閑話 夏目の冒険 前 31 挿絵あり
遅刻です。
明け方のホテルのベッド。夜の熱気は薄れ気怠さだけが余韻を残す。さらされた素肌は情事の後である事を思わせる。事実、それは間違いではない。深い仲になった女性は多い。彼女もそう、ついついバーで知り合って身の上話を聞いているうちに情が湧いて、色々支援・・・いや、お金を渡して生活を支えながらスィーパーとしての技能を身に付けさせた。
それが間違いなのかどうなのかは分からない。命がかかる世界だ、明日野垂れ死ぬか次の日にモンスターに撃ち抜かれるか?早い遅いの違いでしかないけど、その少しの生を思うように生きてくれて、私のちょっぴりの下心に付き合ってくれればいい。特定の恋人は作らないし、作る気もない。私が拘束して枷になるのは避けたいからね。
「ん・・・、七海?」
「起こしてしまったかい?まだ時間はある。もう少し休むといい。」
「・・・、腕枕。ふかふかのやつ。」
「仰せのままにお嬢様。」
「ん、苦しゅうない・・・。結局私は肉壁でなかったなぁ。七海とおそろいが良かったんだけど。」
「こればっかりは仕方ない。なったのは追跡者、未練があるんじゃないかい?」
「知らない!あんなヤツ・・・。私は貴女を追う為に追跡者になったの!」
悪いやつというのはどこにでもいる。人を貶めるのもそう、搾取するのもそう、傷付けるのもそうで、私の様に助ける代わりに何かを要求するのもそう。まぁ、突っぱねられれば食事だけでも良いんだけどね。好みの娘との食事は楽しいし、デートができればもう一歩。その先は・・・、こんな関係かな?
別に依存して欲しい訳じゃないけど、離れないでいてくれるなら嬉しい。傍目から見ればギブアンドテイクと言う耳当たりのいい言葉で片付けられるかも知れないけど、私の中身は多分欲望にまみれただけのただの人。まぁ、仕方ない。それが私なのだから。
「伸ばせるからって、余り引っぱって巻きつかせないでくれ。私の悪い虫が騒ぎ出すよ。」
「いいよ、騒ぐなら騒いでも。こんな関係になったんだもん・・・、好きにしてよ。好きにするから。」
「私はいいヤツじゃないよ?助ける代わりにこうして君を要求している。」
「うん、知ってる。でも、無条件の善意が無い事も私は知ってる。なら、こうして何かを差し出せる方が安心できるよ・・・。差し出した分だけ、貴女は私と一緒にいてくれる。」
伸びた腕全体で彼女の体温を感じながら、しかし指先1つ動かさない。潮時・・・、言い方は悪いかも知れないけど依存してもらっても困る。私はあくまで彼女が自立するまで見守ろうと思ったのであって、それ以上の関係は考えていない。あまり深追いすると過去を思い出す。燃えるような恋ができるのは十代まで。二十歳を過ぎれば、分別が付き社会に出れば無力を知る。
無鉄砲は子供の特権で大人は現実を見て、折り合いの付け方を探す。その点ファーストは上手いと思う。その折り合いの付け方が。元は男性だとされているけど、それは仕草で男っぽさが見える程度で外見も相まって女性ではないと疑う余地はない。歳を重ねた分の経験は確かに、彼女の中にあるのだろう。
「七海は本部長になるんでしょ?なら、私を雇ってよ。知り合いのコネで。」
「さぁ、どうだろうね?私もまだ中位ではないから、このまま行けば大会に出て勝つしかない。やり手のスィーパーとのガチンコ対決、講習会に参加して至るのと同等に厳しい戦いだ。」
来るのは各都道府県の猛者ばかり。勝てないのか?と聞かれれば勝つ自信は十分にある。それは正攻法非合法関わらず。自身制御はどこまでも拡張性のある言葉だ。ひたすらにイメージを積み上げればそれこそ、生身で装置、R・U・Rさえも制御できる。そう、出来てしまうのだ。身体を変化させられるなら、ミトコンドリアから電気を生み出し脳をデバイスの様に組み換え、最後に相手からの信号に抵抗して制御下に置いてしまえば後はやりたい放題。
腕が千切れてもその腕を制御できる。魔法にも抵抗出来る。変化さえしてしまえば、おおよその全ての事柄に対応できる。酷い名前だが、この職だけは何々師や何々者の様に名前で人を指していない。職は彼女の語感から来ているらしいが、この名前と性能のチグハグさは如何ともし難いな。増えられても面倒な職ではあるけど。
「うそ、あんなに強い七海だもん。楽勝なんじゃない?」
「さーてね。」
