閑話 エマの活動報告@6 40 挿絵あり
情報と言うモノはよくも悪くも信憑性が求められる。早ければいいと言うモノではない。どんなに重大なモノだろうと、それが誤情報ならば意味はなく。それに踊らされたなら、下手をすれば部隊全滅まである。戦地で煮え湯を飲まされた事が何度あったか・・・、いや、戦地でなくとも誤情報で何度失敗したか・・・。今回のスタンピードの情報は衝撃的だが発生は分かっても詳細不明ではイマイチ警告が出しづらい。
しかし、クロエが職を開示した事で冗談ではないのは分かる。薄々思っていたがEXTRAか。職の名前だけでも良かったのにクラスまで話したのだから、情報は確かなのだろう。ご丁寧に作戦まで考えてきている辺り本気度がうかがえる。ただ、彼女が悪い訳では無いがもう少し、それこそ場所やどこのゲートかなどの詳細な情報は分からないのだろうか?それが分かるだけでも、対応が大きく変わる。
自国なのか他国なのか?規模は?日時は?日本に倣うなら都市封鎖は可能なのか?或いは、発生するゲートを移動して戦える場所はあるのか?提示された作戦以外に有効なものはないか?どこかの国と戦をするにしても今の時代、情報分析から闘いは始まる。そして、そこから政治家が損得勘定をしだし勝利条件を決める。いや、勝利条件は決まっているのか。出てくるモンスターを一匹残らず叩き潰し、殲滅することだ。
今なら35階層も怖いとは思わないが、前に見た犬が暴れると思うと恐怖心は拭えない。なにが怖いか考えろと言われたが、不可視の一撃で刈り取られる事が私としては恐怖だ。思いつく対策としてはクロエに言われた反応装甲の構築だが、これはもうイメージを固めるしかない。一撃で死ななければ、また次を目指せばいい。追う者とは何処までも狙い続けて、仕留める機会を窺う者なのだから。
「最近はどうだエマ?出場者の情報がそろそろ欲しい。大会運営に関する報告と、装置に・・・、R・U・Rに関するものは上がるが肝心の出場者やファーストや講習会メンバーのモノが欲しい。」
「暇か?」
「暇・・・、成果は出ている。やめた魔術師達もアプローチを変えたらそれなりに魔法は使えるようになった。最初のアプローチを間違えた事が悔やまれるが、今からでも十分取り返せる。」
「そうか・・・、クロエから情報開示があった。」
「情報開示?スリーサイズでも教えてくれたのか?青狸の様に全て均一ではなかろうが、相当細いだろう。」
確か青狸は体重含めて129.3だったか。どう見ても彼女はそんなに太くない。何なら食べた量に対して、それが消えたかの様に肉がつかない。触り心地はいいのだが・・・。いや、その前にトイレに行く姿も見ないな。職次第では体内で完結出来るらしいが・・・、彼女もそれなのだろうか?
