156話 パンドラ 中 挿絵有り
体育館の近くに車で乗り付けると既に講習会メンバーは集まり、入口から奥を見ると箱が所狭しと並んでいるので、既に鑑定は始まっているのだろう。気の早い事だが、比較的溜め込んでいないメンバーでも推定100個は未開封があるというので仕方ないか。誰かが箱を出して判定機で判定をし、それでも判定のつかなかったものを橘の所に持っていく方式のようだ。
「クロニャンおっすおっす、あけおめことよろ〜。」
「神志那さんあけましておめでとうございます。取り敢えず、抱き締めて匂いを嗅ぐのをやめてもらえませんか?」
「にゃははは・・・、拒否する!この姿を撮影して家宝にして、他の面子に自慢するまでは離れたくない!」
入口から入るとすぐ横にいたであろう神志那に抱きつかれた。前もそうされたが、相変わらず不摂生をしているのか腕は細くヒョロい。しかし、警察が鑑定課のメンバーを外に出すのは珍しいな。今でこそ判定機があるから仕事は減ったとは言え、橘に次ぐ量を鑑定している鑑定師。下手に目を付けられて拉致されると何が起こるか分からない。
橘1人なら拉致された所で勝手に帰ってくるだろうが、神志那の場合体力もないし筋力もないなら俊敏という言葉から対極にいると言っても過言ではない。そんな危険だが拐うには容易い人物を出してくるとは、なにか風向きでも変わったのだろうか?前はつけていなかったメガネをかけているし。
「えっと・・・、どなた?」
「親しいようだガ、どこかで引っ掛けたのカ?」
「遥とエマは初めてか。神志那 和美さん。橘さんと同じ鑑定課の人で、立場的には橘さんの部下に当たる。缶詰で外に出ないと思ってたけど・・・、なにか有りました?」
そう言うと、神志那は俺から離れて遥達を見ながらビシッととは言えない、真似事にも感じ取れるゆるい敬礼をしながら、口を開く。
「今紹介された神志那です。階級は特別捜査官らしいけど、気にしなくてOK。今回は勝利を我が手に掴んだんで久々のシャバの空気を満喫チュー。メガネは武器だぜ!」
そう言いながら人の匂いを嗅ごうとするが、俺の体臭は娑婆の空気ではないのでスルーして、奥の方でなにか鑑定している橘の方へ向かう。着いてくるならそれで良かったが、どうやら神志那の興味は俺から遥に移ったようで、しきりに市井ちゃんの衣装デザインを見せろと囃し立てている。
神志那の方が歳上だと思うが、姿を見ているとまんま大きな子供に見える。しかし、前話した感じ頭が悪いわけではないと思う。まぁ、頭がいいからビシッとしているかと問われれば別にそう言う訳でもないので、個人の嗜好によるところが大きいのだろう。望田とエマはこちらに来るかと思ったが、近くのメンバーから判定機を渡されて箱を開けだした。ただ、エマは神志那が気になるのかなにか話しかけている。
多分橘と同じ部署と話したので、彼女もSF方面に走っていっているのか気になるのだろう。しかし、走れる下地はあっても本人に素質はないだろうな。さっきの敬礼もどきも頑張って猫背を伸ばしていたが、重力に勝てないのか全く背筋は伸びていなかったし。それに体力が無さすぎて橘と同じ様に動こうとしてもまず無理だろう。仮にやれるとすれば、ロボット兵器でも扱ってパイロットになるとか?流石に警察でもパトレイバーは作らんだろう。効率という面を考えると大型機械は取り回しや小回りで人に負ける。仮にガンダムを生身で倒せと言われたら?強度は別として、足関節を狙えば高確率で行動不能に出来る。なら浮かせればと言われれば、その随時使う燃料はどうするの?と返す。
いや、非常識が常識になろうとしているのだ。取り敢えず作ろうぜ!作った後に何に使うか考えればいいよ!と言うノリと勢いで作っていないとも限らないのだし。資金?ゲートに入ればいいよ?最低保証が決まれば、それを前提とした資金繰りもできるだろう。しかし、毎年何万トンという単位で金貨が出れば価格がなぁ・・・。
「橘さんあけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとうございますクロエ。新年早々私の胃をいじめるのはやめませんか?こんなに溜め込まれると、私の胃がそろそろ回復薬じゃ追いつかないダメージを受けますよ・・・。」
「それはまぁ、諦めてください。人は選択する自由もあれば、選択しない自由もある。」
橘が鑑定師を選んで何をしたかったのか?まぁ、状況的に選んでも仕方ないのだろうが、その後警視庁で鑑定課に勤めて胃を痛める事になったのは橘の選択だろう。辞めたら辞めたで色々と大変そうだが、それでもスィーパーになるという選択肢もあるし、場合によっては今よりも更に稼げるかもしれないし。
「そうは言ってもですねぇ・・・。クロエ、確かバイクもらいましたよね?クリスタルリアクター式の。あれリアクターが壊れて爆発すると数キロ程焦土になります。」
「なっ!?なんちゅう危ないもんを!」
いらんこと聞いた!事故った瞬間コントじゃ無くてガチに消し飛ぶと。俺ならいいとは言わないが辺りへの被害と娘が消し飛ぶとは容認できないぞ!寧ろ、政府はなんでこれを払い下げ品目に入れてんだよ!胃が!俺のない胃が痛い!
