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街中ダンジョン  作者: フィノ
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16話 色々居た

 馬に乗り先を走る彼女を追う。思えば行けると言うが、ゲートの場所も分からないのでついていくしかない。音もなく流れる風景はやはり浮世離れしている。まるで真空の宇宙のようだ。


「ファースト!後どれくらいですか!?」


 速度の為、叫ばなければ聞こえないと思った声は、思った以上に大きく響いた。思えば、進んではいるが風は無い。遮るものがないなら、叫ぶ必要もなかったか。



「そろそろじゃないかしら?ほら!」


前方に見えて来たのは確かにゲートだ。彼女曰く本番。海外の動画を飛ばして見たが、確かにこの先には、観察型や砲撃型以外のモンスターが居る。情報が少ない為、どれがどう動くかは分からない。5ゲート迄は何度も往復したが、観察型達は動いて襲って来るが速くはなく、砲撃型は近寄らない限り近づいてくる事はない。まぁ、腕からの砲撃は当たれば即死ではないにしろ、簡単に手足を吹き飛ばし、観察型の槍も軽く触れただけで指が落ちる。


「各員。此処からは彼女曰く本番、気を引き締めていくぞ。」


 ゲート前に着きそれぞれを見回しながら言う。それぞれの緊張が伝わるが、彼女だけは待ちきれないと言うようにソワソワしている。一応、違うとは思うが聞いておくか。ここまででそれなりに大なり小なり出すモノは、それぞれ隠れて出しているが、彼女はソレをしていない。


「えー、あー、ファースト。トイレとか行きます?」


「行かないわよ?無いモノは出ないし?それより早く行きましょう?あぁ、楽しみ、凄く楽しみ。私はいいから、この先自分を守りなさい?」


「そうですか。」


 彼女もそれなりに飲食したが、昔のアイドルの様にトイレには行かないらしい。護衛対象を護らないと言う選択肢はないが、この先は俺達よりも強い彼女が俺達を護る事もあるだろう。ゲートを眺め、今にも走り出しそうな彼女を待たせるのも悪い、入るため一步を踏み出そうとした時、高槻先生が待ったをかけるように口を開いた。


「そう言えば、クロエ約束は守ってくださいね?」


「いいわよ?出たら千代田か望田に言いなさい?」


「約束?」


「ええ、精密検査のお約束。丸裸にされるのかしら?」


 服を摘み小悪魔の様に笑う彼女のジョークをスルーしたいが、やけにリアルに彼女の肢体の想像が、艶めかしく脳裏に浮かぶ。・・・、休みもない、極限状態とは言わないが、生きるには危ないゲート内。生存本能を刺激されて、溜まっているのだろうか。副官達も心なしか見える頰が赤くなっている。


「服を脱ぐ必要はありませんよ。触診は終わってますから、CTにしろMRIにしろ脱ぐ機会はないですね。」


「そう、なら話は終わったわ、行きましょう。」


 そう言い終わると、彼女はさっさとくぐってしまった。入口のゲートは手を繋ぐ必要があるが、中に入ってからは必要ない。入った者の情報を精査すると、入口は複数あるが、中はだだっ広いだけで、同じ空間の何処かに出ているのではないかと言う話だ、中で稀にだが他人に会ったと言う話もある。また、入る際手を繋ぐ事で、なんらかのリンクが発生している可能性もあると言う。ゲートは不明な点が多い、しかし、それを精査するのはオレの仕事じゃない。


「行こう、対象を見失っては問題だ。」


「了解!」


 一瞬の浮遊感の後次の場所にでる。各動画で見る限り、次の場所は今までのような石造りの迷路ではなかった。薄暗いのはそのままだが、天井はなく複数の灯りが浮かび、何かの残骸がそこかしこに落ち、或いは積み重なって山岳地帯の有様を呈している。


