129話 学者は話したがり 挿絵あり
「さて、話はこれくらいですか。丸投げはどうしますか?するならば動く用意はあるようですが。」
流石に案もないのにその話は持ちかけないだろう。なら、お願いするかな。餅は餅屋、マンパワーをぶち込んで巻き込みまくっているのだ。要点さえ押さえてくれればそれで問題ないと思う。実際の話をするならば、ノウハウのない俺よりも専門家任せの方がいい。口先番長感は否めないが、出来ない事を意固地に出来ると言い続けても仕方ない。
「お願いしましょう。政府はギルドを掌握しているという立場が欲しいなら、そんなおかしな事にもならないでしょうし、学芸会ではないので失敗も許されない。ただ、官民一体。これさえ守って頂けるならと釘は刺しますが。」
税金で全て賄うわけでもないし、そこまで危惧はしないがお金は水物。個人で考えられるだけ考えてみたが、場所の確保は終わっているし、必要な機材もある。残りは必要資金の算出と大会の宣伝にその料金決め。それに、当日の雑踏整理とか?海外に販売するなら間違いなく個人ではなく政府を通した方がスムーズだし、その際の入国管理もメンバーでするのはナンセンスどころか無理だ。
今の時点で話に乗るなら、お願いされたからOKを出したという立場も得られる。上と下と言う訳では無いが、するされると言うのは割と尾を引く。特に世界を相手に何かをするという場なら、政府がアピールするのをギルドが容認した。と言う見方と、政府が指示したからギルドが動いた。では印象が全く違う。後者の立場だと『なら、日本政府に言えばギルドの人間を使えるのでは?』と考えられても仕方がない。
幸い、これを明確にするのは配信で事足りる。ラストの夏目の紹介動画は上げていないので、その場で『政府の申し出により大会運営の一部を任せた。』と明言すれば少なくとも下には見られない。内情を探る?ハハッ。探りたいなら探ればいいが、不要な要請を突っぱねまくれば自然と『あれ?日本政府通しても断られた?もしかして、ギルド割と権限強い?』と流れていく。
あくまでギルドは日本のギルドなのでホイホイ海外派遣される訳にもいかないし、仮にするならそれを容認する人物にお鉢が回るようになる。まぁ、加納とかはモスクワ行くとか言ってたが・・・。
「終わろうかと思っていましたが疑問が湧きました。確認ですが、政府は今回のメンバー全員を本部長として据えるのですよね?」
確認事項だが可能性8割くらい?残りの2割は数名は望田の様に誰かに付いて行くケースや、そのまま古巣で教育者側に回る等で席にはつかず飛び回るケース。下位が本部長に就いた場合、強さは対人戦で見られるが肝心のゲート内は不明。まぁ、実力はあるのだろうが、その本部長より先に誰かが中位に至った場合どうする?問題もある。なら、数人は飛び回る事を専任してギルドを見て回ってもらい管理の手助けをしてもらうのも有りではある。その場合はギルド特派員とか?あるいは監査員とか?
誰も就いた事のない本部長なので、政府の思惑もあればそれ以外の組織も色々とちょっかいかけて来る。下手にYesマンだと仕事はうなぎ登りに増えていくので、それなりに対応力のある人を据えたいが・・・、宮藤さんとか?
指導力もあるし、法にも詳しい。戦力としても申し分ないし、問題なのは本人の意志と目標だけ。まぁ、一度中位の指導者を打診したので、これにリンクして頼めば引き受けてくれそうでは有る。赤峰さんは宮藤さんの指導を『厳しいけど為になる。文字通り叩き上げの静かな炎だねありゃ。』と評価していた。
「その点ですが・・・。はっきり言うと意見は割れています。今回選出戦で選ばれた方を中位の方で囲むように配置する案が1つ。これならば、スタンピードの際に連携も取りやすいでしょうし、それ以外の場面でも何かと相談しやすい。もう1つは、本部長の肩書を持ちつつ中位を目指すと言うモノ。東京に集め、ある程度の期間で育成しその後派遣する方式です。この場合、中位ではないにしろ座学で法律関係と東京に残る中位の方の力を借りる事になります。」
「両方想定できる範囲ですね。良かった、大会で選ばれたのにやっぱりナシ!と、言う意見が出なくて。」
「それは・・・。ありはしましたが、ならどうやって選ぶ?と言われると誰もいい案が出せずに潰れました。政治家の方々としてもスィーパー関連で下手な発言をすると、文字通り身に返ってくると学習されたようです。」