「体重は22kgと言っていたな。まぁ・・・、ウィルソン。悪い知らせがあるとして、何処まで悪いと思う?」
「謎掛けはよしてくれ、こっちは朝の6時過ぎ。ベッドから引っ張り出されたのが悪い知らせだ。」
時差か。早起きは体に良いらしいし、三文の得があるらしい。円価格で90円。その額なら私も寝たい。だが、その得を朝の起きられる料金と考えるなら破格ではないだろうか?戦地で早起きして90円貰う。生きる喜びは保証されて90円もらえるなら確かに得だ。
「そうか、ならこれはまだ軽いな。スタンピードが近々どこかで起こるようだ。」
「md,g'm.dwg!!バカか!大バカか!!それはベッドから引っ張り出されるより悪い!いつ何処でどの程度の規模だ!」
「悪いがアライル情報局長も呼んでくれ。」
「分かった・・・、と、言ってもこのまま話して大丈夫だ。横で通話を聞いている。」
嫌がられる訳だ。いるとは思っていたが、やはり横で聞いていたのか。ウィルソン1人きりではないと考えていたが、いつから聞かれていたのかは気になる。最初からだとするなら、やはり食えない人物だ。それに、毎回なのかたまたまなのか判断に迷うのも好きではない。
「了解、開示された情報はスタンピードの件と彼女の職だ。今の立場になる前はOLをしていたそうだが、それはまた後でいい。」
「エマ少佐、順を追って説明願えるかな?」
「ええ。」
アライルが画面に映り込み先を促す。職については余りにもサラッと言われたので面食らったが、誰も何も言わないあたり真実なのだろう。確かめようがないが、否定する材料もまたない。
「今日、日本政府の人間と千代田、それに望田とクロエとで会談があった。私は当初別室待機だったが、呼ばれた中で話された内容は1つ、スタンピード発生時の協力の要請。2つ、クロエの職。3つ、スタンピードに対する作戦。要点はこの3つだ。」
オフレコの不死については伏せる。バラバラでも木っ端微塵でも動き出す・・・。本人の口から出た言葉だが、事実なら彼女は世界を相手に1人で戦える。死なず大量の破壊をもたらし、いいも悪いも関係なく平らにして逆らおうにも、暗殺さえ意味はなく、凶弾さえ彼女にとっては蚊の一刺し。日本政府が隠蔽に奔走し、強い態度を出さない理由がわかる。
35階層まで降りた攻略動画は配信されているが、あれをゲート外でされれば文字通り国が傾く。経済にしても国土にしても。理性的な人物で良かった。拘束もできずに操作もできない歩く超破壊兵器、事実を知ればどの国もちょっかいを掛けて不興を買おうとは思わない。いくらスィーパーがいようとも現状、彼女に勝つ手がないのだから。
「協力要請?ミスィーズファーストがいるのにかい?近代兵器はそろそろ近代が取れて、ただの兵器になろうと言うのに?食料も資金も我が国に要請しなくとも、継続戦闘は可能だと思うよ?」
「ええ、それは私からも軍人として問題提議しました。我々が必要なのかと。答えは彼女が立案した作戦です。細部についてはまだ不明な所があるとして、概要だけを聞かされました。・・・、1つ戦争をするとして、かかる金額は莫大なモノとなる。しかし、彼女が出したものは大企業でも出せる程度の金額だった。」
話された作戦を元に軽く資金を算出して見たが、驚くほど低コストだった。問題は人材費用と土地的損失。この場合の損失とは建物や経済が止まった時間、そして人命。ギャングに殺人を依頼する料金とは訳が違い、その人命は育ったスィーパーのモノ。はっきり言えば、値はつけられないが兵士1人への見舞金と見積もれば安い。
「ウィルソン君。録音は?後で戦術として検証したい。」
「滞りなく出来てます局長。」
「よろしい、では続けよう。作戦はどのようなものだい?」
「作戦名ではないですが籠の鳥。モンスター排出と同時に総攻撃を掛けて数を減らし、残りの大物を倒す。簡単な概要はこれですが、全てスィーパーが絡む。」
誰が何を出来るのか?我が国は初動でスィーパーを調査しなかった。今思えば大きなツケだ。出された作戦を完遂出来るなら、死者は減り被害も少なくすむだろう。そう、完遂出来ればだ。私はコチラヘ来るまで防人を知らなかった。そして、いてもカオリと同じ事が出来るとは限らない。
「籠の鳥にスィーパー。中位の多い国はいいな。全員でコロシアムで戦って力技で勝つつもりか?」
「ウィルソン君、それは早計だろう。少佐の評価を考えるならそんな愚かなモノではないだろう?」
