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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第4部:滅びゆく世界へ ~Bis die Welt zerstört ist, liegt die Liebe in Ihren Händen~
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57章:造られた生命たち



 地球を侵食する“崩壊の扉”――それは、おそらくブラックホールに近いもの。


 ローランの父・アーサーはそう言っていた。

 地球にあるその観測所及び研究所は四つあり、各大陸に点在している。設立当初は研究員や観測者たちがいたそうだが、現在はコンピューターで管理されているとのこと。“崩壊の扉”があるということ――それを知っている人間はMATHEYのみで十分。それ故か、地球にいた観測者たちは皆ここから出ることはできず、殺されてしまったという。



 ここで、今までのことをまとめようと思う。


 SICがPSHRCIと繋がっていると思っていたが、実は同じ組織であるということが判明した。SICを裏で操るのは、最高執政機関MATHEY。そして、その中枢にあるのが“グリゴリ”と呼ばれる者たち。

奴らは“崩壊の時(カリ・ユガ)”から世界を救うために、アーネンエルベの覚醒を目指しているという。そのためには、11のセフィラが必要らしい。

 その中で、最も重要なセフィラが、俺の持っている“ティファレト”と、サラとフィーアの持つ“ダアト”。

 ティファレトは“神のセフィラ”と恐れられ、俺は破壊の力――“絶対なる破壊者(オメガ)”と呼ばれている。これを生み出すための計画こそが、俺たちチルドレンを育成するものだった。PSHRCIはチルドレンと戦うことで戦闘データを得るのと同時に、ふるいを掛けていたというのだ。死地に追い込むことで、その能力を開花させる――そういった目的もあったらしい。


 PSHRCIの実質的な指導者“ウルヴァルディ=ユーダリル”は、MATHEYの執政官にして主席政務官という地位にある。おそらくだが、MATHEYの執政官の中でトップクラスなのかもしれない。

 グリゴリは俺たちの先祖であり、600年以上を生きる化け物。果たして人間なのか疑問の残るところだが、奴らの持つセフィラには寿命を延ばす効力を持つものもあるのかもしれない。


 そして、グリゴリの元老・シェムハザ。


 対峙した奴らの中で、シェムハザだけが実体のある存在だった。また、600年以上を生きているようには思えないほど、息を飲むような美女。だが、奴の体に纏わりつく威圧感は今までに感じたことのないもので、俺たちは触れることさえ敵わず、敗北した。

 このシェムハザこそが、“E.S.I.N”と呼ばれる特殊なチルドレンを生み出す“母”であり、ダアトの器になるのだという。つまり、サラもフィーアも……奴の娘ということになる。


 この“E.S.I.N”とは、正式には“イヴシステム搭載型ネフィリム”と言い、他のネフィリム――チルドレンとは違い、セフィラとの適合性を占めるCG値が正確に表れない。

 この“イヴシステム”というのが何なのかはわからないが、おそらく“星純青歌(オルビス・テラエ)”と呼ばれる能力のことを指すのではないかとアーサーは言っていた。


 俺はあいつの――ラケルの死と向き合うことで、ティファレトの力をある程度行使できるようになっていた。それでも、おそらく70%ほどでしかないという。完璧に使いこなすためには、やはり“ダアト”との完全な同調が必要なのだ。





 57章

 ――造られた生命(いのち)たち――





 この一か月、俺は訓練を続けていた。

 セフィラの扱い方に関しては、ローランに一朝の長がある。彼から根掘り葉掘り、且つ実戦で教えてもらえたのは非常に効果的だった。


「しかし、こうやって実際に肌で感じるとヤバいなぁ」


 ハハハ、とローランは肩に大剣を担ぎ笑っていた。仮想空間内で、俺は彼と数えるのを忘れてしまうほど手合わせをしていた。

「何がやべぇんだよ?」

 俺は深く呼吸をしながら、息を整えていた。汗が服に染み込みすぎてしまい、重く感じるほどだった。

「その力だよ。“ティファレト”の破壊の力」

 彼は俺を指さし、白い歯を見せるようにして笑顔を浮かべていた。


「エレメントだけでなく、物理的な行動さえも停止させる“無限光(アイン・ソフ・アウル)”。あらゆる物質を破壊する“極破壊環(デストルークティオ)”。……神の力って揶揄されるのも理解できるね」


 そう。どうやら、この力は大きく分けて二つになる。


 一つは、“無限光(アイン・ソフ・アウル)”。

 サラたちの“星純青歌(オルビス・テラエ)”に近いが、相手のエレメントを停止させることができる。これを利用することで、防御にも攻撃にも使える。何がすごいって、これはどれだけ使おうと体内エレメントを消費しないのだ。まるで無限の力があるかのようで、その名がASAシステムと同じというのも、納得のいくものだった。