千代田が片方の頬を歪めて笑っているが、凶悪な顔でそれはやめなされ。子供が見たら亜沙美ちゃん以外泣くぞ?公安辞めたはずなのにコイツは次のダミー会社で何やってんだよ・・・。インナー渡したの失敗だったかな?変に無茶しなければいいが、まぁ流石に変な身の振り方はしないだろう。
「実際に人が死にますからね。政治家の先生方が表立ってモンスターに殴りかかるなら文句は言いませんが、何時だって命をかけるのは名のない兵達です。」
「それは重々承知しています。カリスマ性とは言いませんが、少なくとも戦える力があるなら人はそれに光を見る。腕っぷしで選ぶと聞いた時は頭を抱えましたが、結果としてはいい方向に進んでいます。流石に、本部長は頭でっかちでは務まらない。」
「ええ、人の死は容認しますが、それはあくまで有事のみ。平時は事務仕事でへばってるくらいが丁度いい。」
警察も自衛隊も何なら政治家だって、平時なら備える為に訓練なり下らない話し合いなり居眠りだって出来る。しかし、災は勝手にやってくるし、災害と違ってご丁寧に地点指示と警告まで親切にしてくれる。だからこそ、備えなければならないし、容認しなければならない。少しでもハッピー・エンドの欠片を集めるために。
千代田との話が終わり喫茶店を出る。千代田から送ろうかと言う申し出があったが、それを断り1人でコッソリと街ブラを楽しむ事にした。滞在期間も残り少ないし、中々1人でブラつくと言うのも出来ないしね。最新の参加者名簿を貰ったが、書いてあるのは名前と出身地のみ。誰かに肩入れする気はないが、自然と出身地や生まれた土地の人に目は行く。
頭の痛い青山の名があったが、今から脱落させてやろうか?主に人格がそぐわないとかで・・・。甘いマスクに困った人を無償で助ける誠実さ。噂だけ聞くなら実力も確かでモンスター退治をメインにする武闘派パーティーのリーダー。彼に助けられ熱い眼差しを送る女性は多いらしい。実際、結婚出来れば玉の輿である。そんな上玉の青山は何故か俺と結婚すると言う頭の沸いた奴。既婚者という文字を知らないのだろうか?
妻も事ある毎に『クロエさんを下さい。』と言われて辟易としているらしい。面と向かって嫌だと言ったのに何故納得しない?元を知らないのは仕方ない。綺麗だと思うのもまぁ、仕方ない。しかし、何故その先を断っているのに望むのか?頭のネジが1本所かダース単位で無くなって、皺も無くツンつるリンの味噌が頭に詰まっているのではなかろうか?これならハニトラの方がまだまともな対応だと感じる。
他は動画などで有名な人以外、初めて見る名前ばかりだが、この名簿にあるからには多分強いのだろう。政府が人選している分、警察と自衛の息のかかった人間はいるのだろうが、青山の名を見る限り民間も確かに入っているようだ。調べる気になればネットで情報はある程度集まるだろうし、講習会メンバーから出身地の人に生の情報を貰ってもいい。流石にそこまでしないが、やり方はいくらでもある。裏取引があったか無かったかは分からないが、そこまで詮索するときりがない。
そう言えば気になる案件が1つあったな。スマホを取り出し電話をかける。大学は冬休み期間なので彼もフィールドワークでいないかもしれない。まぁ、繋がらないならそれもまたよし。ちゃんと休んでいる証拠だろう。周りの人間がワーカーホリックばかりなので、休みを満喫している人間を見る方が希少だし。
そろそろ電話を切ろうかという頃に斎藤に電話が繋がった。さて、休み中かワーカーホリックか。試作品の硬度照射装置を完成させたのだから休みだろう、多分。
「もしもし、ご無沙汰してます。クロエです。新年明けましておめでとうございます。」
「あけおめです。いゃ、なんてモノを回してくださったんですか。ありがとうございます。最高ですよコノヤロー!今ならヒャッハーと叫んで逆立ちしそうです。」
昼間から飲んでいるのかテンション爆上がりの様だ。出直すかな。完成した装置の話も聞きたかったのだが・・・。酔っていてはまともな意見も聞けないだろう。
「あー・・・、怪我しない程度に飲んで騒いで下さい。硬度照射装置の話を聞こうかと思いましたが、酔っているなら出直しますよ。飲んでいる時くらい仕事から離れたいでしょうし。」
「ん?シラフですが?装置ですか、装置ですよ!日本にならって小型化と軽量化、何なら生産性をアップする試みをやってる所です。研究が楽しい、発見が偉大で進歩がAmazing!」
シラフでこれか、流石帰国子女。前はダウナー系かと思ったが試作品完成が嬉しいのか・・・、いや結構前に完成したよね!?もしかして、ずっとこんな調子とか?