「ええ。現状、彼女が知り協力体制を取れる人材を考えた際に、これほど効率的なものはない。作戦の要はSPの望田です。」
「望田・・・、あまり目立った功績は聞かないし、報告にもあまり上がらない人物だね。」
「局長補足します。秋葉原時期にファーストのSPとなった人物です。職は確かモリビトだったかと。少佐と共に至り歌人になったと報告を受けています・・・、ライブでも開くのか?」
間違えてはいないが・・・、間違えている。本人か日本人に聞かないと読めないだろうあの職の名前は。古い時代にいた人々らしいが、どうしてこの名前でこの能力なのか未だに分からない。
「サキモリだ。そこを間違うなウィルソン。探せるものも探せなくなる。彼女は対人戦闘は苦手と言っていますし、確かに目立つ人材でもない」
確かにカオリは対人戦闘は得意としない。他のメンバーの様に華々しい技がある訳でもない。だが、仮にメンバーと戦わなくてはいけないとしたら1番嫌な相手は彼女になるだろう。
「そんな人物が要なのかい?」
「ええ、彼女が檻を作る。1度戦闘しましたが、私はクロエと同等に闘いたくない相手です。はっきり言って彼女の守りを抜く術を私は未だに見いだせない。それ程までに守りは固く、攻撃に転じれば理不尽です。」
クロエ曰く安全装置。どこにいようとも音が拾えればそのまま彼女のテリトリーとなり、音が鳴ればそのまま理不尽に攻撃される。不可視であり、攻撃の引き出しは無限大。本人曰く助言、増々らしいが増々にも程がある。救いなのは、イメージの綻びがまだ分かりやすい所だろうか?
「成る程。望田が檻を作りそこから逃さぬよう叩き潰しに行くと?露払いが残っているね?」
「それは錬金術師や調合師による地雷埋設による打撃。その後、私が爆弾を随時ばら撒く。私は作戦の火力担当だそうだ。」
やろうと思えば宮藤を始めとした、魔術師の中位でも可能だろう。しかし、クロエ曰く無差別ではなく点で対応して欲しいらしい。中に入って仕上げをするにしても、雑魚を減らしてから。そして、入った後に第2陣があった場合、乱戦下での無差別攻撃はバカのする事と否定した。確かにそうだろう。中にはいるのは中位やそれなりに腕のあるスィーパーとした時、損失の程は計り知れない。人1人に価値のある戦。過去の栄光が今になって蘇ったようだ。
「つまり、閉じ込めた後に一方的に数を減らし残ったボスを叩くと。・・・、理にかなってるけど成功率はどの程度かな?私はスィーパーじゃないから分からないけど、それ程までに強固な防壁が張れて、中で暴れても壊れないと?」
「可能不可能を考えれば可能でしょう。私達はその壁を壊そうとイメージしない。なら、望田が持つ守りのイメージを純粋に火力で超える必要性がある。壊そうと思っても壊せないモノに注意を払って壊さない様にするとすれば、簡単には崩せない。まぁ、その前に中層を掃除して猶予を稼ぐとも言っていましたが。これは、まだ深く聞けていません。」
何時だったか見たリンゴだ。イメージを重ね隙を探し相手を納得させて初めてリンゴは割れた。その工程をわざわざ戦闘中に籠に向かってする暇はない。それに、中層のモンスターを倒せば本当に猶予は貰えるのか?クロエも若干お茶を濁したので、再度深く聞かなければならない。
「ふむ、検証しよう。中層の話は早期に頼むよ。まぁ、作戦検証はサキモリだったかな?これを有する人物探しからだけどね。では、1と3は終わった。2はなんだったんだい?上位の魔術師かな?」
「EXTRA 賢者。本人が提示した職はそれです。余りにもサラッと事も無げに言われたので聞き逃すところでした。」
何を考えているか分からないが、本当に余りにもサラッと会話の中で自然に開示されたそれは、下手をすれば気にも止めず流していただろう。ありがとう追跡者。常に発見を胸に動く様に癖をつけているところだが仕事をしてくれて助かった。
「EXTRA・・・、局長コレは・・・。」
「うん、ウィルソン君。次世代か今の世代が行き着くのを期待するしかないね・・・。」
上位の先、既に彼女は先にあった。追い付くべき目標は間違いなく彼女で、その高みにまで登れれば何か違う風景が見えてくるのだろうか?賢者と言うからには頭は相当にいいのだろう。出された作戦を考えた時間は、半日にも満たないと言っていた。更に時間を与え、疑問を解決すればより良い結果を導き出せるのだろうか?
