閑話 選手説明会 42 挿絵あり
「皆様お集まりいただきありがとうとございます。大会運営委員長代理 増田として心よりの感謝を送らせていただいます。」
ギラギラとした目が60。ある人は他の人を値踏みし、またある人は静かに目を閉じて言葉の先を待つ。大会も近付き続々と選手が東京に集まって来ており、今日は大会のルール説明をする運びとなりました。まぁ、まだ来ていない選手もいるので全体説明とはなりませんが、R・U・Rを既に自衛隊、警察組織の人間は使用しているので、後から不公平だと言う声が上がらない為の措置ですね。
この方達よりも更に早く来た一般人には、データ収集の名目で既に使用している方もいます。そういった方達は各組織の眼鏡に適えば内々で話が行っています。まぁ、組織の意向もそうですが本部長達もツバ付を行っているので、ある意味就職活動のようにも取れますね。
「え〜、ファーストちゃん来ないの?本物見てメイクの手本にしたかったのにぃ〜。」
そう声が上がったのは・・・、酒井美久さんでしたか。白い髪に赤いカラーコンタクト。メイクでクロエに似せようとしているようですがやはり本人とは違いますね。手元に資料があるので、声の上がった人が誰かはわかりますが、女性なので体重等はシークレット。まぁ、階級分けも男女別でも無いので任意の部分が多い。
そもそもこの大会、ルールと呼べるルールはほぼありません。当初は階級や男女別の意見も上がりましたが、クロエから『私がモンスターと殺り合ってるのにそんなものいるんですか?シンプルに行きましょう』と言われて、回復薬の制限のみで他はギブアップで終了くらいです。
「物販!物販情報はよ!写真集は1人何冊まで購入おk?3冊は最低欲しいでござる!」
分厚い眼鏡に赤いバンダナ、チェック柄の上着にジーパン。中に着ている服には市井ちゃんのプリント。体型的には痩せろとそろそろ言われそうな方ですが・・・、確か藤 隆道さんでしたか。ここは選手が説明を受ける場でオタクは帰れと言いたいですが、この方もれっきとした選手。確か千葉の方でしたか。
「うるせぇデブ!ちったぁ大人しくしろ!・・・、俺だって欲しいんだよ写真集。」
語尾が小さくなったのは金髪に白い特攻服を来たチンピラ・・・、ではなく。資料によればラーメン屋の店主でしたか。御堂 喜助。その服は威嚇なのか気合を入れる為なのか分かりませんが、これから始まるんじゃないんです。服装の指定はありませんが、もっとこう・・・、スーツの方はいないんですかね?
「おほ!話が分かる御仁か!良きかな良きかな。後でネット写真の交換でもせぬか?」
「・・・、眼鏡に叶うならしてやらぁ!」
ここは普通、ヤンキーがオタクを殴る場面ではないのですか?まぁ、殴った時点で、問題を起こした時点で選手としては棄権となるので相当なバカでもない限り殴り合いは起こらないでしょうが・・・。がっしりと握手を交わすのは友情から?
「子供の遊び場じゃない。今はいいが後から殴り合う相手だ。親密になってどうするよ・・・。」
最年長の鬼塚 賢治さんから声が上がる。身長199cm、体重95kg、何故か記載された体脂肪率は15%で誰が見ても巨漢の大男。前職は会計監査員となっていますが、その仕事にその体格は不要でしょう?今はどこかの工事現場の作業着を着ていますが・・・。
「まぁまぁにぃたん。ええガタイなんや。小さいことは気にせん方がええでぇ〜。豚まんいるか?飯食えば気持ちもおおらかになる。九州で酢醤油付けてはまったかそれと辛子もあるで。ほい1つ。大きくなりよ〜。」
「いえ、いらな・・・。」
「ええて、食いよ〜。」
巨漢の横で最年少で最少の海道 華さんが・・・、物怖じしないと言うかマイペースと言うか、自身も肉まんを食べながらニコニコとした笑顔で袋から肉まんを取り出し、鬼塚さんに辛子をたっぷり付けて渡しています。あれは間違いなく辛いでしょう。一口食べた鬼塚さんからは汗が吹き出していますし。いえ、問題はそこじゃない。ここは説明の場であって食事をする場ではない。
スィーパーが我の強い者が多いのか、それとも今回いる参加者が個性的なのか迷いますが、1つ確かなのはここにいる人に私が殴りかかったとしても、誰にも勝てないという所でしょうか?プロフィールを見るだけで最低でも20階層到達者。根本的にアガフォンとは違い、対モンスター戦を生き抜くだけの技術を有する者達。貰ったインナー等は着ていますが、穏便にやれるならその方がいい。しかし、話を進めないといけない訳で・・・。
「皆さん話を進めさせていただきます。」
ざわざわとしていた室内は次第にヒソヒソとなりやがて静かになる。話が通じるというのはいい。これで静かにならないなら誰か人を呼ぶところでした。
「でるでぇ〜、きっとあの強面のセンセから伝説の言葉がでるでぇ〜。」
華さんが期待の眼差しを向けてきますが大阪的なノリでしょうか?確か出身は違ったはずですが・・・。他にも数人、華さんのせいで期待の眼差しを向ける者が。スィーパーと言う者はイメージで戦う。なので、そのイメージの強度とでも言えばいいのか、戦えば戦うほど自己願望に近付けるという人もいます。なりたい自分を成していく作業であると。
「みなさんが静かになるまでに5分かかりました・・・と、言うとでも思いましたか?話を進めます。」
「ゆーとるやないかーい!デカイにぃたん豚まん食ってる場合とちゃうで!あのヤクザ顔出来る!」
「いや、これは君が・・・。」
「あんた律儀やな。食いもん大切にするんはいいけど、そんなチビチビ食べんとウチやったら3口やで。はよ食べ終わり。」
「金髪の御仁よ、尊いとは思わぬか?」
「肩に乗って『もうやめてー』とか叫んだらマッチョは胸に砲弾受けて死ぬんじゃねぇーか?ついでにお前は『目がー!目がー!』って叫んでろ。」
「ぐふっ、汝も出来るお方よの。」
また話しだした。いい加減先に進めましょう、埒が明かない。こうして見ると、クロエにはカリスマ性もあったのでしょう。いくら最初は怖がられていたとしても、時が過ぎればやんちゃな者は地が出る。しかし、そういった者達もまとめて至らせたのですから、力量は推し量るべくもなく評価出来ます。・・・、いや、私もスィーパーなら多少は配慮を減らせる?