すっとぼけるけど、そもそも負けるイメージを私や講習会のメンバーは持たない。それは禁忌だ。小さく弱い自分を知るのはいい、弱く無力な自分を分かるのもいい。しかし、負けるのだけは駄目だ。それは喪失に繋がり喪失は底なしの無力を生み出す。耳にタコが出来るほど言われる職とはイメージという言葉。
確かに理解は出来るさ。寧ろ、ここまで講習を受けてそれが出来ないなら誰も中位へは至れない。至れないが、そのイメージを持ち続ける事もまた・・・、難しい。一度会ったら友達で毎日会ったら兄弟だ。そんな言葉をどこかで聞いたけど、そんな毎日顔を合わせるような間柄でも、喧嘩もすれば憎しみ合う事もある。
特に私は同性が好きと言う事で色々とあった。まぁ、それは甘んじて受け入れよう。それも含めて今の私なのだから。逆に何もなく順風満帆の人生なら、多分私はここまでおかしな事にはならなかっただろうし、別班なんてヤクザな仕事も受けなかっただろう。
「そうやってはぐらかす。どうせ、私以外にもイイ娘いるんでしょ?」
「ふふ、否定はしないよ。でも、今は君しか見てないしこうして手も取られてる。なら、私は君に捕まってるよ。」
軽く触れ合う程度のキスで彼女の口を塞ぎ続く声を遮る。そして、深い口付けで更に思考を溶かしていく。悪い虫が騒ぎ出すのはご愛嬌。巻き付いた腕は彼女自身に触れる。漏れ出そうとする甘い声はしかし、唇で塞いだ口から漏れること無く雲がかった音を奏でるのみ。しかし残念、話し込みすぎて時間が来たようだ。
「ぷはっ・・・、やめちゃうの?」
「ざんねんだけど忙しい身の上でね、時間だよ。」
彼女は物足りないという顔をしているけど、仕事もあれば悩みもある。至るピースは揃った。進みたい道も決まった。なら、最後は私だ。私が最後を歩いて終わりを作る。家へ、里へ帰りたいと願う少女が心置きなくその帰路へ着ける道を、私が引き止める重石とならない様になろう。そんな事を思いながら2人でシャワーを浴びて、ゴソゴソと服を着込む。
流行りのファーストファッションには靡かず黒髪で黒目。しかし、あの姿はあまり頂けない。彼女が彼女だからあの姿は成立するのであって、それを真似ても彼女には成れないし、日本人がするには些か不似合いだ。適材適所と言う言葉があるけど、あの姿は彼女だけの適所だろう。
「そう・・・、また会ってくれる?」
「確約はできないかな?これから1人でゲートへ入るからね。」
「どうして?私も連れてってよ!弱くて足手まといなのは知ってる、でも一緒にいたいよ!」
「ん〜、帰る場所は必要でしょう?ヤドカリじゃないから、君は置いて行くよ。」
「・・・、ズルい人。なら・・・、最後にもう一度、行ってきますのキスしてよ。じゃなきゃ、今から外に飛び出して知らない誰かに抱いてもらう。」
無鉄砲は十代までと思っていたけど、どうやら大人でも無鉄砲な時はあるみたいだ。それをされると助けた意味がなくなる。せっかく自立出来る所まで来たのに、自分を売り物にして心を殺して生きても楽しくはないだろう。形は違えど体験者だ、どうせ長続きしないしそれをするくらいなら力を付けた今、縛られずに生きたいように生きるほうがいい。
まぁ、その縛られない生き方がコレなら、私からとやかく言う事はない。ただ、今回は流石に危ないから置いていくけどね。深い大人のキスを交わして部屋を出る。お気に入りの黄色いコートを着て、休みの日にわざわざ1人でゲートへ入るのはワーカーホリックを思わせるけど、至るのはゲートの中。ゲート以外で至ったと言う話は聞いていない。なら、やはりゲートなのだろう。
タクシーで向かい見上げる程大きなゲートの周りには、色々な思いを持った人達が集まる。チープに病気の家族を助けたい。一攫千金して遊んで暮らしたい。熱に浮かされたように自分の職を試したい人達や、仕事で中に入る人々。まるで欲望の坩堝。これを作ったモノは一体何を考えていたのだろう?ファーストは交渉したとしているけど、その交渉内容はまともだったのだろうか?相手が分からない以上、そうであったと願うしかない。
1人でゲートを潜って願った先は37階層。ここならまだ帰れる。階層移動装置。たった2階層しか上がれないけど、その2階層は命を繋ぐ距離。ここまでは来れる。清水や小田とも来たし、他のメンバーとも来た。36階層での採取ツアーは中々面白くもあったけど、私達の本質はモンスターを倒す事。集団にせよ、1人にせよやる事は変わらない。
