閑話 そんな彼女の見た風景 36
ガチでやる。彼女の口から出た言葉は普段聞かないもので、そもそも人との争いを好まない彼女から出るとは思わなかった。しかし、考えてみればそれは当然必要な事で、いつ何時力を持った犯罪者が出るとも限らない昨今。人の世は進み、人を傷つける手段は刃物や鈍器から得体のしれない能力へと代わり、善良であろう人でさえやろうと思えば大量殺人さえ出来てしまう。
相手に選ばれたのは大貴さん。日頃から色々な人と手合せをしているし、本人も強くなろうと努力をしている。自分で言うのは恥ずかしいけど、それは私の為。前にゲートで被弾して以来、彼は私の事を何かと気にしてくれるし・・・、結婚したいと言う言葉に嘘はない。デートを重ね、思いを重ね、身体を重ね・・・。ガサツで不器用で、でも嘘のない彼を好きになっていった。
不思議なものだ。会った当初は恋愛対象ではなく、ゴリラとしか見ていなかったのに、こんなに惹かれるとは思わなかった。最初は任務のパイプ作りの為だったんだけどなぁ・・・。もしかしたら、死ぬかもしれない体験の後に告白されたからかもしれない。だけど、それを嫌だとは思わない私は確かにここにいる。
クロエさんはガード硬すぎる上に高嶺の花だしね。
「合図は?」
「いらないでしょう?モンスターはいつも急に襲って来る。」
「はいよ!」
パンッ!空気を突き破るほどの速さで言葉を置き去りにして大貴さんが先に動いた。槍術師になって身体能力や動体視力も上がっているのに、見えないほどの踏み込みは既に拳が頭にあたったと思わせたけど、その中でも言葉は紡がれる。
「流石に速い、速いですが赤峰さんは人です。」
当たるだろうはずの拳は肘の内側の爆発で当たる事はなく、爆発で吹き飛ぶだろうはずの腕は、しかし吹き飛ぶこともなく、逆に爆発の反動でくの字になった腕を折りたたんで肘を突き出す。腕は大丈夫かな?いくらR・U・Rを使って戦っていると言っても痛みは現実的に反映される。私もやったけど、切られればその部分はずっとヒリヒリとした痛みを伝え続けるし、殴られれば鈍痛が続く。それは深ければ深いほど酷くなる。
肘が当たるより先に後ろに跳んだクロエさんが無言で魔法を発動させる。職に優劣はなく有るのは得手不得手。それは体術師と賢者と言う真反対の職に就いているのに、どちらともが反応できるのを見ると頷ける。常人なら当たる拳を躱し、常人なら引きずり倒される魔法の糸を力付くで引き千切る。発動された魔法はインナーを作る素材の糸を生み出す物で大貴さんを引きずり倒そうとする。しかし、発動した魔法は蹴りで切り払われる。
クロエさんは人と戦うにしても大技と言うか、どちらかと言えば致命傷を負わせないように配慮して戦う。それはとても安心出来るけど、裏を返せばその手加減で対処が出来てしまうと言う事。今も引きずり倒して気絶でもさせるつもりだったのかな?それに大貴さんが対処出来たのは嬉しいけど、対処出来たのならその先に進むしかない。酷い事にならないといいな。そして、出来れば勝ってくれたら嬉しい。
「流石に一撃とはいかないねぇ!」
「それはこっちのセリフ。糸を引きちぎりますか・・・。先制は取られましたがこちらから行きますよ?」
言葉と同時に大貴さんの身体が揺れる。魔法職は卑怯と言うか距離を取ると手に負えなくなる。宮藤さんにしても兵藤さんにしても、何処からでも瞬間的に攻撃ができる。ただ、それに対処出来るのも事実。何と言うか、どこを狙って魔法を発動させるのか何となく分かるのだ。火の玉は飛ばないし、水の玉も飛ばずに瞬間的に現れるけど、タイミングよく躱せば受けずに済む。多分、中層のモンスターとして紹介されたアレに対処する為の感覚がこれなんだろう。
「軽いねぇ!堅牢な身体にカバーリングで急所攻撃は捌ける!顔面、鳩尾・・・、金的まで狙うのはいいねぇ!ガチっぽくてよぉ!!」
そこはヤメて!赤ちゃん出来なくなっちゃう!大貴さんがアソコ以外は護らないけど、流石に股間は護った。一応、明るい家族計画なるものはあるので、そこを潰されると計画の要が崩れちゃう!元男でしょ!?そこをぶつけたり蹴られると相当痛いって聞くし、下手したらショック死するらしいんだからやめて!そして、大貴さんは・・・、マゾ?何でそこを攻撃されて嬉しそうなの!?確かに本気っぽいけどさぁ!
堅牢な身体だからって、そこ以外は護らず仁王立ちなのはとうしてよ?もう少しこう・・・、防御姿勢っぽいモノを取ってコチラを安心させるという配慮があってもいいと思うのですよ!
(裕子さん・・・。)
(なに、小春さん。)
(余り心配そうに見るな、乙女に見えるぞ。と、七海からです。)
(自分で言え!妖怪!)
