63章:偽りの天使
声が聞こえるのと同時に、水晶体の前に光が集結し始める。それは一瞬にして人の形を成し、二人の男性が出てきた
。
――ヴァレンシュタイン局長と……あの白い顎ひげを蓄えているのは……たしか、軍部省のハワード長官!?
「あの局所転移によって転送された先が地球とは……貴様らも運がいいものよ。或いは、運命なのかもしれんな」
局長はクククと笑みを浮かべていた。
「……おや? 貴様は……なるほど。姿を見せぬと思ってはいたが、やはり始めからネズミだったということか」
チャールズの姿に気付き、局長はやれやれとため息を零していた。
「ジェームズの意志を継いでいるつもりか? 親子ともども、陳腐な正義感で行動をする愚か者といったところか」
「…………」
どうやら、局長はメアリーたちの父・ジェームズとも既知の間柄のようだ。
「ハワード長官!」
俺は局長の横で腕を組み、仁王立ちしている長官に対して叫ぶようにして呼んだ。
「あんたがここにいるってことは……軍部はやはり局長の手駒だったってことか!?」
「……そうだと言ったらなんだというのだ?」
長官はふんと鼻で笑い、言い放った。
「全てがそうだとは言わんが、少なくとも軍部の上層部はヴァレンシュタイン閣下の指揮下にある」
「なぜ付き従う!?」
俺は間髪入れず、問いかける。
「……ゼノ=エメルド、お前は既に知っているだろう? SICを――この世界を裏で牛耳っている組織を。600年以上を生きるバケモノども……奴らが行おうとしていることは、この世界の破滅だ。滅びの未来から世界を救うだのなんだのほざいているが、その実、より奴らの望む世界を創り上げ、支配下に置きたいだけだ」
セヴェスも言っていた。“彼らの方法を良しとは出来ない”と。
「この世界は我々、人類のものだ。そう……取り戻すのだ。この世界を、我々人類の手に」
長官は前に出した拳を握り締め、怒気を孕んだ声で言った。
「まるで、MATHEYは人間じゃないみたいな言い方ね」
フィーアは鼻で笑い、小さく頭を振った。
「じゃあ、あんたたちは何をしようとしてるわけ? 奴らとは違う救済の方法ってものがあるのなら、教えてよ」
首を傾げて聞く様は、その方法を提示できるものならしてみろという圧迫感を抱かせるものだった。
「……この世界にかつて“神”が降臨した。五万年以上も昔だ」
ヴァレンシュタイン局長が天井を見上げ、話し始める。
「その神たちは、世界の――次元の行く末そのものを変える“権利”を持っていた。それがどういった経緯で執行されたのかはわからんが、この世界には“滅びへの運命”が敷かれた」
世界を……未来を変える権利? たしかに、それを持つ者たちを“神”と呼ぶのはあながち間違った話ではないが……。
「未来を変える――人類では不可能なことだ。神にしかできぬ、神にだけ許された権利。それを持つ者たちが、この世界を支配している」
「世界を支配している……?」
俺はハッとした。
まさか……!
