58章:観測者たちの都市へ
アーサーのいる仮想空間へとアクセスできる、西暦時代の研究施設――かつて、アーネンエルベを研究するための研究機関“カナン”を設立したイヴリース博士が所有していたものだという。
この施設は日本列島の北海道という場所にあり、山の奥底に建造されていた。第三次世界大戦により、日本列島は約30%が海に沈み、主だった都市は崩壊した。また、当時の首都である東京もまた、海の底へと沈んだ。
イヴリース博士が北海道を選んだのは、隠れるにはうってつけだったからかもしれない。
第三次世界大戦で海岸線が後退し、多くの土地と町が海に呑み込まれることになった。それと同時に、巨大な衝撃で地球の地軸がずれ、日本の四季は消失した。常夏の島となり、それは北海道も例外ではなかった。
……“巨大な衝撃”……って、人為的なもので地球の地軸がずれるものなのか? 些か信じがたいことではあるが、この土地に四季が消えてしまっているのは事実ではある。
ともかく、日本から多くの人々が海外へ居住地を移し、人口は激減した。だからこそ、イヴリース博士は日本列島に研究所を建設したのかもしれない。なるべく人の目につかないようにするために。
施設の中には、様々な資料があった。当時の世界情勢や“アベルの都”に対する多種多様な想像。オカルト的な内容のものも多くあり、その中には東博士の“地球エネルギーに対する新しい知見と研究”というものもあった。
――この星だけでなく、あらゆる物質には潜在エネルギーが秘められている――
――私はこれを“エレメント”と呼称する――
その電子資料の書き出しには、そう記載してあった。また、古くからそのエネルギーは確認されており、一部の民族が伝承として引き継いでいたとか。また、日本では“具晶”と呼ばれ、太古の時代から利用されていたことも書かれてあった。
興味深いな……。思わず、俺はその資料を読み漁った。
“具晶”を扱うのは日本のある高貴な者たちのみで、その力を使って陰ながら政府の力添えをしたり、古くから妖怪と云われる類のものを取り除いていたのだという。その“妖怪”というのは、エレメントが暴走したことによる異常進化した生命体のことであり、動物や人間も含まれていた。おそらくだが、科学技術の発達する時代よりもっと昔、それこそ中世や古代といった時代からあった話で、それに尾ひれが付いた結果、世界各地で“妖怪”だったり“怪物”と呼ばれるようになったのかもしれない。
俺たちは第三次世界大戦以降、エレメントを扱える人間が増えたと思っていた。しかし、東博士の資料によると、それ以前から扱える人間がいたということだ。
だが、なぜその“能力”のことが、世間一般に広がっていなかったのか。
これだけの――強力な力であるエレメントが知れ渡らなかったのは、もしかしたら国家権力、或いは世界規模での隠蔽があったということかもしれない。軍事的なものに利用されれば、恐ろしい兵器・兵団になりかねない。実際問題、エレメントは現在、軍事転用されている。それ故に、SICは世界最強と謳われるのだ。
しかし、第三次世界大戦でエレメントを扱える人間が増えた――ということを鑑みるに、扱える人間は相当少なかったのかもしれない。日本では一部の人たちのみ、という記載があることから、それらの一族の身に伝わっていた技術なのだろう。
俺は東博士とイヴリース博士の資料の中に“アベルの都”について記述があるものがないかを調べることにした。
「当時のマスメディアによる資料ならあるな」
施設内にあるコンピューターのキーボードを華麗に操作しながら、カールは嬉しそうな表情を浮かべた。
「お、マジか!」
俺は思わず、彼のところへ駆け寄り、その画面をのぞき込んだ。
「……国連の特別調査チーム、謎の巨大都市に潜入……」
カールは見出しを呟くように言った。
その都市の内部には、現在使用されている言語及び発見されたどの言語にも属さない言語が使われていた。百メートルを超す巨大ビル群が立ち並び、道路や歩道、標識などが整然と並んでいた。
都市の深部に、青く輝く巨大な水晶体が鎮座されていた。
「この水晶体を、国連の研究チームは“HETERO”と仮称。これこそが、都市のエネルギー源と考えられた――」
「つーことは、これが“アーネンエルベ”か」
「そういうことだね」
