62章:観測地点Ⅳ メディウス=ロクス②
そこは一面ガラス張りの建物ではあるが、中は見えないようになっていた。マジックミラーなのか、俺たちや周囲の風景を映し出している。特殊な技術なのだろう、太陽光の反射は少なくなるようになっており、眩しく感じることはない。
「ここには警備的なものは無いのか?」
俺は周知を注意深く見渡した。監視カメラがあるわけでも、警備ロボットなどがいるようにも見えないが……。
「……無さそうね」
メアリーもまた、俺と同じように周囲を見渡していた。
「おかしくない? ここって規模的に最重要施設と言っても過言ではないはず。周囲を警護するものが何もないなんてこと、ある?」
フィーアの意見は御尤もだ。他の研究所でさえ、簡易的ではあるが警備システムのようなものはあった。“世界の中心”を冠するこの都市に、一切無いなんてことは考え辛いが……。
「誘っている、という可能性もある」
腕を組んで眉間にしわを寄せ、チャールズは言った。
「敵が……わざとか? まぁ、戦略の一つとしてあり得ないことじゃねぇが」
敵を有利な陣中に誘い込み、包囲して殲滅する。だが、リスクのある作戦だ。圧倒的有利な奴らが選ぶような方法ではない。
「それか、警備の必要がないか――というところか」
チャールズは珍しく首を傾げ、周囲を見渡す。
「必要ないってことを考えるに、敵が来ることを想定していなかったとか?」
「それもあるかもしれん。それか……あまりここの施設自体が、奴らにとって重要ではないから……か」
フィーアの言葉に、チャールズは思いもがけないことを返した。この施設――都市が、SICにとって意味のない場所などとは、到底思えない。
「そんなことありうるか? ちょっと飛躍しすぎじゃねぇのか」
「俺もそう思う」
と、チャールズは頷く。いや、自分で言ってんじゃねぇよ……。
「……ここでの研究自体は、既に放棄されているのかもしれん。ヴァレンシュタインはそこに目をつけ、専らここで自身の研究をしているのではないか?」
もともと、重要な研究を行ってはいたが、それ自体がここでは終了してしまった。或いは、する必要性がなくなったか……といったところか。
「だけど、それを確信する証拠は何もない。リスク回避も考えて、裏から侵入する手立てを考える方が得策だと思う」
メアリーの真っ当な意見が出ても、チャールズは眉間にしわを寄せて難しい表情を浮かべていた。
「……そうだな。もう少し、この都市を調査してみよう」
「めんどくさいわねー」
その時、フィーアが大きなため息交じりに何かを言ったかと思えば、彼女は競歩かと見紛うほどの速さで歩き始めた。そのまま、研究所の入り口――自動ドアの前まで進んで行ってしまった。
「おい、待て!」
俺たちが呆然としている中、チャールズの今までに無いほどの声が響き渡る。それとほぼ同時に、フィーアは自動ドアに近づき、そのドアが両サイドへスライドして開いてしまった。
「もう最後の研究所なんでしょ? ここでまどろっこしく裏口を探して時間を浪費するくらいなら、さっさと入ってさっさと調べて、逃げおおせればいいじゃないのよ」
彼女は俺たちの方へ振り向き、呆れたような顔を浮かべていた。まるで、俺たちが頭の悪い内容を話している奴らかのように。
「ほーら、今のところ何も起きないじゃない。さっさと行くわよ」
彼女はフッと俺たちを嘲笑するかのように微笑み、中へと入って行ってしまった。
「……止める隙もなかったわね」
と、メアリーはため息交じりに言った。
「まぁ……あれがあいつっぽいところではあるがな」
まどろっこしいことが嫌な性分だからなとは思いつつも、俺自身も気持ちはわからんでもない。
「よくもまぁ、あんな無計画で反政府組織に所属できていたものだ。幸い、何らかの警備システムのような類は発動していないようだが……」
平静を装っているが、さっきのチャールズは知り合ってから一番の驚いた表情をしていた。少々、笑ってしまいそうだった。
「何を笑っている?」
「え? いや、別に」
俺のそういった感情を察知したのか、チャールズは鋭い目つきで俺を見ていた。
「ともかく、あの子の言う通り、さっさと調べて逃げてしまおう」
メアリーの言葉に俺たちは頷き、研究所内へと入って行った。
研究所は上へ上へと続いていた。外から見ても、その高さがどこまであるのかわからないほどだった。上の階層に行くには、そのためのカードキーを手に入れなければならないことが分かった。