「!、敵襲!撃て!」


「邪魔しないでくれるかしら?」


「え?」


 ゲートを抜けた先には無数のモンスター、とっさにガンナーに発砲を指示するが、それよりも先に彼女が動く、いつの間にか取り出したキセルを杖の様に振るいながら。


「散りなさい、爆ぜなさい、消えて戻って無くなって?ああ、そちらのアナタ、撃ってはダメよ?撃つなら自分を飛ばしなさい。」


 ただただキセルを振りながら言葉を紡ぎ、モンスターの間を優雅に歩く。それだけで、モンスターは花火のように散って消え、砲撃型はねじ曲げられた腕で、自身の頭を吹き飛ばす。


「あぁ、やっぱりいいわねぇ。隊長さん、確か時間(・・)は気にしなくていいのよね?」


 彼女の瞳が怪しく光る。本当に輝いている訳では無いが、真紅の瞳は嫌に艶めかしく、チロリと舌舐めずりする彼女は興奮しているのか、モンスターが死んだあとの周囲を見ている。捕食者・・・いや、それは食べる上位者に付ける敬称だ。なら彼女はなんだ?ニコニコと美しく微笑む彼女に敵意はないが・・・。


「時間は大丈夫です。しかし、脱出が優先ですよ?」


「そう・・・悲しいわ・・・そうね、うん・・・。なら、道中のゴミは私が掃除していいかしら?手早くするからお願いね?」


「・・・危険でなければ。」


「えぇ、えぇ、私ほど安全な者は居ないもの。気を付けるのは貴方達よ?ほら。」


 ゲートの後ろから飛び出した観察型が、槍を構えたまま何もできずに着地する前に燃え尽きる。理不尽な程の力、ここまで言葉を交わした彼女に敵意はない、しかし、野放しにするには危険すぎる。従順な分、理性的に話せば彼女は話が通じるが、公安が手を焼くのも頷ける。言動がおかしい訳では無いが、手綱は握っておきたい。


「タバコとか吸います?」


「ん〜、今は止めておくわ。外でみんなで吸いましょう?ねぇ、隊長さん?」


「いえ、俺は喫煙家ではないので…。」


 タバコは断られた。切札は切れず、彼女はそのまま。救いはモンスターしか見ておらず、俺達には攻撃しようとしない事。喫煙を断ったのは悪手で彼女の機嫌を損ねたかもしれない。そう思ったが、彼女は別段気にした様子もない。


「あら残念。なら、キャンディーを上げましょう。甘い甘いキャンディーは、含んで転がし、噛み砕き、儚く消える夢の味。どの方向に進みたい?」


「副官、方向は?」


「合致無し、虱潰しとしか。」


 聞いた副官は苦い顔をする。そもそも、スクリプターの職は、完全記憶能力に近い程の記憶力を持った以外、よくわかっていない。彼との打ち合わせでは、武器も普通の銃で、箱からは片手で使えるハサミが出たらしい。


 なら、何故彼が同行したかと言えば薬での回復援護と、カメラでの撮影では、彼女に気取られる事を危惧した上部からの記憶指示だ。


「ふふふ、記録者さん。貴方の仕事はまだ後で。先の先の明日の先のその先で、貴方の力は花開く。でもそうね、これをあげるわ」


「え?」


 彼女はそう言うと、1本の槍を取り出し副官に渡した。この槍は確か観察型が持っていたもの。何故彼女がこれを?モンスターは倒せば跡形もなく消える。それはこの槍も例外ではない。なら、何故これはここにある?


