125話 決着 挿絵あり
忙しくて中途半端です
赤峰はよく動く。初動もない無拍子の一撃を拳で叩き、蹴りで払い、身体を捻って躱してダメージを最小限にする。しかし、手数なら負けない。面でダメなら点。もっとよく視ろ。もっとよく考えろ。無駄は要らない。必要なのは相手を倒すと言うだけの単純な目標への道筋。『私と貴方は違う。』争う理由はそれだけで十分。闘争本能の本質は相手と自分の違いを認められず、少しでも優れていようとする所にある。
なら、これは中位とEXTRAについた者の戦い。優劣のない職にわざわざ自分達で優劣なんてモノを刻み込む戦い。知ろうが知るまいが関係ない。今この時この場で踊っているのは2人しかいないのだから。土手っ腹にゼロ距離。吹っ飛ぶ前に背後からもゼロ距離、まだ足りない。上下左右、逃げ場を無くすなら包み込むように全方位。
「へっ!それが本気なら俺は貫けねぇ!俺の拳は護ると決めた者の拳で、この身体は護ると決めた者の盾!そんな軽ぃ攻撃じゃ倒れねぇ!」
「堅牢な盾・・・、赤峰さん、貴方は盾です。なら、当然その内側には守るものがある。」
(賢者、瞬きを止めろ。)
(いいよ〜。)
「そいつぁあ当然だ。護る為の盾師だからな。」
人から定義を変えよう。赤峰=人。それはスィーパーである赤峰を定義する言葉。筋骨隆々、逞しく一途に思い、その思いを守る人。その思いの分だけ人は動くし必要ならば悪にでもなる。未知数で未確定な可能性を内包するモノ。
その認識を書き換える。赤峰=盾。なら、盾は崩れる。守るものは内側にある、ならその中さえ潰してしまえば盾は動かない。あくまで盾とはモノで意思はなく防御装置である。なら、表面をいくら叩いても仕方ない。やるのは内側からそれに股間は護ったのなら本能的に急所は護る。組み立てよう、勝利への道筋を。
あからさまに赤峰の速度は上がっていっている。地を蹴れば数メートルは移動し、その身体能力は二段ジャンプ所か生身で立体機動を生み出す。しかし、呼吸のリズムは一定で吸って吐くの繰り返し。1つ深呼吸をしてくれれば事足りるが、アスリートは早々呼吸を乱さない。何でもいい、その一呼吸さえ手に入れば終わりが見える。コードは見た。魔法の発動状態も視たな。なら、自分にできる最適解を導き出せ!
「へっ!捉えたぞ!」
「空間よ爆ぜろ!」
「生ぬるいっ!爆発は見た!」
燃焼の原理は可燃物に火元に酸素を糧とする。爆発により周囲の酸素を一気に奪う。しかし、赤峰は止まらない。そうだろう。自身の防御と技術に自信をもっての一撃。爆炎の中から突き出された拳は両手を重ねてガードしようにも当たった手に衝撃を伝え、確実にガードの上から手の骨をへし折ろうとする。しかし、この一撃は受け止めたい。軽い身体で後ろに吹っ飛ぶのは仕方ないが、顔だけは背けない。足りないなら額を手の甲に当てる。それでも足りないなら自分自身を煙で固定する。
衝撃を後ろに跳んで逃がす?バカを言え。ここで下がれば最後、後は壁際まで追撃されて逆転の目ごと潰される。ここで立ち止まって受け止める事でこそ意表が突ける!
額を通って背中まで走り抜けた衝撃は、下手をすれば肉だけ残して、背骨が肉を突き破って吹っ飛んだんじゃないかという衝撃を伝える。しかし、それに構ってはいられない。ここは既に赤峰の間合い。体術師がその拳で!足で!肉体で!十全に最大限の火力を出せて、対応出来ない者は崩れ落ちる場所。
拳はどうにか受け止めた。手の指は嫌な方向を向き手の甲は衝撃でズタボロだが、それはすぐに巻き戻る。肉体の損傷は考慮しなくていい。痛みはあるが巻き戻る。我慢できるなら、その痛みを思考から切り離す。この痛みは自分のモノではない。俯瞰してみれば、ただの再生過程だ。そもそも、脳もないのに痛みを訴える事がおかしいのだから。
「はっ!」
「まだまだぁ!糸よ絡まり縫い付けろ!」
受け止めた拳は素早く引かれ、交わすように出される拳を肘を関節部分から無理やり引っ張って打ち出させない。それもどうせ一瞬、その一瞬が必要な一瞬ならば意地でもこの機会を取りに行く。ここまで来て気遣う事はない。刹那の中を一歩前へ。眼の前には赤峰の胸板があるだろう?