少し離れた所で見学していた夏目が茶々を入れてきた。そうですよ、恋する乙女ですよ私は。彼が心配するように、私も心配するんですよ。いくら本当に傷つかなくても勃たなくなったら困るんですよ!
「身体も爆風で温まったでしょう?」
「おう!半信半疑だったガチって言葉が本当だってのは分かったからねぇ。」
嬉しそうに拳を合わせながら話すけど、さっきの攻防で決着がつかないなら確実にギアは上がっていく。決着がどんな形か分からないけど、どちらかが相当な痛みを受ける事は確か。大貴さんの早い踏み込みからの蹴りや拳をクロエさんは跳ねてしゃがんで、煙でそらして糸で絡めて引いては距離を取る。攻める大貴さんに無言で対処するクロエさん。嫌な無言。何を考えているか、あの人はたまに分からなくなる。
自己完結が激しいのか、結果は教えてくれても工程は余り教えてくれない。詳しく聞けばその限りではないけど、どちらかと言えばその時その場になった時に初めて理解できると言うモノもある。エマさんなんかはその口だろう。メンバーなので雑談程度には話すけど、私達が受けたモノと彼女が受けたものは相当違う訓練だと思う。
「煙よ目を覆い、枷となりて妨げよ。」
「小手先は聞かんよ!押す!」
目隠しは一喝で払われ、形だけ見るなら大貴さんが押せ押せで有利なように見える。ただ、ここまで有効打が無いのは気がかりで、どうしても試されている。と、いう感覚がついて回る。速さもかなり上がっているのに、それをのらりくらりと躱すのだから本当にそうなのかもしれない。元男で、今は可憐で儚げで美しい少女。しかし、その少女は私達の理解の範疇外にいる。
「煙よ集まり形を成し、思うがままに動き出せ。」
「そりゃぁ、手数を増やしたって事かい!」
「さぁ?魔法は魔法です。残念な事に近接職と正面切って戦うほど思い上がってはいませんよ!それは音より早く、暗雲を纏い現れ、したたかに天より人を打ち付けるだろう!」
「忘れたかい?俺は雷を既に耐えたんだぜぇ?」
戦いが確かに動き出した。爆発や小手先の技ではなく。明確な攻撃用の魔法。モンスターには躊躇なく使われるそれを人に使った。走る紫電は文字通り落雷のように身を撃つけど、それにも大貴さんは耐える。効いていない訳じゃないけど、それでも放たれた雷は太い。常人なら普通に行動不能なそれを受けても、彼は膝をつくことなく立っている。
ここで引き分けでもいいんじゃないか?そんな言葉が頭を過る。互いに有効打はないし、決着をつけても誇るものはない。模擬戦なのだから、それでは身体を痛めても事だ。しかし、そんな思いとは裏腹にクロエさんの口から言葉は放たれる。
「集まり集い苦しめよ。」
その一言で均衡を保っていた試合は崩れ、初めて有効打らしい有効打が出た。大貴さんが苦しそうに咳を1つ。それは確かな隙なんだろう。近接職が足を止めてしまったら的になる。
「けはっ!」
「立ち止まる者よ、侵された者よ、過去の痛みを思い出しその傷を身に刻め。」
「まだまだあぁ!堅牢な肉体はこの程度の傷じゃぁあ止まらねぇ!」
「えぇ、知ってます。ただ、空中ですよ?」
体中から紅いエフェクトが出る中、放たれた跳び蹴りは有効打にはならず、逆に煙に巻かれて打ち付けられる。いや、あれは打ち付けられる前に衝撃で煙を散らしたのかな・・・。手の様に触手の様にうねる煙は自由自在にクロエさんが操るモノ。炎程熱そうじゃないし、水程脅威があるようには見えないけど私達はそれが逃れられない最悪だと知っている。ゲートで、秋葉原で、或いは、何かをする時に何時も口から吐き出されるタバコかキセルの煙。その煙は彼女を思わせるモノで、掴みどころがないのに嫌なほどに形を変えてイメージを刺激してくる。
「毒か?」
「オゾンです。呼吸障害を起こしたのですが、それでも動かれましたけどね。」
しれっと酷い事を言う。文字通り感知出来ないもので息の根を止めにきていたらしい。結構な毒性なので、間違っても外では使わないで欲しいけど・・・、賢者とは毒も使うのだろうか?追撃の手は休まらないけど、大貴さんの方は呼吸を整えながら更に速度を増していく。まだ全力の速さではないだろうけど、私にはもう影しか見えない。なら、クロエさんは既に何も捉えられていないだろう。これで勝負あったかな?クロエさんは魔法は出すけど動かない。動かないなら、いずれ大貴さんの拳が撃ち抜く。そんな幻想の瞬間は現実として、今目の前に現れた。タイミング、速度、本当なら背後からの奇襲が確実なんだろうけど、多分それは彼にない言葉かな・・・。とても真っ直ぐだから。
「立ち止まってるとぶち当たるぜぇ!」
「それにはおよびません。・・・、突き出ろ。」
拳を突き出し当たる直前の脇腹を煙の槍が貫こうと強かに突き出される。あの速さが見えていた?本当に魔法職なの!?一応、私も中位の槍術師なんだけど見えなかったよ?