「東方より来たりし者・・・、か。3人ではなく1人だけど、確かに彼女は知識を豊富にもたらした。成る程、成る程。うんうん。」
「局長?」
「いや、エマ少佐。引き続き彼女を近くから観察してくれたまへ。どんな些細なことでもいい。どんな突拍子もない事でもいい。何なら、昔何をしていたかでもいい。学ぶ先は決まったのだからね。」
アライルが嬉しそうに口を開けて顔を歪めている。それは笑顔なのか、獲物を見つけた知恵者の挑戦相手への威嚇なのかは分からない。ただ、この老人は好きにはなれない。なれないが・・・。
「昔はOLをしていたそうです。」
「オフィスレディー?華のある職場だな。俺にもティーを出してくれないか?」
「黙れウィルソン。ウイスキーの酌をしてもらうのは私だ。この後も飲む予定で、だいぶ時間が押している。」
「・・・、スマホを持ち込んで同席する事は?」
「出来るかバカ。女性のみのささやかな楽しみだ。お前の顔を見ると酒が不味くなる。」
「嫌われてるねぇウィルソン君。同僚との関係は後々響くよ。」
「それは・・・、エマにはこれで十分です。何なら缶詰の時に更に厳しくしておけば良かった。マッドガールが首輪ガールになるくらいに。」
「歪んだ性癖を私に向けるな気持ち悪い。」
「バカか?猛犬には首輪がいる。お前は人を殴って回るだろうが!」
「それは相手が悪い!もういい、今回の報告はこれでおしまいだ。・・・、スタンピードの件は任せる。」
「あぁ、俺も局長も愛国者だ。任せておけ。」
ーside 国防省 ー
「あれで良かったんで局長?」
エマには見えなかっただろうが、局長から通信終了の合図が出た。珍しいが、それを出してまで切る必要があったのか?皮肉を言うのは構わないが、エマが帰ったら殴られるのは俺だ。国のためなら喜んで・・・、憎しんで殴られるが痛いものは痛い。
「あぁ、あれで切ってくれて構わない。今回の報告でまた動きが慌ただしくなるけど、それは別にいい。うん。ウィルソン君。エマはミスィーズファーストがEXTRAの賢者だと言ったね?」
「ええ、間違いなく。映像も音声もあります。再生しますか?」
「いや、いいよ。ここで質問だけど彼女はそれだけだと思うかい?」
「それだけとは?」
質問の意図が掴めん。EXTRAはそれ単体じゃないのか?上位の先なら職が統合されたものと言う認識だが、局長は別の視点でものを見ているのかさっぱりだ。
「セカンドジョブさ。1回か2回の権利。それがあるとして、彼女がその権利を有していないと思うかい?」
「それは・・・、もう1つ職を持っていると?」
「確信ではないけど可能性の話さ。交渉内容は伏せられてるけど、ゲート内を日本語に指定したのはミスィーズファースト。なら、交渉で何かを引き出したとしてもおかしくないし、引き出すだけの何かがあったとしてもおかしくない。なら、君は何を引き出す?」
「それは・・・。」
交渉で引き出すモノ。それは利益であり、権利であり、優位性。そもそも、交渉してゲートを運用し出した。交渉の席はファーストが有している。それは彼女の権利。人が入れば入るほどゲートは攻略されモンスターも倒される。猶予の話が本当ならそれは利益だ。なら、優位性?モンスターを倒して回れるだけの・・・、単騎で地形さえも軽く消し飛ばすほどの力。それが交渉で得たもので、追加があるとしたら?
「うん、久々に君も顔に出たね。私は彼女がセカンドジョブをまだ伏せていると考えている。それがどんな物か分からないけど、やはりまだ材料が足りない。引き続き君は皮肉屋のウィルソンとしてエマ少佐といい距離感で仕事してくれ。」
「分かりました、必要なだけ情報を引っ張って来てもらいましょう。」