「フル強化、その胸を穿つ!」
「カバーリング!」
強化で握力500kgある事は数値として証明された。しかし、それは軽く強化してのもの。技術はなく、あるのは前へと進んだ一歩の重さと撃ち込んだ掌打。赤峰のカバーリングは的確だ。大振りではないにしても、打ち込むだろう胸骨の位置を的確に片手のガントレットで防御している。しかし、それでも押させてもらうぞ!
「どんなに堅牢なモノだろうと滅びはあり、崩れ去る。内包された破壊よ今ここに!」
「武器破壊!?」
「どらっしゃー!」
カウンターからの武器破壊、更に強化での一撃でようやく赤峰が吹っ飛んだ。よし、このタイミングだ。ようやく求めていたタイミングが来た!
「煙よ!」
「まだまだぁ!!これくらいならまだやれるぜぇ!」
胸は俺の掌打の分凹んでいる。よし、ならやってくれるはずだ。赤峰は大声を上げて吐いた空気を思いっきり吸い込んだ!多分、もっと俺が上手ければここまで長引く必要はなかった。そう考えるなら、これは単に俺の魔法の下手さが招いた時間の浪費である。賢者と意識の中であんなに殴り合いしているのに下手だね、どうも。
「いえ、詰みです・・・。愚者は問う。堅牢な城を捨ててどこへ行くのかと。賢者は識る。どれ程堅牢であろうとも崩れぬ城はないと。咲き誇れ紅き花びら!」
「がっ!」
紡いだ言葉で魔法は発動し赤峰の胸から・・・、正確には肺から無数の煙が身体を突き破って紅いエフェクトと共に吹き出す。身体が盾なら護るものは中身。なら、その中に侵入を許したなら後は滅ぶしかない。既に堅牢な盾は突破されているのだから。赤峰の映像がロストする。勝つのは勝ったが課題の多い戦いでもあった。戦いを頭から棋譜の様に思い返せば、あの時ああしていればと言うモノはたくさんある。しかし、それを積み重ねなければ先はない。
装置を止めて網膜投影も切れば、そこは薄暗いセーフスペース。離れた位置には赤峰が装置の中に座っている。気絶した訳ではないと思うが相当な痛みだろう。首の後ろの装置を引っ剥がし頬を数度軽く叩く。
「大丈夫ですか?私が分かりますか?」
「・・・、おう!おお!!まさかウニの気分を味わえるとは思わなかった。あれか、俺を盾って言ったのは布石かい?」
手を差し出すと掴んで立ち上がる。特に後遺症はないようだ。流石に派手に殺ったので心配もしたが杞憂に終わったようだ。これでもし何かあれば大会即時中止ないし延期は確定だっただろう。
「ええまぁ。人として捉えるなら隙は少ないですからね。なら、盾として捉えて内側を攻撃した方が勝ちの目がある。」
「はぁ~、割といい線いって勝ちを拾えると思ったんだがねぇ。・・・、あんがとよ。ガチってくれて。」
「いえいえ、私の方も課題がありました。流石にあれは現実では使えない。」
赤峰が悔しそうにしているが、最後のアレをしてしまうと、捕まえるどころの話ではない。寧ろ、アレで生きているのは・・・、肉壁とか?それでも無傷とはいかないだろうし、肺付近が穴だらけなら致命傷だろう。
「そうかい・・・、なぁクロエさんよぉ。俺は警官だ。本部長に成ろうとそこは変わらねぇ。悪りぃ奴らを取っ捕まえる事になんの躊躇もねぇが・・・、仮に人質取った犯人がいたらどうする?人質の首にナイフ当てた犯人と対峙したらだ。」
「人質の足を銃があるなら撃ちます。」
人質を取る犯人は基本的に人質を殺さない。殺してしまえば意味がなくなる。あくまで人質とは盾であり保険だ。しかし、その人質が動かないではなく、動けないとしたら?答えは置いて逃げるしかない、だ。負傷した人質なんて逃走のじゃまになるし、血痕で追跡される。恨みがあるなら殺す可能性もあるが、先に行動を起こしたのがこちらなら対処のしようもある。