「はっはっはっ!少しは分かっていただけましたか私の胃痛。」
「要らないでしょうが写真集あげるので、心の中に閉まって私に口外しないでください。」
取り敢えず写真集を投げて渡す。CMで流れないにしろHPには写真集の事が記載されているのでそれで知ったのだろう橘は、今回の開封作業を手伝うに当たって写真集を寄越せと言って来た。部数が多すぎるので、こうして配っても問題はないだろう。1000部くらいは俺の指輪に入っている。仮に、希望的観測を越えた先の確率で当日写真集が足りないなんて事になったら出そうかな。
「必要なのでいただきます。後3部いただけませんか?神志那君達も欲しいというので。」
「はいどうぞ。と、安全性はどうなんですか?払い下げた先で日本を壊されても困るんですけど。」
人の前で写真集を見るとは中々豪胆な。まぁ、芸能人も新しく写真集出したらテレビで宣伝もすれば、眼の前で見られる事もあるので多分、普通の反応なのだろう。しかし、そんな事より安全性!絶対はないにしても何かしらの措置はあるんだよな?ないなら流石に払い下げはないだろうし。
「頑丈さで言えば飛行機のブラック・ボックス並の強度で外殻を覆い更に刻印や固定処理して破損確率を下げています。構造としても、リアクターからクリスタルを少しでもずらせば即停止するので、最後は原始的ですがバネで打ち出す方式と紐で引っ張る方式で抜けるようにしています。因みに、これは扱う企業全てに義務として課したモノになりますね。」
ブラックボックスか。強度的には大丈夫かな?飛行機墜落でも壊れないし。そもそも出土品が簡単に壊れない強度と言うのを加味すれば多分、危険性も減るだろう。危ないからと危険から遠ざかるばかりでは前には進めないだろうし、既にゲートへ入っている事を考えれば今更と言えない事もない。
「それで、さっき何を鑑定してたんです?」
「クロエも知っているでしょう?資源等目録の項目は増える。そして、増えた品目は鑑定しないといけない・・・。さっき鑑定していたモノは武器でした。造形師の物で形状はエアブラシみたいな物でしたね。それに、あっちの山をみてください。」
橘が指差す先には武器が山積みになっている。しかし独特だな。篭手や剣は何となく分かる。しかし、斧やこの前見たダーツにリモコンの様なモノ。果てはインラインスケートにマントなんてのも転がっている。さてはて、どの職がこの武器を使うのか皆目見当もつかない。バリエーション豊かなのはいいが、それで掃除できるのだろうか?まぁ、武器は壊れても新しい物を使い続ければ馴染むらしいのでいいのだが。
「鑑定したって事は橘さんが使えるものの山ですね。」
「それは否定しませんが、あれ誰が使うんですか?作成者が超常の存在だとしても遊びが過ぎませんか?中位の武器も出てきませんし。」
あぁ、賢者が言っていた事を口外してなかったか。取り敢えず、橘に伝えて警察からガイドラインを作成してもらうか。海外なら松田経由で政府のHPに乗せるのが早いが、今は千代田がまだ来ていないので詳しくは後から話すとしよう。
「武芸者の玉から浮気したら別の武器が灰色になりますよ?どうやら寄り添ってくれるらしいので。」
「は?と、言う事は警察内部で検討された、中位武器があれば一気に強くなれると言う仮説はそもそも意味がなかったと?今回、開けまくれば1つくらい出るのではと思っていた下心は無意味だと?」
橘が真っ白に燃え尽きている。何なら口から霊が出ている。警察でもそんな動きがあったのは知らなかったが、確かに考え付きそうな事だ。橘はと言うより、鑑定師は武器を使いこなせるから、ある程度強いどの武器も灰色のままなのだろうが、普通の人は浮気すればもっと早く黒に戻るのかもしれない。
「残念ですが引き受けた仕事です。ちゃっちゃとやりましょう。私なんて1000個単位で箱が指輪に入ってるんですから。」