前回訪れた“ウルル=カタ・ジュタ”の研究所とは違い、群青色で塗りつぶされたかのような床と壁が並んでいた。そのせいか全体が薄暗く、不気味さが漂っているように思う。この様相は……どこかあそこに似ている。“アベルの都”に。
もしかしたら、あそこに似せて都市を建造したのかもしれない。真偽のほどは定かでないにせよ、“アベルの都”は当時の大都市群と比肩することのできないレベルの高さのものであり、何時の時代に作られたのか、そもそも人類が作ったものかさえわからないという事実が、人々の好奇心と憧れを肥大化させ、こういった都市などの建造に影響された可能性はある。世界を滅ぼしかけた元凶のものへの憧憬を抱く――というのは、やはり人類が経験したことのない、巨大なインパクトがあったのだろう。無意識なのか、それとも意識的になのか――多少なりとも、模倣せざるを得なかったのかもしれない。
俺たちはカードキーを求め、1階~60階の全ての部屋を調べることにした。もちろん、目的のものを探すだけでなく、情報収集も含めてだ。全ての階層を調べるということに対し、さすがに辟易してしまいそうだが、情報を集めることが最大の目的だ。特にここ、メディウス=ロクスの研究所が最も重要なのではと思われていたところだ。
各階には同じような研究するための部屋があるのと同時に、生活するための部屋もほとんど設置されていた。研究に集中するためなのか、寝泊りできるようになっていたのかもしれない。どこの部屋も誇りがほとんど見当たらないほどに掃除が行き届いており、整えられていた。その反面、やはり人が出入りしているようにも思えなかった。そして、60階までの研究室において、有益な情報となるものも見当たらなかった。
「こうなると、やはりキーの必要な上の階層がメインの研究所ってことになるか」
一旦、俺たちは60階にある上へ繋がるエレベーター前で集合していた。エレベーターは1階~60階までしかなく、61階以上へと通じるエレベーターはここ、60階にしかないのだ。
「これだけ捜索しても見当たらないってことは、都市のどこかにあるとか?」
と、メアリーは恐ろしいことを発言する。数百万人が住んでいた都市の中を捜索するなんて、想像しただけでも身震いしてしまう。
「単純にぶっ壊せやしないのかね」
「おいおい、物騒なこと言ってんじゃねぇよ……」
相変わらず、フィーアは滅茶苦茶なことしか言わない。うちの女性陣は変な奴ばかり過ぎるだろ……と気付いてしまったのか、チャールズは彼女の言葉に対し、何の反応も示していなかった。
「頑丈な素材とも思えないから、扉をぶっ壊して中を登って行った方が利口な気がするんだけど」
フィーアはそう言いながら、エレベーターの扉に触り始めた。
「正直なところ、人がいるってことでもないんだったら、破壊してでも先に進むってのも手段の一つなんじゃねぇのか?」
と、俺は腕組みをして難しい顔を浮かべているチャールズに投げかけた。
「……まぁ言いたいことはわからんでもない。だが、お前たちは少しMATHEYの力を侮っている節がある。主席のウルヴァルディ、次席のイェフダ……少なくとも、この二名に対し、お前のティファレトと今の“天使”たちのダアトでは太刀打ちできない」
侮ってるつもりはねぇが……たしかに、以前よりか強くなれたという自負はある。何せ、相手のセフィラ――エレメントそのものを停止させることができるダアトを扱える奴が、こちらには二人もいるのだ。もしかしたら、ウルヴァルディの滅茶苦茶なエレメントさえも制御させられるのかもしれない。
「その“次席”ってのは会ったことあんのか?」
ふと気づいたが、初めて聞く名前だった。イェフダ――と言っていたか。
「俺も会ったことはない。名前だけ聞いたことがあるだけだ」
MATHEYの執政官――上位組織のグリゴリたちの実働部隊でもあり、個々が一戸師団並みの戦闘力を有しているという。それぞれがセフィラを持ち、主席政務官であるウルヴァルディを筆頭に陰で暗躍しているという。
「セフィラを有しているってことは、PSHRCIでセフィラを持っている奴らも執政官だってことか?」
現在判明しているのは、エルダとシゼルだ。
「おそらくはそうだろう。執政官でもなければ、セフィラを与えられまい。セフィラを有すれば、隔絶した戦闘力に跳ね上がるのは間違いない」
シゼルはメアリーとフィーア二人でも歯が立たなかったというが、今はダアトがある。一対一でなければ、前回のようにはならないだろう。
不気味なのはエルダだ。
奴のセフィラが発動した時、サラのダアトが停止してしまったのを感じた。たしか……“イェソド”と言っていたような。