モンスターは倒す。スタンピードが起こればそれこそ被害は計り知れない。しかし、今日の目的はただモンスターを倒す事ではない。持ち去られた腕が辿った奥からの帰り道、時折いる訳の分からない声を上げるモノ。私はそれを制御してみようと思う。私の腕を千切ったあのデカブツは相当に強かったと思う。
そして訳の分からない声・・・、泣き声なのか叫びなのかは分からないそれは、しかし、何か言いしれぬ気持ち悪さを感じる。そして、私はそれに恐怖を覚えている。腕は元通りに有るにしても、千切られた事実は私に刻まれ、痛みも確かに覚えている。だからこそ、同型ではないにせよあの喋るモンスターを倒さない事にはピースが揃っても先へは進めない。恐怖を抱いたままでは、肝心な時にしくじる。
私は女性の味方になりたいので、モンスターなんかに恐怖心を抱いてもいられない。知らずのうちに手に力がこもって腕を強く掴んでいたけど、だめだな・・・。無意識でそれをしていたと言う事は、自分が制御出来ていなかったと言う事。それではダメなのだ、特に私の職では。
「それに、この姿は少しあの子には刺激的すぎる!」
ぞろりと現れるモンスターを倒す。指は細く長く靭やかながら、切れる事を連想させない彼女の糸の様に、足の指は地に食い込んで離さない獣の様に、身体を組み換え私の理想とする戦闘体型へ・・・。この姿とモンスター、外見だけならどこに違いがあるのだろう?分からないが、違いがあるなら多分心があるかないか。しかし、その違いも声を出す事が出来るなら、互いに意思を交わす知性があるのかも知れない。
そして、私はその事をハッキリさせたい。別にかける慈悲は無いけれど、聞けるものなら何を考えているのかは聞いてみたい。それは好奇心であり、生存をかけて戦う相手への敬意なのかも知れない。出会えれば嬉しいが、出会えたら最悪。スルリと指をモンスターに巻きつけてモンスターを解体し、更に足の指も伸ばして解体数を増やしながら移動する。
人の身体とはかけ離れた姿となった私は、しかし、忠告を胸に進む。自信の身体ではあるけど、抵抗しないとそのまま異形に成り果ててしまうのではないかという恐怖心、元の形を忘れてしまったら何者にも成れない自分へと成り果てる喪失感、しかし、それを変化と受け止めてしまいそうな心。
分かっている。覚えている。貰った言葉は確かに忠告だ。だから、私は私の思いを固め、自身の外見がどの様に変わっても私自身である事を忘れず、多くの娘達との逢瀬で私という人間を確かめてここに来た。確かめ方がざんねん?はん!性欲は人の原動力!食うも寝るも1人で出来る。でも、性欲だけは相手がいるんだよ!
「しかし、あのコートお気に入りだったんだけどな・・・。いくら意気込んだからって、やはりゲート内ではシンプルなファッションか、このスーツに限る。」
更に姿を変え彷徨うように歩きモンスターを倒し、朝から入ったゲート内はしかし、太陽もないので時間の感覚を狂わせる。大丈夫、階層は超えていない。ここならまだ、帰路へ付ける場所だ。信頼という言葉を使っていいのか迷うけど、出土品は少なくとも効果ははっきりと出す。そうして、やっとそれを見つけた。
ファーストの犬を見た時、あれの相手は無理だと思った。でも、無理と言って目を逸らして投げ出して、逃げ出した先にいない相手でもない。中層・・・、そこを歩もうと思うならあれは多分少なからず出てくる。そして、この階層にいるのならまだ、今の私でも相手ができる。
「見つけたぞ、憎い相手じゃないけど似たようなヤツ!」
「wdjpjp'j@m」
あのデカいやつとは違う、バイトとも違う。しかし、よく分からない奇声を上げるという点だけは酷似する。観察するようにこちらを見てくるかと思ったが、強い奴程好戦的とは確かなのだろう、今更ながらに声なんか出すんじゃなかったと思う!
あまり見ない白いモンスター。人のような形をしているが、背部ユニット?でいいのだろうか?人の肉を思わせる赤錆色のヒルのような物が付いている。そして、ご多分に漏れず放たれるビームはしかし、既に見た攻撃と受け流そうとする。いや、したはずだった。見誤ったと思った時は遅い、放たれたビームだと思ったものは束ねられたレーザーカッター、収束を解かれたそれは直線ではなくうねるようにおそいかかり、体の端を斬り裂こうとするけど私に触れたなら、それは私と混ぜ合わせて自身とする。レーザーカッターはつまる所光の集まり、ならそれはいずれ途切れる。
「流石に一筋縄では行かせてくれないか・・・。」
 




