80話 望田と赤峰 挿絵あり
「もう1度!もう1度ダ!見えない壁は卑怯ダ!武士なら正々堂々とファイトッ!!」
「思いっきり武士とかけ離れた魔法使いですよ?何なら陰陽師枠ですよ多分私。あと、言語は日本語オンリーです。」
「じ、時間がなイ・・・。そもそも、パワハラは禁止ダ・・・。」
罠掛け合って或いは殴り合って魔法ぶっ放し合ってるのに、今更パワハラとな?まぁ、真面目な話本当にパワハラではなく、イメージの仕方を探ろうという目的はある。感覚派、理屈派、或いは体得派等々、本人がなにが1番覚えやすいのかが分からないと効率的に教育も出来ない。
そもそも、狩人は飛び道具全般を使いこなし、罠を作成設置できる。設置した罠は、任意発動、時限発動、反応発動、発動対象選択ができる。罠の種類、設置場所は問わない。と言う説明になっているので、作成設置さえマスターしてしまえば、基本的に棒立ちでいいのだ。それこそ、彼女がブツブツいったクイーンの様に、他は罠にかかれば触れる事さえ出来ずに倒れて行く。
まぁ、その設置イメージの為にあれだけゲームやらせて、今は不可視の壁を出してみせたのだ。不可視のモノをイメージ出来れば、更に罠は巧妙になり、気付けばモンスターはクリスタルになる。そこまで行って、やっと今いるメンバーと同じくらいの立ち位置に立てるだろう。
「パワハラ禁止ならか弱い私には挑もうとしない。見てみなさい!他の面子が羨ましそうに見てるじゃないですか。」
自分から仕掛けた事は棚に上げていく。次はエマから誘ったのでまぁいいだろう。実際、秘密の告白以降なんだかんだで、模擬戦を申し込まれる事が増えた。コレはひとえにモンスターに飽きたとか、先のモンスターを倒す為の試金石代わりとかではなく、対スィーパー訓練の為というウェイトが大きい。
スィーパーの武器や力を人に使ったらどうなるか?そりゃあ、イメージはあるよ?最悪なのが。例えるなら、仮面ライダーのパンチが一般人に当るようなもの。それ即ち1号ライダー60tのパンチが当るようなもの。まぁ、格闘家基準としてだが。しかし、面白いのが対モンスターだとMAXとして発動する力も、対人となると多少毛色が違ってくる。
やる都度にそれとなく話を聞くと、総体的な話として明確な殺意や恐れや警戒があると必ずしも最大値を出せないと言う事。いわば心理的なリミッターである。火事場の馬鹿力という言葉があるが、コレは瞬間的に最大値を無視して無意識に肉体的負荷を超える行為だが、職に就くと色々変わってくる。
先ず、人に対してそこまでの力は要らないと思ってしまう事。モンスター何てデタラメを倒す力じゃなくとも、職に就いた時点でほぼ人間を超えている。なので、余程明確に相手を打ち倒そうと思わないと、人相手には無意識のリミッターが発動する。更に、相手が職に就いていると思うと自身の行動も制限されてくる。優劣はないが得手不得手はあるので、当然遠近と言う風な得意距離がある。そこで戦いたいが相手の職が分からないままだと不用意に踏み込めないのでより一層警戒は強まる。
なので、メンバーと模擬戦を行うなら最初から職を知った上で戦うのでいいのだが、一度駐屯地で全く関わりのない一般人を連れてきて『さぁ、戦え。』と、言った時は下位は軒並みぎこち無い動きとなった。当然だが、正体不明の敵対者に対するイメージはやはり大きくなる。事前情報が少しでもあって、勝てる確証があり正常ならさほど問題にはならないが、全くなければ情報を確定させて自身の中の勝ち筋のイメージを重ね、勝てる目を積んでいく。
千代田に自衛隊と警察に情報を流すからと色々聞かれ、情報は流したし、彼自身も時と場合では使う場面があるかもと何やら練習はしているようだ。まぁ、一般人がスィーパーと戦って勝つのはかなり厳しいだろう。それこそ、針に糸を通すように丁寧に丁寧に言葉の鎖で縛って、自身に対する不安事項を増していく方法でも取らないと・・・。
しかしそう考えると、やはりモンスターが叫ばないうちは上層なのだろう。最初の職に就く前に会ったヤツは叫んでたけど試金石かな?まぁ、叫ばれても理解出来ないならモンスターは発見次第確殺である。
「ファーストがか弱い?小粋なジャパニーズジョークだ。知ってるゾ?ジャパニーズガールは愛とド根性でモンスターを殴り倒ス!ファーストは・・・、ガールという歳ではないガ、美魔女と言う生物なら或いハ・・・、魔法美魔女?」
