92話 買い物 挿絵有り
急な仕事で遅れました
ホテルに帰ってから軽く一杯。エマは胃がシェイクされて、飲む気分ではないとソフトドリンクを飲んでいる。中身が無いので体感できないが、彼女が酒を飲まないあたり、かなり激しかったのだろう。実際吐いていたし。そんなエマを望田と遥は不思議そうに見ている。まぁ、こっちに来て以降毎日飲んでいた人物が飲まないのだ、心配にもなるだろう。
「確か今日は実験をしてたんですよね?そんなにきつかったんですか?」
「きつイ・・・、犬は嫌いになりそうだったナ・・・。装置のダメージ実験の被検体を志願したら胃をやられタ。まァ、明日には良くなっていル。」
「神経性胃炎って事かな?一緒に実験したクロエはピンピンしてるけど、個人差があるものなの?」
「検証段階でなんとも言えないけど、ダメージに関しては今回のデータが反映されるんじゃないかな?蜂の巣にされたり、胸に穴空いたりしたけど結構痛かったし。」
「それは実験じゃなくて拷問でも受けてたんですかね?」
「いや、普通に装置での戦闘実験検証。痛いって言ったけど精度向上の為にエマは志願したんだよ。仮想現実ではあるんだけどね。」
ほぼ完璧なダメージのフィードバックに魔法の再現、ハイコンと言ってたが、確かにハイパーな気はする。処理速度が足りないならサーバーを増設すれば済む話なので、後は今回のデータのフィードバックが済めば、早々に完成品としておふれが出てもおかしくない。そう考えると、準備期間は前倒しして早めに下準備だけでもした方がいいだろう。
出土品の管理取り扱いもギルドに投げられるのなら、買い取り費用や高槻から買い付ける薬代、ギルドそのものの管理運営費に人件費、スィーパーの最低限の保健や共済組合的な組織等々。国からの支援金が0ではないにしても、出土品の値段交渉次第ではいくらお金があっても足りない。不死薬や不老薬が持ち込まれでもすれば、それこそ億単位で金が飛ぶ。まぁ、ギルドに売らずとも個人売買するなら止めはしないが、額が額なので保守的な人ほどギルドに売りに来る。それを想定するなら、資金確保は必要で薬と武器の交換や薬と薬の物々交換まで視野に入れないといけない・・・。
本部長投げ出そうかな・・・。事務方の目処はつけているが、足りない場合はそれぞれの組織から出向してもらおう。金品が絡むなら身元ははっきりしていないと、横流しでもされたらたまったものではない。民間を入れるにしても、身辺調査はかなり厳し目にしよう。スィーパーとして活動する分には何でもいいが、本体組織がガタガタでは誰もついてこない。締める所は締める。何事もメリハリだ。でもまぁ、そこまで行けば国へ帰っても問題ないよな?
もうひと踏ん張り、その踏ん張りさえ終われば、妻の元に帰ってぼちぼちギルマスしながら奥を目指せばいい。少なくとも中層、できればさらに奥にあるであろう祭壇。目標はそこと設定して教育中にも出来る範囲で少しずつ歩みを進めよう。キセルを取り出してプカリ。ゴロゴロしたいが、なかなか暇は来ないな・・・。
「前から思っていたのだガ、ファーストのそれは武器なのだよナ?」
じーっとキセルを見つめながらエマが聞いてくる。補助具とのみ説明書きされたキセルは確かに武器である。吸えばニコチンが入っているかも不明だが、タバコを吸った気にはなる。えっ?補助具ってもしかして禁煙補助具なの?これで煙出して魔法バンバン使ってるけど・・・。
「ゲートで入手したので武器で間違いないと思いますよ?伸びるしモンスター殴れるし。」
「手にとって見てみてモ?」
「まぁ、見るだけなら。」
エマに手渡すと他の2人も興味深そうにキセルを見ている。透明なキセルは中の煙が流動して、様々な形をその内側に浮かび上がらせる。割と雲を見ているようで飽きはしない。
「白だと思っていたが透明なのだナ。」
「近くで見ると不思議な感じですね。吸ってなくともずっと変化し続けてる。」
「これ、吸ったらどうなるの?」
