閑話 コールオーバー 46 挿絵あり
らしくない、全く持って俺らしくない。しかし、浮かれるのも許して欲しい。架空同居生活をした相手が目の前にいるんだ、いうなれば憧れのスターに会った熱狂的なファンの様なものだ。女性が好きという事で、エマとファーストの会話からコールガールを出したが結果は殺されかけた。本当にハムになるかは分からないが、タブー扱いとまでは行かなくとも下手な事は言わない方がいいようだ。あの時はエマに助けられた。
ピエロや三枚目扱いは慣れている。容姿も冴えないおっさんでいい。ファーストインプレッションで冴えないおっさんなら、恋愛に発展する確率も低ければ、多少のデリカシーのなさは許される。ただ、今回のコールガールの件は駄目だ。あれは多分、ファーストの一線だ。見ず知らずの奥方を褒めるには言葉だけでは薄っぺらいし、褒める材料もない。
こちらに来てのやり取りである程度ガードは下げられたと思うし、個人的に写真集やインナーを貰えた辺り最悪に落ちてはいないが、遊び半分でぶっつけ本番の魔法を使われれば流石に警告と取れる。ただ、聞く話は録音しているが有益なモノも多い。
魔術師の育成は米国に取って悩みの種だ。エマを魔法職と位置付けるには厳しいところがあり、未だにゲームや本でイメージを増やさせている。だが、個人の持つイメージで進んでいいと言われたなら、ファーストではないが『あなたは何故魔術師なのか?』この質問が一番的確で本人の答えやイメージを作るきっかけとなりやすい。
何故俺がスクリプターなのか?質問が的確なら回答も考えやすい。俺に取ってスクリプターと言う職は仕事に一番必要だからだ。分析するにしても事実を積み上げ、心理誘導を行うにしても材料を探す。そう、相手に対する知識を忘れてはいけないのだ。忘れるという事は、俺に取って無条件に武器を捨てるに等しい。それはきっと局長も同じだろう。
戦場の霧は濃い。しかし、いくら濃くても道しるべはあるし眼の前や足元は見える。手探りで一歩、摺足で一歩。そうやって一歩ずつ進めば辺りは形を表しだす。しかし、和やかな夕食だったがファーストのあれはやはり食べ過ぎだ。まるで底無しのように料理が消えていったが、あの小さな身体によく入るものだ。スーツを脱ぎながら局長にコールする。物は届いているはずだ。
「局長、インナーは届きましたか?試供品を求めて3着融通してもらいましたが。」
「あぁ、いい仕事だったよ。今検証班が確認作業をしているけど、拳銃に重機関銃、爆発物にその破片。モンスターのビームにも一定の対抗性を持つと結果が出た。エマ大佐が言った様に米軍5000名の命綱だね、これは。財務省は渋ったけど、国務長官と大統領に話して継続購入出来るような額を提示するとしよう。」
「それはファーストも喜ぶかと。購入額の3分の2を金貨でいいと言われましたが、揃えられそうですか?」
悪い取引ではない。金貨は既存の通貨と違いゲートに入れば比較的容易に揃えられる。モンスターと戦う必要が高いのは問題だがそれは現時点でも米軍はゲートに入っているので考える必要はない。ただ、本当の問題は取引相手であるファーストにどの程度情報を抜かれたかという点の方だ。今回の件が決まった時点で最高機密は移動されているが、コンピューター制御を乗っ取られるのは想定外だった。今頃事務員やPC関連で飯を食ってる奴らは、残業しながらデータを洗浄しているだろう。
手持ちに電子ウイルスはないと思うが、手の内が全く読めないので『その程度の事、なんで出来ないと思ったんですか?』と、詰めが甘ければ素知らぬ顔で言われて、好き放題機密事項を見られかねないため、何が抜かれたのかわからないのは懸念でしかない。
「その点は大丈夫だよ。必要ならゲートのモノでなくとも貯蔵された純金を加工して渡す。純度が落ちる分量は増えるけど、彼女の狙いは純粋に金が欲しいと言う訳でもないだろうからね。」
「別の狙いがあると?」
