146話 帰郷中 挿絵あり
夕暮れ時の再会を経て数日。どうにか宮藤達に追い付き先を目指す。ただ、連日の攻略で負傷者も出始めたので45階層までは行けたが、50階層までは行けていない。負傷の度合いとしては軽いモノから重大なモノとしては骨折や内臓系の損傷、腕や足の欠損だろうか?
回復薬や治癒師、復元師の治療で死は免れているが一時的な戦線離脱は仕方ない。ただ、死な安とはよく言ったもので即死以外はどうにか生きてゲートから出る事が出来るのは幸いか。俺達が追い付いた事で防御面は安定性も増し、盾師達だけに頼ると言う場面も少なくなるだろう。まぁ、戦闘中なら復元したら即戦線復帰で後の足りない血液は外で輸血となるし、麻酔はエピペン型で全員持っているので、欠損→麻酔→復元→戦線復帰からの休息なり離脱となる。
一応、増血も可能なのだが増やしすぎると抜く手間がある為、酷い出血でない場合は戦闘中はしないようだし、肉が足りない場合は増殖で増やす場合と、馬の肉を使って繋げる場合がある。実例として夏目がいる為、そこまで皆忌避感はないが馬肉大丈夫か?問題はついて回る。
なので今日から3日程度まとまった休息と、馬肉で復元したメンバーは高槻に診断してもらう事になっている。聞き取りだけなら違和感はなく、普通に動くので問題ないのだが、馬もゲートのモンスター(仮)なので、一度はっきりさせた方が後の為になるだろう。
またチラホラと喋るモンスターも出たし、そういった個体にはイマイチ職の力の効きが悪いらしい。これは、コードの防御がはたらいているのか、クリスタルを一定数取り込んだ為に強くなっているからだろう。幸い遭遇して戦っても吐き気までは行かないので良しとしている。立ち回りは気にして出来るだけ巻き戻りを見られないようにしているが、眼の前で夏目がどんどん削られては元に戻る光景を見ると、本当に何だか馬鹿らしくなってきた・・・。そもそも、夏目が人外化しているので、姿についても何とも言えなくなってきている。
本人曰く戦闘形態らしいが、モンスターと見分けつかないのは如何なものか?分かりやすい様に喋りながら戦ったり、ある程度決まった形態で戦っているのでいいのだが、不意に他人と遭遇したら攻撃されるぞ?エマとかドン引きしてたし。
その他目新しい事と言えば缶詰刑事こと、橘がゲートに潜りだした事か。階層的には1人で35階層まで進み、今は警察官の訓練をしながら、ウチの暇な人員が出るのを待って合流を目指している。知らなかったが、橘の装備は装備庁からの試作品が多数で本当に訳分からんものが多い。
指輪に収納すれば確かに重量も大きさも数量さえも気にはならないが、大型化すればいいと言うモノでもないし、そもそも橘は生身なので人体の限界を試さなくていい。一応、肉壁スーツはボディアシストもしてくれるので、肉壁ほどではないにしても回復なりしてくれるが、あまり過信すると落ちろ蚊蜻蛉と撃墜されるぞ?因みに、最近の動画配信者達のブームはどれだけ隙なく指輪から物の出し入れが出来るか?や、出現位置を予期した曲芸的な戦いらしい。
オートマガジンチェンジなんて動画もあったが、そもそも無限弾倉で戦ってるのにリロードもチェンジもないだろう?そう思っていた時期が俺にもありました・・・。配信者のイメージなのだろうが、マガジンチェンジすると撃ち出される弾丸の性質が変わる。
講習会メンバー達は撃てれば何でもいいと、拳銃からグレネードを撃ったりしているが、配信者のイメージスイッチはマガジンらしく『今変わりました!』の発言の後は、発火弾や凍結弾なんかも撃っている。柔軟性という面では、いいと思うが配信者は絶対バイオとかP.Eをプレイしていると思う。