 そして、もう一つが“極破壊環(デストルークティオ)”。

 一点に凝縮したエレメントを放ち、対象を完全に破壊することができる。俺の力の“破壊”の部分が強く出ている能力で、これを利用すると武器の破壊力が圧倒的に向上した。厳密に言えば、俺の武器“グラディウス”の刀身にこれを纏わせることで、その破壊力を利用できる。ただ、これは連用し辛い。エレメントというよりも、体力を消耗する。もうちょっとバランスよく使えるようになれば、おそらく長時間の利用が可能になる。


 そして、何より身体能力の向上とエレメント能力が強化されたことが一番のメリットかもしれない。


 セフィラはエレメントの一部。エレメントの強化は肉体の強化に繋がるため、強力なエレメントであるセフィラを得ることで、身体能力も一緒に強化されたのだ。


「セフィラが馴染むという感覚……これは敵さんも同じなんだよね」


 胡坐をかき、俺と同じように汗を吸いまくったシャツを脱ぐローラン。わざとらしく六つに割れた腹筋を見せつけていた。

「……つまり、時間が経てば経つほど、奴らも強くなるってことか」

「そういうこと。セフィラを所有して日の浅い敵は……シゼルちゃんだとは思うけど、あの子の場合、エレメント耐性が馬鹿みたいに高いから、セフィラが無くても手がかかる子なんだよ」

 彼は嫌そうにため息をついた。


「……前から思ってたんだが……」


 俺も胡坐をかき、この草原の上で汗たっぷりの肌着を雑巾絞りにした。


「シゼルはセシルの姉って言っていたが……なんでPSHRCIの人間になったんだ?」


 俺がそう言うと、ローランは目をパチクリさせていた。

「セフィラを持つってことは、PSHRCIの幹部だろ。元々はカムロドゥノンだったのに、なんでそうなっちまったんだ?」

 素朴な疑問だった。もちろん、ちょっとした興味本位みたいなものだった。


「あれ? 気になっちゃう?」


 と、彼は気味の悪い笑みを浮かべ、ずいと顔を前に出した。

「そりゃ気になるだろうよ。……まぁ、言いづらいことなら別にいいんだが」

 俺は彼の視線から逃げるように、顔をそっぽ向かせた。

 人には言えないことの一つや二つ、あるものだ。俺にとって、ラケルのことはそれに相当するものだったのだから。

「言いづらくはないさ。いずれ、話さなきゃいけないとは思っていたんだ。君は優しいから、きっとある程度信頼関係を築くまでは、聞かないようにしてくれたんだろ?」

「……そんなんじゃねぇよ」

 ふん、と俺は頬をかきながら言った。すると、ローランはどこか嬉しそうに笑い、汗でびしょびしょのシャツを自分の肩にかけた。


「シゼルとセシルは、“デザイナーズ・チルドレン”でね」


 聞き慣れない言葉だった。しかし、何やらどこかで聞いた覚えのある――その程度の感覚が広がった。

「デザイナーズ・チルドレン……通称“D・C”、“デザチル”って略称されているかな」

 彼の説明によれば、D・Cというのは、遺伝子操作を施し、意図した外見・能力を持った子供のことらしい。

「……俺たちチルドレンと同じようなもんか?」

「広義においては同じだろうね。でも、君たちチルドレン――ネフィリムは、計画的交配によるもの。おそらく、変に遺伝子操作をして生まれるものじゃないんだろう。ティファレトを持つ器っていうのは」

 たしかに、言われてみればそうか。遺伝子操作で俺やディンのような器になるチルドレンが生まれるなら、とっくの昔に生まれているはず。


「D・C自体の研究は西暦時代からあって、富裕層が自分の子供を優秀なものにするために利用されていた、謂わば“お金持ちの道楽”みたいなものだった」


 だが、70年ほど前からそれは変わり始めたという。


()()()()()が、宇宙時代に相応しい能力を持った人間を造るべき――と提唱した。SICのチルドレンを超えるような人間を……ってね」

「…………」

「その科学者が死んだ後も、研究は続けられた。過激な実験が増え、異常な子供が多く生まれ、成長する前に殺された」


 そんな中で、彼女たち――シゼルとセシルが生まれたという。


「D・Cの中でも、彼女たちは特別だった。シゼルはエレメント能力に加え、エレメントに影響を受けないという特異体質。セシルはエレメントに順応し、同化する力を持っていた」

「エレメント耐性が高いって言っていたが……エレメントが効かないってことか?」

 俺がそう訊き返すと、彼はため息交じりに頷いた。

「全部ってわけじゃないんだけど、ほとんど効かないのよ。だから、エレメント能力の高いメアリーちゃんが一番不利。それに、“ダアト”でエレメントを無効化しても、シゼルの耐性は体質によるものだから意味がないんだよね」

 ダアトの力は、あくまでエレメントによるものを従属させるというもの。生まれつきそういう体質であるシゼルには、効果が無いということか。

 セフィラ以外にそんな能力持ってたら、さすがにフィーアとかでも負けちまうのはしょうがない話のようだ。

「あの馬鹿力も生まれつきなのか?」

 力には自信があったが、シゼルのような女――それも、身長も体重も標準以下――に負けそうになったのだ。


「いや、あれはあの子の努力の賜物」

「……は?」


 あまりにも真顔で言い放つもんだから、俺はあほな声が漏れてしまった。

「冗談だろ?」

「いやいや、元々カムロドゥノン一の力持ちって有名だったんだから」

「…………」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。チルドレンでも何でもないのに、なんだってんだあの馬鹿力……。華奢な体、しかもあんな小さい体で俺並みだと?

