を重ね、振り向くといたずらっぽくウィンクした後に軽くキスをする。今回はどうにかなった、なら次は?様々なデータが今回の件で取れただろう、橘や千代田と話した事も無駄にはならないはずだ。なら、後はまた誘って歩こう。妻がそのまま抱き着いてくる。回された手を握り、再度歩く為の気力を振り絞る。
「え〜、お邪魔でした?」
トランクをもって入ってきた望田が、視線を逸しながら聞いてくる。邪魔か否かは別として、夫婦がイチャイチャしてる所に遭遇しては、彼女も困っただろう。しかし、彼女が来たと言う事は調整が終わったのだろうか。
「いえ、大丈夫ですよ。調整は終わりましたか?」
「ええ、急ですが今から会見です。国民の不安をいち早く解決する為と。」
時計を見れば21時頃。眠れぬ夜より、眠れる夜の方が良いだろう。生きていれば明日は来るし日は登る。それならば、飯も食べるし仕事もある。日常というのは、いい言葉だが待ってはくれない。
「分かりました、行きましょう。・・・そのトランクは何時ものアレですか?」
「この服でと要請がありまして。」
望田から渡されたトランクの中身は、毎度お馴染みゴスロリ服。配信で着て以来、いつの間にか制服になり身体にも馴染んだ。橘、少し恨むぞ。抵抗も無くなったが、おっさんになんて物を着せる。今は少女だが。
「莉菜、髪とファスナーを頼む。」
「ええ、可愛くしてあげ・・・たら取られる?」
「誰にだ・・・全く、君は俺の妻だ。どっしりしているといい。」
それを聞いて嬉々とした妻がファスナーを上げ、髪型を整えてくれた。赤いリボンタイに、同じく赤いリボンのツインテール。配信時の焼き直しのような姿の出来上がり。
「では行きましょう。莉菜さんはここでお待ちを。」
「総理、今回のモンスター発生の経緯は分かっているのですか?今後同様の事件が起こる可能性は?」
「今回の件につきましては、ゲート出現による一連の事件です。今後については分かりません。」
「総理、内円部では民間人の死者もまた、建物への被害も出たという事ですが、補償はどうなっていますか?」
「建物については補償の対象ですが、内円での死者については全て自己責任としています。この決定が覆ることはありません。」
「総理、ファースト氏は?彼女は最後の戦いに赴いたとの話でしたが、詳細は?」
「無事です、会見にもお見えになります。」
「総理、今回のモンスターパニック、通称スタンピードでしたが・・・。」
連れて来られたのは、総理が会見している高砂の脇。警官がガチガチに守ってくれたので、見つかる事はなかった。背が低い事もあり本当に人の壁だった。総理が会場で話しているので、俺が出るのはまだ後に・・・。
(出てください。)
(え?なにか合図とかあるんじゃないですか?)
(総理からは準備でき次第という話です。)
淡々と受け答えしている総理大臣は、手元にいくつもの資料を持っている。多分、カンペとかもあそこにあるに違いない。人には勝手に話せと言って、自分はカンペとか・・・。ここにいても仕方ない、質問も多分スルーして大丈夫。・・・行こう。
「総理、各国の・・・ファースト氏?ファースト氏が出て来た!」
壇上を歩く。焚かれるフラッシュは眩しく、記者のどよめきは止む事が無い。誰も彼もが不安に潰されないように声を上げ、安全を確認したいのだろう。
「お静かに。今回のモンスターの件は気高く戦い、散った方達の奮闘と有志の方達の協力。他、この件に関わった方々の奮戦により事態は収束しました。崇高なる使命に就き礎となった方達よ・・・サヨウナラ。ここに、私は事態の終了と安全を宣言します。」
話し出して静まり返った会場は、安全を宣言すると共に誰ともなく拍手が起こり喜びに包まれた。復興の道は遠い、死者は蘇らな・・・最上級の回復薬と時間の問題が有るがどうにか?いや、今はいい。無いものは無いし、今更蘇らない。
宣言をしてそそくさと会場を後にする。背後をチラリと見ると、総理の手が俺に伸びようとしていたが、生憎と人前に長居はしたくないのでね。政治家特有の面の皮の厚さで乗り切ってくれ。
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。これで私も肩の荷が降りる。」
