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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第4部:滅びゆく世界へ ~Bis die Welt zerstört ist, liegt die Liebe in Ihren Händen~
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60章:観測地点Ⅰ・エアーズロックシティ②


 それから俺とメアリーは廃墟の町を探索し、教会の地下にワープの装置あるのを発見した。形状としては、SICで使われているCN接続装置“トラーム”とほとんど同じだ。ここもSIC――MATHEYの管轄するところとすれば、当然のことではある。

 俺たちがこれらを発見したのをフィーアたちへ連絡すると、あちらも岩壁から中へと通じる秘密通路を発見したとのこと。これはちょうどいい――と思い、俺たちは二手に分かれたまま、研究所へと侵入を試みた。


「装置の起動方法なんてわかるの?」


 ワープ装置を隅々まで見ながら、メアリーは言った。

「俺がSICで使ってた装置と似通ってる。大方、使用方法は同じだとは思うんだがな」

 パネルの配置なども同じだから、おそらく操作は同じだろう。電源は生きているようだし、キーロックさえもされていないようだ。“マクペラの壁”がある限り、誰もこの星に踏み入れられないという驕り――怠慢の象徴だろう。

 俺は今までのように装置を起動させ、移動先を指定した。……最初から指定されているのは、岩壁の上にある研究所の中のようだ。


「さて、進むか。何が出るかわかんねぇが……」

「何か手がかりがあればいいけれど」


 俺たちは一抹の不安を抱きながらも、ワープ装置に入りボタンを押した。足元から泡のような光の粒子が勢いよく昇り、俺たちを包み込み始める。それらが溢れんばかりに視界を占領した時、俺たちの視界は真っ白になってしまった。






 体感では数分ほどの――実際は数十秒ほどのような――真っ白な景色。それがが漸く消えていき、周囲の光景が目に入ってきた。

 ここは……真っ白な研究室。壁も床も天井も、全てが純白だった。部屋の明かりも妙に眩しく、白い部屋がいっそう輝いているようで、若干眩しく感じる。


「……人はいなさそうね」


 メアリーは周囲に目をやりながら、そう言った。十二畳ほどの真っ白な空間であるここでは、人の気配は一切感じられない。人の痕跡というものがなく、ワープ装置以外何も置かれていない。


「緊急用のワープ装置だろうから、基本的には誰も使わない部屋なのかもしれない。ともかく、奥へ進もう」


 部屋の奥には、ガラス張りのドアがあった。マジックミラーなのか、ドアの外ではなく俺たちの姿を反射している。自動ドアなのかと思ったが、近付いても開く様子はない。

 だが、そうするとちょうど俺の視線付近の高さに淡く青い光が浮かんだ。空間に文字が浮かび始めたのだ。


『“セフィラ”を検知』

『生体認証を行ってください』


「セフィラを検知――ということは、ゼノのこと?」

「……まぁ、そうなんだろうが……」


 おそらく、先へ進むには認証をしなければならないってことか。もしこれで進めなかったら、フィーアたちの方へ戻るしかなくなる。

 俺は表示されている“生体認証を行いますか?”の下にある“はい”に軽く触れた。すると、幾何学模様の光が点滅を繰り返し、再び新たな文字が浮かんだ。


『……エレメント属性測定中……セフィラ“ティファレト”――“オメガ”』

『個体ナンバー9996……“ゼノ=エメルド”……』


 ――!

 俺の名前が……!? まずい、俺がここにいるという情報が知られてしまう!


『……承認の確認中、しばらくお待ちください…………OK』

『全ての情報閲覧権限が与えられています。ご自由にお通り下さい』


 その瞬間、目の前のドアが横へスライドして開いた。

 情報閲覧権限が与えられている……どういうことだ?