 俺は思わず、頭を抱えてしまっていた。


「まぁシゼルちゃんはいろいろと規格外だからね~」


 そんな俺の様子を見ながら、ローランはハハハと笑う。


「笑い事じゃねぇだろ……。結構ショックだぜ? あんなチビ娘に負けそうだったってのは」

「こらこら、ああ見えて君や俺より年上だよん?」

「……それも信じられねぇんだよ」


 さらに頭を抱えてしまう。たしか、24歳って言っていたか……。幼児体型にもほどがあるだろうよ……。妹のセシルは普通だってのに。

 その時、俺はハッとした。まさか――。


「なぁ。もしかして、見た目が幼いってのも……D・Cとして生まれたせいか?」

「――うん。そのとおりさ」


 彼は頷いた。どこか儚げに微笑を浮かべて。

 D・Cは生まれつき特異体質であることと引き換えに、何かを失っている場合があるという。その形は様々だが、シゼルの場合は“肉体の成長”。一般女性の14歳程度にしか成長できなかった。

「じゃあ、セシルは何なんだ? 俺からは至って普通に見えるが」

 そんなに彼女と話したことはないが、見た目なども含め、そこらの女性たちと何が違うのかわからない。


「あの子は痛覚がほとんどないのさ」

「痛覚……?」


 話を聞いて、俺は後悔した。


 D・Cは簡単に言えば“人体実験”だった。倫理観の外れた科学者たちが、自身の探求心を埋めるために隠れ蓑にしたに過ぎなかった。

 その中で、様々な感覚を取り除かれたD・Cが造られた。感動しない者、泣かない者、笑わない者。


 そして、痛がらない者。それがセシルだった。


 痛みを感じない――痛覚がない。痛みとは、人が限界を感じるためのものと言える。体はある程度のところでブレーキを掛けられるようにできていて、それが痛みなのだ。それ以上は危険だと、体が“痛み”という計画を鳴らしてくれる。

 それがないとどうなるか?

 人は、どこまでが本当の限界なのかを知ることができる。関節の可動域、異物の混入、様々な刺激。


 セシルは、幼い頃に多くの実験を受けたのだ。


「彼女の本来の能力……“エレメントと同化する”というのも、類稀な能力なんだ。それに加え、痛みを感じないという副産物。科学者にとっては、弄りがいのあるおもちゃだったのさ」

 ローランは目を閉じ、そう言った。

 ある時――シゼルが10歳、セシルが8歳の時、その科学者団体の中で内部告発があり、それを受けたSICが調査に乗り出した。しかし、SICはそれを内々に処理し、隠蔽した。

「その組織とSICはベタベタの癒着だったわけ」

 よくある話……と言えばそうなのだろう。

 結果として、SICはそのD・Cたちを廃棄しようとした。しかし、そこでカムロドゥノンが乗り出したのだ。

「カムロドゥノンは内部告発者の情報を得、独自に調査していたんだ。SICが公表する気がないってことも突き止めていた。だから、条件を出したんだ」


 D・Cを保護する代わりに、このことは世間に公表しない――と。


 その組織にいた13人のD・Cは、かくしてカムロドゥノンに身を寄せることとなった。

「隠蔽を黙認する代わりに、D・Cたちを保護……か。ある意味、最善っちゃ最善だな」

 人道的にも倫理的にも異常と言えることを行っていた科学者たちを罰せないとはいえ、犠牲者を保護できたのだ。それだけでも、良かったと言えるような気がする。

「まぁ、リスクのわりにチルドレン以上の人間を造ることができなかったから、研究は頓挫したみたいだけどね」

 どこか嘲笑するように、彼は笑った。

「兎にも角にも、彼女たちは無事、普通の人間らしく生きられる環境を手に入れたってわけさ」

 チャンチャン、とローランは無理やりハッピーエンドのようにしたがるかのように、わざとらしく擬音を使っていた。妙に違和感のある動作で、俺は思わず訝しげな表情を浮かべてしまった。

「……それが、なんだってPSHRCIにいるんだよ?」

 助けてもらったのに、なぜ敵ともいえる組織にいるのか。ただただ、疑問だった。ローランは俺の目を見つめ、表情からいつもの笑みを消していた。


「……シゼルとセシルは、カムロドