表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街中ダンジョン  作者: フィノ
23/837

20話 その背中

きりが悪くなるので短めです

 朝スマホのコール音で目が覚める。備え付けの時計で時刻を確認すると7時。着信を確認すると妻からだ。朝早いが何かあったのだろうか?LINEでのやり取りはしているが、昨日も遅くなった為、迷惑を考えて電話はしなかったのだが。そろそろ痺れを切らしたのだろうか、悪い事をした。


「もしもし、司起きてる?テレビ見てる!?」


「いや、いま起きた。テレビったって放送局が。」


「いいからつけて!」


 何だか分からないが、何かしらあったらしい。望田が迎えに来る時間は、何時もならもう少し後になるがとりあえずテレビを付けるか。


『国会より放送されています。秋葉原及び各都道府県に出現したゲート、国はこれをダンジョンゲートと正式名称を改め、これに対する法案、特別特定害獣対策法を制定しました。法律の発効は本日正午。


 以後、秋葉原ダンジョンゲートより5km圏内を害獣出現区域と定め、退去勧告を発令します。命を守る行動を取ってください・・・。えっ、これ本当ですか?・・・今入った情報です。退去勧告に応じない者に対しては、国は一切の責任を負わず、自己責任とすると明言しました。退去勧告の解除は別途国会より連絡があります。』


 ・・・国も思い切った事をする。被害を最小限にするならこれが一番有効だが、ここまで思い切られるといっそ清々しい。退去までのタイムリミットは約5時間、秋葉原と言う事を考えると全員避難できるかは分からない。ただ、まだアナウンスは流れていない事を考えると、若干の余裕はあるのかもしれない。


「莉菜、見たよ。これ朝からやってるの?」


「多分6時半くらいからかな?何処の局も同じ事流してる。司、大丈夫?対策員になったとか言ってたけど。」


「ああ、大丈夫。すぐ帰るよ。」


「うそ!動画とかで見たけど、モンスターって凄い化け物なんでしょ!?危ないからすぐ帰ってきてよ・・・。」


 妻は・・・泣いている。最も聞きたくない人の・・・嗚咽が流れてくる。今すぐ抱きしめたい。遠くなった日常に戻り、平凡な毎日を莉菜や家族と過ごしたい。でも、それを取り戻す為に今、引き返す事は・・・出来ない。


「それは・・・出来ないよ。それに、俺は不死身なんだぜ。」


 おどけて明るく言ってみる、これで少しは安心してほしい。これは詐欺だ。1人必ず生き残ると言う、出来レースの様な詐欺。千代田が言っていた、上は俺をペテン師ではないかと。その答えは、今の時点ならYesだ。


「それでも痛いじゃない!苦しいじゃない・・・何でよ!貴方じゃなくてもいいじゃない!別の誰かだって、それこそもっと強い人とか、警官とか自衛隊とか、いっぱいいるじゃない!」


 確かにいるさ、橘も兵藤も強くなった。昨日見た高校生も強くなる。いや、ゲートに入って職に就いた人間は、誰だって強さを貰ってる。


「莉菜、誰かがする仕事の誰かは、俺で有っても問題はないんだよ・・・。人に押し付けちゃ駄目だ・・・。必ず愛する君の元へ帰る。約束する。」


「うぅ・・・嫌、嫌だよ、何で司なのよ・・・。何で私の好きな貴方なのよ・・・。でも、こんなに言っても頑固な貴方は行くんでしょ?」


 謝っても謝っても、謝り足りない。でも、今謝るのは違う。謝るなら、顔を会わせて謝らないと。言葉だけじゃ足りないから。気持ちを伝えるなら、顔を見ないと。


「ああ、行くよ。必ず帰るから、見送ってくれないか?」


「・・・、いってらっしゃい。」


「行ってきます。」


 電話を切る。珍しく彼が来ていたが、気を利かせて黙っていてくれた。彼も相当疲れているのだろう、何時もの七三は崩れ前髪は降りている、顎には無精髭が生え顔も青白い。多分寝ていないのだろう、隈がより濃くなっている。


「おはようございます、すぐ出れますか?」


「ええ、千代田さん行きましょうか。随分とワイルドになられた。」


「寝ていないもので、歩きながら話しましょう。」


 シャチパーカーを着て、ホテルの廊下を足早に歩く。これから先は戦場へ一直線だろう。定刻には早いが、作戦の打ち合わせもある。時間は有限、戻ってはくれない。誰も彼も居ない廊下を、タバコに火をつけて歩く。歩きタバコは悪いが今は許してもらおう。千代田が咎めるように見るが、文句を言わないので良しとしよう。