一度エマに日本語を指導した人と小一時間話し込みたい。何で所々おかしな日本のイメージがついているのだろう?変な生物認定されそうだし・・・。まぁ、美が付いた分魔女は嬉しそうだが・・・。
「話し込んでる所いいですか?車で言ってた魔法ってなんですか?」
兵藤達とジープで遠出していた望田が帰ってくるなり、俺達を見つけて聞いてきた。そのまま流してくれたらいいものを。安定はしているが、コレに頼られ過ぎても成長を阻害しそうで嫌なんだよな。まぁ、ある事を見せるのはいいか。突如森が出て変に驚かれても困る。他のメンバーも大体いるし、まとめて見てもらおう。
「ちょっと皆さん集まってください、エマ出せますか?」
「無論ダ。帰ってからもイメージしテ、何時でも出せるように重ねタ。瞑想は偉大ダ。」
何やら悟った様な事を言っているが、確かに早くなった。動作も特に必要とせず、顔の傷から薄く広がった煙は周囲を街へと変えていく。森でのゲリラ戦よりコンクリートジャングルでの市街地戦の方が得意なのか。まぁ、本人のイメージなのでそこはどちらでもいいだろう。
見ていたメンバーは急に周囲が変わった事にびっくりしているが、特に押し出されることなく立っている。手を伸ばして触って見る者もいるが、崩れないので上手い具合にお互いのイメージが反発せず調和している。仮に反発するなら、どちらかが押し出されこそしないものの、壁程度なら崩されるかもしれない。大本は一服の煙なので、そこは仕方ない。
「はぁ〜・・・、これが貰ったものですか・・・。えっ?どんな功績上げたらもらえるんですかコレ?」
「質感は無いですけど、触った感じ反発するんで、そこにあるような気はしますね。感触と視覚で五感を誤魔化してるとか?」
「ちと殴っていいか?壊せるなら問題ねぇって、手がすり抜けた!?」
「ふむ、自身制御で絡め取りたいが、色々阻害されてイメージが固まらない。缶ジュースとかなら手に持った時点でタブを開けられるのだが・・・。」
「夏目が人間をやめていく・・・。私としてはフラットな地形で居合出来るなら、それに越した事はないな。」
「鋳物師で複製出来るのかな?最近色々複製させられすぎて頭パンクしそうだけど・・・。」
それぞれに感想を言っている。まぁ、自身のイメージする場所で戦えるならそれはいい追い風になる。例えば、赤峰や清水なんかは道場で戦えるなら、リラックスして最大限の力を出せるだろうし小田なんかは実験室とかなら増殖しやすいだろう。あくまで、攻撃にも補助にも使えるフィールドを作る。この魔法の肝はそこである。
「このフィールドなら、ワタシは強力なモンスターとでも戦えル。現に15階層から潜ってここに来るまでに強力なモノを打倒しタ。」
あれで自信はついたようだ。しかし、これにばかり頼られても困るんだよな・・・。あくまで煙なので使えばそれは消えていく。永遠に揺蕩う煙など、それこそキセル本体から引っ張り出し続けるしかない。まぁ、その時初めて1人での強さと言うモノを考える場面に行き着くのかもしれないなぁ。
「釘を刺しておきますが、何れはコレも無くなります。あくまで一服の煙は。本質はそれなんですからね。」
「・・・、更に貰う事ハ?」
「国へ帰ったらどうするんですか?早々渡しませんし送りません。強さは自身で獲得して積んで下さい。中位の方とかは面白そうにしてますけど、そこまで欲しそうではないですよ、ね。兵藤さん?」
「ん〜、欲しいと言えば欲しいですけど、フィールドを作る必要性があるかは微妙ですね。水ならどこにでもあるので。まぁ、お守り代わりに何か魔法が貰えるって言うなら・・・、防御系のやつとか?広域で守れるモノがあれば、潜る時の安全装置としては心強い。」
「中位とはやはり考え方が違うのカ・・・。橘もビーム無効化を選んだシ。」
「えっ!橘さんにもあげたんですか?どんな功績なんですかソレ?エマさんはモンスターを倒したようですけど。」
橘にあげた訳は控えていたからでもあるし、口止め料と言うのもある。流石にメンバーはいいがバイトの事を口外されると困る。まぁ、するような人間ではないが、一応はね。
「待てが出来たからだロ。躾けられた従僕の様にお喋りしてた。」
「クロエが色々倒錯しだした・・・?」
「違う!エマの訓練の為にモンスターを狩らないようにお願いしたの!ただ歩くには暇でしょう、それでお喋り。なんだかんだで橘さんも缶詰でフラストレーションが溜まってるからね。」