「あぁ、色々と考えられるけど、1番は紙幣のこれからの有用性だろうね。今でこそ基軸通貨は国が保証して価値があることになっている。でも、これから先も金貨が出続けるなら、わざわざ国が保証しなくとも一定価格で扱える統一通貨が生まれる。」
「それが金貨ですか・・・、小銭の概念がなくなるのはいいですね。重い財布を持ち歩かなくて済む。何なら、海外旅行に行ってもその国で好きなだけ稼げばいい。」
「タイミング的には今で良かった。金融街が音を上げた後なら枚数も更に跳ね上がってしまうからね。」
「そうなれば国策としてゲートへ入れですか・・・。仕事なら仕方ないとは言え、身近な戦場を笑いながら歩く気にはなれない。」
なれないが、設計図と出土品は魅力的だ。個人なら出た職で一喜一憂すればいいが、国となると育つかも分からない個人よりも、1枚出れば未来を変えるかもしれない設計図の方が重要だ。作成の目処は別として、有用性を考慮するなら国として多数所持したい。今こそ思う、日本が同盟国でよかったと。腹に一物抱えていようが、仕事をしてくれるならそれはビジネスパートナー。世界の警察を自負する国としては、早々遅れを取る事も出来ない。
「我々の方は滞りなく推移しているけど、君の方はなにか収穫はあったかい?私が下っ端ならすぐさま君と立場を入れ替えるけど。」
「生憎と局長の椅子は大統領の眼の前で蹴ったもんで・・・。今日1日、ほぼ観光でしたが多くの話はできました。1箇所くらいの観光で自由の女神を指定された時は、時間のかね合いに頭を抱えましたがね。」
単純に見たかったのか、それともなにか考えがあるのか?姿隠す事なく女神を見ていたが、これと言って不自然な点はない。ワシントンを離れたかったのか?と考えれば、ホテルの変更もないのでそう言った訳でもないのだろう。観光しながら周囲を観察するように見ていたが、やったことと言えば時折サインに応じるくらいで後は車内での雑談程度。
知的か否かは確認出来ただろう。会話の端々から様々な事に対して一定の知識を有している事は分かった。しかし、それはネットを見れば分かる範囲のもの。取り立てて深い知識や何故それを知っている?と疑いたくなる部分はない。まぁ、エマとファーストが連れ立って歩く姿に華はあった。それは間違いない。
「時間はいいよ。最悪ヘリを飛ばせば渋滞も関係ない。雑談で拾えた情報はないかい?」
「寵愛を受ける奥方にかかるものは琴線。下手をすれば龍の逆鱗に触れることになる。これくらいでしょう。どういう流れか知りませんが、性欲の話をしていたのでコールガールを出しましたが、結果として悪ふざけでハムにされるところでした。仮に、彼女をこちらに留めるとするなら奥方に来てもらうのが一番早いです。ただ、それは日本政府も許さないでしょう・・・。奥方の所在は?」
「分かっているよ。寧ろ、本人が隠す気がないのか精力的に働いているらしい。日本の公安なんかの監視があるから深くは探れないけど、2人で連れ添って出歩く事もあるしエステなんかにも行く様だよ?インタビューで話してた。」
選択ミスか。話に乗るんじゃなくて美容を勧めた方が食いついたのかもしれんな。どう見ても化粧っ気がなかったので選択を除外していた。ただ、それで飾ら無くとも目で追ってしまう程美しい。接触こそ少ないし、身長が低いせいで遠くからじゃないと顔は見えづらいが、あれで高身長なら囲まれてしかなかっただろう。
「まぁ、次の機会には高級エステでも勧めます。奥方にはやはり?」
「手を出すな。手を出せば琴線ではなく、下手をすれば逆鱗に触れる事になる。私は彼女との会話を思い出すけど、精神的には普通の人だよ。なら、どんなに穏やかだろうと、怒りもすれば嘆きもする。寧ろ、天秤が傾いて怒るポイントが分かる方が付き合いやすい。」
「不公平な天秤だ・・・、もう少しこちらにも優しくしてほしい。」