「どういうこと?」

「いや、俺にもわからん。単純にセフィラを持っていれば通れるのかもしれんが」

「……アーサーが何かしたとか?」

「その可能性も少し考えたが、それなら端っから俺たちの協力を得ずともいいじゃねぇか」


 自分でどうにかできるというわけだからな。


「そうね……。ローランと同じで胡散臭いから、つい」

「…………」


 マジで言ってんのか、冗談で言ってんのか判断しづらい。こいつのことだから、大真面目に言ってそうなんだが、もう少し歯に衣着せることを覚えた方がいい気はする。




 部屋の外に出ると階段があり、俺たちはそれを上った。先ほどの部屋とは違い、この階段は薄暗く、吹き抜けのためかかなり高さがある。俺たちが階段を上ると、鉄製の段差から響く足音が反響し、妙な不気味さを増長させていた。

 長い階段――群青色の壁や階段には、なんの標識も記載されていない。こういったところは、大体何かしらあるものだ。それこそ何階であるとか、高さがどれくらいだとか。ここにはそれがないところを見ると、秘匿経路であるのは間違いないかもしれない。


「随分高いわね」


 いつも無表情なメアリーだが、少し息が荒くなっている。下を覗き込むと、既に登り始めた位置が霞んで見えなくなるほどの高さまで来ていた。


「データで見た限り、高さのある研究所ではなかったはずだけどな」

「あの岩壁の中にあるのかも」

「……それにしたってなげぇよ」

「たしかにね」


 そう言えば、あの時――あいつと一緒に山を登ったな。あの時のことを思い出し、俺は気が緩んでしまったのか、フッと笑ってしまった。それに対し、当然の反応というか、メアリーは不思議そうな視線で俺を見ていた。


「ちょ、ちょっと思い出してしまってな。フィーアを」

「フィーア?」


 さらに眉を曲げ、メアリーは首を傾げる。

「数か月前になるか。お前の組織――FROMS.S掃討作戦の時だよ」

 俺はメアリーの潜む基地に誘い込まれたのだが、そこの山に登る際、フィーアがぶーたら文句を垂れていたことを思い出してしまったのだ。


「……ふーん」


 すると、メアリーは足を止めた。彼女は俺より数段下にいて、俺を見上げている。


「ゼノってそうやって笑うんだね」

「……はぁ?」


 急に何を頓珍漢なことを……。俺は言うまでもなく、両眉を八の字にして彼女の方へ向き直った。


「少し、安心した」


 彼女はそう言って、フッと微笑んだ。いや、意味深なことを言って笑みを浮かべるお前も笑うのかよ――ってツッコミたいくらいだが。

「……正直、いろいろあったじゃない。だから、心配していた」

 心配――メアリーが? 驚きを隠せなくて、俺は何度も瞬きをしてしまった。


「心配していたっていうのは……俺のことをか?」

「そうよ。他にあると思う?」


 と、当たり前だろうと言わんばかりに彼女は即答した。

「……それなら、もうちょっと心配してる風な顔をするもんだろ」

 俺はやれやれと思い、踵を返して階段を上り始めた。表情が出ないってのは、こういった時で損をするものだ。せっかく配慮しているのに、その優しさに気付いてくれないのだ。俺のように配慮している相手に。


「これでもしてるつもりだったんだけどね」

「わかんねぇって。チャールズと同じで、感情と表情がマッチしてねぇんだから」


 俺は思わず、笑いながらそう言ってしまった。

「失礼ね。SICと戦わなきゃいけない場所で育ってたんだから、無表情にもなるわよ」

 これまた淡々と、彼女は言い放つ。だが、メアリーは自分で自分が“無表情”であることに気付いていたのか――と若干驚きもした。


「あん時くらい感情を出してくれりゃ、わかりやすいがな」

「あの時って?」

「そりゃお前、あん時って言ったらあん時だろ。山の中にある宇宙船で対峙した時と、俺が仲間になれって脅した時」


 双方とも、今では考えられないくらいに感情を表に出していた。どこか懐かしく、俺は少し笑みを零しながら言っていた。


「あの場面で感情的にならない方がおかしくない?」

「ハハハ、まぁな。お前にとって、俺は仇なわけだし」

「……その仇とともに行動しているというのも、不思議よね」


 彼女の今の言葉には、何かを孕んでいるように聞こえた。それは不穏なものではない。


「私は復讐しか考えていなかった。あなたを殺すことだけを考えた四年間……そのせいか、それ以前のことをあまり思い出せなくなっていた。人として、何か欠落してしまっていたような――そんな気がする」


