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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第4部:滅びゆく世界へ ~Bis die Welt zerstört ist, liegt die Liebe in Ihren Händen~
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60章:観測地点Ⅰ・エアーズロックシティ①


 ウルル=カタ・ジュタを取り囲むジャングルのような森の中では、朽ち果てたビルたちが様々な植物に浸食され、千年以上という途方もない時間の流れを感じさせた。

 俺たちは二手に分かれ、研究所への入り口を探していた。俺とメアリーは正面から、フィーアとチャールズは裏手から捜索をしている。というのも、研究所はコンピューターによる監視がなされており、通常ルートでは発見され、MATHEYに通報されるリスクがあるためだ。


「しかし……お前らって、似た者同士だよな」


 鬱蒼と生い茂る草木をかき分けながら、俺は呟くようにして言った。

「私と、誰が?」

 機械的なほどに早い返事が、後ろから放たれる。メアリーの抑揚のない言葉は、弱冠感情を把握しづらい。

「兄貴に決まってんだろ」

 それ以外に、誰だというのか。

「……フィーアのことかと」

 そう言われ、思わず“なるほど”と思ってしまった。まぁ、たしかにこいつとフィーアも似てるっちゃ似てるか。合理的で冷静、軍人気質なところ。かと思えば、真っすぐな情を湧き上がらせることもある。サラとディアドラとは対照的で、あの二人は感情に動かされやすく、損得勘定抜きな考えをしている――ということを考えれば、ある意味で俺たちはバランスが取れているのかもしれない。

「……兄さんと似てるなんて、あまり言われたことない」

「そうなのか? ……あまり兄妹ってものを見たことがねぇから、似るもんなのかと思ってたが」

「見たことがない……? そんなことあるの?」

 メアリーは俺の言葉に対し、訝しげな口調で問い返した。ああ、そういう疑問か。そうなってしまうのも無理はない。


「俺たち“チルドレン”は、あまり兄弟がいねぇんだよ」

「……どうして?」

「さぁな。そんなに疑問に思ったことはねぇが、あまり二人目が作れない――と聞いたことはある。俺だけでなく、カールやノイッシュも兄弟はいねぇしな」


 おふくろは二人目を妊娠していたが、死産してしまった。それが原因で、子供を望めない体になってしまった。両親はどうしても女の子が欲しかったからこそ、サラを引き取ったのだ。

「ふーん……」

 メアリーは意味深に息を零らせ、俺の関心を誘おうとしているように感じた。

「何か思うところでもあるのか?」

 こういう時は、敢えて聞いてみるのが一番だ。俺は彼女の方へ振り向き、問いかけた。

「“チルドレン計画”――数百年前から行われているということは、“ティファレト”を有するチルドレンが生まれるのに、相当な数の子供を作らなければならない。だとするなら、どうして子供が生みにくい環境になっているの?」

「…………」

 言われてみれば、たしかに。

「何百年もこの計画を続けていることを考えれば、この方法でしか“ティファレト”を生み出せない――ということは明白」

「なら、もっと多くの子供を造らせた方が、可能性があるってことか」

 多くの子供を産ませる。セフィラの器が生まれるまで――。普通に考えれば、その方が手っ取り早いはずだ。

「でも、そうしない理由――或いは、そうできない理由というのがあるみたいね」

「……そういうことになるな。わざと時間をかけたようにも思うが」

 まどろっこしい計画のようにも思えるが、それさえも理由の一つのように思える。何もわからずに、あのグリゴリたちが計画を遂行していたとは思えない。


「あともう一つ。前から思ってたんだが」

「ん?」


 いつの間にか俺の前をスタスタ歩いていくメアリーに問い掛けると、彼女は表情を違えずに俺の方へ向き直った。その顔はどんな時も同じように見える。

 だからか、俺はどうしても質問せずにはいられなかった。

 この亜熱帯の中、なぜちょっとしか汗をかかず、涼し気でいられるのか。

「……暑くねぇの?」

「見ればわかるでしょ」

 彼女はそう言い放ち、再びスタスタと歩き始めた。

 お前の表情じゃあ、全くわかんねぇから聞いてんだけどな……。


 ――映像を見ただけで理解できないか――


 一ヶ月前、そんなことを言ったお前の兄貴を思い出しちまった。

 やっぱり、お前ら兄妹は似てるわ……。





 60章

 ――観測地点Ⅰ・エアーズロックシティ――





『どうやら、研究所はこの巨石の上にあるようだ』

 インカムから聞こえてくるチャールズの声は、やはり淡々としている。

「俺らもそう思ってたところだ。何せ、目と鼻の先にエレベーターがあるからな」

 俺とメアリーは茂みに隠れ、その先を睨んでいた。絶壁に沿うようにして、真っ白な円柱が空に向かってそびえ立っている。おそらくだが、これが研究所への“正面玄関”なのだろう。