「説明に入りますが、大会当日はR・U・Rと言う装置を使って試合をします。反則は一切なし。審判なし。回復薬は1人3本、治癒師の方や肉壁の方は好きに能力を使って回復してもらってかまいません。制限時間は最長10分。時間が過ぎた場合は後日、再試合となります。」
「ちょっまてょぉ!それって治癒師有利じゃね?」
「モンスターが回復したとして、貴方はズルいと叫んで殺されるのですか?それでしたら、ここから出ていってもらってかまいません。治癒師にしろ肉壁にしろそれを選んだなら、使いこなしてモンスターを倒す。当然でしょう?先程言った通り、男女の区別も反則も体重による階級分けもありません。必要なのは勝利のみです。」
反論に対しての答えに一部はざわつきますが、それもすぐに止み文句を言った方も椅子に座りなおす。ふむ、過激なルールですが、R・U・Rを実際に見ればある程度納得するでしょう。そもそも、このルールはクロエと政府が公認したものなので変更もできませんし、期限も少ないので変更する気もないでしょう。
「反則なしはいいが、場外やその・・・、服とか破けたら女性にセクハラになるんじゃ・・・。」
口を開いた男性は居心地悪そうにしていますが、女性の方もその辺りは気になるのでしょう。一応、今回も集まっていただいた方には誓約書を書いて頂きますが、その辺りは仮想現実なので大丈夫でしょう。開発者側からは体内再現等はしてあるが、肌色部分は削ってあると言われましたし。
「その辺りの話も含めて、これから会場へ向かいます。1度R・U・Rを確認してから誓約書を書いていただいてかまいません。では、バスへ向かって下さい。」
指示を出して全員乗り込み武道館へ。ライブの予定等は全てキャンセルされ、大会当日まではほぼ講習会メンバーや大会参加者、政府の人間に各組織のスカウト。他は技術者しかいません。掃除についても講習会メンバーがたまにすればいい程度にしか汚れませんし、そもそも生身で武道館にいるほうが少ないですね。
「さて、到着しました。今は・・・、ふむ。木崎本部長と神崎本部長が使っているようですね。」
扉を開くと中では爆炎が吹き上がっています。仮想と分かっていても熱く感じるほど再現されたそれに、他の参加者も一瞬顔を覆い華さんなどは人の影に隠れています。しかし、今回は派手にやっているようですね。
「よくもまぁその剣で切り裂くな。ダメージらしいダメージもなしかよ。」
「まぁ、必要な分だけ斬ればいいしな。」
扉が開いた事にも気付かなかったのか、2人は再度動き出す。神崎君が先手で瞬間発火をしながら火球を浮かべ、ダッシュからの正拳突きを試みようとしますが、発火点に剣があり身体は発火せず、ユラリと無軌道に薙いだ剣はしかし、的確に火球を切り裂き最後に正拳突きを最小限の動きでするりと躱す。
素人目から見れば躱した時点で神崎君に隙が生まれ、木崎君が有利と取れますが、そこでもまだ剣は振るわない。躱した後に更に半歩。下がる前の地点から火柱が立ち上がって膨れ上がり破裂しようかという寸前で静かに1振り。一刀で切り払われた火柱は霧散するように消えていき、その影から木崎君がゆるりと踏み込み・・・、とっさに右へ飛ぶ。
瞬間、真横を炎の槍が地面に突き刺さりますが、その槍の状態は瞬着した神崎君。瞳の先には木崎君が映りしかし、映された木崎君は既に剣を振り抜いている。剣の軌跡は首を捉え、なんの遠慮もなく通り過ぎ、見ていた参加者達からは悲鳴が漏れるが木崎君は振り抜いた所からいつの間にか姿が消えており、気が付いた時には神崎君から距離を取っている。
勝者と敗者は通常なら明確でしょう。しかし、眼の前の2人は本部長なのです。言ってしまえば常識の外にいる人間が単純に首を斬られたくらいで倒れるわけがない。選手の前で落ちそうになった首を押さえつけ、斬られた痕からブワリと炎が吹き出し傷痕は消えた。
「こら雄二!毎回首を斬るな!割と怖いんだぞ!」
「そう言うお前だってあの火柱、あきらかに消し飛ばすつもりだったろ!前あれで全身やけどして気絶させられたんだぞ!」
「やっぱアレか・・・。」