うん、とカールは頷く。そういや、図書館の地下にあったコンピューター“ノーティ”もそう言っていたな。
「やっぱり、俺やフィーアが辿り着いたあの都市……“アベルの都”で間違いねぇな」
「そうなのか?」
「ああ。都市の表現だとか、発見されていない謎の言語……ってのは共通している」
ほとんど間違いないことだとは思っていたが、これで確信に変わった。
「となると、“アベルの都”にグリゴリたちがいるってことになる。つまり、MATHEYの本拠地は“アベルの都”……?」
「そうなるな。あそこに、奴らの精神がある仮想空間内へと通じる場所があるってことだ」
あの時――俺とフィーアは、仮想空間内へと連れていかれていたのだ。ローランとサラは、アーサーが強制的に介入したアクセス経路で奴らの仮想空間内に一時的に侵入し、俺たちを引っ張り出したのだ。
しかし、疑問がある。
なぜ、仮想空間内で助け出された俺たちが、肉体もこの場所にあるのかということだ。アーサーにそれを聞くと、“あそこは仮想空間とは別。特殊な空間だ”とのことだが、この原理はいまいちわからない。
「それにしても、グリゴリはどうやって世界を救おうとしているんだろうな」
カールはため息交じりにそう言って、椅子の背もたれにもたれかかった。
「アーネンエルベの封印を全て解除するには、11のセフィラが必要……とは言っていたが、解除することでどうなるかについては、何も言ってねぇんだよな」
そう、奴らはそのためにセフィラを――“ティファレト”を求め続けていたようだが、そうすることで何が起きるのかは不明だ。
「そもそも、封印が完全に解け切れていない現在の状態のアーネンエルベ……ASAで、これだけのメリットを享受できているのに、それを全て利用できるようになると、何ができるんだろう」
たしかに、カールの言うように今でさえ“ワープ航法”、“仮想空間の創造”、“遠大なネットワーク”など多くのことができているのだ。
「今以上のものを求めているってことは、俺たちが想像する以上のことができるってことじゃねぇのか?」
「そうだと思うけど……例えば?」
と、カールは俺に問い返す。自分で言っといてなんだが、思わず天井を見上げ首を傾げてしまった。
「うーん……」
奴らは世界を救うと言っていた。“崩壊の時”――あの“闇色の渦”がそれを引き起こすというのなら、考えられるのは――。
「地球を消し去るとか?」
「……ああ、そっか。あの“渦”ごと消去しちゃうってことか」
難しい表情を浮かべ、カールは眉間にしわを寄せていた。
「あの渦が地球に起因する何らかのものであるなら、それが可能かもしれない。……でもなぁ」
彼は頭をポリポリとかきながら、うーんと唸る。
「そんな単純なのかな。奴らの狙いって」
カールはそう言って、俺に視線を向けた。俺もそう思うだろ――と言わんばかりに。
「……いや、もっと別だろうよ」
あいつは――“セヴェス”と名乗ったあの青年は言った。
――彼らの方法では、多くの人が犠牲になってしまう――
――僕は、それを良しとは出来ない――
アーネンエルベを覚醒させ、何かをすることで世界を救う。それは間違いないだろうが、それが結果として、なぜ多くの人が犠牲になるのか。
それを知るには“セヴェス”に聞けば早いのだが、そういう時に限って精神世界で奴と会うことはできないのだ。アーサーに聞いてみても、“そんな頻繁に深層心理へ入り込むと、精神に異常をきたしかねない”なんて脅されてしまい、結局わからずじまいだった。
あいつは、俺にグリゴリを止めてほしいのだろう。
だが、止めた結果――それで何が起きるのか。それもまた、謎なのだ。
58章
――観測者たちの都市へ――
「研究所は各大陸に一つずつある」
俺たちが囲む円状のテーブルの上に、世界地図が映し出されていた。チャールズは腕を組み、説明を始める。
「とはいえ、既にユーラシア大陸のほとんどが消失してしまっている状態のため、この大陸にはない。北アメリカ大陸も、当時から人が住めるような環境ではなくなってしまったために、研究所は設立されていない。南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、南極大陸……全部で四つになる」
