186話 仮面
やらかした人は滑り込みアウトになる前に推定セーフとなった。飛行機に投げ込まれる前に通信が来て交代を申し出たらしい。そのまま帰って貰ってよかったが、セーフとすると決断されたならまぁ、そういう人なのだろう。
「時間にルーズなんですね。寝坊したら置いていかれるので目覚まし時計を買う事をオススメします。」
「ナッ!我ガ国ヲ侮辱シマスカ!?」
「国なんて知りません。アナタが誰かも知りません。だってその為の仮面でしょう?個人への忠告か単純に老婆心です。」
仮面をしているが顔は真っ赤だろうな。と、言うか個人に宛てた言葉が国を侮辱した事になるって、どれだけ思い上がってるんだろう?やらかしたのはその人の国、眼の前にある現実は助かったという事実だけ。そして、仮面をつけた人々はその叫ぶ仮面の人を面倒くさそうに多分見ている。事実、俺も面倒くさい。
「ファースト!我々ハ貴女ニ屈シナイ!何レ我々ガゲートヲ掌握シマス!」
なんか変な事言い出した。えっ!俺ここで試されてるの?やっぱり笑ったら駄目なヤツ?あんな広大なゲートを掌握とかどうやってするんだよ?古代の方式で石投げるとか弓とか射るとかして、飛んだ距離がそのまま領土とか?いや、別にそれならそれでもいいけど、セーフスペース以外でやれよ?その領土にモンスター投げ込んで処理装置になってもらうから。
「ありがとうございます。どこの誰かは知りませんがモンスター討伐を引き受けてくれる国があった!なら、どんどん奥へ行って下さい。先の米国大統領演説で中層のモンスターを倒せばスタンピードは発生しないと判明しています。・・・、本当にありがとう!アナタ個人に宛てたメッセージは国に宛てた物となるようだ。ならば逆も然り。貴方の発言は貴方の国の意思でしょう?」
仮面を付けると気が大きくなったり自信がついたりする。言わずもがな、心理学にある仮面効果である。俺もあがり症で色々と調べたよ。それこそ自己暗示に辿り着くまでに色々試したし考えた。人をじゃがいもに見立ててみたし、手に人を書いて飲み込んだし、仮面は流石に無理だが伊達メガネして他人になってみたり。しかし、どれもダメ。俺として1番効果があったのは暗示。その次は相手の顔が見えない事。そう、相手の目や表情が読み取れないなら、それは人ではなくただの喋る人形。なら、人形に怯える必要性はない。
あぁ、そう言えばユング先生を知ったのは多分この辺りか。ペルソナ効果は先生が提唱したモノだったしな。確かに、暗示というのは使い分ける仮面だ。まぁ、今は仮面と言うか顔も身体も変わってしまって、コンプレックスを引きずる引きずらない以前に自分だけど自分じゃない殻を被ってるような状態だし・・・。それに心がついて行っていない?ん〜、綺麗な自分を認められないのはそれもあるかもなぁ・・・。元々腹の出たおっさんが急にチヤホヤされても、先ずはそのおっさんが過ごした時間分チヤホヤしてもらわないと急には納得出来ないかも・・・。
「ソレハ!ソレハ・・・、協力ハ?」
「えっ?嫌ですけど?」
わ、笑うなよ?絶対に笑うなよ?屈しない相手に協力して?ってもうギャグじゃん!何ならくっ殺じゃん!2コマ落ちじゃん!ここで体張ったギャグとかいらないよ!ユーモア?海外コメディーは笑いのツボがズレて笑えない時もあるけど、ここで笑いを取りに来る根性は素晴らしい。横の橘も俺が間髪入れず返したせいでツッコミみたいになってほぼ笑ってるじゃん!