「その進歩の話を聞いても大丈夫ですか?」
「ええもちろん!大学にいるので来ますか?来るなら許可は取り付けますが。」
「ならお願いします。格好がアレですが気にしないで下さい。」
「?、いいですけど、見学者願いとか書けます?」
忍び込んでそのまま研究室へ行きたいが下手な事をすると後が面倒だ。服がゴスロリなだけで、他はおかしくないし大丈夫なはず。千代田は身構えたが、斎藤に会ったのは秋葉原以降なので、身構えられる事もないだろう。
「書けます。迎えをお願いしても?」
「いいですよ、門で待っときますね。」
ここからなら飛べばそこまで時間はかからないだろう。トイレで着替えるという手もあるが、下手に服は汚したくない。着慣れたとは言わないが、これを着るのも慣れたものなので立ち居振る舞いは大丈夫。
発見されていないが、何があるか分からないので路地に入って刺又を出してフワリと飛ぶ。冬だが魔法のおかげでそこまで寒くない。本来の魔女・・・、海外のウィッチは魔女の軟膏なんて言う、幻覚剤を塗って飛んだ気分を味わっていたようだが、今は本当に空が飛べるので楽でいい。
そのうち飛べる人が増えれば、航空法に人の枠が追加されるのだろうか?特に疲れもしないので行こうと思えば海外まで行けそうな気はする。そんな事を考えながら大学前に降りたち、辺りを見回すと斎藤がいた。相変わらずヒョロリと細長いが、少し鍛えたのか前よりは線が太く見える。それなりに人通りがあるので、駐屯地のお祭りの様に袖引き小僧となろう。
くいっくいっ
「?・・・!!!?」
「お久しぶりです、黙ってください。」
叫ぶ前に釘を差しておく。下手するとこれでも叫ぶ人もいるが、今回は大丈夫だったようだ。なにか作業をしていたのか斎藤は白衣にカーゴパンツ。頭には何やらゴーグル付きの帽子をかぶっている。
「お久しぶりです、ゴーストかと思いましたよ。」
「流石に死ぬには早すぎる。電話してさっきの今ですよ?簡単に殺してもらっては困ります。では、手続きして入りましょうか。」
「いいですけど・・・、他の人に見えてますよね?」
「いえ、多分斎藤さんだけ認識しています。書類は書きますが騒がないでくださいね。」
スニーキングミッションをこなし大学の中へ。通された部屋の中には前来た時にはなかったモンスターの素材やら、よくわからない機材やらがおいてある。照射装置はどれだろう?世紀の発明と言っても過言ではないので、どこかに厳重保管されているのだろうか?それなりに人がいるので、野ざらしと言う事はないだろうが・・・。
「皆さん、クロエさんが来ていますが騒がないように。取り敢えず、そのまま作業を続けて下さい。」
辺りをキョロキョロしているが、多分今は斎藤にしか見えない。勘のいい人なら目星は付けられるかもしれないが、いると言われても明確にここにいるではないので、良くてピンぼけした何かが見えるくらいだろう。作業の邪魔をするのも悪いので、気付かれるまではこのままでいい。
席に着いた斎藤に促され対面に座る。後ろの白板には色々書き込んであるが、専門的な事なので分からない。拾える情報と言っても点とか線とかの図形が多いので何を伝えたいのかは説明を聞かないと分からないだろうな。
「それで、装置は今厳重保管ですか?流石にその辺りにほっぽってあるわけでは・・・。」
「これですよ?」
「え?」
指さされたのは会った時から付けていたゴーグル。見た感じレンズが黄色と言う以外は普通のモノに見える。これで目からビームでも出すのだろうか?言われなければ作業員の遮光ゴーグルに見えなくもない。照射なので打ち出すのは間違いないと思うんだけど・・・。
「正確には一部ですね。本体はこれですよ。」
机の下からガンノズルの着いたバックパックが出された。これとゴーグルで1セットなのだろう。なんだろう、このままゴーストを捕まえに行ってくれそうな装備だ。スライムを吹き出して自由の女神を動かしてくれてもいい。立って装備した感じはまさにそれだしな。
「クロエさんは設計図の中身を見ましたか?」
「ざっとなら。専門的すぎて私では理解できませんでしたよ。」
「そうですか!なら、僭越ながら説明を!クロエさんはグラファイトはご存知ですよね?」
「一応、六角板状結晶と言うのは知っています。元が炭素なのでこのモデルでよく描かれますね。」
ハニカム構造だったかな?蜂の巣が折り重なったように描かれることが多い構造体で衝撃に強い。普通の炭素結合だと縦方向の衝撃に弱いと言う欠点があったはずだが、グラファイトはそれを克服したとかしないとか。
「それが分かるなら話は速い。硬度照射装置の肝はそこです。本当は他にもあるのですが、そこはまだ解明出来ていません。しかし、それでもこれはすごいものですよ!」