「クロエ、この槍はモンスターの物では?」


「ええそうよ?倒したら戦利品は貰わなくちゃ。」


「戦利品はクリスタルでは?」


「違うわよ?クリスタルはソーツからの報酬、どれを倒してもあれは出る。槍はモンスターからの戦利品。倒したなら勲章を貰わなくちゃいけないわ。指輪にしまえば貴方の物よ?」


 知らない情報が出た。確かに動画は多く見たが、倒したらモンスターに近寄って写真こそ撮る人はいたが、気持ち悪さや橘さん達の情報から、接触は人体が溶ける可能性があると伝えられていた。これは・・・上に報告を上げないとダメか。彼女は敵対こそしないが、聞かないと自己完結で終わって、教える事を忘れている事もあると。彼女の常識は俺達が把握していない事が多い。馬の件然りだ。


「副官さん。記録なさい、周囲を。編集しなさい、世界を。そして、管理しなさい、あるモノを。貴方の力は小さいけれど、全ての職は戦える。さぁ、道が無いなら歩きましょ?」


 編み上げブーツの音が山岳地帯にコツコツと響く。岩ではない足場は歩き辛い事はないが、時折妙に滑る事がある。高槻先生は外見以上に頑張ってくれているが、6ゲートを抜けるまで足早に移動したせいか、休憩を挟んでも疲れの色が見える。ガンナー1人に指示を出し、彼のフォローを命じる。逆に、元気過ぎるのが彼女だ。同じ時間同じ距離を歩いている彼女は、疲れ一つ見せずに進んでいく。


「現れ出でて、こんにちは。消えて散って、さようなら。あらあら、アナタはどこかしら?」


 時折キセルを吸いながら踊るように、時折本当にステップを踏んで回りながら、楽しげに歩いている。現れたモンスターは姿を見せると同時に、あるモノはひしゃげ、あるモノは千切れ、あるモノは爆発する様に散る。


「まだモンスターは弱いけど、綺麗になるのは楽しいわね。そう言えば、隊長さんは水使いだったわね?少し見せてくださいな?」


「えーと、貴女の後だとお粗末ですが?」


「いいわよ?誰にでも初めてはあるのだから。」


 そう言われると、やらないわけにもいかない。そもそも、俺達は護衛としてここに居る。彼女にそれが必要かは疑問だが、せっかく彼女に見てもらえるのなら、やってみるのいいかもしれない。


「では、観察型が出たら使いましょう。」


 それからすぐに8ゲートが見つかり、奥へ奥へと歩をすすめる。道中は全て彼女がモンスターを倒してしまい、楽ができた。ただ、進むたびに護衛の意味を問いたくなったのは、特殊部隊の隊員で今回の隊長職に就任しているからだろうか。


「楽しいけれど、そろそろ小骨が欲しいわね。」


 今もまた見た事ないモンスターを、クシャりと紙を丸めるように潰してしまった。脅威測定で言えば敵対した瞬間、逃げ出してモンスターに抱き着いた方がまだ生存率がある。


 まぁ、したらしたでモンスターしか眼中に無い彼女は、モンスターだけ殺して何事もなく、ニコニコしながら進むのだろう。終始一貫しているのは、彼女の敵意・・・いや、そう呼ぶのも烏滸がましい・・・楽しみとでも言えばいいのか。


 普通に話もしてくれるが、今の興味の対象はモンスターの方が上という事だ。有り難い事に、彼女は俺達の仲間で理不尽なゲートのモンスターではないのだから。更にゲートを進み10ゲートを越えた時に高槻先生から声が上がった。


「・・・そろそろ疲れました。クロエ、休憩しませんか?」


「ええいいわよ?ごめんなさい、端ないけど余りにも楽しくて、貴方の事を無視してた。」


「いえいえ、それなりに動き回れるよう薬を調合したのですが、6ゲート以降がこんな歩きづらいとは思いませんでしたよ。しかし、職で作った薬は凄い。普通なら5層に行くのにもへばって休んでいた私が、地球に有るものを調合してもこれだけ動ける。」


 腰を下ろした高槻先生は、靴を脱いで足を揉んでいる。周囲にモンスターは居ない。居たなら既に彼女が倒しているだろう。副官に指示し、俺達も警戒は怠らないものの交代で休憩する。


「仕方ないわよ。いらないものを、まとめて投げ込んでるのだから。」


「この薬も武器も?」


「武器はともかく、薬は多分要るって言ったからじゃないかしら?カレ等は作る以外に興味はない。多分、上位3つを要求したから、それを作って後はそれをいじくり回してるのよ。」