「放送は見ましたね?」


「ええ、思い切った事をした。戦力はどの程度ですか?」


「自衛官、警察官合わせて6千名。有志の一般人は4〜5km地点で運用予定です。それより中に入った場合は・・・自己責任です。」


 詰まり円内部で迎撃し、撃ち漏らしを外円部で抑える寸法か。有志の数は分からないが、円内部の人員は死を覚悟した志願者だろう。この期に及んで死なないでとは言わない。それは彼等の意志に泥を塗る事だから。


「・・・ドッグタグと遺書は?」


「・・・、全て滞りなく。タグのおかげで親元へ返せる。」


「そうですか。終われば遺体も、丁寧に回収して送り届けましょう。」


 車に乗り込み千代田の運転で街を進む。放送のせいだろう誰しもが浮足立ち、行く宛もなく彷徨っている。彼等が職に就いているのか、いないのか。逃げるのか、戦うのか。彼等は自身で判断を下し行先を探している。


「ポジティブなニュースとネガティブなニュースがあります。」


「・・・ネガティブなニュースから聞きましょう。」


 この期に及んで何かあるらしい。時は開戦前夜・・・いや、開戦間近か。睨み合うべき相手は未だ穴蔵で、姿を表せばそれ即ち奇襲なり。俺達から打って出る事は出来ない。


「一部の政治家と大使達が貴女の警護を要請しました、場所は秋葉原ゲートより20km地点です。」


「・・・千代田さん、私を送った後にメッセンジャーをお願いします。」


「何と?」


「決まってるでしょう、一発かましてクソ喰らえです。丁寧に丁寧に私の名前を出して、今後貴方達の要請を一切受け付けないと。」


「くっ、魅力的な仕事ですね。謹んでお受けしましょう。」


 自己保身大いに結構。ただ、頼る相手を間違えている。俺にその要請をした所で可愛らしく頷く訳がない。頼るのならば、自身の金と権力で、俺以外の誰かを雇うといい。それに、千代田もフラストレーションが溜まっているだろう。万全の体制を取るなら、ここでひとつ吐き出してもらおう。


「ポジティブな方は?」


「これを。一通は今、もう一通は終了後に見て下さい。」


 千代田が差し出したのは2通の封筒。多分、上になっている方が先に読む方だろう。封を切って中身に目を通す。・・・、成る程これはポジティブだ。


「内容はなんです?」


「簡単に言えば、敵の殲滅を最優先とす、という事です。害獣出現区域内に於けるモンスター出現開始から終了までの期間、私の行った人的物的損失は一切罪に問わないそうです。無論、最小限に留める努力義務は有りますが。」


 後顧の憂いを断つと言う事だろう。無闇矢鱈と壊す事はしないが、最初から免罪符があれば、より動きやすくなる。誰がどう働きかけたかは知らないが、いい仕事をしてくれる。


「特殊作戦群の方からと、橘警視からの提案でしょう。武器も錆びては使えない。」


 あの二人か、成る程。共に戦った仲だ、俺の事を分かった上での提案だろう。いい風が吹いて来ている。ここまでお膳立てされたら、やるしかないじゃないか。


「それと、高槻さんからですがゲート内、セーフスペースの自生物があれば欲しいと。彼は、低級ですが回復薬の調合に成功しました。ただ、材料が無いので貴女が持っていれば譲って欲しいと。」


「本来は私が調合出来れば良かったのですが、生憎私の職では無理そうです。ある分全て渡しましょう。」


 馬に目玉に草、全てある。生存確率を上げる為に習得した魔女だが、あれは鍋を掻き回してはくれなかった。別の鍋は掻き回しっぱなしだがソレはそれ、コレはこれ。戦えるのなら問題無い。


「さて、着きました。私はメッセンジャーになるので出ますが、ブリーフィングは特殊作戦群の方とお願いします。あと、何時ものアレは後ろにあります。トランクを持って行ってください。」


 着いたのは秋葉原ゲートから約4.5km地点。辺りに仮設テント等が在る事から、ここが指揮本部だろうと言う事がうかがえる。まぁ、それはいい。いつものアレと言うと、アレなんだろうな・・・。


「確認ですが、ゴスロリですよね。素材は防弾繊維とか?」


「いえいえ、満場一致でシルクのゴシックドレスです。」


 誰が満場で一致させたのか、小一時間程問い詰めたい。そりゃあモンスターに防弾繊維は、多分効かないだろう。しかし、なぜシルクを選んだ・・・着心地か、着心地なのか?ドレスなのもパワーアップか?ラストフォームとかの。いや、この場合の死に装束?