「へっ!それが本気なら俺は貫けねぇ!俺の拳は護ると決めた者の拳で、この身体は護ると決めた者の盾!そんな軽ぃ攻撃じゃ倒れねぇ!」
「堅牢な盾・・・、赤峰さん、貴方は盾です。なら、当然・・その内側には守るものがある。」
「そいつぁあ当然だ。護る為の盾師だからな。」
なにやら小っ恥ずかしい話が聞こえたけど、うん、今は戦いを見るのに集中しよう。しかし、クロエさんが大貴さんを、人から盾といい直したけどなにか意味があるのかな?大貴さんは盾師だから盾でもあるんだけど・・・。そして、大貴さん。見えないよ、速すぎて。クロエさん。何でそれを多分的確に追撃していくの?話した後からの戦いは多分、半数の人は見えていない。もう半数は途中から既に見えていなかった。残りの少数の人は職の力でどうにか捕捉しているみたいな?
望田さんは目を閉じて多分聞く事に集中しているんだろう。息を殺すほどに呼吸音は限りなくしないし、宮藤さんは逆に瞬きを忘れたように見つめている。ただ、時折耳の周りに灰が舞うのでそれを通して聞いているのかな?
「へっ!捉えたぞ!」
「空間よ爆ぜろ!」
「生ぬるいっ!爆発は見た!」
大爆発は辺りを巻き込み一気に熱を伝えようとする。虚像だと分かっていてもその暑さが伝わってきそうで、寒い冬場なのに汗が伝う。でも、何で爆発?それが通用しない事は既に分かっていると思う。大貴さんの堅牢さは半端な火力では貫けない。恥ずかしいけど、それは私を好きだという現れなのだから、簡単に砕かれてもらっても困るんです。
そして、とうとう大貴さんの拳がクロエさんを捉えた・・・?避けない躱さない、衝撃を逃がすような事もしない。ただひたすらに突出された拳を両手で受け止め、それでも軽く小さな身体が動くのを魔法固定し、まだ足りないとばかりに手の甲に額を押し付けて一切引く気がない。
そこまでして受け止めないといけない一撃?この一撃は確かに速くて重い一撃だけど、それでも戦いの中では一コマでしかない。クロエさんの腕は受け止めた衝撃で指は反対に沿ったり、腕からは血のエフェクトが出たりと次に使うには厳しい状態。そんな状態を予測して加味しても受け止めるだけの価値があった?
「はっ!」
「まだまだぁ!糸よ絡まり縫い付けろ!」
受け止められた拳は素早く引かれ、交わす拳を突き出そうとする中、互いの声が交差する。一度止まったおかげでその攻防が見える。追撃しようと突き出す拳は糸で一瞬その速度が下げられ、そのさなかに、当然のようにクロエさんが一歩踏み出す。予期した者と予期しても進んだ者の一瞬の差。その差がこの状況を作り出す。
「フル強化、その胸を穿つ!」
「カバーリング!」
ぶち当たるクロエさんの拳と、それを受け止める片腕のガントレット。早々殴っただけでは砕けないだろうし、カバーリングまで使って守りに入ったなら、それは鉄壁!最後が魔法じゃなくて拳と言うのは意表が突けただろうけど、近接職にそれで挑むあたりやはり、クロエさんは対人戦は苦手なのだろうか・・・。
「どんなに堅牢なモノだろうと滅びはあり、崩れ去る。内包された破壊よ今ここに!」
「武器破壊!?」
「どらっしゃー!」
勝負がついたと思った。それは間違いだった。ガントレットは崩壊し、殴りつけられた腕はくの字に折れて胸へめり込む。フル強化ってそんな威力?殴りつけた腕もボロボロで酷いエフェクトが舞ってるけど、そこまでして殴りつける意味はあるの!?頭が追いつかない中でも戦いは進む。けど、これはもう終盤。試合は既にクロエさんに傾きつつある。でも、まだ決着じゃない。私の好きなあの人はこれぐらいで倒れたりはしない。いつの間にか祈るように組んだ手は、自然と祈るようなポーズになる。いいじゃない、好きな人の勝利を願ったって・・・。
「煙よ!」
「まだまだぁ!!これくらいならまだやれるぜぇ!」
「いえ、詰みです・・・。愚者は問う。堅牢な城を捨ててどこへ行くのかと。賢者は識る。どれ程堅牢であろうとも崩れぬ城はないと。咲き誇れ紅き花びら!」
「がっ!」
願いは届かず、決着は祈りだすより先についてしまった。身体の中から無数に突き出した煙は揺蕩い、機銃掃射を受けたかのように穴だらけになる。あれは本当の大貴さんじゃない。じゃないけど、痛々しさは見るものに訴える。彼は明確な敗者だと。勝者は佇む少女なのだと・・・。映像がロストしたのは多分、気絶したから。
・・・、よし。帰ってきたら思いっきり慰めて甘えさせてあげよう。こんなに頑張ったんだもん。それくらいのご褒美はあげないとね。でも、その前に身体が大丈夫か調べなくっちゃ!




