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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第4部:滅びゆく世界へ ~Bis die Welt zerstört ist, liegt die Liebe in Ihren Händen~
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62章:観測地点Ⅳ メディウス=ロクス


 南極大陸は、第三次世界大戦以前は永久凍土に覆われた人の住めない大地だった。しかし、先の大戦で地球の地軸がずれた結果、氷は全て溶けてしまい、大地が遥かな時を超えて太陽の下にさらけ出されたのだ。


 研究所のある“メディウス=ロクス”は、そうやって氷のなくなった南極大陸に造られた巨大な都市だという。様々な国に属する人たちが集まり、多種多様な文化を取り入れられた先進的な都市で、宇宙ステーションと繋がる軌道エレベーターも、当時は存在していたという。


「予定では、5時間後……14時頃にメディウス=ロクス周辺に到着する。それまで、各々休憩しておけ」

 チャールズはそう言って、操縦席の背もたれを倒し、黒いアイマスクをして眠り始めた。

「……マイペースな人ね」

 やれやれとでも言いたげに、フィーアは目を細めていた。


「それにしても、ワープ航法もなしにこの速度で飛べるなんて、SICもなかなかなもんね」

「どの目線の高さで言ってんのかわからんが、これのおかげで滞りなく地球上で探索ができてっからな。少しはSICに感謝ってか」


 これがなければ、地球上での探索は数倍の日数がかかっていたはず。

 俺たちが乗っている“オーキュペテー”は、宇宙空間も飛べる自動操縦の飛行機だ。最大5人乗りの小型なものだが、その速度は俺の経験上、最も速い機体だった。ASAとLEINEにアクセスできないため、ワープ航法は不可能だが最高毎時マッハ4まで出るという優れもの。SICが極秘に開発していたE兵器の一端だという。

 なぜこんなものがあるのかと言うと、アーサーがSICに追われている時に、セフィロートにあったこれを二台パクったからだという。二台あるということは、アーサー以外に最低でも一人誰かがいたことになるが、それを訪ねても奴は“内緒”と言ってほくそ笑んでいるだけだった。ローランが「たぶん俺の母ちゃん」と耳元で呟いていたが……本当のところはわからない。

 とはいえ、アーサーはこうなることを予見していたのかもしれない。いつか、自分の息子が仲間を連れ、地球に来ることを。いや……確信していたからこそ、と言うべきか。

 謎の多い人物だが、ジョージさんが“会うべき”と言っていた男だ。現状、それを信用して動くしかない。




 62章

 ――観測地点4 メディウス=ロクス――




「これが……南極か……」


 オーキュペテーの中から窓越しに、南極大陸が眼下に広がっていた。

 かつては真っ白な白銀の光景が広がる凍てついた大地だったこの大陸は、今では色鮮やかな緑が生い茂る大地となっていた。北海道の研究所にあった資料では、南極大陸の永久凍土が融け、海面が上昇、各地の沿岸部は海に沈んだ。大地が約三分の一に減ってしまったと言われ、さらに海面温度の変化は生態系にも大きな影響を及ぼし、食糧危機に繋がったという。ただ、第三次世界大戦で人口が激減していたため、食糧での争いには発展しなかった。不幸中の幸いと言うべきか……もし人類が減っていなければ、第四次世界大戦に繋がっていたと予測した研究者もいたようだ。

「メディウス=ロクスは南極大陸最大の都市だ。北にある町に一旦降りるぞ」

 チャールズはボタンをいくつか押し、オート操縦からマニュアル操縦に変更したのか、操縦席のコンピューターが忙しく動き始め、ハンドルが前方から出てきた。


「……チャールズは、軍隊にでも入ってたことあんのか?」

「いや、無い」


 と、彼は俺の問いに即答する。言葉のキャッチボールを続ける気がないのはいつものことだ。


「飛行機の運転とかいろいろ詳しいだろ。なんかやってたのかと思ってな」

「FROMS.Sを武装化した際、様々なものを扱えるよう訓練したからだ」

「……本気でSICと戦おうとしてたのか?」


 チャールズの言葉に、思わずそんな質問を投げかけてしまった。チャールズの性格を考えるに、非効率なことはしない合理的な人間だ。勝てない戦をするわけではないだろう。


「俺ではない。父だ」

「……父さんが?」


 その言葉に、メアリーが反応する。たしか二人の父・ジェームズは、SICの正体を明るみに晒すために、敢えてSICに目を付けさせられる方法を選んだと聞いた。


「父は元々、欧州連合の下院議員だった。欧州連合は宇宙環境について保守的な考えの議員が多くおり、それもあって環境保護団体“FROMS.S”を設立した」


 どうやら、そこでカムロドゥノンと繋がりを持ち、ジョージさんやアーサーと知り合ったそうだ。財団法人であるカムロドゥノンと環境保護団体というのは、切っても切れない関係があるようだ。