「千代田さん、追加でメッセージです。よく()ありがとう、と。満場で一致させた奴に伝えてください。」


「皮肉ですね。伝えておきましょう。では。」


 俺を置いて千代田は去って行った。これから殴りに行くのだろう。さて、降ろされたはいいが迎えがあるわけでもなし、とりあえずテントへ向かうか。空には無数のヘリが飛んでいる。彼らも今回の事を放送する為にやっているのだろうが、事が始まったら退避してもらいたいものだ。


 行き交うは迷彩服の隊員と制服と私服の警官。キセルを取り出してプカプカ。遠巻きに見る人は居るが、直接話しかけて来ないので、そのままテントの中へ入る。


「ここは特殊作戦群のテントですか?」


「えっ?あっはい。ファーストさんですか?」


「はい、こちらでブリーフィングがあるとの事で来ました。」


 顔も髪も隠していないのだが・・・まぁ、確認は大事である。近くを歩いていた兵士を捕まえて聞いたが、どうやら間違いないらしい。話しかけた兵士に連れられていった先には、机と地図と無線が所狭しと置かれ、前線基地の様を呈している。


「ん、ファースト。もうお着きで?」


「兵藤さんも内円班ですか?」


 連れてきてもらった兵士にお礼を言い、辺りを見回すと兵藤がいた。ここにいると言う事は、彼もまた遺書を書いたのだろう。それがただの紙くずになる事を祈るばかりだ。


「ええ、その為の自衛官ですから。今回の作戦内容はなにか聞いてますか?」


「外円、内円で分けてモンスターを逃さないようにするとしか。そう言えば、高槻医師を知りませんか?材料を渡したいのですが。」


「そこの君。高槻先生を呼んでくれ、生存確率が向上する物資が来たと言えば分かる。」


「了解!」


 敬礼して駆けていく兵士の背中を見送り、兵藤と席につく。机の上の地図にはセパレートが被せてあり、無数の記号や番号が振ってある。この1つ1つが兵士であり、小隊であり、基地なのだろう・・・多すぎないか?兵が6千にしても多すぎるような。


「まず1つ目、4.5km地点東西南北にそれぞれ、補給基地と救護所を合わせたものを設置しています。ただし、これは自力で退避する前提なので、負傷者は場合によっては見捨てて下さい。」


 実際の戦争と一緒か。負傷者1に対して救護者2、職に就いている関係上救護者1でも行けるかもしれないが、兵の数は限りがある。有志が不確定な以上、これは仕方ない。


「分かりました。」


「次に兵の配置です。基本を二人一組、等間隔で配置予定ですが、ビルや地下鉄があるので確実にはカバー出来ません。」


 相手は常に奇襲、範囲は分かっても数も質も分からない。薄く広くの面制圧、分かってはいても市街地というのがネックだ。


「各個撃破の遊撃処理ですか。同士討ちの危険性がありますね・・・ビーコンでも付けますか?」


「いや、そこはスクリプターの記録管理能力で戦場を管理します。不測の事態以外はドローン及びGoPro映像で全体管理です。」


 おぉ、ここに来ての近代装備とスクリプター。全体管理できるなら、雑魚はほぼ無傷で制圧出来る。最後の考えられる問題は橘と話したユニークモンスターと傾向。情報は千代田に渡したが伝わっただろうか?


「効率的ですが、モンスターの強さ次第では瓦解の可能性が有りますね。傾向は千代田さんから聞きましたか?」


「ええ、そこでクロエ。貴方は個人出撃、完全遊撃です。望田さんがバックアップに入り小骨・・・ユニークモンスターでしたか?あれをメインで潰してもらいます。」


 成る程、ポジティブニュースのあの特例はこの為か。確かにユニークモンスターと戦えば被害は出る。速度を求めるなら、かなり強引な方法も取るかもしれない。出現地点さえ分かれば被害は最小限にできるが・・・。