俺には奴の力が効かなかったことを察するに、ダアトのみに効くのか、それともまた別の意味合いがあるのか……。能力の正体がわからないというのが、最も厄介だ。それはウルヴァルディやあの女――シェムハザもそうなのだが。
「……ん?」
その時、俺は気付いた。目を見開き、小さく口を開いている状態のフィーアを。何かに気付いたような――或いは、時が止まってしまったかのように、彼女はそのままの状態で止まっていた。辛うじて、唇が何かの言葉を発しているかのように微かに動いている。
「……フィーア?」
どこか異質。だが、俺は声を掛けずにはいられなかった。それでも、彼女の表情は一切変わらない。視線も何もかも、俺の方には向かない。
「――違う。違うの」
彼女は小さく顔を振る。否定するかのように。
「私は――置き去りにしたくなかった。あなたを……一人にしたくなかった」
「フィーア? おい!」
呼んでも、彼女はこちらに一切反応しない。何もない床を見つめ、彼女の言葉は虚ろだった。何かを呟きながら、目に映る景色とは違う風景を見つめている。彼女の魂が、遠い過去を眺めるように。
「寂しかったよね。苦しかったよね……。どうして……私は……」
「おい、フィーア!?」
彼女の肩を掴み、揺らすようにして呼びかけても視線は――フィーアの心は、ここにはいない。まるで、この宇宙を彷徨う誰かの魂が乗り移ってしまったかのように、俺たちとは違う世界を見ている。
「ごめん……ごめんなさい……。今でも囚われ続けるあなたの心を……私は……」
「フィーア! しっかりしなさい!」
と、メアリーが彼女の耳元で大きな声を発した。すると、フィーアの双眸がゆっくりと俺たちの方へと動き始めた。
「……え」
驚いたような表情を浮かべ、フィーアは目をパチクリさせ始めた。
「ど、どうしたの?」
何が起こっているのか理解していないのか、彼女はそう言った。
「あなた……今さっき、なんて言っていたか覚えていないの?」
「さっき……?」
メアリーはフィーアの顔に接近し、訝しげな表情で問うも、本人は首を傾げるだけだった。
「いや、ごめん。何言ってるのかさっぱりなんだけど」
「…………」
俺たちはそれぞれ顔を見合わせ、首を傾げるだけだった。本当に覚えていないのか……?
「……体調は問題ないか?」
俺がそう訊ねると、彼女は当たり前だろという顔でため息を漏らす。
「なーに言ってんのよ。絶好調に決まってるでしょ」
「……意味不明なことを言っていて、絶好調も糞もないと思うんだけれど」
どこか呆れたように、メアリーは言った。
「えー? 全然、体に問題はないけど。そんなに何か変だった?」
と、彼女は怪訝な表情で俺に振る。
「まぁ……変と言えば変だったが」
フィーアがフィーアでない雰囲気。別の誰かが、彼女の体を借りて喋っているような――それでいて、それもまた彼女自身のもののように見えた。うまく言い表せられないが……。
「問題なければ、さっさとキーを探すぞ」
やれやれとでも言いたげな顔で、チャールズは言った。
「あんたね、そうは言ってもこれだけ探して何も発見できないのよ? 下手したら、この大都市全体を調べなきゃならないじゃない」
フィーアの言いたい気持ちもわかる。たった4人でこの都市を調べようとしたら、いったい何日かかることやら。フィーアはぶつぶつ文句を言いながら、閉ざされた上階へ続くエレベーターの扉にもたれかかった―――――その時。
『――検知――』
「おわっ!?」
甲高い機械音が鳴り、音声が流れるのと同時に、フィーアは扉から離れた。
全員がすぐさまその扉に目をやると、青白い光が壁の中心で不規則に円を描き始めていた。
『〝E.S.I.N”、お帰りなさい。リスト照合中…………EVE/№528……Reah……???……照合できません。再照合開始……EVE/№…………検知不可、登録されていないナンバーです。〝ダアト”を検知。登録が可能です。システムへアクセスしますか?』
謎の音声と共に、扉の前に文字が浮かび上がった。
「ダアトを検知――ってことは、フィーアに反応したのか?」
登録されていないE.S.I.N――という意味なのだろうが、それはつまり、SICでさえ把握できていないとか……そういう意味だろうか。
「アクセスできるなら、するべきだろうな。“アクセス”」
チャールズがそう言うと、画面に“ACCESS”と表示され、青い光が円を描き始める。
『…………EVE/№666として登録完了しました。……お帰りなさい、星の幼子……』
