閑話 49 エマの米国内活動 挿絵あり
スタンピードは切り抜けた。祝賀会もやった。クロエや来たメンバーとも酒を酌み交わし米国の最高勲章も貰ったし、階級も上がったので取り敢えず将階級以外は殴っても問題なくなったし、クロエが言うように昔殴った手合は先にアライルに話し、目を潰してもらったので憂いもない。ミッションコンプリート、大手を振って日本に戻ろうとしたさなかウィルソンとアライルに捕まり、私はまだペンタゴンにいる。
取り敢えずウィルソンは殴った。クロエに抱きついた事もそうだが、なんだかんだでコイツが1番美味しい思いをしている。写真集をくれと言えば普通に渡され、インナーをくれと言えば輪切りの可能性があったとしても100%クロエお手製の物を貰い、米国に来てからも、スタンピードが終わってからも時間を見つけて話し込む。
嫌なら嫌と言っていいとクロエに言ったが、彼女の中でウィルソンと言う人間像は既に構築され、この人なら普通にこんな事するだろうと言われてしまった。ただ、私は米国の人間で米国側の立場有る人間だが、その視点からクロエのする事を考えるとバラしてはいけない。或いはバラしたくない部分は伏せている様に思うが、ウィルソンの狙いが本当にそれなのかは分からない。
「毎度殴るな!走って痩せたとは言え痛いんだぞ!」
「少女に抱きつくおっさんは・・・、犯罪だろう?」
「ウィルソン君、私も弁護しかねるよ。それで、彼女のフレグランスは分かったかい?ヤニ臭い訳ではなかったのだろう?」
私とアライルの心は1つ。最後の最後で抱きしめやがって羨ましい!だ。後から連絡を入れたが『ハガーだったんでしょう?米国風挨拶ならありなんじゃないですか?私はハガーじゃないので次は腕組んどきます。』と返答された。実質、コイツが抱き着いたせいで次のハグはなくなってしまったのだ。
「なんとも言えないですね、ずっと嗅いでおきたくなるような香り。全く違うのに母親等をイメージする・・・。」
「気持ち悪いな・・・、そろそろ病院に行ったほうがいいぞ?」
「黙れ。プルースト効果の検証だ。俺はファーストさんと、この数日しか会っていない。なら、そこで記憶出来たものは今のファーストでしか無いし、異国の地に住まう彼女には米国の香りはない。それでもその記憶を呼び覚ます何かがあったと言う事だ!」
ウィルソンが変な事を言い出したら、クロエが食事の話をしろと言っていたな。2人の食うものは指定してこれと名を出していたが、何か意味があるのだろうか?いや、わざわざ指定したと言うなら何か意味があるのだろう。それこそ、コインチョコの空に金貨を詰めるように。
「ウィルソン、タコスとドーナツは好きか?後、アライル局長はパスタとコーヒーだったか。」
「いや?嫌いではないが・・・、昼食には少し早い。まだ仕事はあるから・・・。」
「・・・、エマ大佐。そのメニューはファーストさんの指定かな?他になにか言ってなかったかい?」
「他・・・?ん〜・・・。あぁ。そのメニューで食事をする機会があるなら10個ドーナツを買ってやれとは言っていたな。痩せても大食いだなウィルソン。体型でモノをいったんだろうが、お前もホテルではよく食ってたし。」
そう話す横でアライルがなにやら手帳を見出した。数ページ遡り1つの場所で視線を止め口を開く。何か質問の意図に気付いたのだろうか?この老人もまた、クロエがたぬきと・・・、腹の探り合いが出来ると警戒する人物だ。だが、逆に言えば何かヒントを出せばそれで警戒心を抱かせることも出来るのだろう。
多分、クロエの質問はそんな罠。人を惑わせる事に長けたことだ。私も罠を使う者だがそんな心理戦より、直接モンスターを倒す方が性にあっている。階級は上がったが基地に引き篭もるのは願い下げだ。
「時にウィルソン君。最近そのメニューを食べたね。このペンタゴン内で。」
「タコスとドーナツ10個・・・、いやまさか・・・。食べましたが来米前ですよ?」
「警告かおちゃめなイタズラか・・・。そのメニューは私と多分ウィルソン君がファーストさんが飛行機に乗ってここに来るまでの間。つまり、米国に来る以前に食べたメニューだよ。私の日記にそのメニューが書かれているのは直近だとファーストさんのフライト中だね。ウィルソン君は?」
「同じく、その日です。完全にデータを抜かれましたね・・・。しかも過去のもの含めて。ウィザードとは言ったがエンジニアの話では痕跡が見つからないらしいですが。」
