110話 さて何を話そうか 挿絵あり
エマに連れられて大使館の中を歩くが視線が鬱陶しい。誰も彼もがこちらを見ているが、さっさと仕事に戻ってやる事を進めればいいものを・・・。歓迎ムードは肌で感じるんだけどね・・・。魔法で隠れてついて行きたいが、それをするとどこ行ったと探されても事だ。
「加納さん、今回は打ち合わせ通りならいいんですよね?」
「ええ、政府側・・・、この場合外務省としては体系化出来た中位への至り方を示す文章があれば、米国側と共に教導資料として運用しようと考えています。他の国へは外交カードとして使う予定ですが、そこは外務省の管轄になりますのでクロエさんはノータッチを貫いて下さい。」
「分かりました。本当は参加者と話し合って、その後に正式なものをと考えていましたが、下地として作るなら問題はないでしょう。」
今回の公文書の発端は米国からエマに依頼があったものなので、口出しこそすれ骨子はエマが作ったもの。つまりは間違ってはいないが個人の主観というものが大きい。なので、全員が全員同じプロセスで至れるとも限らない。
まぁ、至る至らないは個人の資質もあるだろうし、何処でキッカケを得られるかも分からない。最終的にはガイドライン程度で後は自分で頑張ってね!と、言う他ない。
「今日は映像通信を行い米国のおっさんと話す予定ダ。高槻社長はジャクソン職員と工場について話を進めてもらいたイ。」
「エマさん、米国のおっさんとは?一般人ではないにしても・・・。」
「あぁ、加納さん。多分エマの同僚?のウィルソンさんです。一度定時報告で顔は合わせているので大丈夫ですよ。」
「ウィルソン?ウィルソン=スミスですか?エマさんコレは・・・。」
「私は会うかとは聞いたガ、強制はしていなイ。あくまでクロエが会うと言ったので会ってもらっタ。」
エマと加納が言い合っているが、米国のおっさんはそれなりのポジションの人間なのだろう。まぁ、こうしてエマが定時報告を取る人間なので使いっぱしりではないと思う。まぁ、俺としては話が通じるなら誰と話そうとも構いはしない。
外人が苦手なのではなく、会話ができない相手が苦手なのであって日本語が話せて話が通じるなら、話すくらいは吝かではない。まぁ、ガチガチに緊張して偉くヨイショされたけど、当たり障りのない会話ですませた。しかし、ウィルソンは仕切りにポスターより本人の方が素晴らしく美しいと言っていたが、なぜポスターを持っているのだろう?海外販売の話は聞いていないけどエマが送ったのかな?
余り広められても面倒に巻き込まれそうなので、芽衣に頼んで元データを消去してもらおうかな・・・。今あるものは仕方ないにしても、あのポスターは良くも悪くも魔女がかかわっているので、変な所で落とし穴になりそうだ。
しかし、惹き付ける者に扇動する者。後はどんな名が魔女に当てはまるのか?無意識下の魔女のイメージが既にあって魔女と言う職と混じってEXTRAの魔女になったのか?・・・、推測の域を出ないが多分違う。魔女には多分大元となったオリジナルの何かがある。
そうでなければ辻褄が合わない。意識の中で邂逅した魔女は醜くされる前に自身を形作ったと言っていた。それは俺のイメージから組み上げて作ろうが、何かからインスピレーションを得て形作ろうがその前の段階。個としての意志がなければ成立しない。そう考えると、賢者も多分大元がある。いくら眼が繋がろうと賢者のイメージに悪ガキはない。
推測と事実を積み上げていけばおおよそ分かるが、職を作った者とソーツはやはり別か。まぁ、別だから何?と言われればそれまでだが、作る事が意味だというアイツ等が干渉制限のあるシステムを受け入れて改造もせずに使っているのか?と、言う所になにかあるのかもしれない。
「私も中位ですが触らぬ神に祟りなし、そちらの公文書の話に口出しする訳でもないですから職員の方と話を詰めましょう。今回の話はエマさんの功績のお陰で建設に踏み切ったとね。」
高槻がウインクしながらエマに話す。若返ったらちょいワルオヤジのプレイボーイになったらしい。元々夫婦の写真を撮るときにキスしてとか要望出すような人だし、夢への切符も進みたい道もそれをする為の資金にしろ仲間にしろ、何ならその夢の回答さえある世界は彼にとって楽しくて仕方ないのだろう。