そうは言うが、外国を嫌がっていたのに、こちらには割とすんなり来てくれたように思う。金銭の要求は有ったものの、それさえなければ逆に恐ろしい。無償で命をかけるのは英雄だろうが、その後に生き残ってジル・ド・レの様に暗愚になられても困る。仕事には報酬を、スマートな取引きは歓迎する。
「人の天秤は常に自分の方に傾いている。そうでなければきっと人じゃない。私達はその傾いた方の天秤に乗れたからこうして雑談も出来る。いいじゃないか、新しい英雄を間近で見れるんだ、心躍るだろ?」
「俺も砂漠行きですか・・・、精々馬車馬の様に使われましょう。そう言えば、国連軍はどうなりました?丁重にお断りしたと聞いていますが。」
「来ないはず、いないはずだ。損害が出ても文句は言えないはずだ。仮に砂漠に影があったならモンスターに食わせるといい。12000名の内、作戦通りに事が運べばそこまで人はいらない。多く出しているのは、大概的なアピールも含めて外部に情報を漏らしたくないからさ。少なくとも、中も外も米兵で固めれば追跡はしやすい。」
共産主義・・・、新たな枠組みが出来る中でもがく国の1つだが、あの国はマンパワーを使いやすい分面倒だ。日本が躍起になって潰しまわったせいで、あの国に残るスパイは少ない。泳がされたと取るべきか、気付かれなかったと考えるべきか。うちもマフィアまがいの組織はかなり潰され、比較的クリーンな組織だけが残っている。
そして、昔からの情報垂れ流しは、過去ならば笑って見ていられたが、今では情報の精査に膨大な時間を割く重しになった。笑い話だが、今の俺達はテレビから流れるタブロイド紙に乗りそうな情報さえ貴重だ。しかし、初めての独占インタビュー先が昼の情報番組というのは、笑いたくても笑えない冗談だし、その情報さえ必要としている現状は如何ともし難い。・・・、まぁ、少ない時間だが直に話せるだけ幸運と思おう。楽に走る手ほどきもしてもらえた。
エマが先に口を開いたが、ファーストも意見は同じだったのだろう。指導者としての資質に疑問がないわけではない。元々少佐と言う立場なのだから、部下を効率的に運用する事はできる。問題は指導した上で新たな中位を生み出せるのか?その点になるが、ファーストとの関係を見れば良好なのだろう。なにかあれば、電話でもして相談してもらえばいい。
「全ては霧・・・、今回は砂塵の中ですか。まぁ、衛星監視なんてされたなら対応限界もありますが、牽制としては十分と?」
「国家安全保障局としてもあまり大々的にはやりたくないそうだ。血の気の多い彼等だが、今回ばかりは慎重にもなるよ。国連軍を断った以上、事態の収拾は自分達でやらなければならない。けど、それをするにも打開策が同盟国だよりになる。・・・、ウィルソン君、日本にはファーストがいる。なら、我が国には?」
「エマ大佐と言う事ですか。やれやれ、プレイボーイは疲れる。両手に華の観光だと思えば、お姫様方のエスコートだったとは、白馬が必要でしたね。明日はかぼちゃパンツに白いストッキングでも履きましょうか?」
「皮肉はよしたまえ、事実だよ。これからもエマ大佐とは良好な関係を続けたまえ。それと・・・、とあるオーダーが出た。後で受け取るといい。」
オーダー・・・、嫌なものだ。その中身はきっと不測の事態ではエマを優先しろと言う指令だろう。いや、分かっている。国に仕える者として自国の利益を優先するのは当然で、大多数がファースト達の戦いを見る中、どこから凶弾が飛んできてもおかしく無い。そして、それを察知して動ける者は少ない。クソ、追跡者が出ればそちらが良かったか?
出なかったものは仕方ないが、選ばれなかった可能性は何処へ行くのか?カードゲームと一緒か。ブタなら2カードを。2カードなら、3カードを。高望みしようとも、ある手札で戦うしかない。俺の戦場はデスクの上だが、砂漠に行くならそこで出来ることをするしかない。記憶力はいいんだ、後は総合的な違和感にさえ気づければいい。
「通話はこれで。オーダーを受け取りに行きます。」
「あぁ、頼むよ。くれぐれもミスのないようにね。」