「そう、MATHEY――最高議会“グリゴリ”たちは、神々の血を引く人間だ」
数百年を生きる肉体、絶対的なエレメント能力……どれも普通の人間ではありえない話だ。だが、そうなってくると……。
「ネフィリム――チルドレンも同様だ。我々もまた、神々の血縁たる遺児たちなのだよ」
「なん……だと……!?」
妙な悪寒が全身を覆いつくす。
俺の――チルドレンとしての肉体的な強さ、エレメント……それらが人間由来ではなく、異次元の……神々の血縁であるが故の力だとハッキリしたのだ。人としての、この世界の生物たるアイデンティティが揺らいでいるのがわかった。
じゃあ、俺たちは……人ではないっていうのか……。
「我々は神々の血縁として、世界を導かねばならない。それについては、グリゴリたちと意見は同じだ。だが――」
局長は顔を振り、眉間にしわを寄せた。大きく表面化することのない怒りを孕んだ意思が、微かにそこへ顕在化したかのように。
「奴らはこの世界を己らの膝下に置き、全てを掌握するつもりなのだ。私は、それを良しとは出来ん」
拳を強く握りしめ、局長はそれを前面に突き出した。
「……どうやって掌握するというの? “アーネンエルベ”の封印を解けば、それが為せるとでもいうの?」
メアリーは素朴な疑問を投げかけた。
「“アーネンエルベ”には、我々人類が今まで使ってきたエネルギーの総量よりも多いエネルギーが内包されている。各国の力関係の中で頂点に君臨するために必要なのは、エネルギー問題の解決と軍事力だ。アーネンエルベとLEINEを使えば、ワープ航法もこの次元全てに利用することができる。言うなれば、アーネンエルベが無ければこの世界で生きることはできないようにすることが可能ということだ。現在使われているエネルギーは、いずれ枯渇することが目に見えている。そうなれば、エネルギーの大元を牛耳る組織が世界の覇権を手に入れることは容易い。LEINEによる最強のネットワークと、アーネンエルベによる無限ともいえるエネルギー供給……完全自立の無人兵器群を作ることもできる。先のFROMS.S掃討作戦において投入された兵器群は、そのプロトタイプと言える」
俺たちが戦艦フィラデルフィア内で見たあの人型兵器たちのことか。
「……既にMATHEYは、世界を牛耳るに等しい力を持っていると言っても過言ではないでしょう? なぜ、そこまで力を求める必要があるの?」
顔を小さく振り、メアリーは真っすぐな双眸で奴らに目をやった。
「MATHEYは、何を恐れているの?」
恐れている――それは、核心に触れたように感じた。局長たちの表情が、微かに厳しさを増したように見えたのだ。
「……“滅びの時”を恐れているのだろう。それは我々人類にも言えることだ。滅びを――死を知った時、人は冷静ではいられない。だからこそ、それに備えるのだ。力を得ることも、組織として徒党を組むことも、死への恐れを払拭するためのもの。人類はそうやって今までの歴史を積み重ね、力を得てきたのだ」
「私にはそれだけのようには見えないわね。あなたたちだってそうよ。大義名分を掲げ、あたかも人類のためにって薄ら寒いことを言って、人を害することに何の躊躇いもない。……私からしたら、あなたたちも奴らと変わらない。父を殺した、SICそのものと」
彼女は普段からでは考えられないほど、怒りをその言葉に練りこみつつも、冷静に言い放った。
「メアリー=カスティオン……貴様らの父親を殺したのは、そこにいるゼノ=エメルドであろう? 我々に責任を求めるのは、間違いではないか?」
不敵な笑みを浮かべたハワード長官は、俺の方に目をやった。それを言われてしまっては、俺自身、何も言えない。結果として、俺が彼女たちの父親を……。
「そういう風に仕向けたのは、あなたたち」
間髪入れず、メアリーは否定した。
「チルドレンという立場のせいで、人を殺めずにはいられない。そういう風に教育し、せざるを得ない状況を創り出していたのはあなたたちのはず。……それに」
彼女は俺の方にチラッと視線を向け、再び局長たちの方へ目をやった。
「彼は優しい」
一体、何を言っているんだ――と思ったのは、俺だけでないはず。思わず、俺たち全員が目を見開いてしまった。
「失う辛さ、残される者の痛みや苦しみ。それがずっと尾を引く。死ぬまで、忘れることはない。人って、そういうものでしょ?」