生涯現役と言いつつ、歳を取るとどうしても情熱はなくなる。それこそ、子供や学生の頃は寝る間を惜しんでゲームしたりPCでチャットしたりとしていたが、仕事をしだしてゲームの時間は減りアニメを見る時間は減り、到頭残ったのは読書くらいになってしまった。まぁ、その読書も昔の活字中毒地味た読書量からかなり減っているのだが・・・。
「エマさんの功績・・・?エマさんは工作員ではないですよね?把握していない功績の様ですが。」
「そこで『はいそうです』と答える工作員はいないだろウ。しかシ、功績とハ?身に覚えがないのだガ。」
「クロエから聞きました。エマさんからほぼ完璧な姿のモンスターの死骸を譲り受けたとね。それが回って私の所に来た。なら、その大本の功績はエマさんのものでしょう?クロエも米国に海外工場1号で同意していますし。」
そこまで話すと加納が頭を抱え出した。加納が外務省の人間だとして把握していない事で怒られるのだろうか?それはそれで可哀想だ。訓練にしろ助言にしろやるのはあくまでスィーパーとして本部長になる訓練。そこに他のミッションを付け加えて出来ていないと言うのもまた違う。少なくとも、彼女は中位に至り本部長には成るのだし・・・。
まぁ、前提ミッションが違うのなら、こちらから言える事は少ないが講習会の前提はあくまで対スタンピード用の戦力確保。変な茶々は入れないで欲しい。仮に入れるならそれはそれで講習会終了後、本人が古巣に戻ってからで、現時点では解散宣言もしていない。命の危険のある中で他の事に気を取られるような事があり、それで怪我でもされたら困る。話を聞いて加納を怒るようなら、もれなくその上司にこちらから抗議しよう。
「加納さん。今回の件で問題があるなら言ってください。内容次第では私が外務省に抗議を入れます。」
「助かります・・・。上の男共はやれ腰が痛いだの歳を取って体力が持たないだの、誰々の息子や娘だから行かせられないだのと、何かしらの参加しない理由を付けて逃げました・・・。講習会が終わったらモスクワ行ってきて?とか、フザケンナよクソジジイ共・・・。海外好きだから行くけどさ・・・、行ったら今度向こうで暴れてやろうかしら・・・。」
加納も組織のしがらみに引っ張り回されているらしい。お家事情は知らないが、無茶振りされているんだろうな。エリートだろうと公務員なら年功序列や2世3世の世襲勢がいる世界。加納はそういった部類の人間ではないのだろ。仮に世襲なら無茶振りする代わりに何かしらのご褒美はあるだろうし、無いなら蹴る事も出来無い訳ではない。しかし、それをしないのなら立場的にはあまり強くないのだろう。
まぁ、そんな加納も本部長。無いとは思うが降りて誰かに席を渡せや、傀儡にする様な事があれば・・・、ただでは済まさない。少なくとも、彼女は自身の力で至りその席に着くのだ。組織として外務省に残るのは個人の自由だが、それでもパシリに使っていいような人物でもない。やらせるなら筋は通してもらわないとね。
「暴れるのはやめて下さい。ただ、加納さんは本部長です。政府、警察、自衛隊との中間組織長な分、物を言える立場でもあるんです。あまり理不尽な無茶振りさせられるなら本部長として厳重抗議するといいですよ。」
政府は組織である。つまりは、多数の人間がいて成り立つものだが、ギルドの場合ちょっと毛色が違う。確かにギルドも組織なのだが個人の武力と言うモノが付随する。コレはスィーパーなら誰しも付随するものだが、その中位となれば気に食わないからと武力を盾にゴリ押しも出来る。本来そう言った事はして欲しくないが余りにも目に余るようなら・・・、多分しだす。
言う側も人間なら言われる側も人間。誰も聖人君子ではないので鬱憤も溜まればストレスもある。俺の様にゲート内で憂さ晴らししてくれるならいいが、対象が個人に向いた時はどうなるか分からない。今回講習会に集まったメンバーは腕っぷしで選んで歳は行っても30代半ば。そうなると地位や権力があるわけでもないし出世コースに乗っていても良くて中間管理職になったくらい。
古巣の組織としてもこの前まで下っ端扱いしていた人間が急に自分より上、或いは部長クラスと対等に接しろと言われても、戸惑いもあれば憤りや怒りを感じる人間もいる。難しい人間関係の問題だがこればかりは元組織と本人の問題。相談を受ければ対処もするが、声が上がらない限りは俺の方から動くのも憚られる。一応、本部長はどの組織長とも対等の立場として無茶な事はさせるなとは言っているが何とも・・・。
