閑話 米国会議室廊下 45
会談は概ね成功だろう。皮肉を言いエマをファーストへ傾倒する様に仕向け、友人と呼ばれるようになったなら、やってきた事に意味はあった。まぁ、そうしなくとも彼女を師として仰げるならどの道彼女へ傾倒していただろう。
要はさじ加減だ。行き過ぎれば囚われ、足りな過ぎれば曖昧な関係を築く。どの国も言うように戦力不足は否めない。スタンピードは寝耳に水だが、それでも我が国は他国より・・・、日本は無理だとしてもそれ以外の国よりは先にいる。
会談の内容が面白いものか否かと言えば、我が国としては九死に一生を得たと言う所だな。ああも出した作戦を真っ向否定されればこちらとしても立つ瀬はない。生き餌の様に扱ったキリングの息子は、本人は知らずともいい仕事をした。既に情報局内では織り込み済みだったが頭から彼等が立案した作戦を出すあたり、局長も時間がない事は重々承知していたし焦りもあった。
ただ、こちらの予想よりもはるかにゲートに対する検証を重ね、知識を貪欲に習得する姿には恐怖感もある。人員を揃え可能性を確信に変え出来る事を証明して案を練る。言葉にすれば当然の事だが、それをするにしてもゲート内で身軽に動けなければ出来ない事が多い。イヤホン越しにダグラス達が話す会議を聞いていたが、あちらはあちらで中々荒れていた。
争点は檻の強度とこちらでも上がっていた作戦。最も核には言及はしていない。ただ、最強の爆発物を使うと臭わせただけだが、そもそもこれは自国の領土内の事なので日本としては使うなとは言えないし、使った所で自国民から批判が飛んでくるくらいしかない。米国は自国内で戦争をした事はないが、まさかこういった形で自国の決戦を考えさせられるとはな。策を用意していない訳では無いが流石にモンスターを想定しろと言われれば・・・、無くもない。しかし、それが通常兵器が通じないとなるとお手上げだ。
「はぁ〜、ウィルソン。そちらはどうだった?」
「ダグラスか。危うくへそを曲げられるところだった。まぁ、本気ではないと踏んでいたし、これまでの行動から見限る事はないと俺も局長も読んでいたが胃に悪い。そちらは?」
「自衛隊高官と日本政府の代理者。それと、ファーストのネゴシエーターに作戦の要と称される人物。荒れに荒れたさ・・・。笑える話だが、銃弾一発撃つ駄賃があるなら全て報酬として寄越せと言ってきた。そちらの局長に話してある以外の作戦も多数提示したが、どれもこれも芳しくはないな。
檻ではなく穴を掘って高低差を利用し、そこで戦うなんてのもあったが、崩落しないよう補強する時間もなければ埋まったモンスターに反応したガーディアンが出てこないとも限らない。
映画の様にゲートを宇宙へ撃ち出し、排出終了後にゲートを回収するという案は大気圏突入で死ななかった場合、世界にモンスターをばら撒いた国として後世まで蔑まれる事になる。流石にそれは看過出来んだろう?」
会議終わりのダグラスも疲れているか。わざわざ部屋を分けてどちらかからコチラに有利な条件で協力が取り付けられればと局長含めて大統領も考えていたが、金も何も意味はなさなかったな。報酬は後で話すと額が提示されないのであれば、俺達は借金に怯えながら戦うしかない。そもそも、最初に挨拶も何もかも不要とされた時点で、政治や権力と言うモノを一切受け付けないと提示されたようなものだ。
「はっ、そんな汚名を貰うくらいなら俺は国を出る!そもそも、核は駄目だったのだろう?無駄にインテリが考えても出なかった打開策が早々出るもんではない。」
「特殊核爆破資材、俗に言う超小型核爆弾をゲート内で使った。1〜5階層のモンスターをランダムに手足をもいで核の近くに起き起爆。・・・、結果は散々さ。表面が焦げる程度で連続起爆でも倒せたのは小型で弱っていたモノのみ。朗報といえば、放射性物質さえゲートは還元変換で無に帰してくれた。」
どうやら負の財産は徳政令で無効にできるらしい。解体費用で頭痛がしていたものは、放り込みさえすればお優しい事にロハで引き取ってくれる。ただ、何も返してくれない。それが駄賃だと言わんばかりに・・・。原発の株でも買うか。ゴミ処理問題に終止符が打てるなら値上がりするだろう。
「異星人は神か悪魔か・・・。着々と侵略されているな。はっ!これでモンスターを押し付けてこなければ、俺は今度からゲートに祈る。」
「そうしろ。俺もそうする。そして交渉の席につけるファーストに贈り物でもしてお願いするさ。モンスター出さないでーって。」
こいつが冗談を言う辺りかなり参っているのだろう。何ならゲートの移設作戦で寝ていないのかもしれん。急を要する話で情報封鎖も出来ていないし、俺達情報局局員も情報操作に奔走した。ワシントンからゲートが移設された時点で隠しきれるものではないが、理由はまだ公には伏せている。しかし、マスコミがクソに集るハエの様に飛び回るのはいつもの事とは言え面倒だ。