犬の本質を知っているのは鑑定した橘だけだろう。あの時いた何人かは気付いたかもしれないが、その話は出ないし犬自体は今日も元気に煙をまとって走り回っている。無論、あの時の様に細部まで作っていないし、何時もメンバーが見るような姿なので恐怖もない。
「橘さんも大変そうですからね・・・。あの時の様なバイトと戦う事は今からでも可能ですか?」
「宮藤さんは戦いたいんですか?可能ですが出来れば・・・、30階層へ到達してましたね、やるならそこです。」
宮藤と話していると呼ばれたと思った犬が近寄ってきた。何人かは姿を見てビクリとしていたが、紫煙で出来た揺蕩う犬なので、そこまで怖くはなかったのだろう、一瞬身体を震わせるにとどまる。思えば、あのとき最初に戦いたいと言ったのも宮藤だった。炎の仲間達と歩む彼にとって、モンスターを倒す事は当然の行為なのだろう。それがどこにいようと、どんなものであろうと。
「なら、お借りします。」
「宮藤さん、僕もお供します。露払いにしろ、共闘にしろ仲間はいるでしょう。」
「なら、俺も行く。きっとそろそろだから。」
卓が名乗りをあげ更に雄二も声を上げて宮藤の横に立つ。講師陣3人で行く事になるようだ。宮藤達は一度退出して30階層に入り直しとなるので、先に犬に戻る為に必要な煙を玉にして渡すと嬉しそうに飲み込んだ。そして、宮藤達は退出する。小田はその姿を心配そうに見ているが、手綱は握っているので怪我はあっても死ぬ事はない。
「ヒョウドウ、雄二の言っていたそろそろとは何ダ?」
「あ〜、中位に至るって事ですよ。」
「なニ!分かるものなのカ?どうすれば分かル!?何をすれバ・・・!」
「お、落ち着いてください、胸が当たっています・・・。確証もないし、絶対でもない。ただ、何処かで感じるんですよ。切望していたものを正確に捉える瞬間が来るのを。それは、戦いの中かもしれないし、誰かを救いたいと願う時かもしれない。現に小田は仲間を再生させたりしている内に至りました。」
「戦いの中で無くとも至れル?」
「難しい事ですね。常在戦場って言葉がありますけど、どこで何をしていても生きている以上、何かと戦って選択しているんですよ。そんな中で譲れない何か、或いは成し遂げたい何かを見つけて切望して、でも、足りなくて足掻いて足掻いて、進む道に対する覚悟を決めて歩き出す。中位はそんな歩き出す為に一歩踏み出した所ですかね。まぁ、至るのは最終的にゲートの中でないと駄目みたいですけど。」
「そうカ・・・、ヒョウドウは何を切望したのダ?」
「人の歩みを守りたい。ソレですよ。ゴミに邪魔されていいものじゃない。スィーパーでない人もいる。なら、探して見つけて守る。だから、中位に至って追跡者を選択しました。いいですよ、追跡者。確率的なものかも知れませんが、なんとなく探しても酒の旨い店が見つけられます。何なら今度行きませんか?2人が嫌ならクロエさんも誘って。」
「ふ厶・・・。」
兵藤がエマと話し込んでいるが、最後に保険をかけた。普通に2人で行けばいいものを、コチラを巻き込んではいい雰囲気も何も無くなるじゃないか・・・。まぁ、エマを警戒させない為には、人数がいたほうがいいのか。さしずめ、俺は安全柵兼いい釣り餌であると。割と兵藤と飲むのは楽しいのでいいか。
「はいはい、雑談はそろそろ終わりにして訓練と行きましょう。エマはモンスターハントと見学どちらがいいですか?」
どちらを行っても効果はある。モンスターを倒すなら罠のイメージを。メンバーが倒すのを見るなら、職の多様性と新しいイメージを。何にせよ見て知って自身で感じてもらえば、それはそれでいい訓練となる。実際、前は20階層と聞いて悲壮な顔をしていたエマにその色はない。自身でモンスターを倒したというのも大きいが、他のメンバーが雑談しながらモンスターハントしているのを見て、『アレ?こんなものだった?』と言う過大に評価していたものが薄れたおかげかもしれない。
締める所は締めないといけないが、職をフラットに使えるのもまた必要な事である。補助のフィールドが本当に無くなった時、何もできませんでは話にならないしね。
「見学・・・、Sとはどれくらい強いのダ?私はSだガどうしても身近にSがいなかったせいでイメージが湧かなイ。」