「・・・、全部開ける気ですか?」
「この機会を逃せば貯まる一方、いつか開けるの何時かは永遠に開けないと言うのと一緒でしょう?」
駄弁りながら箱を開けていると千代田も来たので、先程の事を詳しく話す。ただ、他の面子も潜るので壊した場合の次の武器がいつ灰色になる?検証はおいそれと出来ない。神志那や千代田にも手伝ってもらってどんどん箱を開けて、中の物を鑑定していく。持ち主の一喜一憂はあるが、途中から毎回収納するのが面倒になり、金貨や資源がその辺りに山積みにされているのは贅沢な光景だろう。
要らない武器は物販に回そうと言う意見もあるし、あっても指輪の肥やしなので特に問題はない。ただ、会場ではカタログ販売となるので、デジカメでどんどん写真を取らないといけないのが面倒だ。一応、手に取りたいというスィーパーの為に当日物販会場に行くメンバーの指輪に収納しているが、あまり分散しても本人が見つからないと言う事態は避けたいので、収納は自衛隊の仲良し4人組に任せている。
しかし、問題と言うか皆で仲良く頭を抱えるのは設計図。多く出る訳ではないが、全く出ない訳でもない。そして、内容が・・・、内容が問題だ・・・。同じ内容はない。まぁ、同じ内容の設計図を何枚も彼奴等が用意するとも思えないし、なにか作るなら1枚あれば事足りるのだろう。比較的無害そうなものと言えば圧縮装置。内容的には水でも酸素でも、何なら金属だろうと設定した規格に圧縮してくれる。人工ダイヤ作り放題な装置だが、そもそも鉄もダイヤも箱からでてくるのでこれから先必要かと聞かれると、必要だけどそこまで必要ないと言う結論になった。
まぁ、見る人が見ればいくらでも扱い方に閃きを持てるだろう。ただ、ここにいるのは学者ではないので、そこは政府に売りつける辺りが妥当だろう。少し危なさそうなのは臨界突破方法と理論と銘打たれた設計図(?)理論も設計図扱いなのか、そんなものも出てきている。人のあり方を教えたのをようやく理解したと取ればいいのか、理解できない報酬送ってごめんね?これで勉強しろよ?と、上から目線で入れたのかは分からない。まぁ、上から目線になるだけの技術はあるので何も言えない。
「千代田さんもスィーパーなりませんか?モノ運ぶのも怖いでしょう?松田さんみたいにペーパーでもいいですよ?」
「検討はしますが、現状はNOですね。まだ一般の方もいる中で私までスィーパーになったら、誰が対等に交渉するんですか?」
対等に交渉する、ね。スィーパーなら同じ土俵でそれ以外なら部外者。野次とすれば無視していいが、そうも行かない。まぁ、考え方の問題だろう。うちの家族も全員スィーパーになっているし、他の子もスィーパーになっている。しかし、16歳になったからといってスィーパーになっていない人も沢山いる。
見立てるなら千代田が一般人代表といった所か。中々ヤクザな一般人もいたものだ。なる勇気とならない勇気。先を見ればなる人間の方が圧倒的に多くなるだろうが、現時点ではまだ推定スィーパー多めと言ったところだろう。
「さて、人が交渉するんじゃないですか?別に千代田さんがスィーパーになったからと言って関係が崩れる訳でもないですよ。橘さんはどう思います。」
「さて、立場なんて後からどうとでもいじられると知りましたからね。さしあたって、何かを左右するなら憧れとかになるんじゃないですか?この人なら背中を預けていいとか、この人なら少なくとも信じられるとか。」
ある意味立場で指示するより難しいものを。九州男児なら、だまって俺について来いと背中を見せればいいのだろうが、残念な事に今の俺は少女、番長にはなれない。なるならスケバンなのだろうか?
それはさておき、到頭俺の番か。総当たりでも既に夕方近く。時間外労働になるなら明日でもいいんだけどなぁ。