「分かりましたそう言えば、アレはありますか?」


「ええ、有りますよ。見ますか?」


「ええ。」


 久々のバイクである。これで5km圏内なら、かなり早く移動出来る。何なら乗ったまま空飛んでモンスターを轢く。某仮面の人は大型モンスターも貫いていた。


「クロエ、行く前に材料を下さい。」


「お、高槻さん。いいですよ、使わないので全部あげます。」


 馬3体分の肉に目玉にわらび餅沢山、人の手草にその他沢山。指輪は何でも入るし容量も不明な程多い。ただ問題は入れた事を忘れると永久に中にある事。と、そう言えば。


「兵藤さん、はいどうぞ。」


「飴ですか。なら、こちらからはこれを。」


 脱出祝の飴を渡すと、タバコをワンカートンくらい貰った。誰の差し金か知らないが、棚ぼたである。兵藤は吸わないし、有効にモクモクさせてもらおう。材料を渡した高槻は全て指輪にしまい走って行ってしまった。誰でも使える薬を作っている彼は一足先に、彼の戦場に身を置くようだ。


「さて、行きましょうか。」


 そう言って連れてこられたのは横のテント。中に入ると愛車のGSR250Sカラーリングもバッチリ。センタースタンドで停めてあったので、跨ってみたが足は地面に届かない。まぁ、昔の身長で丁度良かったしね・・・。


「・・・大丈夫ですか?」


「問題ありません。足が届かなくとも、どうとでもします。」


 自転車と一緒で、走り出してしまえば後は進んでくれる。同排気量の他のバイクより重く、デカいコイツは真上から見るとイカのような印象を受けるシルエットだが、素直で乗りやすいバイクだ。


「さて、兵藤さん他に打ち合わせ事項はありますか?」


 バイクを降りてそう聞くが、今の所はないと思う。アナウンス、それが流れれば配置し事に備える。時刻はそろそろ昼頃だろうか。腹ごしらえでもして待つとするか。


「今の所は無いですね。慰安で歌でも歌いますか?」


 そう兵藤が聞いてくるが、生憎と人前は苦手だ。出撃前なら鼓舞でもするがコンサートでも無いし、そもそも歌手じゃない。


「給仕くらいならしますが、流石に歌は嫌です。人前は苦手なので。」


「そうですか、ならそちらの手伝いをお願いできますか?貴女に給仕してもらえるなら、彼等も嬉しがるでしょう。」


「分かりました。メイドでは無いですが笑顔でするとしましょう」


 明日とも知れない命、見るのが仏頂面では流石に可哀想だ。激励しながら給仕をするとしよう。兵藤に連れてこられたのは1つのテント。中には野外炊具、簡単に言うと飯炊く車だ。そこに並ぶ自衛官や警官が見えるので、これにご飯を手渡しで配っていく。


「危ない任務ですが、頑張って下さい。」


「はい!ありがとうございました!」


 そして、千代田が帰ってきた頃に、運命のアナウンスが流れた。


『ゲート内容量の既定値が満たされました。これより1時間後、強制排出を行います。転送範囲内のゴミを掃除してください。排出量は10万想定で順次排出されます。』


「なっ!」


「10万・・・体ではなく想定・・・?成る程、予想は当たった。しかしアイツ等人を逆撫でする。」


 兵士6千敵10万戦力差は約17倍。救いは数ではなく、ユニークが出ればその分数が減る事。前に見た水銀玉、あれだけで10体分のモンスターと判断をするなら、多少数は減る。しかし、アナウンスの声は妻を模倣したものか。出会った時にそれを模倣して、そのまま流用しやがった。


「兵藤さん、時間がない。配置に付きましょう。」


「・・・ええ。想定より遥かに多いですが、頼みますよ。」


「ええ、次は酒でも飲みましょう。では。」


「宴会ですか、久しく参加出来てないですがいいですね。では。」


 他愛もない約束を交わし別れる。それが果たされるかは、終わらないと分からない。だが、そんな他愛もないモノが支えになる事を知っている。


「クロエ、ここにいましたか。準備しますよ。」


「ええ、お願いします。」


 仮設テントに向かい衣装を着替える、ドレスというだけあって、背中の開いた黒のハイネックドレスに肘までのグローブ。流石に靴は低いヒールか。これがハイヒールなら殴ってた。


「千代田さん、髪セットできますか?」


「娘にしているもので良ければ。」


 器用にまとめられた髪はアップにされ、赤いリボンで結ばれる。ゴスロリ服ではないが切り替えていく。


「インカムです。望田がバックアップに付いているので、分からない時は彼女に指示を仰いでください。」


「分かりました、千代田さんも避難してください。」


「ええ、ご武運を。」


「ええ、また後で。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
評価、感想、ブックマークお願いします
― 新着の感想 ―
[一言] ~俺を置いて千代田は去って行った、 とあるのでここでメッセンジャーとして件の20㎞地点へ出発したのかと思っていたのですが。最後のところで千代田氏に髪セットをお願いしていて、え?まだいたのかと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