「しかし、授業料に意味はあったよ。それに誰も彼もが秘密が出来た瞬間に秘密を暴ける訳でもない。対策法が完璧かは別として、彼女が手も足も出ないと言うなら指輪への収納が1番だろうね。トランクにでも収めてGPSでも付ければ取り出した事も感知できるだろうし。」
そう言いながらアライルが私を見るが、そんな胃の痛くなる事態は願い下げだ。それこそ大統領にでも持たせて厳重警備・・・、駄目だ。仮に私が諜報員だとして下位のスィーパー相手に遅れを取るイメージは少ない。至った後も下位の講習会メンバー相手に模擬戦で負ける事もあったが、それはもう規格外だろう。私より先に助言を受けて訓練を受けている者達なのだから。
まぁ、だからといって私自身が宝箱になるつもりもない。少なくとも、これからも日本に戻りもすればゲートへも入る。私と共に不測の事態により機密が消失していいならいい?それは駄目だろう。公には出来ないが記録にしろデータにしろそれが必要だから残すのであって、不要ならそもそも機密ではない。
「私は預からんぞ。これからの予定もある。」
「あぁ、それは承知しているよ。明後日に日本へ戻る君へ預けるのはあまりにも無責任だからね。それより、我々としては次の中位を・・・、それに至れる可能性を持つ者を探さなければならない。今回は日本が協力してくれたしファーストさんも来てくれた。しかし、次は?その次は?そうなってくるとやはり自国で戦力を整える必要がある。」
「彼女から何か方法は聞けなかったのか?お前は選ばれた。そして多大な成果を出した。或いは出させられた。」
「補助はしてもらったが、成果は私のものだ。それは定時報告でも知っているだろう?模擬戦は2回、それも出会った当初と至った後のみ。話や誘導される様な事はあったが、基本はモンスターを倒して対話する事。前に話しただろう、きっかけが有れば自分で動き出すと・・・。」
クロエと話し質問は聞いた。ウィルソンはいいが、アライルはそもそも職に就いていない。デスクワークメインの局長は既に年老いた老人で、日本の最高齢スィーパーよりは若いとしても・・・、いや。選ぶのは本人だ。若返りの薬もあるし、今から職に就いても遅いという事はない。
「クソっ、手詰まりか。今回の渡米中もあらゆる方面からデータを集めたが、異質と取れるものは精々食事量くらいしかなかった。」
「少ない期間だ。後退していないなら前を見ればいい。今回のスタンピード参加者にも少なからず、やる気のある者達もいるようだしね。」
アライルが諌めているが、私自身もスタンピード後に遊んでいた訳ではない。参加した兵士達の元を訪れ、少なくない人数に2人で考えた質問をし、それなりに可能性のありそうな者の目星はついた。ただ、本当に至れるかは分からない。あくまで感覚的で可能性的なモノなのだから。しかし、私としても手が足りない。挨拶の様にとは言うが私がそれを言い続ければただの口癖だろう。
「あ〜、ウィルソンはいいがアライル局長。クロエと話し、とある質問をする事で概ね職への理解度というか、そういったものがわかる。事細かに説明すれば可能性を奪う事も考えられる。そこで確認しよう。アライルは職に就いて質問を聞くか?それとも就かずに聞くか?」
「それは・・・、普通に聞くだけでも駄目なのか?俺はいいと言ったが。」
「問題は意味だ。職に就く云々ではなく知らずに聞くから意味がある。至れば問題ないが、下手に意味を知るとドツボにはまる。」
「就いて聞けば頭打ち、就かずに聞けばその後に就く時も考えてしまう。モニター越しにゲートへ入ればジャックポットと言われたけど・・・、なるほど悪魔と契約したからには仕方がない。」
「悪魔?局長それはまさか・・・。」
「私はスタンピードの本来の姿を知る為、ファーストさんから交渉内容とゲートの真実を聞いた。なに、実害があるものではない。とてもスッキリする解答だけど、同時に久々にカチンと来た。まぁ、それはいい。うん、エマ大佐その質問を私にするのは待って欲しい。老骨だけど今からゲートへ入るとしよう。確か、階層移動アイテムが米国にはあったね?それを・・・。」
「私が持っている。日本で箱を開けた時に運良く5階層分が出た。橘曰く、このアイテムの出現率は相当に低く、1から始まって最高が5だそうだ。だが、それでの退出は出来ない。私が知る中で強制退出が出来るモノを持つのはクロエくらいだ。」