 たしかに、あの時そう叫んでいた。彼女の心の叫び――そのものだった。


「父を殺したのはあなただけれど……たしかにあなたなんだろうけれど、根本的に違う気がする。ゼノを殺したところで、理不尽な殺戮は終わらない。世界の闇が、権力者たちの欲望が根を張っている限り」


 シンプルに、凄いと思った。単純な言葉ではあるが、そう言いたかった。俺を四年間も恨んでいたのに、俺を殺すためだけに苦手な銃の扱いやエレメントを覚えたのに、目的のためとはいえ俺と和解し、こうやって前を向いていることに。

 俺が偉そうに言えることではない――だからか、その言葉たちを彼女に向けることができなかった。

 俺は奴を――ウルヴァルディを恨んでいる。あいつを前にして感情的にならずにはいられないからだ。


「……詳しくは知らないけど、あなたもきっと、他人を恨んでいたんじゃない?」

「――!」


 俺の心の内を言い当てられたかのようで、思わず足を止めた。


「私がどうこう言えることじゃないから、恨むなとも、復讐をするなとも言えない。だけど、全てには理由がある。原因がある。そこを潰さない限り、この世界も……私たちの見る世界も、変わることはないのかもしれない」

「…………」


 ラケルの死に向かい合ったところで、俺が奴を殺したいほど憎む感情が消えるわけではない。

 フィーアは言っていた……“ウルヴァルディが何をしようとしているのか、それを知りたい”……と。


 恨むだけじゃない。

 

 その感情を乗り越え、俺が見ていなかった――見ようとしていなかった影の中を見なければ、本当の先へは進めないのかもしれない。


「でも、私たちは、この見ている世界を変えたい――必然的に、その想いを抱いている。だからこそ、こうやって私もフィーアも、兄さんもあなたたちと共に行動している。元々は敵同士だったのに――ね」


 彼女はまるで母性を携えたかのように、この群青色の薄暗い空間の中で、そこだけ淡く光る明かりのような優しい微笑を浮かべた。

「だから、また話せるようになったら、話してみて。少しはあなたの力になれると思うよ」

 メアリーはおそらく、何かしら感じ取っていたのかもしれない。ラケルのこと……それによってか、俺は心にふたをしてしまっている。あの異空間で、俺は俺自身の弱さと向き合うことができた。だからこそ、セフィラの力をより制御できるようになった。

 だが、その弱さをさらけ出すことは、まだ出来ていない。

 自分を強く見せよう――そういう自尊心がまだ大きく立ちはだかっているような気がするのだ。


 ――自分の気持ちを理解してもらおうと努力しないで、わかってもらえるとしたら大きな勘違い――


「あれ、見てみて」

 メアリーは上を見上げ、指差した。無理やりに時計の指針を元に戻すかのように。

「何か書いてない?」

 指差された場所――壁面に、英語で何か刻まれている。


“ここより上、『多面性次元観測室』”


「もうちょっとで到着かもね」

 メアリーは小さく微笑みかけ、再び階段を上り始めた。俺たちの靴が床に響く音が、妙に高く感じて、妙に長く響いているような気がした。


 ……今回のヤマが片付いたら、過去のことを話してみよう。


 それにしても――さっき、脳裏に浮かんだ“言葉”はなんだったのか。ひどく、心を揺さぶられるようなものだった気がしたのだが……。


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