プロローグ そんな日常
初投稿です、お目汚し程度にご覧ください。
「はぁ〜……。」
執務室にため息一つ。
時刻は22時を過ぎ、窓からは月明かりが差し込む。部屋に備え付けの机に向かい書類整理をするのは、年の頃は14歳になろうかという白い髪の少女。
その少女からは、ありありと疲れがにじみ出ており、しかし、次の書類に伸ばす手は止まらない。積み上がった書類に目を通し、可否の判断が全て終わるまでは家路に就けないことを少女は理解している。
「帰りたい、タバコ吸いたい、コーヒー飲みたい……。執務室を禁煙にした奴をそろそろ呪うか。」
そう鈴のなるような声でつぶやき、机に有る空になったコップに魔法で氷を出し、コーヒーメーカーからコップへコーヒーを注ぎ、アイスコーヒーを飲んで一息。
現在白い少女の居る場所は、九州第5特別特定害獣対策本部。通称「ギルド」と呼称される場所の最高責任者執務室。
またの名をギルドマスタールームであり、この、ため息を吐いて一人愚痴っている白髪の少女こそが、日本に於いて、いや、世界各地にダンジョンと呼ばれるはた迷惑な扉が出現した際に、誰よりも早くその扉の中に入った通称「ファースト」或いは「ペテン師」と呼ばれる存在である。
「煙と匂いは魔法でごまかせるから、ここで一服してもばれないか。」
ゴソゴソとポケットから愛煙しているタバコを取り出し、口に咥えて指先に火を灯し紫煙を肺に入れる。ピリリとした感覚と気怠さが身体と頭を襲い、しかし、煙を吐き出す頃には何事も無いように元通り。
今日はスタンピードは発生しなかったが、それでも内部での行方不明者……、いや、死者が出たのは間違いない。それでも、ゲートを通じて内部の掃除をしないことには、色々と立ち行かないことも間違いない。
まぁ、ゲートに入るのはギルドの認定試験と実地研修した者しか認められていないし、内部では常に自己責任と言う言葉がついて回る。他の国ではどうなっているか知らないが、少なくとも、日本ではそうなっているし、そうなるようにした。
コンコン
つらつらと5階にある自室から眼下を眺めながら考えていると、誰かが訪ねてきた。時刻は深夜、緊急を知らせる電話も鳴っていない……。面倒なのは他国からの引き抜きと、自身の有用性をバカのようにアピールしてからの権限向上を訴えるナルシスト。次点で追加の書類か……、何にせよ入ってもらうか。
「どうぞ、深夜でこれから帰宅予定でね、手短に……。莉菜、君も残業か。よし、明日出来る事は明日に回して帰ろう。」
適当に追い払う建前でいった言葉は、しかして真実となった。何せ訪ねてきたのは妻の莉菜だ。このタイミングを逃せば、日を跨ぐ覚悟をしなければならない。外見しかなく、その外見もかなり変わってしまったが、俺が彼女の夫であるのは法律の観点から見ても、婚姻届を出して受理されているので間違いない。いつの時点の話かは不問とする。
たとえ、俺の今の姿が14歳程度の少女だとしても。異議申し立ては受け付けないし、他の女性に靡く気もない。無論、男は以ての外である。
「貴方のバイクが残ってたんで、残業かと思いまして。帰って大丈夫? それと、タバコは喫煙室に行きなさい。その外見で行きづらいのは分かるけど、咎める人はいないでしょ。」
「へい……。」
怒られてしまった。まぁ、臭いも吸殻も隠してないのだから、バレてあたりまえか。気を取り直して、吸い殻を消しコーヒーを飲み干してコップを洗う。一緒に帰るなら、バイクは駐輪場に残置して帰るとして。
「明日は何時?」
「定時」
「腹は?」
「小腹は空いてるから、コンビニで。」
「ホテルは?」
「明日も定時、我慢しなさい。」
コップを洗っている間に机の書類を整理している妻に問いかければ、阿吽の呼吸で返ってくる。今日はこのままコンビニ寄って帰るか……。
駐車場で車に乗り込みハンドルを握る。今の姿になった当初は視点の違いから事故を恐れ、中々ハンドルを握る事が出来なかった。むしろ、直感的に運転できるバイクの方が先に乗り回せたくらいだ。しかし、それもまた、時間が解決してくれた。
助手席に妻が乗り込み、シートベルトをつけてさぁ発進。家までの帰路、妻と他愛もない話をしながらコンビニに寄り帰る。辺鄙なところに有る一軒家、妻と子供達との思い出の詰まった場所。
「中入らないの?」
「先に入ってて、一服して入る。」
そう妻に断りを入れて、タバコに火を付けて一服。こんな姿になっても、なんだかんだで生活はできている。
そう、「ファースト」と呼ばれる様になり、様々な騒動があった今でも。