「アレだな・・・。そうでもしないと決着がつかん。ところで雄二。前衛気質はどうした?わざわざ隙だらけのパンチを躱すなんてらしくない。」
「そう言う卓こそ、なんで拳握ってんの?ヒーローなら手を振るんじゃないか?子供達に夢見せるなら笑顔で手を振らないといけないだろ?」
紡がれる言葉は互いのイメージに綻びを入れようとするもの。クロエが提唱した対スィーパー戦術の1つ。私もこれはあまり好きではない。感覚で言うなら引きずられるというのでしょうか?嫌なイメージが膨らむ感覚。自由な事への否定であり、出来ると叫んでもそのイメージが潰されていく辛さ。そんな中で口を開く2人は言葉を交わしながら一進一退の攻防を繰り広げています。
「お前の夢はヒーローだろう!?守れよ!弱いやつを!倒せよ悪い奴を!その握った手で守るべき人は抱きしめられるのか!」
「それを言うお前の剣先は何故仲間に向いている!僕は君の横にいる仲間だ!裏切るのか仲間を!背から刺し最後の顔さえ見ずに逃げ出すのか!来いよ前から!卑怯な事はせず、まっすぐ前から来いよ!」
互いに見えない鎖で縛り合い一進一退の攻防は続きますが、互いに傷も増え精神も疲弊しているのでしょう。炎を出す神崎君は傷が塞がらずチロチロと傷口から回復しようと炎が舞うだけにとどまり、木崎君は半身を火傷しています。データだとしても痛みは確実に2人を苛みそろそろ決着でしょうか?
「いてぇよヒーロー、こんなにも傷付いた仲間をお前は助けてくれないのか?半身は焼けて、指は炭化する程にダメージを受けているのに。」
「お互い様だろう?1度首を斬り、それでも尚君は僕の仲間だというのか?助けを請うだけならば守られる弱者でいろ!」
全身に再度炎をまとい、気が付いた時には神崎君は既に木崎君に飛び蹴りを放っていた。しかし、その足の先には剣が地面に深々と抜き立てられ、あたかもこの剣で斬られるのが確定していたと言わんばかりに、神崎君の蹴りは剣に吸い込まれ足の先から太もも、身体を捻ろうとも片腕を持っていかれ、踏みとどまるように着地した足の膝裏に木崎君の踏みつけが入り正座のようになる。詰みだろう。足は切り裂かれ、片腕はなく正座をして頭を垂れるその背には、突き立てた剣を引き抜き、まるで咎人を斬首するように剣を振りかぶる姿が見れる。
「お白洲だ、罪人首の用意はいいか?守りもせず・・・、ただ拳を振るい火を放つならそれは暴漢の所業なり。他の罪を思い出し、この場で首とともに斬り捨てられよ。」
朗々と低く言葉を木崎君が紡ぐ。嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・。多分思いの込められた言葉なのでしょうが、私自身が首を差し出し裁きを待つかのよう。公安としての職務と叫ぼうが、それをなしたのは自分であり押し付ける相手はいない。逃げ出せない、確定された裁きから逃れるすべが!
「罪とは?無手の相手に剣を持ち、強きに靡き弱さを忘れ仲間の首を払う者。言葉を返そう・・・、罪人よ。正義の炎は決して消えない。人が紡ぐ生命の息吹は熱く!罪なきものだけが石を投げる事を許そう。」
「戯言を!」
「偽善者が!」
振り下ろされる剣に、背中から吹き上がる炎。ほぼ同時に放った両者はしかし・・・。
ぴぴぴ・・・。
「うお!アラームか。撤収だなっておい卓!来てる!もう来てる!」
「はぁ?まだ時間があるってマジか!アラームは正確だし・・・、増田さんが早かったとかか?すいません撤収します。雄二大丈夫か?」
「痛いけど、回復薬飲めばな。それよかお前の方が酷いぞ。」
アラームで妨げられた試合の行方は分かりませんが、激しすぎる模擬戦は終わったようです。ちらりと選手を見れば反応は様々。興奮する者、先程の戦いを思い浮かべるように目を閉じる者、恐怖の為か一歩下がる者、呼吸を忘れていたのか、息が荒い者。私も鼓動がうるさいですがそれでも引率として口を開きましょう。
「リアリティ・アン・リアル。略称名R・U・R。身体が傷つかない以外はほぼ現実と変わりません。大会はこれを使って行います。」