そんな事を考えながら俺は今、地元の空港へ降り立った。休みは3日程度だが朝一の便に乗れば昼までにはつくし、最終便で帰れば日付が変わる前には東京へ帰り着く。サングラスに帽子にマスクと顔を隠しているので騒がれなかったが、千代田に帰郷の旨を伝えると、すぐさまチケットを手配してくれたのはありがたい。
「あー、空気が旨い気がする。このまま家に帰って莉菜を驚かせたいけど、先に用事を済ませるか。ついでに魔法で顔も隠そう。」
一応、帰る名目は他県のゲートからゲート内自衛隊基地へ移動できるのか?移動できるのならば、移動時間はどの程度か?と言う検証がメインである。早くからゲート内で外国人に出会ったと言う話はあるので、たどり着けない事はないと思う。ただ、今回は数回に分けて数人で検証し、内部構造を探りたいという所もある。そんな事を考えながらバイクで高速を走り市内へ。
1番近いゲートは妻が作った救護所の近くにあるゲートなので、そこで会えるなら騒がれない範囲で会いたいが、忙しいなら家に帰るまで我慢しよう。久々に俺が料理を作って帰りを待つのもいいな。作るなら唐揚げとか野菜炒め?外食でもいいな。遥は講習会で忙しく一緒に帰れなかったのは残念だが、一社会人として仕事をしているので仕方ない。
そんな事を考えながら約1時間程バイクを走らせてゲートへ到着。ハハハッ、ゴツくてデカイバイクだろ?走らせても停めても目立つ。高速巡回中の警察も停めないでくれよ。パーキングエリアに誘導されて免許証見せたら先導してくれたのは有り難いが・・・。因みに、クリスタル動力でエンジン音がしないので、大きくても静かなのはいいことだ。
救護所の方は大盛況と言う嬉しくない状態なので、一旦スルーしてゲート近くへ。さて、基地までどれくらいで着けるかな?入る前に千代田に連絡しておこう。
「もしもし、千代田さん?着いたんでそのまま入りますよ〜。」
「お疲れ様ですクロエ。セーフスペースで再度連絡をもらってもよろしいですか?そこから計測した方がより正確な時間が算出できます。有識者の見解では、入るゲートの問題ではなく、入った後の出現位置が毎回ランダムになっているのではないかと想定されています。」
「あ〜。確かにそちらの方が有力でしょう。そうでなければ外国人には会えない。ところでその有識者って他になにか知識持ってないんですか?研究者なら仮定と実践で分かるんですけど、有識者を名乗るなら他もなにか持ってるでしょう?」
文句付けても仕方ないが、聞きかじりで話されても困るんだよな。人命に直結するし、今回の事が正確に判明すれば駐屯地を本当に集結地点として運用も出来る。36階層のセーフスペースにも駐屯地が建設できたなら、補給も治療も受けやすくなって中層の攻略もやりやすくなる。
流石に休暇を駐屯地で過ごせとは言わないし、何なら日光浴びろと外に出すが考え方は人それぞれなので強制はしない。何なら、宮藤はこの休みのうち2日間は橘のサポートでゲートに入ると言っていたし・・・。若いって素晴らしいな。無茶しなければいいが・・・。
「有識者から研究者に命名を変えましょう。一応、他の知見からの推測なら長くても半日から丸一日で駐屯地に到着するのでは?と、見解が出ています。これは、先立って調査されたモノから割り出された算出時間ですが、馬の移動速度を考えるとそうなるらしいです。」
「・・・、検証やめていいですかね?休暇なのでゆっくりしたい。」
「現状駐屯地の場所や形を明確に分かる人物は少ない。検証をお願いします。」
妻との時間が!やらないといけないのは分かるし、駐屯地の形を知っている人が少ないのは分かるけど時間が!丸一日かかったら泣く。数度の検証で夕方くらいまでなら我慢するが、それ以上なら放りだしたい。地続き案件も今回の事で、ある程度決定事項となるだろうが、判明しても端から端まで走るわけでもないしどうでもいいだろう?