すると、扉は両サイドへ開き、上へと続くエレベーターに進められるようになった。
「星の幼子――って、なんだか不思議な響きね」
フィーアは少し微笑みつつ、そう発した。
「あなたにしては可愛らしいことを言うのね」
「そう? ずっとこんな感じのつもりだけどね。あなたとは付き合い短いからかな?」
「そうね。深く知ろうとも思わないけど」
「あら、奇遇ね。私も同意見よ」
メアリーの嫌味なのか皮肉なのか、それをどこか大人びた笑みで返すフィーア。
「……はぁ……」
俺は思わずため息を零す。どちらも軍人気質なのはわかるんだが、こういう時、ローランがいればなぁ――などと思ってしまう自分がいる。
「やれやれ、子供だな」
と、チャールズは近くにいる俺にしか聞こえないほどの言葉を漏らし、エレベーター内へと進んだ。ああ言いつつも、その言葉が二人に伝わったら面倒くさいことこの上ないのだということ、はっきりとわかっているからこその呟きなのだろう。
しかし……星の幼子、か。
たしかに、不思議な響きだ。生まれ落ちた惑星から遠く離れても、俺たち人類は星への羨望を止めることはできやしない。あの大地の感触や草花の香り、肌をじんわりと暑くさせる太陽の紫外線、汗ばんだ体を撫でる涼風、世界を包み込む果てしなき青空――いつだって俺たちは、それを無意識のうちに求めている。
いや、求めていたのだと気付いたのだ。あの深淵へと続く、限りなく無限に近い有限の宇宙空間ではなく……この、青き星を。
そういった意味で、俺たちは“星の子供”なのかもしれない。
――星の幼子――
――星に愛された天使――
視界が狭窄する。目の前の光景が、ずっと遠くへ引き延ばされていく。
……セヴェス、か?
――私の片割れたち。魂のひとかけら――
――故に、星の言霊を授けた。私の――
違う……この声は……少女?
聞いたことのない声だ。視界は暗闇の中、中心部にフィーアたちの姿が見える。だが、そこは時が止まったかのように微動だにしていない。
少女の声だけが、俺の体に降りしきる。
そして、俺は――俺の魂は、知っている。
この、声を。
――全ては、我が願いを果たすため――
――全ての始まりにして、全ての終わりなる時へ――
強い意志を孕んでいる、そんな声色だ。少女には似つかわしくない、大地に深く根を張る、強固な樹木のように。
だけど……だけど、俺の心に、魂に響く。
彼女の哀しみが。
――だから、もう邪魔をしないで――
――バルドル、ロキ――
「おい、エメルド」
俺はその声にハッとした。いつの間にか、狭窄していた視界は元通りのものに戻っていた。
「何を呆けている。先へ進むぞ」
「あ……ああ」
俺はバツが悪そうに頭をかき、エレベーター内へと進んだ。フィーアたちは既に乗り込んでいた。
「大丈夫?」
と、フィーアは俺の顔を覗き込みながら首を傾げていた。
「ああ。いつもの……頭痛みたいな感じだ」
とは言っても、痛みも何もなかった。セヴェスが俺に語り掛けてきた時とは違っていたのだ。
「……あんたの頭痛とやらも、セフィラのせいなのかな?」
「どうだろうな。頭痛が起きるようになったのは、GH……PSHRCIが襲撃した頃だったから、始めからセフィラを持っているってのに、それはおかしいだろ?」
「まぁ、たしかに。……って、まるで私のせいみたいじゃない」
そう言うと、彼女は腕を組んで俺を睨みつけてくる。たしかに、最初に襲撃してきたのはフィーアたちだからな。
「もしかしたら、一理あるかもね」
メアリーがそう言ったタイミングで、エレベーターが動き始めた。チラッと表示されているパネルに目をやると、「60→200」とある。200階が最上階のようだ。
「どうしてそう思うのよ?」
「……考えてみなさい。“ティファレト”は“ダアト”と同調することでその機能を発する。“ダアト”を持つあなたが接近したことで、何らかの異常を起こした――若しくは、サラと二人、“二つのダアト”が近くにあるという特殊な状況だからこそ起きた……とも言えるのかもしれない」
なるほど……その仮説はあり得るかもしれない。サラと一緒にいる時は何もなかったのは事実だ。異常――“頭痛”が起こり始めたのは、フィーアと出逢って以降ではある。
「そうなると、ディン=ロヴェリアにも同様のことが起きていないとおかしいとは思うがな」
チャールズは壁にもたれかかり、腕を組みながら言った。
「奴も“ティファレト”を持つネフィリム。“ダアト”が原因とするならば、奴にも同じことが起きているはずだ」
