112話 テヘペロ 挿絵あり
「少佐。教導を体系化するに当たり、最も留意する点は自身への理解とその職に対する柔軟な発想とある。この発想の部分は例えば本を読むや映画を見る。或いはゲームをすると言う解釈でいいのか?」
「それでいイ。ゲート外で訓練をするなら、身体を鍛えている事は前提条件ダ。しかシ、身体能力に付いてはイメージや職である程度補えル。例えバ、ガンナーなら自分を弾丸に見立てて撃ち出すイメージを持てれバ、トップスピードで動き目的地点に命中したとすれば止まる事も出来ル。」
正しい説明だ。そりゃ、筋骨隆々の赤峰やマリーンとヒョロイサラリーマンが同じ体力な訳がない。しかし、それを補うのが職でありイメージ。仮にサラリーマンが同じ職で勝つならイメージの積み上げによる自信の部分になるし、そもそも職は対モンスターを想定しているので、下地が無ければ厳しい部分もある。
例えば前戦った公安のボクシングスタイルの格闘家なら、そのスタイルでプロライセンスを取ればいい自信につながるし、より明確に拳は凶器と認識しやすい。その過程で、例えばマイク・タイソンやら、自身のスタイルと似たようなボクサーを真似るのは無駄にはならない。
「映像資料でほぼ完全な形でモンスターを倒していましたが、あの芸当は今後も可能ですか?可能ならば研究資料として多数のモンスターをあの形で倒してもらいたい。提出されたレポートでは大きい程残りやすいとありますが。」
「可能不可能を言うなら可能ダ。たダ、クリスタルを正確に狙う必要があル。橘や鑑定師の方が成功率は高いだろウ。必要ならバ、お願い権で数体は融通できル。」
缶詰刑事の仕事はどうやらモンスター・ハントならぬモンスター鹵獲ミッションになりそうだ。確かに、弱点を見抜ける橘ならコツさえ掴めばどんどん取ってきてくれる。研究の方は高槻に任せているので、これは口出ししないがなにか発見があれば俺から橘に要請しよう。
どうしても中位になると、と言うか講習会メンバーはモンスターを捕まえるより木っ端微塵にして殺し尽くす方にウエイトを置いている。まぁ、俺も人の事は言えないので仕方ないと言えば仕方ない。クリスタルが何処にあるかなんて知らないし。
「橘氏の名前が出ましたが彼は人間ですか、サイボーグですか?」
「ゲボっ!彼は人間です。場を和ませる為のジョークを本気にしない!」
「いや、しかしですね。動画を見た限りだとかなり怪しいのですが・・・。」
「それは同意しますが、彼とは開通当初からの付き合いですし、食事もすればストレスも溜まる。少なくとも、人を辞めているとは聞いていません。」
頼むぞ米国の頭いい人達。少なくともプールで会った時に見慣れない接続端子用の穴とか、メモリー差し込む様の口とかは見ていない。全部口の中に集積されているとするなら、アイスクリームは食べられない。流石にバラす訳にもいかないが、そんな事をしだせばきりがない。少なくとも橘は人間だと思いたい。往年の特撮だとエイリアン対策ならブルースワットとか?まぁ、何にせよ警視庁の地下で改造手術を受けたとしても、それは俺の感知外。突っ込まれても困る。
「なら、鑑定師が中位に至ればあの様な事が可能であると?」
「鑑定師の説明を良く読むように。あれは鍛冶師との合作、出土品を鑑定し鍛冶師に改造してもらった末の作品です。後は自分達でどうにかなさい。」
樹形図よろしく進化のプロセスを作ろうとも、現時点では無理がある。一応、魔術師:火が中位になると炎術者これは宮藤と卓が互いに至った末に同じ名前なので無違いなく、同一職の進化先の名前は一緒になる。まぁ、検証材料が2人しかいないので確定するのは早計だが、今ある材料で思考するならそうなる。
しかし、そこから上位に至った際が曲者で、第2職がどう作用するかわからない。仮説を立てるなら、炎術者がそのまま名前が変わり上位となるなら同じという可能性がある。しかし、2人の第2職は違いEXTRAの芽が有るとするなら変わった名前が付けられる可能性もある。
隠し玉の雄二は切符を既に貰い後は自身の方向性次第と言う所だが、その切符を使えるのか或いは剣士の上位として成り立つのかも分からない。ん〜、最初の職業一覧を覚えていないのが悔やまれるが、かなりの数の名前があって暗記なんて無理だったしな・・・。