「そこでどういう流れで事情を知ったのは不明だが、SICのやり方に疑問を抱いたのはその頃だ。金儲けとしてILASや東アジア共栄圏連合の各国へ武器商人だった俺が、まさかSICに目を付けさせるために、父に利用されるとは思わんかったがな」

 その言い方は、父に対して憐れむようなものではなく、危険だから止めろと警告したのに――という風に見えた。


「SICはたしかに強大だが、各国が協力すれば正しい方向へと導けると父は信じていた。だからこそ、多少強引なやり方ではあるが、ああいった形でSICの陰謀を明らかにしようとしたのだ。父の敗因は、SICが早々に世論を味方につけたことを予想できなかった点だな」

「世論……」


 たしか、ディンの父・ジョセフさんが仕組んだ罠のせいで、ジェームズが人殺しの汚名を着させられたやつだったか。


「既に知っていると思うが、FGI社幹部ジョセフ=ロヴェリアが仕組んだものだ。お前たち、チルドレンの殺戮能力を測るために」

「…………」


 それに対し、俺は何も言えなかった。流動的に動き続けるはずの時間が、この時だけはっきりとその針を止めてしまったかのように思えた。

 すると、それを察してか、チャールズは小さくフッと笑った。


「勘違いするな。俺はお前たちを怨んじゃいない」


 彼は視線を前にしながら、手際よくいくつかのボタンを押していた。

「お前たちはその時、何も知らなかった。この世の残酷さも、不条理な事柄のほとんどを知らない子供だった。そんなお前たちに父を――1500人の同胞の命を奪った過ちを、今更償えとは言わん」

 彼はそう言って、俺の方へと顔を向けた。


「お前は真実を知って、こうしてSICに戦いを挑んでいる。お前にしかできない、すべきことがあるからだ。父が生きた意味を――殺された結果の末に、世界がどう転ぶかを見定めなければならない。それこそが、生き残った俺に与えられた使命だと考える」


 世界がどうなるか――それを見定める。


 チャールズは再び前へ向き直り、操縦桿を両手で握った。

「そろそろ着くぞ。座席に戻れ」

 彼の指示に、俺たちは何も言わず従った。今までの淡々とした口調と変わらなかったが、普段よりも感情を含ませているように感じた。どれも奴の本心なのだろうが……誰よりも冷静で、それでいて芯を据えたものの言い方だった。年長者故か、それとも、父の死や多くの事象に対し、感情のみで向かい合わず、己のすべきことを常に前に見据えていたが故か。


「……大人だね」


 小さく、それでいて俺やメアリーに聞こえるくらいの大きさで、フィーアは呟いた。

「それに比べ、妹はさんざん怨んでいたってのに。兄妹なのにえらい違いだこと」

 おいおい……この空気でそれを言うか? しかもそんなしかめっ面で……。

「……私だって、事情を知らされていれば、多少は自重できたと思う。言わなかった父さんと兄さんが悪い」

 そのきっぱり言い張る様は、妙に納得してしまいそうになるほどだった。こいつはこいつで、よくそんなことを言えるな……。

「……巻き込みたくなかったんだろ。大事だから」

 なんとなく、メアリーとサラを重ねた。俺にとって、サラは大事な妹みたいな存在だ。関わらせたくない、巻き込ませたくない――触れさせないことが、最も危険から遠ざける。そう信じていたのだ。たしかに、そこに本人の意思も希望もない。あくまで、俺たち側の自己満足であることは承知している。それでも――当の本人から非難されようと、嫌われてしまったとしても、それが彼女らを護る方法なのだと自負していた。


 そうだ。


 あの時……ラケルの時もそうだった。あいつが女だからって――俺やディンよりも戦闘能力が劣るからって、一緒に行かなかった。あいつやサラ、メアリーが怒るのも当然なのかもしれないが。