『人はいる?』

「いや、今のところいねぇな」

 フィーアの問いに、俺は周囲を注意深く見渡しながら答える。

「カメラらしきものは視認できないけど、あると見て行動した方が良さそうね」

 メアリーの言葉を聞きながら、アーサーが出発前に言っていた“各研究所の半径5キロ圏内には、この飛行艇で入らないように”というのを思い出していた。

『さて、どうやって入るか』

 ふむ、とチャールズの冷静な独り言が聞こえてくる。


『めんどくさいからさ、いっそのこと正面から行っちゃえばいいんじゃない?』


「…………」

 この女は……なぜ、そんな方法でしか行動しようとしないのか、未だに疑問だ。

『少しは頭を使え。何を考えている』

 冷静なツッコミ……こんな風に言う奴、今までいなかったからか、少し新鮮に感じてしまう。

『いやいや、大真面目なんだけど?』

『我々が研究所に侵入することが露見すると、グリゴリどもが執政官をよこす可能性がある。そうなった場合、勝てるとは言えん。主席のウルヴァルディ相手に、俺たちだけで勝てると思うか?』

 仮に差し向けられなかったとしても、警備を増強されてしまい、他の研究所に潜入できなくなってしまう可能性も考えられる。リスクは大きいが……。

『アルタイルとフェンテスがいなければ、上席の執政官には勝てん。もう少し想像力を駆使してから発言しろ』

 これまた淡々としているが、チャールズの言葉はえらい辛辣だ。やっぱり、メアリーの上位互換みてぇなもんだな……。


『嫌味レベルが段違いね。年の功かしら?』


「…………」

 この状況で、メアリーにも嫌味を言えるお前もなかなかなもんだが……。

「それで、ゼノは何か考えはないの?」

 と、これまた空気を読まないというか、切り裂いてそこにねじ込むようにして、メアリーの言葉が入ってきた。このタイミングで喋るってのも嫌なんだが……まぁしゃーねぇか。

「……チャールズ、フィーア。お前たちは裏に回ってるんだろうが、エレベーター以外に入り口はありそうか?」

『いや、特に見当たらん』

「なら、正規の入り口はこのエレベーターだけってことになる。だとすれば、避難するための方法がいくつかあるはず」

 研究所は巨大な岩石の上に建てられている。もし何らかのトラブルがあった場合、避難するための方法が何通りか用意しているものだ。

「俺たちが乗ってきたような飛空艇での脱出、エレメントを利用したワープ移動……ってのも考えられるが……」

『上空から攻められてきた場合だと、飛空艇での脱出は困難。研究所自体が攻撃された場合、ワープ移動は難しい。となると、直接的に脱出する“避難経路”があるはずってことね』

 俺の言葉を読み取ったのか、フィーアは独り言のように言った。

「この巨石のどこかに通じる道があるとは思う。あと考えられるとしたら、ワープ移動でこの廃墟のどこかへ移動できるようにしている――ってところか」

「あまり遠くにはないってこと?」

「おそらくな。ワープ移動は距離が長ければ長いほどリスクが高い。必然的に近隣になる」

 クラフト・ネットワーク――通称“CN”を利用したワープ航法はASAの膨大なエネルギーであるエレメントを利用してのものだ。あそこまでの長距離移動はできないものの、グリゴリたちの技術ならば、近隣へのワープ移動は利用されているはず。