「我が国としては鑑定は最小限にしたい。鑑定師の暴走は最も危惧する所でもありまして・・・。明確にやめろとは言えませんが、何を鑑定してどう扱うかなんて分からない。」
「それはどの国の鑑定師でも同じ危うさを内包しています。職に優劣はない。しかし、得手不得手はある。格闘家とガンナーと魔術師。この3職を取っても明確でしょう。」
三竦み状態といえば多分ここの辺りかな。剣士や他の職もそうなるけど、ガンナーに距離を取られると狙撃のいい的になる。格闘家に近寄られると有無を言わさず殴り飛ばされる。中間距離で相手が見えているなら、魔術師は概ねどちらにも打ち勝てる。時、所、状況。あらゆるファクターで勝負は決まるけど、フラットな状態なら多分三竦み。逆に3人が3人とも得意な距離から始めれば、勝負の行方は分からなくなる。流石に格闘家と正面切って戦おうとするガンナーがいるなら、余程体術に自信があるか何かしらの対策イメージを明確に持っているはずだ。
「なるほど、なら私からも質問をいいかな?その優劣のない職の中でミスィーズファースト、君の職はなんだい?」
「魔法職ですよ、アライルさん。」
「優劣はないのに名前は教えてもらえないのかな?」
「ええ、職を明かせばそこから優劣が生まれる。人気者なので私と同じ職に就きたいと、その職が出たからと迷わずそれを選ばれても困る。多様性は必要でしょう?リベラルの国の局長さん。」
「なるほど、自由の国を自負するなら優劣はいけないね。なら、個人の興味として聞くのはいいかな?私はスィーパーではないので、ビンゴでジャックポットを狙うのも自由だろう?」
「ええ、自由ですよ?ただ、ゲートに入ればジャックポットです。出た3つは必ず貴方のうちに秘めたものから出るはずですから、どれをとってもハズレはない。」
ゲートに入ればEXTRAが出るか?それは自分自身がどう生きて何を目指しているかによる。全てを切り捨ててそれ以外がなければ、EXTRAになれるかもしれないけど、そのそれ以外が剣士なら多分剣士が出る。EXTRAの名前も魔女と賢者以外知らないので何があるかわからない。
まぁ、それ程までに切望しているなら、普段の行動から何かしらの違和感をその人に抱きそうではあるな。それは置いておくとして、言葉尻を取るのがやはり上手い。予め想定した質問だったから良かったけど、想定外なら何処で絡め取られるかも分からない。
「先ずは入れと言う事だね。なら、質問を変えよう。君が最初に入った時、交渉相手は姿を見せたのかい?」
「いいえ、腹立たしい事に音声のみ。その音声も妻の声を模倣したものでしたよ。コチラに配慮してね。」
「それが君の妄想の産物でないという事は証明できるかい?確かにゲートはある。モンスターもいる。ただ、君は最初に入り、配信動画では当然の様にゲートについて語り、モンスターを倒している。私達は誰も設置者を知らず君の言葉と行動のみから事態を推測して対応している。だからこそ聞こう、君はゲートを作れるのか?最初の魔法使い。」
にこやかな顔の老人が、見据えるように俺の目を射抜く。質問の意図を考えるなら何通りかある。1つは最初から出来たんじゃないかと言うそのままの意図。つまりは自作自演。無理だと切って捨てるのは簡単だが、それの証明は難しい。証明するなら全ての履歴を晒す事になる。
2つ目は似ているが俺が宇宙人説。俺の情報は伏せられているので、疑う余地はある。日本側では姿の変わる際の動画を提出しているので証拠足り得るが、知らない人間からすれば俺の容姿は出来すぎている。美しさは罪と言うが、それが出来すぎている以上、本当に地球人か?という疑問も湧く。そして、情報量の関係上ゲートを設置したモノの使者とする事も考えられる。
3つ目は本当に巻き込まれただけの誰かさん。その誰かさんを知りたいがゆえの質問。米国側が祭壇の話を知っているのかは知らない。しかし、その話を知っているなら身柄確保ないし、何かしらの交渉材料を欲しがる事が考えられる。この場合の交渉材料は家族に目が向くだろう。
妻がいる事は隠していないし、その妻も自身がここにいると地元で宣伝するように活動している。そうなった場合、探ろうと思えば何処まででも探りを入れる事は出来るだろう。それがたとえ、国外にしてもである。本当に欲しいならPCをハッキングでもして、妻の名前に紐づく家族関係を引っ張り出せば済む話。さて、どう切り返すのが妥当だろう。
「アライル局長、それは個人に踏み込んだ質問です。外務省としてその質問に答える義務はないと抗議します。」
「ミスカノウだったかな?私はゲートについて聞いてるのであって、ミスィーズファーストの身辺を聞きたい訳ではないよ。まぁ、これほど美しいなら知りたくもなるけどね。」
加納が抗議をするが暖簾に腕押し。確かに質問に俺個人を指すものはない。あくまで知識の出所とゲートを作れるか否か。その部分のみに焦点を当てて質問しているが、その焦点の先は全て身元に繋がっていく。良く出来た質問文だが、なら正論パンチを返そう。
「ゲートは作れませんし、被害に遭うまでは一般人。知識は設置者との交渉の末に得たモノ。モンスターを倒すのは設置者からの依頼です。端的ですが満足行く回答でしょう?」
「なるほど、なら君は配信の時に出した情報以上のモノは持っていないと?」
「ええ、言語の分日本が先を行っている。それ以上のアドバンテージはありませんよ。」
単一民族国家だから話が通じやすいとは言わない。その辺りを下手にいちゃもんつけられても面倒だし、洗脳しているのではないか?と言う要らぬ疑いもかけられたくない。なら、情報を持っていない出がらしを装う方がいい。最悪いい忘れちゃったテヘペロで貫こう。
「51階層の事はどう説明を?」
「忘れちゃってたテヘペロ!」
思った矢先にこれだよ!目ざといと言うか、なんというか。相手の牙城を崩す事に長けてらっしゃる。あぁもう!おっさんのテヘペロとか誰得だよ!しかし、テヘペロって声出して言うものなのだろうか?勢いで喋ってしまったけど・・・。エマと加納は固まってるし、画面の向こう側のおっさん達も固まっている。
知らなんだ・・・、俺は時を停める能力を得たようだ。
『いや、単純に君の奇行に驚いてるだけだから。』
賢者の鋭いツッコミが俺の心を打ち砕いた。・・・、よそう。これ以上なにかしても傷口を広げるだけだ。
「ミスィーズファーストはお疲れの様だ。今日はブレイクとしましょう。」
「ええ、疲れました。これが最後としましょう。」
いらん恥もかいたし疲れたよ。時刻は既に18時を回っているし帰ってひとっ風呂浴びてお酒でも飲みたい。割の良いバイトで確かに20万分の仕事かと言われたら、座って話すだけなので肉体的には楽だけど、公文書半分、こちらの身辺調査半分では気疲れする。
特にアライルは日本語が流暢だし、言葉の言い回しが上手い。バカ正直に全て回答するのが楽だけど、情報局の長なら得た情報の扱い方もまた、心得ているだろう。外務省との事前打ち合わせでは、個人情報に関するものは伏せるとしたが、こうもあからさまに来られるとね。
「最後なら画面越しに一杯どうです?」
「いえいえ、それで失敗するのは世の常です。帰ってゆっくり飲みますよ。」
「再度要請したとして、また赴いてくれますか?」
「ん〜、最後としたいですね。何分忙しい身、出向くなら高槻社長でしょう。工場の件もありますから。では。」
席を立って会議室を後にする。加納とエマは無言で付いてくるが、部屋を出た後に2人共腹を抱えて笑い出した。ちくしょう、人の気も知らないで・・・。
「ア、あの顔は反則だろウ!」
「ぷっ!テヘペロって口で言う人初めて見ましたよ。あれって舌出すだけじゃなかったんですね。」
「黙らっしゃい2人共!アレのお陰で要らない詮索もしのげたし、会話を打ち切るいい材料になった。私は何1つ間違った行動はしていない!」
ーside 米国会議室ー
「局長、大丈夫ですか?」
「あぁ、ウィルソン君。天使はいるのだな。あんな孫が私もほしいんだけど?」
動画での会議と言う事で大使館には潤沢な資金を出して最高級の機材を準備させた。そして、それは間違いではなかった。超高画質で見る彼女は何処をとっても美しく、食事の一コマさえ絵になる。画面越しとは言え、彼女との食事はとても有意義だった。しかし、報告の年齢は正しいのだろう。