他の人は吸った事はないが、そもそもが武器なのでろくな事にはならないだろう。武器の色は位が上がると変わるので、このまま行けば上位は白だろう。武器で位が分かるならそれに越したことはないが、破損したら新しく位に合った武器は貰えるのだろうか?中々壊れない武器だが、赤峰が破損させた事があるので楽観視はできない。壊れたら中層で探してくださいだとかなり効率が悪いんだけどな・・・。
「人の武器を勝手に吸おうとしない。はい、返して。」
そう言うと素直にキセルを返してくれた。それを吸ってプカリ。とりあえず、壊れ無い事を祈りつつ、壊れた時の対策も考えないといけないな。一番いいのは、壊れても鍛冶師が治せるような状態だが、鍛冶師の中位がまだいないので検証出来ないし、キセルがEXTRA専用ならそもそも修理出来るかわからない。まぁ、大切に扱おう。そもそも、壊したく無ければ殴らなければいいだけの話だ。
そんな事を、考えつついい時間になったのでお開きに。明日は休みで遥は新しいバイクでツーリング、望田は千代田に呼ばれて会議。残された俺は1人ゴロゴロする予定だ。休める時に休むのも大人の勤めである。そもそも、講習会メンバーにしろエマにしろ、新しい事が出来る様になったり試したくなるとすぐにゲートに籠もり出すので、強制的に休ませるのは必要だろう。
お開きの後にシャワーを浴びてベッドに入る。明日はオフでゴロゴロ、ゆっくり起きて・・・、あぁ、地元に帰る予定があるので、お土産を買い込まないといけなかった。妻と電話していると、地元で何やら忙しく治癒して回っていると言うので、何か精の付くものでも買って帰ろう。そんな事を考えながら寝た翌日。
何時もより遅い時間に起きたので、望田と遥は先に部屋を出たようだ。寝惚けながらも行って来ますの言葉を聞いたような気がする。聞いたが何か言葉を送って布団に潜り込んだので何を言ったかよく覚えていない。まぁ、いってらっしゃい辺りだろう。
シャワーを浴びて適当に服を着てから髪を拭いていると、ノックする音が聞こえたのでそのまま入ってもらう。ここに来る人間なんて限られているし、今日暇していてここに泊まっている人間など一人しかいない。何かあった時用に合鍵も、ホテルに言って渡しているので大丈夫。
「休みに済まなイ、買い物を手伝って貰えないだろうカ?」
「いいですよ、私も買いたい物がありますし。ただ、私もこちらには詳しくないので、誰か案内人を呼びましょう。」
スマホを取り出してメンバーから、こちらの地理に詳しそうな人を探す。赤峰は同郷なので戦力外、井口はデートしていそうなので除外、橘は缶詰されてそうなので却下だしそもそも同郷。夏目達は・・・、井口が僻むな。そうなると、フリーで詳しそうなメンバーでそれなりに付き合いのある・・・、兵藤か。エマには兵藤をアピールしていたし、嫌とは言わないだろう。嫌と言われたなら、スマホ片手に散策しよう。ビバ、文明社会。因みに、ビバとはイタリア語その他諸々で万歳を意味する。
「構わないガ、ファーストはコチラの生まれではないのカ?」
「さぁ、どこでしょうね?私は私ですが、私の産まれと言うなら、それはゲートの開通が産声でしょう。」
「つまリ、開通した場所が産まれであるト?」
「ニュアンスが違いますね。一般人の私が多くの人に認知される。それがなければ今も私はただの街行く人ですよ。こうして知り合う機会もなかったでしょう。さっ、兵藤さんとも連絡取れましたし行きましょうか。」
生まれは違うが根付いたのはそこ。地元を離れる気はなかったが、高校を出て仕事で離れてそれっきり。帰省はするが、生活基盤が移ったので老後にならないと帰らないだろう。LINEしていた兵藤は暇だったのか、たまたまスマホを見ていたのがすぐに既読が付いて返信があった。近くのカフェで待ち合わせすることになり、着替えてロビーでエマと待ち合わせしてホテルをでる。
来るまでに少し時間があるので、2人でお茶をするがあまり魔法で隠れていないので人目に付く。遥が用意してくれた赤いノンスリーブシャツに黒い短パンなのでおかしな格好ではないと思う。ないと思うが、やはり人に見られると気になるな。エマも美人なのでナンパとかないかが心配だ・・・、はよ来い兵藤。