第三次世界大戦以前と以降とでは、大陸の形が大きく変わってしまっている。地軸が動いた結果、南極大陸の氷の大部分が解けてしまい、水位が上昇し地表はその40%を失ったためだ。
ユーラシア大陸はそれだけでなく、“崩壊の扉”拡大に伴いヨーロッパ大陸から中国大陸付近まで消失してしまっている。北アメリカ大陸は、当時の覇権国家アメリカ合衆国が第三次世界大戦で標的にされたこともあり、ほとんどが焦土化したという。
「オーストラリア大陸のウルル=カタ・ジュタ、南アメリカ大陸のマチュピチュ、アフリカ大陸のガランバ、南極大陸のメディウス=ロクス」
チャールズの言葉とともに、世界地図に四つの赤い円柱がそそり立つ。どれも標高が高い、或いは内陸部に位置する場所だった。
「ここから最も近いのは、オーストラリア大陸のウルル=カタ・ジュタになるわね」
メアリーはその場所を指さした。
「距離は……約7750kmか」
指で現在地とその場所をタッチすると、直線距離が浮かび上がった。マチュピチュまでは約15000km、ガランバまでは約11500km、メディウス=ロクスは約14600km。ちなみに、現在地は北海道地区にあった大雪山国立公園と呼ばれた場所だ。
「一つずつ調べていくってこと?」
フィーアがそう訊ねると、チャールズは首を振った。
「時間が惜しい。ある程度目途を付けて調査をしたいところだが……なるべく戦力は分散させたくはない」
「……仮に局長がいると仮定して、か?」
「そうだ」
俺の言葉に彼は頷き、相変わらずの険しい表情を浮かべた。
「MATHEY執政官の末席とはいえ、セフィラを有する男だ。セフィラのない奴では、歯が立たない可能性が高い」
奴のセフィラ――“ホド”の能力については未だ不明だ。“光”に関係する能力だと思うが、警戒するに越したことはない。
「加えて、奴はSIC軍部と繋がりが強い。軍部最高のCG値と言われるハワード長官に、最強の将軍と名高いゴンドウ中将がいないとは言えん」
「ゴンドウ中将……以前の私たちじゃ、歯が立たなかった。サラのダアトで、なんとか退けられたようなものだったし」
ため息交じりに、ディアドラは呟いた。月のコロニー“ルナ”では、正直言って運がよかったとしか言えない。ハワード長官にしても、能力は未知数だ。CG値以上の戦闘能力が隠されている可能性はある。
「戦力を分けるなら、俺に考えがある」
と、カールはどこか自信あり気に手を挙げた。
「チームはA班、B班の二つ。というのも、局長と対等に戦えるかどうかってところを基準に考えてのものなんだ」
「局長と対等に……ってことは、セフィラ持ちかどうかってことか」
「その通り!」
俺がそう言うと、カールは指をパチンと鳴らした。
「それぞれに、まずはゼノとローランさんを分ける。ローランさんは以前、一人で局長を退けたから、ぶっちゃけ一人でも行けるんじゃないかって思う」
「いやー、褒められると照れちゃうなぁ!」
ナッハッハッハ、とローランは口を大きくあけてこれでもかというくらいにわざとらしく笑っていた。まぁ、普段誰も褒めちゃくれねぇもんな……。
そう、確かに奴は局長を一人で引き受け、どうやったかは不明だが退けたのだ。俺んがティファレトをある程度扱えるとは言っても、まだあいつの方が戦力としては高いはずだ。
「ほぅ……執政官を退けるとは、大したものだ。どうやって勝った?」
チャールズは珍しく驚嘆した表情を浮かべていた。
「そりゃ、パパっとやってズガーンって感じ?」
「…………」
訊いたのが間違いだった――チャールズの無表情からは、その言葉が浮かび上がっているのがわかる。ローランのやつ、わざと言ってんじゃねぇだろうな……。
「……カール、続けてくれ」
「あ、ああ」
俺がそう言うと、カールは苦笑してしまっていた。
「ゼノはまだ完璧にティファレトを扱えなくても、十分に奴らと戦える。サラ、若しくはフィーアのダアトによるサポートがあれば、確実に勝てると思う」
ダアトはセフィラの力ですら、強制解除できる。その場合、単純な戦闘能力での勝負になるが、俺ならば局長を退けられる。
「ゼノのサポートということで、そっちにはメアリー。ローランさんには、ノイッシュとディアドラがサポート。どうだろう?」
カールはチラッとメアリーに目をやった。なんとなくだが、メアリーの意思を尊重したように思うのは気のせいではない。