「さよか。・・・、覚えておきな。クロエさんのそれは正解でもある。でも、時には犯人を・・・、殺さなきゃいけねぇ事もあるってよ。」
「それはまぁ・・・、はい。覚えておきましょう。」
嫌いな奴に心から優しくするほど壊れてはいないが、知り合いでもない誰かを助ける為に、知らない誰かを殺せるのか?これが知り合いを人質に取られているなら躊躇はない。その躊躇は知り合いの危険が増すだけの時間だ。しかし、知り合いでもない人の為に自身が心に傷を負う事に耐えられるのかという話。
時と場合に判断力・・・。いや、俺が耐えられないと言うのは許されないのか。既に多数を巻き込み秋葉原で顔も知らぬ誰かを死地へ送ったのだから。
「さて、行くかねぇ。上の奴らが帰らないと騒ぐだろぅ?」
「そうですね、赤峰さんの無事が分からないと井口さんが騒ぎそうですからね。」
2人でゲートから出て、すぐさま現れる黒服に連れられて訓練場へ。今日は千代田も見に来ていないのによく現れる。発信機とか付いてないよな?いや、もしかして彼等もスィーパーで追跡者とか?指をチラリと見るが指輪は見当たらない。指以外につけたらなら分からないが収納には不便だ。逆に純粋な人間の能力だとするならある意味怖い。
「お疲れ様です、戻りましたよ〜。」
「ウニが戻ったぜぇ。」
声を聞いてコチラを見た面子が笑えばいいのか、それとも心配すればいいか微妙な顔をしている。そんな中井口か真っ先に赤峰の元に駆け付けて身体をペタペタ触っている。
「大ちゃん大丈夫?笑った方がいい?」
「おう!笑らゃあいい。男には中々ない体験だぜありゃ。身体ん中突かれるのはよぉ。」
「女には結構あるみたいな口ぶりねぇ。」
「そりゃあまぁ・・・、あの時とかな。」
「こらっ!下ネタ禁止。」
「悪りぃ悪りぃ。」
そう言いながら赤峰と井口は笑い合っている。気心知れた中と言うやつだろう。俺も妻とイチャイチャしたいなぁ。テレビ電話で新年の挨拶とかしたけど、味気ないものは味気ない。触れ合えるなら触れ合いたいし、抱き締められるなら抱きしめたい。
「何を羨ましそうに見ていル?」
「腕は大丈夫でした?見た感じバキバキになって手と言わず腕と言わず出血エフェクトガンガン出てましたけど。」
「妻とイチャイチャしたいなぁ〜と。腕は大丈夫です。痛みはありましたがあれくらいなら耐えられますよ。」
「イチャイチャしたいなら私が抱きしめてやろウ。何なラ、痛いの痛いの飛んでいけだったカ?それもしてやろウ。」
「待って下さい。それなら先に顔を見ましょう!腕をやられている時に額をくっつけたんです。酷い頭痛がしているかも知れません。と、言う事で見つめ合いましょう!」
「いや、しないよ。莉菜がいいのに何でカオリと見つめ合ってエマに甘えなきゃいけないの?」
「えっ?見つめ合うのに理由いります?」
「ハグは人を幸せにするゾ?」
2人共何を言っているのだろう?誰彼構わずするのではなくて、特定の人としたいと言う話をしていたはずなのだが・・・。
「ファーストさん少し話しても?」
「佐沼さん、いいですよ。今回の事でなにか不具合でも?向こうで話しましょう。」
無いとは思うが、人を内側から破壊する処理なんて想定していない可能性がある。まぁ、それなら魔法は映像として現れないし、赤峰へのダメージもないだろう。
「選ばれたのは佐沼さんでした。」
「辞めろカオリ。男に取られたみたいで嫌な気分ダ。」
望田達がなにか言っているが気にしない方向で行こう。