「正解かどうかわかんねぇけど、やっぱ目の前の危険なことに関わらせたくねぇもんさ。それが兄貴だし、親父ってもんだ。結果的に正しいかは別にしてな」

「…………」

「やれやれ、これだから男は」

 と、フィーアはわざとらしく大きなため息をついた。彼女は文句言いたげな表情で、腕を組んでいた。

「女が弱いって決めつけてからに。なんだかんだ、その女たちに助けられてるってのにさ」

 彼女は少し目を細め、ほくそ笑んでいた。その通りではあるのだが、得意げな彼女の表情は少し腹が立つ。

「そういうつもりで言ってんじゃねぇよ。大事な奴には、安全なところにいて欲しいって思うにもんってことさ。……まぁ、助けられてんのは認めるけどよ」

 結局、サラにしてもそうだ。あいつがいなければ――いや。

 今、一緒に旅をしている仲間が一人でも欠けていたら、俺は地球まで辿り着くことはできなかった。客観的に見れば、チルドレンとしての能力が俺よりも劣っていたとしても、そんなの関係ないのだ。

「そういう男心ってもんも、わかってやってくれってこと」

「…………」

 メアリーは何かを言いたげではあるものの、視線を少し下に落としつつ、口をつぐんだままだった。

「いい加減、シートベルトを付けろ。着陸態勢に入るぞ」

 チャールズは会話が途切れるのを待っていたかのように、言った。わざとなのか、それともたまたまなのか――。




 メディウス=ロクスから北に3キロほど離れた町のはずれに、俺たちは着陸した。その町は日本の都市と同じで、コンクリートの建物が植物たちに覆われ、動植物たちの生活圏となっていた。俺たちはそこで一旦、遅めの昼食を取り、メディウス=ロクスへと出発した。




 そこは――巨大な都市だった。



 レンガで敷き詰められた道を進み、広がる平原に佇んでいたのは白銀のビル群だった。降り立った町とは違い、メディウス=ロクスは植物に覆われることなく、まるで今でも人が住んでいそうなほど生き生きとした喧騒を鳴らしていそうだった。ビルたちのガラス面は上空の青い空反射して、直線に刻まれたもう一つの空を作り上げていた。太陽の光がそれらを反射し光輝なる荘厳な礼拝堂の如き神々しさがあり、人の気配を感じさせないその姿は、俺たち生きている人間が踏み入れてはならない、神々の領域のように感じた。


「なんとまぁ……ここだけ大都会ね」


 高層ビルを見上げ、フィーアは感嘆していた。上を見ながら口が半開きな様はまるで子供のようだが、圧倒されるのも無理はない。


「セフィロートでもここまでの建造物はねぇぞ……」


 整然と並ぶ、数百メートルのビル群、真っ白な片側6車線はあるメインストリート。ビルたちの合間を縫う曲がりくねった遥か高みのハイウェイ。

そして、この都市の中心にあるであろう円錐型の巨大な建造物。その頂点から一本の柱が天空へ伸びており、その天辺は霞んでしまってどこまであるのかわからないくらいだ。成層圏くらいあるのでは……。


「世界崩壊後の復興の証……といったところか。さすが、“中央”の名を冠するだけはある」


 チャールズの表情は相も変わらず感情の起伏に乏しいが、ここまでの都市を見るのは初めてだからか、気持ちが高揚しているのがなんとなくわかる。人の感情と言うのは、不思議と周りに漏れ出るものだ。


「……すごい」


 メアリーもまた、表情を変えずに周囲を見渡している。チャールズ同様、若干興奮気味なのがわかる。目を奪われるほどの大都市が、眼前に広がっているのだから。


「研究所って、あれのことかな」


 と、フィーアは天空へ伸びる円錐型の建物を指さす。


「アーサーの話では、“メディウス=ロクスの中心にある”とのことだった。おそらく、あの建造物で間違いないだろう」

「……まるで権力者の城みたいだな」


 大昔のもので言えば、“城”みたいなもんなんだろうが……どうしてこう、わざわざあんな高い場所に作るのかわからない。悪趣味だとしか思えんが。


「ま、目的の場所がわかりやすくていいじゃない。さっさと行こうよ」


 フィーアはそんなことを言って、緊張感の欠片もない笑みを浮かべながら歩き始めた。前向きというか、なんというか……。まぁ、あいつの性格を考えると、わざとそうしているように思えなくもない。


「エディンバーラの言う通りだ。先へ進むぞ」

「へいへい」


 長いメインストリート――巨大な道路を進み、俺たちは研究所へと向かった。


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