「似合っているがファーストは扇情的な服をよく着るナ。」
「そうですか?一般的な女性の服だと思いますが。」
確かに気付いた人に2度見されたが、それは今更の話。この身体になって人目を集めるというのは嫌というほど体験した。それは俺自身でなくともポスターでも。そうなるともう、割り切って付き合っていくしかない。男の部分は皆無だが、そうであったと知ってくれる人がいればそれでいいし、いなくなればその振る舞いも希薄になるかもしれない。まぁ、思考は早々に変わらないのだが・・・。
そんな事を、考えながらエマと喋っていると兵藤が来た。ラフな格好だが小洒落ていて、それなりに気合が入っているようだ。秋口だがまだ暑いので、洒落たジャケットにバンツスタイルで、日に焼けた筋肉質な腕は男らしさを演出している。キョロキョロと辺りを見回していたが、他の人の視線をたどって俺達を見つけた。
「いや、お待たせしました。美しい女性相手なら、先に来て待つのが男ってもんなんですが奢るんで許してください。」
「そんなに待っていなイ。お喋りも楽しめたしナ。」
「そうそう、休みの日にわざわざすいません。必要ならお邪魔虫は消えましょうか?煙のように、ね。」
「それはもったいないのでやめてください。きれいな華2人をエスコート出来るなんて男冥利に尽きる。多分、今俺に向けられている視線の98%は嫉妬ですよ。」
「ほう、残り2%は?」
「少しくらいお似合いだと思ってくれる称賛だといいな。と、言う願望です。」
「兵藤も格好悪くはなイ。その内ガールフレンドが出来るだろウ。今日はよろしく頼厶、最初は判定機を探したいが構わないカ?」
「それなら秋葉原に行きましょうか?あそこは復興してスィーパー街になってます。なんでも地方の街をモデルにして流通やら販売店やらを設計して、今ではスィーパー御用達の繁華街になってます。まぁ、本格的に動き出したのは先日くらいなんですけどね。」
兵藤にエスコートされながら街を歩く。今回の事は千代田にも一応連絡しているので、どこかの影に黒服が潜んでいるかもしれないが、公安が人混みに紛れたら簡単に見つける事は出来ないだろう。
秋葉原は兵藤の言うように、先日復興完了宣言がなされ本格的に動き出した。入った店は昔からあったメイド喫茶やサブカル的な店も多いが、それにも増してスィーパーを対象とした店がひしめき合っている。スィーパーを対象とした店を誘致した際に辰樹達にも声がかかり、所属してる企業側からビル入居店では狭いと判断されたのか、独立店舗を構える事になり今は秋葉原に店を構えている。因みに、例のポスターは待ち合わせ場所として使われるようになったらしく、そのままビルに貼り残しとなったようだ。
「判定機って言うと、簡易鑑定装置ですよね?出土品としてあればいいですけど、クロエさんが持ってきたのって、かなり改造されたやつじゃなかったですか?」
「そうですね、大本の判定機はドレッサーくらいの大きさがありました。一式箱に入っていたのか、バラバラに見つかったのを組み立てたのかは知りません。」
「箱の大きさはバラバラだ。なラ、一式じゃないのカ?分けて置く意味がわからなイ。」
「元々訳の分からない存在が作るものですよ?可能性は無限大です。買うにしても鑑定師の保証書か、判定機で判定してからにしましょう。」
「それが無難ですな。エマさん、他にも欲しい物や見たいものがあったら言ってください。できる限りエスコートしますよ。講習会で懐も温かいですからね、多少なら奢れます。」
そう話す兵藤の後をついて歩く。多少魔法を強めたので騒ぎにはならないが、人が多いのでぶつかればバレるだろう。あくまでこの魔法は認識阻害であって、本当に消えている訳ではないのだから。
後をついて歩くが、兵藤の足取りは軽く迷いはない。時折足を止めて店の説明をしてくれる。かなり詳しいようだが、このあたりはよく来るのだろうか?スィーパー街と言えど本格始動は先日なのだが・・・。
「兵藤はよく来るのカ?」