「完成品があるのに?」


「完成品は終わってる、魔法の薬を作るなら、効果を広げて薄めて尖って落とす。上層に有る薬が弱いのは完成品の巻き戻し。気が済まないのよ、最高があるなら最低を作らないと。」


「うぅむ、理解できなくはないですが、意味が・・・。あ、いや、成る程、作る事ですか。量産も含めて作る事に括ると。」


「ええ、話した感じそうかしら。」


 先生と彼女が話しているが、今の会話は不穏だ。上層が最低の品だとすると、下層、ゲートをくぐればくぐる程、ソーツと言うものの完成品に近づく事になる。ゲートの構造は職に就くとある程度頭に入る。しかし、モンスターや武器、薬は発見しないと分からない。


「ファースト、質問していいか?」


「何かしら?分かる事なら答えるわ。」


「潜れば潜るほどモンスターが強くなるなら、潜らず上層のモンスターを倒し続ければ溢れる事はないのでは?」


 彼女の話を総合するなら、作って捨てられる物は上、つまり入ってすぐの方が新しい物になる。なら、一般人に公開されていない秋葉原ゲートのモンスターパニックは弱いモンスターさえ間引けば回避できるのではないか?


「そうねぇ、今回(・・)は可能かもしれないし、規模が分からないから出来ないかもしれない。そもそも、出現方法がわからない。でも、完成品て何かしら?」


「え?」


「例えば、砲撃型の完成品は?腕を増やす?連射する?口径を大きくする?或いは手足も、身体さえ捨てて、ただの砲になる?カレ等は可能性があるなら喜んで全部(・・)作って捨てるわよ?だってそれが意味なのだから。」


 背筋に冷たいものが流れる。ゲートを周回し彼女の力を見て、何処か楽観的になっていたのかもしれない。何事にも終わりや終了と言うものはある。俺の両親は津波で死んだ、そして災害派遣もされた。それは両親の死で、終わりだ。


 しかし、ソーツと言う者は作るのだ。何であろうと、それこそ彼女の話した不老不死の薬や、こんな恐ろしい武器や指輪まで。不死の薬が作れるなら、彼等に終わりはない。完成品に満足はなく、作成する事に意味がある。


なら、下層のモンスターが新しい完成品に押し上げ(・・・・)られたら?今はいい。なら、次の数年、更にその先は・・・?仮に今の観察型の位置にもっと強力なモンスターがいたら?


「強くなりなさい?星を死地に変えたくないでしょ?」


「・・・交渉の余地は?」


「席はあるわよ?今回は上手くいった。でも、次回は分からないわ。だって、交渉材料が無いのだもの。」


 喉がやけに乾き口内が粘着く。彼女は事も無げに話すが、話された内容から、想像する先は恐ろしいものになる。眼の前に居る美しい少女は最初にゲートに囚われた時、何を思い、何を感じて選択したのか・・・。いや、俺は自衛官になったのだ。国を守ろう、できる限り。


「ファースト、休憩を伸ばして魔法を見てもらっても?」


 キセルで一服している彼女にお願いする。本人も見せて欲しいと言っているのだ、断られる事はないだろう。仮に断られるとすれば、それは彼女の言う小骨程のモンスターが出た時だ。


「いいわよ?貴方の魔法は何かしら?」


「水ですが。あの石を目標とします。」


 目の前にある高さ5m程の石を目標に魔法を作る。魔術師:水、水に親和性の高いこの職は例えば、何もない所に水も出せるし、彼女の様に高圧で叩きつける事もできる。雑な説明がこれでいいと彼女は馬上で言ったが、水のイメージは飲み物位しか浮かばない。他にするなら、雨や人体だろうか?