正式に各都道府県のギルド本部が稼働し出せば見方も変わってくると思うが、現状では肩書のみの状態だしな・・・。ギルド正式稼働前にもう一度本部長とは?という部分で話し合いをする必要性があるかもしれないな。スィーパーとは年齢や権力など関係なく、適性やイメージ等の資質の方が優先されるのだし。
「抗議・・・、心を固く冷たく、言い渡された仕事を淡々とこなす機械のように仕事して、たまの海外出張で羽を伸ばしていましたが、そうですよね。文句も指示を蹴る事も出来る立場なんですよね。」
「ええ、昔の上司にいきなりタメ口は難しいかも知れませんが、それをしても許される立場ではあります。少しずつでもいいので、断るすべを身に着けて下さい。」
「日本側は面倒なしがらみが多いナ。米国なら能力さえあればどんどん昇進するゾ?少なくとモ、ハイスクール出の私が少佐になれるくらいだからナ。まァ、そうなる為に戦地を嫌と言う程回ったガ・・・。」
「エマ、それは色々と極まってます。仕事とはいえ昇進にベットするのが命ではリスクが大きすぎる。まぁ、軍人を選んだ時点で避けては通れない道なんでしょうが。」
そんな話をしながら廊下を歩く。今日のエマは珍しくラフな格好ではなく米軍スーツでいいのか分からないが、スーツ姿で胸に勲章をぶら下げている。その勲章が伊達ではなく本物という所が、彼女が回ってきた戦地の激しさを彷彿とさせる。
加納もスーツ、エマもスーツ。何で俺はゴスロリ着てるんだろう・・・。普通にスーツでいいはずだが、何故かコレが俺の正装として認識されている・・・。まぁ、ゴシックロリータドレスだし正装ではあるのか。ロリータも12歳位からの少女を指す言葉だし。元は小説家で映画化もされた作品で、ロリータと言うのは作中のヒロインの愛称から来たものだし・・・。
「この部屋ダ。通信の準備をすル。」
それなりの広さの会議室には机と大きな高そうなテレビ。8k対応と書いてあるので間違いなく高いだろう。エマの準備しているカメラも何やら高そうな物を持っている。流石大使館、力の入れようが違うな。豪邸に高価な物を置くのは見栄えもあるが、本質的には相手へ自分の方が上という権力誇示である。
まぁ、それも古い話なので今は別だが、こういった物を見ると触りたくないし壊して後で弁償しろと難癖つけられても嫌だ。そんな中でも加納は泰然としているので、コチラが落ち着くのに一役買ってくれる。外務省所属と言う事は何度かここにも足を運んでいるのかも知れない。ウィルソンの名前を聞いても知っている風だったし。
灰皿も机に置いてあるので断りを入れてプカリ。見知らぬ職員がアイスコーヒーを出してくれたので、礼を言って口を湿らせる。エマが電源を入れたりスマホで電話をしたりしているので、繋がるまでにはもう少し時間があるようだ。
「そう言えば、今回の報酬。書面で整理はできましたか?運営資金に入れるので収支報告に記載出来ないと面倒になりそうなんですが・・・。」
「あ〜、ある程度は出来てます。ただ、魔法を渡すとかの部分で技術的付加価値が付いたので正式な算出はもう少し待って下さい。一応最低価格は決まっているので、それより下がる事はありません。ギルドの収支報告という形で今回の報酬は計上しますが、必要なら書面を後で渡します。今回の会計は財務省と外務省が共同で会計して計上します。」
税理士とか雇わないとなぁ〜と思っていたけど、政府側が会計してくれるらしい。これなら脱税も出来ないし後々難癖つけ付けられる事もない。まぁ、指輪の中の金貨はどう計上していいものか迷うし、その辺りのガイドラインはまだ無いので店で使えるし換金も出来るけど、どうするんだろう?取っ払いならこれ程嬉しい事もないが。
「よシ、準備ができタ。多少騒々しいかも知れないが勘弁して欲しイ。あちらハ、ウィルソン以外にも学者や研究者が同席していル。基本的にハ、ウィルソンとアライルが話す予定ダ。」
「ウィルソンさんはいいとして、アライルさんは誰です?研究者チームのリーダーとか?」
「ウィルソンの上司に当たる人物ダ。」
「ちょ!それ情報局局長!国防総省情報局の親玉じゃないですか!」
「物理的な距離は離れていル。会話で抜かれて困る情報をクロエは持っているカ?今回はあくまで公文書の精査ダ。」