「ええ、戦いから復興まで見てきた街です。その前はほとんど来なかったですけど、こうして人の歩みを見るのはいい。なくなったモノもありますが、コンクリートジャングルだとしても生命力は感じられますよ。俺の至ったきっかけもそんなモノに寄る所が大きいですからね。」
実際にその場を見ていないが、至った後に話を聞くと兵藤は理不尽な脅威に対して憤りを覚えて至ったらしい。なら、この街は兵藤にとってかなり好ましいものだろう。
「壮大だナ・・・。至ると言うのはやはリ、誰かの為になせるものなのカ?」
「そんな事はないと思います。何を思って何に感情を動かされたかじゃないですかね?小田や赤峰さんは個人を思って至りましたし。人それぞれですよ。何を目指して歩くかなんて。大きく言えば俺は俺の為ですしね。」
「子供の様に夢を見られない大人には厳しい事ダ。」
「でも、大人じゃないと知らない事は多いですよ。酸いも甘いも知ったからこそ、選べるものもありますからね。子を育てる事もそう。妻を娶る事もそう。」
モノを知らなければ大人にはなれない、大人になったら子供の夢を語れない。語っていけない訳では無いが、語るならそれ相応の勇気と実行力を持って語らなければ笑われる。ヒーローになりたいと思っても、無理だと感じたら警察官や消防士を目指す。それが、現実的だから。しかし、その夢をどうにかこうにかしたいなら、ゲートに入って職に就くのが今だと一番現実的だろう。
「さぁ、ここからが出土品商店街。警察の目は厳しい分、ここの品は買えるし保証も手厚い。判定機を探してみましょうか。大型のものは奥の方ですよ。こっそり教えますが、場合によってはBクラス以上では?と思うものもあります。」
「規制が怖いガ、買う価値はあるナ。場合によっては橘へのお願い権を使おウ。」
そう意気込んたエマを先頭にして店を見て回る。品名は目録から付けたであろう品名なので分かるが、中には勝手に付けられたであろう名前もあるので、店主を呼んで説明してもらう事もある。見えーる君って何だよ?モノクルみたいなモノをつけてみたら、服どころか内臓が見えた。目録なら多分、物品透過レンズとかだろう。医者は欲しがりそうである。
「ファースト、このドレッサーはどうなのだ?」
「店の奥まった所なのでいいですが、大通りで呼んだらエマは私を認識しているので、他の人にもバレますよ?形は違いますが、簡易鑑定機と書いてありますね。多分、測定機の前身的なものではないでしょうか?試しに何か鑑定してみるといいですよ。」
「そうカ、兵藤。これは店主に言えば使えるのカ?」
「多分大丈夫だと思います。呼びましょうかね。」
兵藤が店主を呼んで適当に薬を置いてドレッサーを起動させる。本当に古い型なのか、これが正規品かは分からないが少し待つと回復薬と表示された。色だけ見るなら置いた回復薬は効果の弱いものだが、強いものでも回復薬標記なのだろうか?
「お嬢さんはお目が高い、これは15ゲートを超えた先の品でして持ち込んだスィーパーも腕の立つ人物。早々に出回らないので買うなら今ですよ。お兄さん、プレゼントにどうです?値は貼りますがスィーパーなら出せない額ではないでしょう?」
店主のセールストークが炸裂している。しているが不発だな。その階層なら俺達はピクニック気分で歩き回れる。そうなると、階層さえ正しければ自分達で発見した方が安上がりだ。まぁ、出る確率を考えるなら買うのもありだが・・・。
「どう思ウ?」
「俺からすれば、手に入れたいなら買った方が早いと思いますよ?箱を開けて回るのも面倒でしょう?」
「う〜厶、金貨で1万枚カ。取引は金貨のみだったナ。」
「ええ、国からの御達しで出土品の取り扱いは、金貨払いのみとなってます。その後、金貨は換金してもらえるんですけどね。出土品も骨董品みたいな扱いで、価格変動が激しいので一期一会、これより高くなるかもしれませんよ!」
通貨を守る為に出土品の売買は金貨のみと財務省がしたようだが、それが何時まで保つかわからない。金貨が出続けるなら、金は安全資産から外れ奇麗な金属になるだろう。あくまで金は希少性と、科学的に言うなら集積回路なんかに使われるから高いのだから。
「よシ、買おウ。」
「あ〜、足りますか?」