使い切りでない階層移動アイテム。上へ規定階層のみ上がれ、下にはいけない。日本でもほぼ出ずに所有者と検証した中では5階層で使っても外には出れない。つまり、最初の5階層は絶対に降りろと言う事だろう。まぁ、それ以上に脱出アイテムには驚かされた。途中退場出来ると言うのはそれがあるだけで心の余裕ができる。
しかし、モンスターと戦う事を優先し、殆どのメンバーは一度入れば指定時間まではモンスターを狩り続ける。一度内藤と言うメンバーに話を聞いた事があるが、至りフルで能力を使うならゲート内でないと自身をセーブしてしまう所があると言っていた。まぁ、至った私もそう感じる事はある。集団で戦うならやはり周りは中位。そうでないと、巻き込んでも大丈夫か?そんな不安がついて回る。例えば今回ならドローンはカメラばかりで余り攻撃に回さなかったが、手数を増やし続けるなら罠は簡単になっていく。当然だろう。制御の難しいものより穴を掘るだけの方がはるかに楽だ。
「貸し出してほしいなぁ、そのアイテム。寧ろ増やせんのか?」
「ウィルソン君。断言とまでは言えないけど、それは多分出土しないよ。それを箱に入れて報酬にする意味がない。さて、善は急げ。5階層まで降りるとして、どれくらいかかると思う?身体にはムチ打とう。少なくとも、休日に散歩するくらいはしているよ。」
「ふむ・・・、バイクを使おう。ウィルソン運転は?」
「バイクは専門外だ、護衛ならお前で十分だろう?流石に俺までここを離れる訳にはいかん。記憶にあるだけでこれから研究者達とも会議が入っているし、映像データの検証にも呼ばれている。ありがたく思え、お前がする分の検証は全部受け持ってやるからエナドリ寄越せ。」
「ふむ、それは素直に礼を言おう。エナドリは・・・3本残ったから2本やる。1本はアライル局長の回復用だ。一応、これの成分は等級に乗らない回復薬だから擦り傷程度は治せる。」
「了解した、工場稼働までは大切に飲むさ。その工場もゲート内に建設予定だがな。検証データの共有はありがたい。」
ウィルソンと別れアライルを連れて車でゲートへ。最初の5階層は石壁作りだが一般道程度の広さはある。久々の上層。思えば訓練では常に奥に行くからここを見るのも新鮮だ。しかし、アライルは局長という立場だからか護衛は私1人だとしても軍用バイクをすぐにサイドカー仕様にして短期間で準備させる辺りは、手際も良ければ発言権も強い。前も思ったが、やはりこの老人はあまり好きにはなれないな。予見していたのでは?と勘繰りたくなる。
元の位置に戻されたワシントンゲートはスタンピード後だが、人は多く誰もが真剣な眼差しで中へ入る。私もサングラスしながら車から降り、指定場所でバイクを回収しアライルと共に列に並ぶ。多いように見えて流れはスムーズだ。何せ前に進むだけで中へ入れる。ただ、1つマナーがあるとすれば、誰かが入る時に触れないようにするくらいか。下手に触れれば中で赤の他人とパーティーを組む事になる。なので、女性はやはり複数人の女性パーティーで入るようだ。
ただ、サングラスをしていてもかなり見られ、前に並んだ奴はサインと握手を求めて来た。車から降りると同時にインナーとラフな格好になったがクロエの言う有名税だろう。隠れる魔法はまだ残っているが、これは最初から使わないと意味がない。
「中では大佐の指示に全面的に従う事を約束しよう。私が泣き言を言って逃げ出しそうなら殴ってくれて構わない。何せ私はゲート処女。恥じらいもなくモンスターに怯えてしまうかもしれない。軍隊式でやって欲しい。」
「了解したアライル。ピクニックの様な簡単な道のりだ。遊園地のジェットコースターだと思っていればすぐに終わる。さぁ、行こう。」
中に入りアライルの選択を待つ。さて、何が出るのだろう。その人の適正、必要なもの。思いに今まで何をしてきたのか。赤子は職に就けない。余り幼すぎても職には就けない。多分、適正にしろ何にしろ戦えないと判断されたか、それとも使いこなすだけの知性が足りないのか?
「初めて入ったけど、石の様に見えて石ではないねこの壁。さて、先ずは職の選定からか。ふむ。Sは出ないか。」
「クロエの様にコングラッチュレーションとは叫べないな。それで?」
「付与師、スクリプター、サバイバーだね。説明は覚えているけど・・・うん。スクリプターでは芸が無いから付与師となろう。」