 手を翳し石に狙いを定めて、手の平ほどの水弾を飛ばす。寸分違わず当たった水弾は、石に当たって弾ける。その光景を見ていた彼女はキセルを加えたまま話し出す。


「君は、目を逸らしているね?君自身がそれでいいなら構わないけど、中位に進むなら厳しいよ?」


「目を逸らす?」

  

「そう、君のイメージと魔法に齟齬がある。」


「いや、水のイメージは流れるや水分補給とかで、別段おかしな所は。」


「違うよ。君は無意識か故意かは別として、強いイメージから目を逸らしているね。君の魔法はそんなに優しい物じゃない。」


 嫌な事を言う。彼女に両親の事を話した覚えはないが、彼女が暗示しているのは両親の事だろう。災害派遣先でそれとなく、両親を探し家の有った場所を掘ったのは俺だ。そして、無数の屍の中から探し当てた。


「両親を思えと?」


「違うよ。それは確かに君の中で強いイメージだ。でも、魔法を使うのはそれじゃない。」


 彼女に言われて再度考える。両親、災害派遣、無数の屍、悪臭、蛆、蝿、生臭さ、壊れた建物、船、死肉、風呂に入れない臭さ、疲れ、終わりの見えない日々、再生、艶めかしく浮かぶ記憶・・・。


「考え過ぎだよ、簡単でいい。それは先に行き過ぎだ。それ以上は危ないよ?」


 声をかけられてハッとする。俺は今何を考えようとした?考えるのは水、水なのだ。他の事は考えるな、水だ。 


「そう、それでいい。君は何に怯え何に喜びを覚えた?」


「…あぁ、そういう事ですか。ままなりませんね、魔法とは。」


「仕方ないさ。でも、選んだ事実は変わらない。今なら分かるだろ?たかがイメージ、されどイメージ。勘違いしたままなら、より強いイメージを得ないといけないよ。」


 そう言いながら煙を吐く、彼女の顔は優しい。イメージは海ではなく津波その物、アレは天災だった。数多の命を飲み込み悲しみを呼び、破壊の爪痕を残し終末の世界を見せた。だが、それよりも俺が感動したのは人の強さだ。


 日々動き、再生され、営みが戻る雄大な大地にも勝る強さ!津波は引き金で、奪い去った。だが、人は歩んだ。でも、俺は・・・受け入れたつもりで留まっていた・・・。俺が水をイメージするなら、これしかないはずなのに、それを選ばなかった。なら、彼女にダメ出しされるのも通りだろう。


「もう一度、アレを狙います。」


 考えはまとまった、妄想は自己で完結した、空想は強く有るべきものを操作する。なら、それは確かにそこに有る!手を翳すまでも(・・・)無い。アレが天災なら、いつだって起こり得る(・・・・・)、目の前の石は大量の水で砕け、藻屑となる。後には水の柱が立ち、それもまたさざ波のように穏やかに消えていく。


「うん、いい波だ。」


「ええ、強く荒く全てを奪うが、人の歩みは奪えない。」


「なら、後は理不尽に打ち勝つだけだね。・・・さて、そろそろ行きましょう?」


 いつの間にかキセルを手に持った彼女は、先を見つめてソワソワし出した。どうやら、モンスター退治が恋しいらしい。しかし、俺もまたこの力を使ってみたい。導かれて気づき、理解を示した力は確かにこの手にある。高槻先生を見ると、彼も靴を履き、どうやら疲れも抜けたらしい。


「高槻、疲れが抜けないなら、一番薄い回復薬を飲むといいわ。それで少しは楽になる。」


「そうですか、なら・・・これですね。」


 高槻先生は彼女に言われ、一番色の薄い薬を開封し一気に煽った。当然だが怪我もしていないので、変化は見て取れないが、その顔はにこやかに歪められ、瞳には活力が溢れている。


「ほっほっほっ、これはいい。エナドリをウォッカで割ってニンニクを突っ込んだようですね!」


「そ、そう、その例えは分からないけど、元気になったなら良かったわ?」



ーside 司 ー



 高槻が元気になった。昔あったイケナイ薬の名前が思い出されるが、回復薬なので大丈夫だろう。兵藤も吹っ切れたらしく、魔法の精度も上がっている。ここまで特に問題もなく進めているので、そのまま外に出たいが、そろそろ頭の中が煩くなってきた。


