128話 バベル化中
「それを頂いても?大井さんと黒岩さんにデリバリーを頼まれていまして。」
「別にいいですけど、そんなに欲しいですかねぇ?こんな物。自分で言うのもなんですが、綺麗ですが貧素ですよ?鍋敷きが関の山です。」
黄金比なので本能的に綺麗だとは思う。しかし、それでも人は慣れる。現にサインや握手を求められこそすれ、誘拐騒ぎはチヨダの暴走以外ない。まぁ、スィーパーに手を出したらただでは済まないと分かっているのだろうが、変質者にも会わない。隠蔽してうろうろしてはいるが、それでもコンビニの様に行動範囲はそれなりにバレているし、ホテルも多分それなりにバレている。
「何でそこで自己評価が下がるか理解に苦しみますが・・・、どこで噂を聞いたか知りませんが、娘だって欲しがってるんですよ?」
「亜沙美ちゃんが?欲しいなら上げますけどいりますか?」
少女が欲しがる写真集・・・、色々大丈夫なんだろうか?アニメも似たキャラで放送されてるしその延長線とか?アニソンにしろ内容にしろ相当気合の入ったクオリティーで作られていたが・・・。まぁ、市井は俺ではないし、えらく唐揚げ食いまくって魔法で無双してたけど、初回だしキャラ付けとしてはありなのかな?敵もそこはかとなくゲートのモンスターに似ていたし、もう少し応援したら協賛になってくれる?
「貰えるなら。松田さんが何故か独り占めしそうな勢いで、誰にも渡したがらないんですよね。売り物のはずなんですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ばないならどついて取り上げて下さい。全く何を考えているんですかあの人は?印刷等は任せましたが、今はもうデータも消去して本しか残ってないんですよ?」
「全て消したのですか?」
「ええ、部数は夏目さんに任せて製本済みです。再販なし国外販売無し、講習会メンバーは全員欲しがったんで配りましたけど、それ以外は私の手元に数十部あるくらいで、他は当日まで松田さんが保管しています。何ならこれを期にポスターの方も削除依頼を出しましたよ。」
あの面子の中でスィーパーになったのは松田しか聞いていない。黒岩も大井もなりたそうだが、歳もあるし仕事もある。なりたければ補助も選びたい放題だろうし、ひょっこりスィーパーとして現れそうではある。ゲートに入れば職には就けるしね。実際、ペーパースィーパーなんて言う指輪取りに入って、それ以降ゲートに入らない人もいるくらいだし、スィーパーと言えど戦闘出来る人間は少なくなるかもしれない。
しかし、それもまた生き方なので強制はできないし、スタンピードの際に最低限の自衛手段を持っていると考えれば、被害の緩和には繋がるだろう。でも、ライセンス制になったら年1回くらいはゲートに入って欲しいなぁ。どんな形であれ職も使わなければ宝の持ち腐れ。モンスターを目の前に竦まれても困る。
ポスターの方は悪い事をしたな。いい売上だったが何時までもそれを売るばかりでも困るし、本職は鍛冶師と装飾師なのでそちらの方面で頑張ってもらいたい。まぁ、既に有名なので大丈夫だとは思うが、支障が出たら再度撮ってもらおう。
「本のコピーを作った場合どうにかなりますか?」
「さぁ?元データの印刷じゃなくて、印刷の印刷なら誤差が出るので似たなにかになるんじゃないですか?試す気もないので知りませんが。・・・、えっ?千代田さん本人も欲しいんですか?」
魔法少女コスも写真集にはあるけど・・・、前に魔法少女スキーの称号を与えたが、アレがガチで本当にそれが見たいとか?亜沙美ちゃんに渡すのはいいとして、千代田は大丈夫だよな?
「欲しいと言うより興味本位です。ポスターにしろ写真集にしろ人を惹き付ける。なら、それを1枚でも持っていればスィーパーと戦う際のフェイントとして使えるでしょう?」
戦場で俺の顔が的にされるのか。複雑な気分だが、フェイントとして使うなら確かに活用できなくもない。視線を誘導するにしてもされるにしても、人にとって視覚というのはとても重要な感覚で、プロボクサーだってフェイントの練習をするし、監視カメラがあろうと目視確認は必要。
そんな感覚を自身が思うままに誘導できる手段があるなら、確かに戦闘をする時の切り札になる。それに、千代田自身は公安を降りたとは言え、どこで荒事をするかはわからないし・・・。キセルを取り出しプカリ。内容は・・・、荒事想定なら雷とかでいいかな?痺れて行動不能にするものを2個。赤峰に撃ち出した威力のものを2個。武器があると戦い出しそうだが、千代田ならスィーパーのヤバさが分かっていると思うので、これだけあればどうにか逃げられるだろう。
それと、千代田の体型はスーツを着ているのでイマイチ分かりづらいが、それなりに引き締まっているとは思う。自衛隊隊員用のインナーサンプルでサイズの合う物があれば、それも一緒に渡すか。前に色々なスィーパーの糸を試した時の試作品だが、刻印も刻んであるので悪いものではないだろう。
「亜沙美ちゃんに渡す写真集はこれ。黒岩さん達のはこれ。そして、千代田さんの防弾チョッキ代わりの魔法糸で作ったインナーと、雷の魔法の玉がこれ。指輪が無いので持ち運びが不便かもしれませんが、無いよりはマシでしょう。」
「ありがたいですが、よろしいのですか?」