望田と警官に連れられて元の会議室へ戻る。色々あったが後は国に任せて、俺はひっそりと・・・とりあえずファーストの知名度が落ちるくらいまではゆっくりと過ごそう。半月も経たない間の濃厚な出来事で人生360度回った気分だ。一周してるって?捻じれがあるんだよ、捻じれが。妻もいる、新しい友人もできた。それは普通の人生だが、俺が捻じれた。まぁ、納得してそうなったのだ良しとしよう。
「あっ、お帰り。大丈夫だった?噛まなかった?」
「ただいま、大丈夫。」
やる事は終わったし、後はホテル戻って明日にでも帰れば完全とは言わないが、元の生活に少しずつ戻れるはず。そう言えば、ホテルは大丈夫なのだろうか?持ち物は全部指輪に入れてるので、大丈夫と言えば大丈夫だが。
「カオリ、私が帰る場所、ホテルとかはあるの?無いならここに泊まって帰るけど。」
「あ〜・・・千代田さんに聞いてきます。」
何やら歯切れが悪いが、あんな事態の後だ。VIP扱いしなくていいし、SPもある程度戦ってる映像が流れたのなら、襲ってくる相手もいないだろう。無いなら無いで毛布くらい貰えれば寝るのは寝れる。
「莉菜、テレビとか観た?何処がどう放送されたとか知らない?」
「私も移動してすぐ、本部に連れて来られたから知らないのよ。確か千代田さんだったかしら、あの人が奥様に事があっては良くないって言って。」
千代田とは家族の事で一度言い合ったが、それで配慮してくれたのだろう。おんせん県の警官も知らない仲じゃないし。国へ帰るまで会えないと思ってたから素直に嬉しい。
「そう言えば、遥達は向こうのホテル?」
「ええ、流石に子連れじゃ・・・ね。」
取り留めもない会話を重ねる。子供達の事、ホテルでの生活の事、これからの事。話は尽きないが、話す時間はある。
「ツカサ、ホテルが取ってあるそうなので、今日はそこで休んでください。明日、今後の事を話します。」
「分かりました、行こう。」
都内某所のホテルに付き、望田と別れ妻と犬が部屋に入る。シングルルームで入口には必要なのか分からないがSPが立っている。まぁ、要人扱いはまだ解除されないか、妻が来るのも想定外だし。食事と必要な物はSPに言えば用意してくれるらしい。とりあえず食事と、望田が帰る前に下着等をお願いした。
バスタブに湯を張り妻と入る。彼女がどうしてもと言うし、家族風呂も入るので問題はない。身体が小さくなったおかげで、そこまで狭さは感じない。前は俺が後ろから妻を抱いていたが、逆転してしまった。
「お疲れ様、こんなに小さくなったのに頑張り過ぎよ。」
「仕方ないさ、こんなになったんだから。」
背中に妻の胸が押し当てられ、抱き竦められる。力は強く無いが、何処にも行かないでと告げるように。水の滴る音と、妻の温もりを感じていると、本当に終わったのだと感じる。この感覚は多分、ふとした日常を感じるたび、数日は続くのかもしれない。
「司は家に帰ったら何したい?」
「そうだな・・・夏になるし海とか行きたいな・・・泳ぐの好きだし。」
「いいわね、遥や那由多、結城くんや千尋ちゃん誘って行きましょうか?」
「そうだな、後はにゃん太を眺めたい。モフモフしたい。」
「貴方猫好きだもんね、そう言えばあのワンコ飼うんでしょ?名前どうするの?」
ふむ、付いてきた犬の名前か・・・何がいいんだろう?わん太?ポチ?いや、やっぱり首を跳ねる?アレの出した被害は0じゃない。後顧の憂いを断つならいっその事・・・。
「アキなんてどう?秋葉原で見つけたんでしょ?」
「アキか・・・とりあえず保留で。」
「そう?まぁいいわ、久々に背中洗ってあげる。」
そう言った妻が立ち上がり、頭と言わず身体と言わず丁寧に洗ってくれる。こら、前はいい前は。自分で洗え・・・洗い方が悪い?知らん、洗えればそれで・・・。
全身くまなく丁寧に洗われて1つしかないベッドで、抱き合う様にして身を寄せ合って寝る。妻よ、扉にSPがいる自重しなさい。
「え〜、昨晩はお楽しみでしたか?」
「様式美は要らないですよ。」
遅く無い内に寝たと思ったが、気が付くと朝だった。妻は先に起きて着替え終わってるが、気を使ったのか俺はさっき起こされた。浴衣で寝たがかなり開けている、寝相は悪くないはずだが・・・。
「支度します、すぐに指揮所ですか?」
「はい、千代田さん達が待っています。」