「とは言っても、そのワープ移動の機械かなんかを利用すると、すぐばれちまう可能性は否めんな」

『そりゃそっか。だったら、物理的な避難経路を探索する方が無難ね』

 ため息交じりに、フィーアは言った。

『このまま二手に分かれて探索しよう。俺とエディンバーラは裏側を。エメルドたちは、正面付近を探索してくれ』

「……了解」

 いちいち指図されんのは気に喰わんが、さっきも揉めちまったから、ここは素直に従っとくか。

「さて、それじゃコソコソと探索を続けますか」

「そうね」

 俺とメアリーは再び、茂みの奥へと進んでいった。





「一つだけ言っていい?」

「なんだ?」

 エレベーターのある側の背後――そこは断崖絶壁となっており、巨石から樹々が突き破り、巨石を覆うようにして広がっていた。フィーアたちはその樹々の巨大な枝を移動しながら、探索を進めていた。

「そろそろ苗字で呼ぶのやめたら?」

「…………」

 フィーアの純粋な疑問だった。というよりも、若干気持ちのわかるものだったが故に、聞いてしまったのだ。


「人と関わるの、ビビってんの?」


 そう問うても、チャールズは彼女の方へ振り向くことなく、枝から枝へと移動していく。下は青く霞む熱帯雨林が広がり、足を滑らせれば命の保証はない。

「ビビッてなどいない。これが俺だ」

「へぇ……」

 人と関わることを恐れている――恐れていたのは、何よりも自分だった。PSHRCIにいた時から、あの子とウル以外に関わろうとしなかった。する必要もないと思っていたし、関われば関わるほど、自分が弱くなってしまいそうだったから。どうしてそう思っていたのか、根本的な理由はわからない。本能的にそう思っていたのだろうか。それとも、私の知らない何かが、人との関りを極端に減らそうとしていたのかもしれない。


 だから、ゼノたちと出逢ってから自分が弱くなったと思っていた。失いたくない、失わせたくない――そう思ってしまった。


 “お姫様”と“二人の騎士”――おままごとのようだ。でも、演じているんじゃない。本気だった。それは他者との関りがあるため。狭い価値観のようで、確固たる意志の形成。私には無い、私には形作れなかったもの。



 だから、羨ましかった。



「折角一緒に行動するようになったんだから、名前で呼べば?」

 昔の自分だったら、絶対に口に出さないようなセリフ。あの子が聞いたら、目を見開いて驚いてくれそうだな。

「名前で呼び合うほど仲が良いわけではあるまい。俺たちは利害が一致したパートナーだろう」

「……たしかにビジネスパートナーみたいなもんなんだろうけどさ、今やっていることって、命がけでしょ? なら、お互いに信頼関係を築かないといけないと思うんだよね。信頼もない相手に背中を預けることができるほど、あなたは甘い人間とは思えないんだけど」

 どこかで予防線を張っている――そう思っていた。ゼノが私の名前をなかなか呼ばなかったのと、同じだ。


「私たちが相手にしているのは、“世界”みたいなもの。損得で動いてどうにかできるほど、相手は弱くない。私もあんたを信用したいから、あんたも私たちを信用してほしいってことさ」


 自分のすべきことをはっきりすると、それに向かって言葉が出てくるような気がする。それが例え、今までと違ったとしても。

 すると、チャールズは移動を止め、数秒ほど何かを考えるようにして首を傾げ、フィーアの方へ振り向いた。そして彼女をいつものようなポーカーフェイスで、少しの間見つめていた。

「……何?」

 思わず、フィーアも怪訝そうな表情を浮かべ、首を傾げる。


「随分変化があったようだな」


「は?」

 チャールズは踵を返し、再び隣の樹木へと飛び移っていった。



 ――自分以外は敵だと教え、育てた駒だ――



 以前、ウルヴァルディはそう言っていたが……なかなかどうして、人間味のある性格になっているじゃないか。“敵”と過ごす中で、今まで触れ得なかったものに触れ、心境が変化したのか……。

 或いは、あれこそが彼女の本来の姿なのかもしれない。

 健やかな人間味……欠落していたものを、周囲の人間味あふれる人間が、知らずのうちに分け与えたのだろう。


 人と関わることを恐れている――か。

 たしかに、俺は恐れている。再び失ってしまった時、その痛みを味わってしまうことを。俺もメアリーも、失うことを恐れている。


 失うだけでしかないこの世界で、今更何を(よろこ)ぼうというのだろうか。

 俺自身に、その資格があるとは言えないのだ。



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