「言われてみればそうね。でも、彼はそういった感じのことは無さげだったわね……」
うーんと唸りつつ、フィーアは天井を見上げる。
「俺の頭痛のことは気にしなくていいんだよ。戦闘中とか、大事な時に何か起きてるわけでもねぇしな」
困ったことはあるような気もするが、今すぐにどうこうなるものでもない……と思う。
「……まぁ、あんたがそう言うならいいんだけど」
フィーアは小さくため息を漏らし、エレベーターの後方へ体を向けた。おそらく映像ではあるのだろうが、背面一杯に外の風景が映し出されているのだ。既に高層ビル群は小さくなりつつあり、遠くの風景は白く霞んでいた。
エレベーターが止まり、開いた先へ進むと、そこは正方形の部屋があった。四方八方、壁面は透明なガラスになっており、外が見えるようになっていた。
部屋の中心部には淡く黄色く光る幾何学模様の紋章があった。ゆっくりと点滅しているそれは、ワープ装置なのかもしれない。
「……ここまで来て、まさか行き止まりなんてことは無いわよね?」
わざとらしくため息をついたフィーアは、なぜか俺の肩を小さく叩く。
「そう思いたいがな。あのエレベーターがお前で開いたんだ。ってことは、お前がそこに行けばなんか起こるんじゃねぇか?」
俺は紋章の中心部を指差した。そこは点滅せず、天井へと伸びる一筋の光の柱が出ていた。
「やれやれ、私は鍵かっての」
ぶつぶつ言いながらも、彼女は中央へと歩を進めた。
「おいおい、何言ってやがる。どこぞでは、俺のことを鍵扱いしてたくせに」
俺がなんかやれば開くんじゃねぇかって、あいつはアベルの都で言っていたもんだ。
「……うっさいわね。何も起きなかったらあんたのせいだからね」
なんで俺のせいになるのか――と言いかけた時、光の柱がチカチカと輝き始め、その範囲を広げ始めた。
『……認証開始…………OK。E.S.I.Nと認証しました。転送を開始します』
女性の音声が流れ始めた。ということは……。
「ワープが始まるかもしれねぇな。入ろうぜ!」
俺たちはすぐさま広がる光の柱の中へ入った。すると、視界は一瞬にして真っ白なものへと変化し、眩しすぎで目を開けていられないほどだった。
その刹那、体がふわっと浮かぶような感覚が全身に広がる。足の裏にあった床の感触が一瞬だけ消え、すぐ元の感覚が舞い戻ってきた。
眩しさが薄らいでいき、俺たちはゆっくりとまぶたを開けた。
そこに広がっていたのは――
「こ、ここは……!?」
全員が驚嘆する。そこは、研究所――異常な空間だったのだ。
その空間は五百人以上を収容できるほどの広さで、奥行きがある。天井を覆う触手のような配線は、様々な色で絡み合い怪奇な紋様を形成している。それらが繋がっているであろう左右の壁面には高さ約3メートル、幅1メートルほどの青白いカプセルが真ん中あたりから奥まで並んでおり、約60カプセルほどあるように見える。それらには中が見えるように透明なガラスが付いており、中は紺色の液体で満たされている。その中にあるのは――……
――少女たちだった。
全員が同じ顔をしているわけではない。年齢なども様々だが、年齢的には30歳以上は無いように見える。中にはまだ二桁の年齢に達していない少女もいる。
皆が液体の中で眠るようにまぶたを閉じ、両手をそれぞれの肩に乗せるようにして交差させていた。そして、それぞれが体にいくつもの管を突き刺されており、栄養を補給しているのか、或いは別のものを供給しているのか……まるで人体実験の様相だ。
「何……これ……!?」
フィーアは戸惑いとこの異様な光景から連想するものへの侮蔑感を孕んだ怒りで、顔を歪ませてしまっていた。
「……女性ばかり……。ここは何の研究を……?」
メアリーは目を細め、カプセルの中を覗いたり配線を眺めていた。いたって冷静に見えるものの、彼女にしては表情が強張っていた。
「…………」
チャールズは何も言わず、腕組みをして正面を見据えていた。そう、これらの最奥には巨大な物体が安置されているのだ。
――それは、水晶体だった。
空色をしたそれは、ゆうに5メートルを超えており、幅も3メートル以上あるように見える。荘厳な金色の玉座のようなものの上に鎮座しており、その下部からはカプセルや天井のものであろう管が無数に繋がっていた。
「なんだ……あれは……?」
思わず、そんな声が漏れる。水晶体はまるで生きているかのように、キラキラと光り輝いている。触れ得ざる神々の遺物かのように佇むそれは、物体であるのに生物であるような――そんな錯覚を覚えそうだった。
「とうとうここまで来てしまったか」