 原因は第6感。病院でお婆さんを見て、妻との齟齬があった事で霊感がついたのかと思ったが、事はそう簡単ではなかった。視力が低下し職を流用して、回復してもらい外でお婆さんを見た時に此奴等は外と繋がった。本来職は適正で決まり、本人に寄り添い進化して経験を積み昇華される。


 つまり、過程の中で職を理解し理解される関係にある。まぁ、職に意思も考えもなく、本人がただ使うだけの道具なのだが、俺は例外的に職を選択する権利により、自身とはまったく関係ないものを習得した。それだけなら多分問題は無かった。問題は俺に巻き戻し機能が付いた事。


 それで、本来なら職→薬→巻き戻しの経路が崩れ、巻き戻し→職になった。つまり、職が馴染まず俺に回帰する中で、異物となる職の行き場がなくなった。なら、馴染まない職はどこに行くかというと、空っぽの俺の中に溜め込まれる。


 中に有るだけなら、ただの力なのだが、定義不明な六感をあいつらは職を使い、新たな感覚として成立させた。そして、目を通して繋がった職は外を知り、感覚の殻を人の中で勝手に被り、自己暗示で対応していた俺のイメージで確立され、新たに職を使うという感覚を、勝手に取り付け騒ぎ回っている。主に魔女が、だが。

 

『さぁ、行きましょう?今回は私に任せて、くれるのでしょう?』


 魔女が頭の中でささやく。黙れと言えば黙るし、身体も動かそうと思えば動く。主導権としては俺が最上位で、何をどうしようと覆らない。ただ、余り黙らせると煩くなる。まるで手の掛かる子供のようだ。


『僕は面倒なので彼女に任せるよ。必要な時は呼ぶといい。』


 そう言って、賢者は隠者の様に黙り込む。新しい武器?のキセルは賢者を起こしたが、彼はものぐさなようだ。聞かれれば答えるが、それ以外は人の目を通して見て楽しむ、日がな1日テレビを見る老人の様だ。


「次は自分も戦っていいですか?イメージをモノにしたいので。」


『魔女、許可しろ。彼が中位に進めれば、そこから戦力増強が図れる。』


『貴女が言うなら仕方ないわ。でも、小骨があったら貰うわよ?』


「いいわよ?ハンティングは競わなくちゃ!」


「ええ。では、安全に速やかに狩りに行きましょう。」


 小骨がどの程度か知らないが、今の感じなら退出ゲートまでは安全だろう。残り4階層、見た事ないモンスターもちらほら居るが、その辺りの記録はスクリプターの彼に任せよう。


「でも、歩くのもそろそろ不便ね・・・。飛びましょうか?」


「我々も飛べるので?やった楽ができる!ありがとうファーストちゃん!」


 チャラい兵士が喜んでいる。今回は回復薬の回収もあったので、階層をスキップしていない。流石に休憩をしたとしても疲れが、そうそう抜けるものではない。


「できるわよ?まとめて運んであげるけど、貴方達はどう空を飛びたいのかしら?空を飛ぶなら乗り物がいるわよ。」


「乗り物ですか?例えばどんな?」


「箒に絨毯、風船にドラゴンなんてどうかしら?空飛ぶ夢はみんな見る、見るからみんな違うモノ。イメージが一致しないと崩れた時に真っ逆さまよ?」


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[気になる点] 瞳には活緑→活力かと思われます。 [一言] 毎日の更新楽しみにしています。
[気になる点] 〉今もまた見た事ないモンスターを、クシャりと紙を丸めるように潰してしまった。脅威測定で言えば出会った瞬間、逃げ出してモンスターに抱き着いた方がまだ生存率がある。 〉まぁ、したらしたで彼…
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