「ク、クロエ。あ、相手に失礼ですよ・・・。」
「分かりました、ニコニコしながら見ておきましょう。そう言えば防犯の観点から録音してるんでしたっけ?私の発言や周りの音を。」
そんな事実は全くないただの出任せ。出任せだが、変な人も多いので釘は刺しておこう。さっきの仮面の人はかなり狼狽えているが、そもそもどこぞの国のお偉いさんが集団でいる中で啖呵を切ったんだ。顔も名前も分からないからと言って、何もかもが有耶無耶になる訳でもない。俺はこの人の声を知らないが、知ってる人からすれば間違いなく離れたいだろうな。
その後割とすんなりお偉いさん達は仲良くバスに乗って指定のホテルへ。はたから見ると仮装した集団の修学旅行かな?誰か木刀とか持ってないかな?流石にないか。ただ、来た人がスィーパーかどうかは分からないので、指輪に武器が・・・。いや、橘はスィーパーかどうか分かるのか。
「あの中にスィーパーは?」
「いましたよ?ただ、落差とでも言えばいいのか・・・。本当にテレビで名を聞く大物もいれば、木っ端の役人もいましたね。国の情報を取られるのと、今回の日本での買付を天秤に載せてそうしたのでしょう。」
橘による悪魔の証明か。まぁ、本題は本部長選出戦なので物販はオマケ。注目は物販に行くが、切り離してやったほうが良かったかな?次があれば多分そうなるだろう。バトルせずに物販だけと言う事も考えられるし、本当に技術の祭典として万博の様にやってもいい。世界が引き籠もりつつあるので、自国でのみ開催する小さな祭りが乱立してもおかしくない。個人が力を持つなら国へ来てほしくないというのも正当な理由だしな。テロへの警戒は高まるし、わざわざ危ない所へは行きたくない。
「これで全員なら行きましょうか。テレビクルーは別口で来るんでしょう?」
「ええ、そちらは真田君達が対応しています。機材の点検等、テロへの対策が難しいですからね。一応、クルーはスィーパーでない者としていた様ですが、スィーパーでない人間の方が少ない。やっぱりこれは有用ですからね。」
そう言って橘が指輪を見せる。中身不明で完全に個人のスペースとなる指輪。これの中身を知るすべがあれば、もう少し警戒態勢も解かれるだろうが今の所方法がないしな。出土品で出るのか?望みの目は薄そうだな。
「何かしらの糸口があればいいですが、どちらかといえばこれは魔法寄りではないですね。錠があれば解錠も出来ますが。」
「同感です。私のイメージですが単純に『箱の中を見る』そう言ったイメージの方が、確認するだけならやりやすいかも知れません。隠されたモノを発見する。トレジャーハンターとか職にあれば単純明快で分かりやすいんですけどね。」
トレジャーハンターねぇ。発見だけなら追跡者が出来るがあれはアレでモンスターに対応してるしなぁ・・・。一応、遭難者の捜索とかは出来るらしいから不可能ではないが、中身を見るとは少し違う。覚えていない職業一覧にあるのかなぁ?そんな事を考えながら別の降り口へ。真田達の応援だが、別に俺はいてもいなくても変わらないので魔法で隠れて着いていく。
大体どの国も5人一組。まぁ、武道館にカメラ置いてそれで中継するだけだし、公式映像は日本側がアップ動画とかを渡すらしいのでそんなに人数は要らない。そもそもR・U・Rを使うので主観画面とかの映像も抽出して渡せるらしい。人の視点でモノをみると酔いそうだが、検証データとしてはいいのかな?入国するクルーはバエティー豊かで肌の色も違えば髪型も性別も違う。
「ヘイ!メーン!」
「OKブラザー!」
ドレッドヘアーでレゲェーとか歌いそうな陽気な兄ちゃんは握手した後、拳を突き合わせてその後色々とハンドサインを変えながら握手している。器用なモノだがそれに合わせられる真田もある意味すごいな。だって鑑定した瞬間にそのサインを覚えてるって事だろ?言うなれば、延々とあいこのジャンケンをしているようなもの。記憶力と瞬発力、或いは手の柔らかさがないと中々対応出来ない。
そして、最終的に抱き合って別れる辺りコミュ力も凄い。俺だったら最初の握手の後は、流れ作業で送り出しておしまいだな。知らん外人と抱き合うとかしたくないと言うか、多分パーソナルスペース的な問題で嫌がると思う。
「モザ、真面目にやりなさい。それと神志那君、倒れるなら終わってからだ。」
「OK旧ボス!と、言うか旧ボスから復帰ボスになって尻拭いして欲しい。新ボスの五十嵐は融通は効くけど寝ようとしたら回復薬飲まされて叩き起こされる。」
「同じく!橘さんはよ、復帰はよ!私は新生ゲートオタクとして出土品をいじくり回した後、ゲートの秘宝を回収しに行くのだ〜!」