「ほら、メイドインジャパンのエナジードリンクだ。マスコミの追跡は?」
「効くと噂のファースト社製か・・・。色々と融通してもらえて羨ましい。これを普通に売るだけでもいい金になる。・・・、回復薬の工場を稼働させるまで漕ぎ着けられなかったのは痛い。」
「それは民間から買い漁れ。何なら武器もなんもかんもいると思えば買って揃えろ。そもそもファーストは株主なだけ、間違えるなよ?さてダグラス、軍部としてはどれだけ人を出すつもりなんだ?日本は6000出した。では、うちはどうなんだ?」
「エマ少佐を大佐に昇進させて6000。それのサポートとして更に6000。軍で使い物になると考えられるのはこの規模だ。はっきり言おう、うちの国のスィーパーの質は日本に及ばない。正確には軍属のと付くが民間は今回の件に関わらせない。」
12000人か。多いか少ないか分からん数だが、それしか駒がない。日本からの大規模派遣はないにしてもどれ程出してくれるか・・・。いや、数ではない必要なのは質か。その質を得る為にこうして皮肉も言っている。
「それは・・・、情報漏洩問題か?」
「違う。向こうでも話したが国連軍が動こうとし。今のトップが変わらん限りうちの国にそれを入れる事はできんし、仮に入れるとするなら全て札を出し切った後だ。」
「嫌なタイミングで嫌な事をする。それで秘密作戦とし、公表するにも事態終息後。ファーストが大統領に先に日本政府と話した方がスムーズで最適解だと言っていたが、そこまで読んでいたと・・・。賢者ね、賢者。訳の分からん存在だ。」
「訳の分からん次いでにエナドリ代を出してやる。スタンピード察知後、ファーストはすぐに数千着のインナーと靴、回復薬の増産と中位に地雷作成依頼を出したそうだ。そして、それに必要なものも全て揃えたと。どこまでこちらを読んでいるかは知らんが、下手すれば絞れるだけ利益を絞って大手振ってこちらに来るつもりだったのかもしれんぞ?」
あの会談でファーストは金はあると言ったが、不要とは言わなかった。つまり、あそこで頷かずとも後からいくらでも搾り取れる算段があったと言う事か・・・。本当にいくら搾り取っていくつもりなんだ?
「それよりもウィルソン分析官としての話が聞きたい。情報局でいくらでも心理分析から行動分析まで、分析出来るものはしたのだろう?」
「・・・、人を分析するのは難しい。エマの様にコンプレックスを抱え辺りに当たりちらす人間なら、誠実に対応するより軽い皮肉を込めて、分かりやすい隙を与えて当たっても大丈夫な人間だと認識させればいい。そうすれば、互いの距離感はある程度程よくなる。事実、私がファーストに初めて邂逅した時に肩書と名前を出されていれば、身構えられて会えなかっただろう。」
「ふむ、それはいい。それで、分析結果は?」
「動画を見て実際に話して雑談して、また動画を見てと繰り返し頭の中で人物像を作り上げたが・・・、多重人格とするなら3人。1人で演技をしているとするならレッドカーペット。ただ、イカれた言動こそあれ、すべての方向性はゲートとモンスターに向かう。それが救いだ。」
寝ても覚めても動画を見て声を聞いて、1文字一句覚えるのではないかと言うほどその言動と行動原理を考え、部屋にポスターを貼り、擬似的に共同生活を演じ、何を目指し何が必要で何を嫌うのか?エマに皮肉を言う度、返される言葉に着目し、何か違和感を感じる部分はファーストの影響があった部分として書留、そこから自身の言葉運びとエマの心の動きを読み、自身がエマなら何をどう動かされればその結論や言動になるのかを考えた。
別に苦ではない。ポスターが美しくどこまでも見ていたくなったのは事実だ。まぁ、その辺りの頃はひどく疲れていたな・・・。癒やしはポスターだけで、本人に会えないまま分析するのは疲れる。そして、局長の言う第2職についてはほぼあると確信していいだろう。
紡がれた魔法は記憶を再現したようなものと言っていた。しかし、それは魔法ではなくスクリプターの能力だ。俺自身がスクリプターなので分かる。あれほど精巧に像を出す魔術師は米国にいない。ファーストだからできるだろう?その言葉は思考停止の言い訳だ。
「大女優か。いや、あれだけ人を引き付ける魔性の女だ。本当は賢者じゃなくて魔女なんじゃないか?」
「さぁてな。それよりも、本気で橘を呼ぶのか?」
「場所は砂漠だ。本当か嘘かは知らんが、サイボーグなら人の作りしモノ。そうでなくとも鑑定師はウチにもいる。次がないなら、Sの中位を狙うのもありだろう?」