生きる上で降りかかる不幸だけでなく、自らの行いによる苦しみ――それらは、永遠に当人を縛り、心を抉り続ける。俺がそうだったように、普通はそういうものだ。人を苛ませる場所……人はそれを“良心”と呼ぶのかもしれない。
「だからこそ……過去を悔い、戒め、戦う選択ができる。彼のように」
その時、彼女は小さく微笑んだように見えた。
「彼は選択した。世界の真実を知り、抗うと。だからこそ、私も見てみたいと思った。彼が何を知り、その結果、どんな選択をするのか。私自身が、共に歩むことで何を為せるのか……。あなたたちのような人間には、理解できないでしょうね。だって、あなたたちは、あなたたちによって殺されてきた人のことなんて、ただの理想への礎にしか思っていないでしょう? 後ろへ振り返ることも、その足跡に潰された小さな意思たちなんて、見向きもしないでしょう?」
巨象に潰される蟻のように。だが、その“蟻たち”にも意思はあり、意志がある。
「どんな理想を述べようたって、結果として大勢の人を犠牲にする方法に、何の正義があるというの? 答えなさい!」
メアリーは銃を取り出し、それを前方へ向けた。
「……理解力のない女だ」
局長はわざとらしく大きなため息をつき、嘲笑するかのように口角を上げていた。
「奴らが世界の覇権を握ったらどうなると思う? アーネンエルベの覚醒が引き起こされれば、完全な階級社会が作られ、未来永劫、奴らに抗う術を無くしてしまうのだぞ? 今は裏からSICを支配しているに過ぎないが、覚醒が果たされた後、世界の表舞台に出てくるのは目に見えている。わかるか? 数百年を生きる奴らがアーネンエルベの真の力を得れば、限りなく不老不死になることは想像するに難しくない。そうなれば、世界は永遠に奴らに支配され続けてしまう。私は――我々はそれを阻み、人類の手に主導権を戻させるために戦っているのだ!」
局長は声を大きくし、自分の意思が真っ当であることをこれ見よがしに示そうとしているように見えた。
「ならば、お前たちはその後についてどうするつもりだ」
今まで静観していたチャールズが、声を発した。
「MATHEYたちを滅ぼしたところで、この世界に待ち受ける“滅びの時”をどうやって避ける? 人類の平和と安寧を願っているような口ぶりをするが、お前たちが描く未来というのは――」
チャールズは壁に並ぶ巨大なカプセル群を指差した。
「この少女たちを使って、何を為すつもりだ?」
目を瞑る女性たち――呼吸をしているようには見えない。生きているのかどうかさえも今はわからない。だが、こういった人体実験の先に未来があると言ったところで、説得力が皆無ではある。
「……これらは、システムの一つだ」
局長はそう言って、カプセルたちを見渡す。
「世界の運命を変えるための、人類のためのファクターとでも言えようか」
クククとほくそ笑み、局長は短剣を取り出した。それと同時に、ハワード長官も俺のグラディウスのような剣を取り出した。
「……言いたくない、重要なものであることはわかった。だが、やはり相容れんようだ」
チャールズはフッと笑い、腰から二丁の拳銃を取り出した。その銃口を局長たちへ向けて。
「このような少女たちの犠牲の上で果たされる未来があるというのなら、それは俺が描く理想とは違う」
「武器商人上がりが……貴様が理想を語るか?」
ハワード長官は俺たちを睨み、その切っ先を向ける。
「残念ながら、俺には貴様らには無い“良心”というものがあるんでな。目の前に多くの屍が積まれた状態で、貴様たちに同調するほど落ちぶれてはいない」
彼の言葉に、俺は思わず小さな笑みを浮かべてしまった。ちょっとだけ、俺の言いたいことを言ってくれたような気がしたんだ。隣でフィーアが怪訝そうな表情で俺を見ているが、そんなこと気にせずに俺も武器を取り出す。
「理想論だろうと何だろうと、抗わせてもらうぜ? あんたらがMATHEYに抗うように、俺たちだってあんたらに抗わせてもらうぜ」
俺たちにも、退けない理由がある。世界が滅びるというのに、じっとしちゃいられないからな。
「ま、私は単純に気に食わないだけではあるけど……」
ため息交じりにフィーアは言って、頭をポリポリと掻いていた。どこか緊張感がないところは、相変わらずだ。
「胡散臭い奴らは嫌いなんだよね。さっさと舞台から降りてもらえるかしら?」
彼女は二丁の星煉銃を取り出し、近接攻撃モードを起動した。青白い刀身が剣の鍔となった星煉銃から伸びていた。
「……志を共にできぬのならば、戦う他はない。後悔せよ! ジェームズの亡霊ども!」
63章
――偽りの天使――