「金貨ならあるサ。それなりにゲートはうろついていル。それ二、資金援助もあるからナ。」
エマは金貨を指輪から出してお買い上げ。コイン精算機に金貨がどんどん吸い込まれるが、その金貨を店主が指輪に入れている。話を聞くと精算機のカウンターはブラックボックス兼政府に売買証明を求められるし、不正をすれば刑罰もあるので命が惜しいなら不正はしない方がいいらしい。いきなり現れて驚かれたが握手と記念撮影で乗り切った。
中位は割と配信で面が割れているが、兵藤曰く最初こそ色々な人に声をかけられたが、今では顔なじみの店があるくらい足を運んでいるので早々騒ぎにはならないらしい。まぁ、女性の中位なら綺麗所が多いので、前に小田と来た時はそれなりに声をかけられると言っていた。
「さて、他に欲しいものはありますか?武器とか薬も買えますよ?なんならよく分からない素材とかもあります。」
「えっ!素材あるの?なら私が欲しいかな。」
「クロエさんなら素材取り放題でしょう?」
「いや・・・、基本モンスターは木っ端微塵なので素材回収率は悪いですよ・・・。」
潰したり爆発させたりなんなら跡形も残らなかったりと、モンスター素材は常に枯渇している。ん〜、素材回収を意識した魔法を考える?こう・・・、ねじ切るとか?穴を開けるとか、エマの毒みたいなものとか?そもそも、あのモンスターって毒効くの・・・、コンピューターウイルスとか?いずれにしても、一度考えてみよう。そんな事を考えながら他の店を冷やかしつつ、再度エマがポスターと靴を買ったりして買い物は終了。
朝から出て見て回ったが、時間も遅くなりそのまま夕食という流れ。兵藤とは何度か飲んだので店はお任せだが、今回は渋い赤ちょうちんにしたようだ。焼き鳥の焼けるいい匂いが外に漏れ出している。
「ここ、穴場なんですよ。旨いけど人の少ない隠れた名店的な、ね。多分、頑固おやじの店なんでクロエさんも騒がれずにすみますよ。エマさんは鳥は大丈夫ですか?駄目なら店を変えますけど。」
「大丈夫ダ。風情のある店だナ。」
「いい店チョイスしますね。お酌をしてあげましょう。他の客から羨望の眼差しですよ、多分。」
店の作りはカウンターオンリーなので、兵藤を真ん中にして左右に座る。見た目だけなら文字通り両手に華。まぁ、俺の場合華に擬態したおっさんではあるのだが、傍目から見れば羨ましくて仕方ないだろう。
「旦那・・・、豪華すぎねぇか?」
「言っただろ大将?俺にもきれいな華がいるって。まぁ、お忍びだ騒がないでくれよ。」
「おらぁいいが、周りがな・・・。」
客は少ないが0ではない。なので注目の的だが、とりあえず会釈だけしてから注文する。タレより塩派なので、ももや軟骨なんかのさっぱりした所から攻めていく。うむ、名店というだけあっていい塩梅に焼けた鳥は油が物足りない事もなく、ふっくらと焼けて舌を楽しませてくれる。ビールと枝豆も来たので、兵藤にお酌しつつ自分も飲む。店主は一瞬考えたようだが流したようだ。
他の客もこちらをチラチラ見ていたが、食べ始めると視線は減った。しかし、お猪口で酒を飲むときに誰かが息を飲むのはやめてほしい。そんなに色っぽい仕草でもなかろうて・・・。
「終わりが見えて来ましたけど、誰か所在地の希望は出してますか?」
ぼちぼち飲んで話して2人とも酔いが回ろうかと言う頃。話が途切れ静かになった時にそんな事を口にした。どこか希望地があるのだろうか?本人も本部長になるのだが、辞令もなにもないので権限というものがない。まぁ、転勤族の自衛隊員が合法的に腰を据えられるチャンスがあるなら希望もあるだろう。
「今の所まだですね。希望があるなら聞きますよ?組織のしがらみがあるでしょうが、本部長なのである程度無理は押し通せます。まぁ、兵藤さんも本部長になるので自力でもやれますけどね。」
「そうですか・・・、石川辺りをお願いします。」
「分かりました、口添えしておきましょう。」
食後の一服でプカリ。人は動き終わりもある。叶えられる願いならできるだけ叶えよう、これも会った縁なのだから。その後、店にサインといた客達と記念撮影してホテルへ戻った。