何やら偉い人物がいるらしい。事前打ち合わせでは公文書以外の質問には答えなくていいという手はずだったが、下手に会話をすると話術で絡め取られるかもしれないと加納は危惧しているのだろう。しかし、英語で話されても聞き取りこそ出来ても会話は日常会話程度。訳の分からん事を言われてもニコニコして受け流す所存である。
「あ~う~、クロエさんは大丈夫ですか?」
「さぁ?話さないと始まらないし、英語で訳の分からない事を言われたら早々にお暇するかな。今回はエマのお願いだから来たと言うのも大きいしね。」
お金は欲しいが仕事を選ぶ権利もまたある。変に詮索されて弱みを握られても事だ。エマの事は苦楽を共にしているので信用もするが、それ以外はいきなり信用してくれと言われても無理だ。まぁ、言質は取られないように気を付けよう。
そんな事を加納と話していると映像が繋がりウィルソンが映し出される。何処かの会議室なのか、前のデスクとは違い広い場所のようだ。人の合間から見える調度品も豪華そうだし、本当に会議室なのだろうか?そんなウィルソンだが、タキシードに蝶ネクタイ姿なのは一体なんでだろう?あくまで公文書の内容について話すはずだが・・・。他に見える人達も概ね似たような姿でいる。寧ろ、日本人が蝶ネクタイをしていると何故か笑えて来るが、外人がすると堂にいっている。
「お久しぶりですウィルソンさん。今回は文章内容の件でお伺いしました。」
「あぁ、ありがとう。名前を覚えてもらえた上に、こうして再会出来るとは思わなかったよ。また会えてとても嬉しい。今日の服はとてもチャーミングだね。君には劣るけど、とても美しいよ。」
前の時も相当容姿やらを褒めてくれたが、中身が俺なので気持ちは複雑だ・・・。おっさんにおっさんが、格好いいね!と言われまくっても何だか背筋がムズムズするだけだしね。黙っているとおべっかが止まらないような気がするしウィルソン以外の人間もこちらを凝視して居心地が悪いので、さっさと話を進めよう。
「ありがとうございます。早速ですが、渡すとしていた魔法を作りましょう。内容はこちらで決めさせて頂きます。」
「いいとも、君からの贈り物なら何でも嬉しいよ。ただ、作成過程を録画するけどいいかい?」
「どうぞどうぞ。見ても面白いモノではないですが・・・。」
キセルを取り出してプカリ。内容は小さな花火くらいでいいかな。特に危なくもなく、クラッカーくらいの音がなってパッと色んな色が光る程度。手土産に攻撃性のあるものは渡す気はないし、そんな物渡してもどうしょうもない。
イメージを固めて煙を固定し3個くらいのビー玉サイズの玉にする。誰も話さないが、別に声出していいんだけどな。呪文を唱えるわけでもなく、ただただ魔法を作るだけなのだから。
「はいどうぞ。内容は小さな花火程度で、攻撃性は一切ありません。パーティーで使うクラッカーだとでも思って下さい。」
作る姿を見逃さない為か、等々終了宣言するまで誰も何も言わなかったよ・・・。糸が出せるように成れば応用的に出来るようになると思うけど、そんなに見ていて面白いモノでもなかろうて。
「教えて欲しい、呪文は必要ないのか?そんな大掛かりな魔法を使うんだ。何かしらのトリガーあるんじゃないかな?」
「ありませんよ?魔法はというか、職はあくまでイメージで事を成すので、イメージさえあれば呪文や詠唱は必要ありません。紹介配信等で呪文や詠唱を行っているのは、足りないイメージを言葉にして方向性を明確にして自分に言い聞かせたりする為です。そうですね、横にいる加納さんも中位の魔術師ですが詠唱無く事を成せます。」
横の加納へ目配せすると、アイスコーヒーのグラスの上に氷を出して継ぎ足してくれた。エマも出来ない事もないが、トラップイメージからの氷だと、液体窒素とかを思い浮かべてしまってグラスごと凍らせるか、ドライアイスが出来てしまうらしい。まぁ、エマは魔法職ではないので、彼女の罠を使うイメージの方向性としては間違っていない。
「しかし、ウィルソンさんもスィーパーでしたよね?その当たりは分かってるんじゃないですか?」
「あぁ、分かっているとも。でも、スィーパーでない人間も読むからね。こうして一つ一つ疑問点は潰していかないといけない。時間の許す限り君の声を聞かせてくれ。」
なんか最後の方は話し合いと別のニュアンスが含まれていたような気がするが・・・。俺を挟むように左右に加納とエマが座るけど、エマが物凄く気持ち悪そうなモノを見るようにウィルソンを見ているのが気がかりだ・・・。