「いいですよ。インナーの方は様々な方の糸を扱う際に試しに遥が作ったものですし、魔法の方はスィーパー相手なら拳銃では厳しいでしょう?一線は退いたとは言え何が有るかわからないですからね。インナーのサイズが合わないなら言って下さい。一応、上と下のワンサイズずつならあるはずです。89式小銃の発射実験では貫通はしませんでした。まぁ、衝撃はダイレクトなのでマントとかの方がいいならそれで渡しますよ。」
純粋な人の身体能力では銃弾は流石に対処できない。まぁ、極まった居合の先生ならエアガンの玉を切ることも出来るが、それはあくまで固定した物から発射されて、概ねの着弾位置がわかった上で合図等があった場合。不意打ちや何処を狙われているか分からない状況になると避ける事は困難だ。なので、感覚としては薄くて丈夫な防弾防刃チョッキ。貫通しないなら出血死の心配は少ないだろう。代わりに骨折等はするが・・・。
千代田は手にとってインナーを引っ張ったり、光に透かして見ていたりする。透けはしないけど、薄いんだよな。折り重ねれば少し分厚くなるけど、それでも薄い。高槻の糸と混ぜると芯が出来たおかげか普通のTシャツ程度には厚くなる。
「使用者登録は出来ないので、無くさないよう気をつけて下さい。まぁ、糸を出せる人も増えたので、そのうち一般販売されそうですけどね。」
蚕よろしくどこかの部屋で延々と糸を出す生活。慣れれば遊んでいようが、食事していようが出せるので片手間の仕事としては最適だろう。その分慣れや均等な品質を求められるので、技術職に分類はされそうだ。様々な企業がスィーパーの雇用に乗り出しているようだが、さてはて今年の就職戦線はどうなるやら。息子も今年で高3になるし、文字通り来年は異次元の就活と言うものを迫られるのだろう。
「そこまで行くのには後数年はかかりそうですね。糸の出せる魔術師は確かにちらほら出てきて、政府と企業で熾烈な取り合いが始まっています。一応、有事対応義務法にスィーパーの招集を盛り込んだ新法案も国会提出されました。今年の国会は荒れますよ。」
今年は松田や政治家も忙しいらしい。去年も期限延長して国会は連日開かれたままで、寝ている政治家はどんどん姿を消していたが、与党野党ともにスィーパー関連で様々な政策を打ち出そうと躍起になっている。これもギルドが稼働すればある程度の落ち着きは見せそうだが、まだまだずさんなところはあるので目処は立たないだろうな。
「政は任せますよ。私は粛々と仕事をするだけです。少なくとも、本部長候補から本部長確定者に講習会メンバーは確定したのですから、私個人に話を持って来ずとも進める事のできる案件は多い。」
「その件ですが、本部長会議等は開かれますか?一応、ゲート内セーフスペースに会議室を設置できれば緊急招集用の場はセッティング出来ますが。」
「あー、地続き案件ですか・・・。必要だと思います?」
広さ不明のゲート内。自衛基地のおかげで、概ね階層内は地続きというのが証明された。なので、わざわざ電話やテレビ会談せずとも面と向かって話せる。まぁ、海外からアクセス出来るか分からないし、基地の場所を知っている人間も限られているので、エマが国へ戻ったら検証してもらおう。時間次第では工場の正式稼働までの間は、エマに回復薬を取りに来てもらえばいいし。
「個人的には会談の場は必要かと。その場に行けないにしても、何かの受け渡し等で、すぐに集まれる場があるというのは安心感があります。それと、オフレコですが国連でもギルド作りに乗り出そうかという動きがあります。」
仕事をする国連がギルド作り・・・、スタンピード対策として作るつもりかな?世界で見てもまだ中位がいるのは日本だけ、エマが国へ帰れば米国にも中位がいる事になるが、そんな中位がいる国をモデルケースにするのはわからない話でもない。スタンピードも日本でしか起きてないしね。しかし、最初のスタンピードが海外で起きた場合はどうなっていたのだろう?
最初入ったのは俺だとすると・・・、ハードモード過ぎない?言葉は通じない、判断材料も皆無で、抑え込める手立てもない。溢れたモンスターがどんどん人を襲いながら各方面へ散らばっていく。怖っ!次のスタンピード迄には駆逐できると思うけど、被害は広がり続けるし、終わりの判断もできない。ある意味ドラクエ世界だよな。違うのは街の中でもモンスターと戦闘になる事か?ツボは割る前に割られてそうだ。
「いいんじゃないですか?モデルケースを日本にして、どの国も似たような運用なら国際協力もしやすいでしょう?」
「軽く言いますが、トップ会談なんて事になれば間違いなく日本から出るのは貴女ですからね?」
「取り潰しましょう。パクリダメ、ゼッタイ!相互支援協会とかにして別物にして、ウチと関わらないようにしましょう。」
「手のひら返しはいいですが・・・、多分、日本語話せる人しか集まりませんよ?ゲート内は日本語。この話が出て以降どの国も日本語学習に着手していますからね。」
着々と言語統一が進んでらっしゃる。エマが日本語缶詰を受けてこちらに来たと話した事があったが、どの国でも似たようなものなのだろう。話せるなら会うのは吝かではないのでいいのだが、国は離れたくないな。妻もいるし子もいるし。
「その辺りは好きにしたらいいんじゃないですか?個人としては嬉しいですが、歴史を守ろうとか文化保護を叫ぶなら自分達でどうにかするでしょうし。」