局長の話は軽い引っ掛けから始まったが、そのどれにも引っかからない。これが見た目通りならどれかで口を滑らせて言質を取る事も出来ただろうが、それは叶わなかった。今回が最後と言っていたが、また画面越しでも会えるものなら会いたいし、声を聞きたい。
しかし、彼女の周りにいる者の精神は鋼か何かか?よく襲わずにいられ・・・、いや、彼女が拒否するなら従うのか。彼女の声や仕草には、人を惹き付け従わせるような力を感じる。それはあのポスター然り、戯けた仕草然り。本来忘れていたと言われたならそこから突付く算段をたてて、話を有利に進めようとするが多分、局長でさえも『そっか、忘れちゃってたか。』で、流してしまった雰囲気がある。
「時にウィルソン君。テヘペロだったか?あそこの切り抜きを頼む。PCの壁紙に使うからね。」
「それは・・・、仕事になりますか?」
「あぁ、次に会った時の為に入念に会話のシミュレーションをしなくてはいけない。彼女は美しい、しかし、仕事はしなければならない。なら、その姿を見てもコチラが対応出来ないと言う状況は避けなければならないよ。よって、壁紙にしてその美しさに慣れる。」
本気とも冗談ともつかないが、確かにいるだけで圧倒された。見方を変えれば彼女の話し出し方は、戦争時に国民を扇動した者と酷似する。最初は居心地悪そうに何も話さず、ただ挨拶をする。その後一気に興味を持つモノを提示してペースを掴んで自身の有利に話を進め、不味い部分は的確に伏せていく。
現に今回の会談で職や公文書の話は引き出せたが、彼女個人については何一つ分からなかった。まぁ、これから映像確認して会話を精査すれば何かしらの発見はあるかもしれないが・・・。
「今回の彼女の食事量、君はどう思う?」
「食べ過ぎですね、あの量は流石にフードファイターを思わせる。」
少佐からの報告で大食らいとは聞いていたが、実際目にして確信する。あれは明らかに胃のキャパシティをオーバーしている。コース料理を食べた後に追加でステーキを10枚。苦もなく胃に収めていたが、明らかに体型に見合わない量だ。
「やはりか、最後に立った姿で腹部に注目したが腹が出る様な事もなかった。彼女は彼女自身の口で最初の被害者であると明言した。なら、その被害とは何だね?」
局長の嫌に冷たい目が獲物を見るように問う。最初の被害者、日本側もそれは間違いないとしているが、確かに彼女に及んだ被害とは何だ?見た目は美しく恐ろしい程に整っている。なら、外見的な損害はない。それは羨ましくも一緒に風呂に入る少佐からほくろ1つ無いと言われている。
なら、精神的なものか?今回の会談で話した限りなら彼女は正常だ。受け答えに不明な点もなく、年相応の回答もできている。一時的に精神を病むにしても、それなら何らかの片鱗が見えるはずだ。しかし、それはまったくなかった。
身体的、精神的被害でないとすれば後は何があるか?拡大解釈するなら、ゲートに囚われた事そのモノが被害ではあるが・・・。いや、そもそも最初の被害者がでたのは何処かの工場の敷地内。女性工員だったとして・・・。
「あれ程の容姿があるのに今まで話題にならないのはおかしい?」
「あぁ、アジア人の美意識と欧米人の美意識は違う。しかし、今回会談を見ていた人間全員が口を揃えて言った『彼女は美しい。』とね。そんな彼女がゲート開通までの43年間、一切話題にならないと言うのは見逃せない点だ。私は荒唐無稽だと思われても仕方ないけど、身体の中身ないし容姿そのモノをいじられたんじゃないかと思っている。」
嫌な仮説だがわからない話ではない。情報封鎖されようとも、最初の被害者である事実は変わらないし、ならばその周辺を探れば何かしらの発見はある。最初は容姿で子供だと思った。しかし、子供ではなく本当に妻がいるなら元となる人間は・・・。
「男性だった?」
「可能性の世界の話だけどね。まぁ、心に留めておくといい。何かの際にそれが交渉材料になるかもしれない。まぁ、美しい者は美しい。そう思っていた方が人生は楽しいよ。」
「全くだ!アライル局長、私が隠れてこの場にいた事を忘れていないかね?後、壁紙は私のPCにも送るように。」
「いえいえ、しかしトップが惑わされても困るでしょう、大統領閣下?」