今のエマと同じようなSオンリーとなると望田か。と、言っても彼女は対人戦があまり好きではないのでもっぱら外遊してモンスターハント派である。性格の問題もあるがソーツが望むスィーパーとしては正しい姿だろう。実際俺も人とやるよりはモンスターの方が気楽でいい。
「ん〜、カオリと模擬戦・・・、いや、誰かがカオリと戦ってるのを見る方がいい?ん〜、井口さんは中位で生産職だから戦いとなると少し違うし・・・、やっぱりカオリか。」
「呼びましたか?」
悩んでいると望田が聞いてきた。あんまり嫌がる事はさせたくないし、如何に模擬戦やリミッターがあるにしろ致命傷を受けるときは受けるからなぁ・・・。身体の秘密がバレて以降、俺への当たりは強くなっているが・・・。
「Sの強さが見たいって話。適任はカオリだけど模擬戦嫌いでしょ?」
「ん〜、嫌いですね。1つ間違うと爆散とか木っ端微塵ですよ?モンスターなら気にしなくていいんでいくらでも狩りますけど・・・。」
「望田はそれ程までに強いのカ?確か笛で戦うと聞いたガ・・・」
「強い・・・、本人のイメージの問題かなぁ?同じ防人でも解釈が違えば弱くも強くもなるし。」
エマが聞いてくるが、防人は防衛職。つまり攻撃ではなく守る事にウェイトを置いた職なのだろうが、武器と本人イメージのせいでバリバリの最前線を歩いている。これか仮に別のイメージ、例えば音そのものではなく、反響なんかと捉えたなら索敵ソナーとしての道を歩いていたかもしれない。
良くも悪くも元のイメージを音としたおかげで、望田は今のスタイルで成立しているし、別のイメージなら防衛方法を別の形で模索していたかもしれない。まぁ、エマはブービートラップと言っていたし、ピンの抜ける音とかも望田が出せばそこから罠のイメージが出来てくるかもしれない。
「なら、私が相手をしよう。それなら憂いはないでしょう?」
「いや、ラスボス相手に憂いとか驕りでしょう・・・。他の方よりは・・・。」
「なら、俺がやってやろうかねぇ?スイカが割れなかったしよぉ。盾師だから防御には自信あっからな。」
赤峰がニィと笑いながら話に加わる。あの時は至っていなかったとは言えスイカは割れなかった。つまり、それだけ望田のイメージは強かったという事。しかし、至って中位になったなら、どうなのだろう?失敗したイメージは赤峰に確かにある。しかし、それを覆すだけのイメージがあるなら、或いは望田を納得させる道理があるなら勝敗は変わってくる。
「うぉ・・・、スイカの件根に持ってたんですか?」
「いや、単純にどうすれば割れるかを考えてて、たまたま機会があったから拾いに来た。」
「ファースト、スイカとはなにかの隠語カ?」
「いえ?野菜のスイカです。海で目隠しして棒で叩き割るアレ。バーベキューやったときに游びでカオリの防衛するスイカを。」
「格闘家が割れなかった、ト。凄いものだナ。」
凄いのだが、ここに来て対人戦に慣れていないのが懸念事項だ。対モンスターなら全力で叩き潰せばいいが人となると色々と考えてしまう。なにせ、喋りもすれば痛がりもする。
「分かりました、やりましょうか・・・。手加減お願いしますよ?」
「おう、全力じゃ打ち込まねぇし、動きもしねぇ。アレはモンスターだから許される。」
望田が笛を取り出して構え、赤峰は素手のまま。流石に武器は使わないようだ。対峙した距離は約10m。赤峰にとっては既に間合いだが、本人が言ったように全力ではやる気がないようだ。
「赤峰が全力でやるとどうなル?」
「そうですね、体術師と盾師の職に就く赤峰さんが全力でやると・・・、音速を超えます。」
「・・・、はァ?いや、バラバラだろう、それは無理ダ。」
「いえいえ、高い身体能力と堅牢、守ると決めたカバーリング。絶対ではないですけど、速くなければ間に合わないじゃないですか。」
本人のイメージもあるのだろうが、赤峰は愛する者を守るという点に置いて俺と似ている。手放したくない、傷付けられたくない、それを守るためなら一切の妥協無く無茶を無茶と思わず押し通す。個に執着するか大きなものを目指すか。そんな違い。
「さて、そのボールからはたき落とすかねぇ?」
「そうはさせませんよ?」
望田の周りを飛ぶ3つのボールを取ろうと、赤峰が滑るように地を進んで右手を伸ばすが、それは望田の笛の音と操作で躱される。その間にも他に飛ぶボールからはガンガンと殴る音がしているが、とうの赤峰は手を振るうのみ。何も見えないが、確かにそこには音があり、振るう赤峰の手は当たる度に衝撃が走っている。