ゲート内で天動説を唱えてもいいし、米国では今でも600万人くらいはそれを支持しているらしいが、ソーツに出会ったので取り敢えず宇宙人はいる方向性で地動説を支持したい。まぁ、信じたいものを信じればいいよ。迷惑かけなければ・・・。
そんな検証の為にセーフスペースに行き、電話をしながら馬を捕まえて駐屯地へ。話では他にも何名か別口で入って駐屯地を目指すらしい。この別口と言うのはA、映像で駐屯地を隅々まで見た人。B、写真で見た人。C、あるとだけ聞かされた人に別れる。それ以外の俺は行った事ある人の分類となる。
駐屯地のイメージと言えば、継ぎ接ぎで灯台が輝いていたイメージか。一応、馬にも煙を使ってディテールを見せて進んでいるので、迷うような素振りもないし大丈夫だと思う。そして、そろそろ飽きたなぁ〜と、言う頃に駐屯地が見えてきた。時間的には約30分くらい。飛行機で東京に戻るよりは1時間くらい早いな。
「もしもし千代田さん?駐屯地に着きましたよ。」
「もしもし、かなり早いですね。念の為に誰か電話を代われませんか?」
「分かりました。警衛がいるのでその方に代わりましょう。」
警衛に声をかけて握手会しながら電話を代わる。あれやこれやと質問を受けているが、警衛に立っていた人の本人確認が主だ。これで、本人証明出来れば目印さえ分かれば集合地点も決められるし、前に言っていた本部長会議も、わざわざ東京なんかに日取りを決めて集まらなくてもゲート内で出来る。
「ファーストさんどうぞ!」
「警衛中に急な申し出に対応していただき、ありがとうございます。」
差し出されたスマホで千代田と話、駐屯地近くのゲートから退出して外へ。出る時の検証として、秋葉原ゲートをイメージして欲しいと言われたので、イメージしながら出たが外は大分ゲート付近。どうやら、出る場所は入ったゲートで固定されて変更は出来ないようだ。見方を変えれば、ゲート内で会議をしていても不測の事態にはすぐに自身の管轄する県へ戻れると言う事になる。
うぅむ、これで別の地域に出られたなら旅行し放題だったが、同時に密輸も密入国もし放題になるのでこれで良かったのだろう。まぁ、密輸に付いては今回の検証で仕放題説が濃厚になったが、明確な目標がないと馬が暴走するのでそこまでリスクを抱えてやるものでもない。
本当に馬がワープしているなら、下手すると次元の狭間に引きずり込まれたりもするのだろうか?仮にされて出られなかったら、その人はひっそりと死んでいきなくなってしまうのだろう。有用ではあるが、あまり使いたくもない。本当に緊急用と位置付けした方がいいだろう。
現に他の検証に参加した人達はまだ到着していなかったり、口頭説明だけの人は馬が暴走して早々にリタイアしたとか。元からなかった人工物は馬としても新たな目印として認識できていない可能性があるな。そんな検証を数度行い、何度出入りしても到着時間は概ね30分から変わらなかった。多分、行った事がある分明確なイメージがあるのでそのおかげだろう。他の組はリタイア以外はABの順で到着時間が伸びているし。
「では、これで検証終了でいいですね?」
「ええ、他になにかあれば連絡します。プライベートなので護衛要員は極力減らしていますが、何かの際は接触してきますのでご注意下さい。」
「分かりました。必要はないですが、そうも言ってられませんからね。では。」
スマホを切ってゲートから見通せる本部庁舎を見るとだいぶ建設が進み、外観はほぼ出来上がっている。前の話では1年から1年半と言う建設期間だったが、見た限りなら本当に1年で建設終了しそうだ。建設に関しても大型化トラックの行き交いは減り、作業服を着た兄ちゃん達が軽バンで庁舎の方へ向かう姿が見られる。
掲示板で指輪取れと社長から言われた人がいたが、効率だけ考えるならこれ程あって楽なものはない。資材だろうとゴミだろうと持ち運べて、残材が出ても他の現場で使えるならロスは少い。そんな車の姿を見ながら人の減った救護所へ。先に帰ろうかとも思ったが、やはり妻の顔は見たい。忙しなくしているなら一目見て帰るが、そうで無いなら話すくらいいだろう。
「え〜と、ここは子供の来る所じゃないぞ?走って膝でも擦りむいたか?のっぺらぼうの嬢ちゃん?一応、スィーパー?」
「いえ、黒江 莉菜さんはいますか?いるなら呼んでほしいのですが。」