「・・・、仕事をしなさい!全く、手伝いますから早く終わらせましょう。」
要人よりクルーの方が多いので鑑定数も自然と上がる。まぁ、2人はまだ中位でないから仕方ないと言えば仕方ないが、握手してもそれなりに時間が必要な様だ。橘は視るだけでいいので、2人の背後から腕組みして一瞥するだけで済むので、これで一気に処理数が上がりクルーも宿泊施設へ。要人より出歩けて割と今の日本を楽しめるポジションの撮影クルーが今回の当たり枠。
今の日本、なかなか凄いぞ?東京のまだ一部だが新型の光ファイバーケーブルが使われている。本来ケーブルの中身は高純度のガラスやプラスチックなのだが強度の問題があって一本切れても大丈夫な様に束ねて使う。まぁ、他にもシングルモードやマルチモードなんて分け方もあるが、それはさておき要点は高純度で光を通すもの。あるんだよ・・・、36階層セーフスペースの水。或いは5階層の水箱。そして、何に使うのか分からなかった圧縮装置の設計図。
ええ、企業が政府主導で作りましたとも。故意にでも不純物を入れない限りほぼ100%の透過率を誇る圧縮物体。そして、硬度は斎藤の硬度照射装置で周りを固めれば、光ファイバーを超える強度と透過率を誇るウォーターファイバー!そして、それだけ大容量のデータをやり取りする為のサーバーはR・U・Rの物が秋葉原の地下1000mにある。そしてそれを増設しているとか・・・。結果として通信技術が一足飛びに飛んでいき、完成品をいじくり回したR・U・Rデータから様々な分野に広がっていった。
簡単に言えば、通信回線速度も強度も他国とは桁外れな事になっている。5Gが出たと思ったら倍の10Gとかになりおった。ゲートばかりで外の情報が欠落している訳ではないが、企業成長速度が早すぎてついて行けない。まぁこれも極一部、政治家の上の方やそれを知らないと困るような人達が知っている。俺がなんで知ってるかって?設計図見つけたからだよ・・・。
まぁ、通信速度や強度はゲート内通信に直結する所があるので本部長達は知らないと困る。寧ろ、最先端技術を知らないと外部からの支援が的確に受けられない。頭の痛い話だが、一応アプリもあるし支給品のスマホは、ガチガチに刻印やら硬度照射やらしてあるので簡単には壊れない。何なら銃弾は跳ね返すし殴れば鈍器の代わりになる。きっとこれを靴下に入れて振り回せばバールの様な物になる。さっきの人でバスは満員。しかし、まだ後一組残っている。
「貴方が最後の方ですか。では、こちらへ。」
「はいはい、待ちに待った時だ。自由への開放、オリエンタルな世界、エキゾチックでファンタスティック、ところでファーストさんは?」
「銀ブラは昭和天皇だけで十分でしょう?ジョージ。」
「クロエ!大統領をつけなさい。」
「分かりました。クロエ大統領がエマの代わりに来てますよ。」
「こら!ぎゃ・・・。」
「橘さん、それ以上はいけない。それをすれば全てが不味くなる。ここにいるのはクロエ大統領とテレビクルーの道を選んだ10〜20年前のジョージ。そうでしょう?」
「ああ!卓越したケーブルさばきにスクープ狙う8mmフィルム、バミってレフってガンマイクで逃さない!そんな私が日本へ来た!それと、今の私はジョンだ。宜しくレディ?」
「ファーストさんと仰々しく呼びなさい。さて、エマに引き渡します。後の2人もついてきて下さい。」
一個人としても仲良くしよう。社交辞令を断らなかったらその個人が押しかけてきた。ご丁寧に変装と言う名の若返りまで果たして。何本飲んだのか?或いは金出していい年数の薬を買ったのか?少なくとも若返ってしまえば他人の空似で済む。赤い国に何年生きてるの?そう言われる人もいるしな。
実際、顔の年輪が無くなって若くなれば、俄かに本人とは信じられない。天然の皮膚マスクを骨と肉にまとった厚顔無恥な人物、その名はジョージ・ハーワード。わざわざわ俺がここに来た理由。流石にここにエマがいるのはおかしい。何せホスト国日本の人間ではない。そして、彼を見て彼女が行かれるのもまたおかしい。何せ今や米国の英雄に祭り上げられたエマは色々と情報が漏れている。アライルも頑張っただろうが、俺とは違い最初から全米美少女コンテスト第2位と言う実績があるのだ。
どれだけ隠そうと、どれだけ言い募ろうと事実も家族関係も変わらない。知らない親戚が増えたらしいが、本当も嘘もまとめて片っ端から否定しているのでどんどん天涯孤独になっているらしい。まぁ、本人の意志でそうするなら構わないが・・・。