「人選としては問題ないわね」
涼しげな顔で、メアリーは頷いていた。ホッとしたのか、カールは胸を撫で下ろしているのを俺は見逃さなかった。
「サラちゃんとフィーア様はどっちでもいいのかい?」
と、ローランは首を傾げて言った。
「戦闘能力で言えばフィーアの方が高いんだけど、ダアトの制御力で言ったらサラ……ってなるから、正直なところどちらの班でも問題ないと思います」
カールは冷静な分析を述べた。エレメントを封じられるダアトの力は、これからの戦いにおいてかなり重要だ。アーサーのおかげで、サラはフィーアよりもダアトの操作に長けている。フィーアはその力の存在に気付くのが遅かったことと、力の制御があまりできていない状況だ。
「それじゃあ、俺の班にサラちゃん連れて行っていいかい?」
「え?」
ローランはニコニコと言った。まさかサラを選ぶとは思わず、彼女だけでなく俺たちも驚きの表情を浮かべてしまった。
「おや、ゼノの班が良かった?」
「あ……そ、そんなことないですよ! だ、大丈夫です」
あたふたするサラの様子を見るだけで、なんとなく俺のところが良かったように感じる。まぁ、あいつが一人の戦力として認められたってことなんだから、喜ばしいことではある。
「……じゃあ決まりだな。A班はゼノ、メアリー、フィーア。B班はローラン、ノイッシュ、ディアドラ、サラ。A班の指揮、カールはB班の指揮及びサポートだ」
「おいおい、なんでお前が指揮なんだよ?」
なんでよりによって、チャールズの指揮下にならにゃならんのだ。カールならまだわかるが。
「指揮を出すのは、頭に血が上らない奴が適している。このメンツの中で、俺とカール以外に当てはまる奴はいないと思うが」
仏頂面で、且つ視線を斜め上方向へ向けてチャールズは首を傾げた。その一挙一動が微妙に癪に障るってことがわかんねぇのか……。
「……嫌味だよな、あれ」
「ま、まぁね……」
と、俺の小さな呟きに隣のディアドラは苦笑する。しかし……。
「とは言っても、カールの能力に気付いているあたり、見る目はあるんだろうよ。……この短い期間で見抜いたってことだからな」
「……たしかに。カールが参謀部志望だってこと、知ってるわけじゃないだろうしね」
そういう観察眼というのが優れているのかもしれない。曲がりなりにも、組織のリーダーを務めていた人間なのだ。そういったところが長けてなければ、その座にはいられないはず。
「次にどこから調査にしに行くかだが……」
チャールズの計画では、こうだ。
A班は南へ――オーストラリア大陸のウルル=カタ・ジュタを調査し、そのまま南下して南極大陸のメディウス=ロクスへ向かう。B班はアフリカ大陸のガランバへ行き、そのまま大西洋を渡り南アフリカ大陸のマチュピチュ。
「本命は南極のメディウス=ロクスだが、出来れば全ての研究所を調査したい。あれらが“崩壊の扉”のどの部分を具体的に観測しているのか……調べておきたい」
あくまで、設立当初の目的が“観測”というだけで、現在は別の調査をしているかもしれない。MATHEYの目的を知る足掛かりになるかもしれないとのこと。
「本命は南極――って言ったが、そりゃなんでだ?」
素朴な疑問だった。ある程度の目途を付けて――とは言っていたが。
「メディウス=ロクスは、西暦時代末期に建造された都市だ」
南極大陸は地軸のずれにより永久凍土の大地ではなくなり、西暦2500年頃には移住する人たちも出てきたという。
「研究所は元々三つしかなかった。だが、PSHRCIたちが持っていたデータによると、SD462に新たに設立されたのが、メディウス=ロクスにある研究所だ。SICの軍部主導で建造されたらしい」
「……それが本当なら、軍部と多少関連性があるってことかもしれねぇってことか。局長は元々、軍部長官だったわけだしな」
ハワード長官でさえ、軍部長官時代の局長の直属の部下だった。局長から指示を受けて、勝手な研究をしているという可能性は否めない。
「ところで、移動はどうすんの?」
フィーアはポンと差し込むようにして、疑問を投げかけた。
「それについては、明日説明する。移動するための調整にあと3日必要だ。それまで、各自装備品と体のメンテナンスをしておけ」
人類の離れた星――地球。
この宇宙を巡る陰謀の一端を暴くべく、俺たちは行動を開始した。