魔法で顔を隠しているので仕方ない。しかし、この白衣を着た研修医図太いな。他にも顔の見えない人がいるんだろうか?冬場なので着ぶくれしてモコモコになっているので、子供と思われても仕方ないが・・・。
「救護長?確かさっき上がりだったから、まだいるとは思うが・・・、お礼かなにかなら後日来てほしい。今日も怪我人が多くて疲れているだろうからね。」
そうか、確かに人が多かったし疲れているなら先に帰って家で待つ方がいいかな?いま会いたいというのは俺のワガママでもあるし、安全運転で帰ってくれるなら・・・。
「近藤さんお先でーす、後はお願いし・・・、司?えっ!近藤さん夫をナンパ?待って!ダメよ!その子は私のなの!」
「えっ!いや・・・、えっ?夫?男の娘?いや、輪郭は分かりづらいけど女の子だよな?えっ?顔見えないけど・・・。あぁ、あの法律の。」
「あー、見つかったなら仕方ない。近藤さんだったかな?顔を見せるけど静かにね?」
魔法を解いて顔を見せるが、なんでまた妻は気付いたのだろう?近藤の様子を見るに魔法に綻びはなかったと思うが・・・。まぁ、会うつもりでいたので、見つかっても問題はないのだがあまり騒ぎになっても困る。救護所なら寝てる人もいるかもしれないしね。
「はじめまして、莉菜の夫です。騒がれても困るので内密にお願いします。」
そう言って顔を見せて、妻と共にそそくさと退散する。背後から青山の声が聞こえた気もするが、お前ははよ東京へ行け。悪いようにしかしないから、何なら厳正な抽選の結果北海道とかに飛ばすから。雪と戯れて狐からエキノコックスとか貰ってね。車に乗る時運転席へ行こうとしたら妻に奪われたのでそのまま助手席へ。
「も〜、帰るなら帰るで連絡してよね?よし、シフトチェンジ完了。明日は休みだけど、サインと写真お願いね?」
「割と不定期な仕事だからね、サインはいいとして写真とは・・・?」
「当然シフトチェンジの代価のプライベート写真、と言う名のコスプレ写真。それで同僚には手を打ってもらいました。それと遥に聞いたわよ?写真集を私に捧げなさい。」
あるにはあるが娘よ・・・、あれは後の黒歴史系の遺物だぞ?遺影にあの中の写真が使われたら死んでも死にきれん。まぁ、死なないので未来永劫遺影になる事はないのだが・・・。相も変わらず大きな俺のポスターが吊るされている駅前を通り過ぎて安全運転で家路を急ぐ。寂れてはいないが福岡ほど栄えていない地方都市は、いつの間にか車も増えて人の往来が激しい。
「取り敢えず、欲しいなら帰ってから渡すよ。しかし、車が増えたな。前はこんなに混雑してなかっただろう?」
「ファースト効果らしいわよ?テレビで言ってたけど、本部長が司って事で人が集まってるんだって。ウチの地価はどんどん上がって固定資産税ががが・・・。どうだね?インフルエンサーになった気分は?」
「私は貝になりたい。ひっそりと慎ましやかに暮らしたい。カオリやエマと酒のんで莉菜と2人仲良く過ごしたい・・・。」
運動会の時も家の周りに新築がどんどん建っていだが、あれってもしかして全部スィーパーの家とか?動物園のパンダじゃないんだ、今までは生け垣だったが、今度高い塀を建設しようかな?プライベートダダ漏れは避けたい。
「エマ?・・・、また新しい女の影が!前言ってた外人さんと名前を呼んで酒を酌み交わす仲に早々なったと?」
「いやいや、弟子的なモノだし1人異国にいるんだ。寂しいだろうから一緒に食事したり飲んだりするだけ。ガチガチの軍人だぞ?服とかは褒めてくれるけど社交辞令だよ。」
「ノー!女性の服を褒めるなんて気のある証拠じゃない!えっ!その人は司が元男って知らないわよね?」
「いや、この前伝えた。なんか私はまともな感性だったって安心してたかな。同性愛者じゃないとかも言ってたし。」
「それ絶対司狙ってるやつやん!ライクじゃなくてラブやん!」
「危ない!危ない!ハンドルを叩かない!」
妻がエキサイトして運転が危ない。助手席に乗っていたなら多分抱きついて来ていたので、この配置が正解だったのだろう。エマが俺を狙ってるって?ナイナイ。既婚者と知って、妻がいると公言しているのだ。アプローチされようが靡く気はない。前にも言ったが莉菜もどっしりと構えていればいいのに。
「うぅ〜・・・、送り出した夫が更に女の影が増えて帰ってきました・・・。このやきもちは夜のベッドで晴らせばいいのでしょうか?」
「いや・・・、那由多家にいるんだろ?そういう事はもっとこう、静かなホテルとかでね?一旦家帰って。」




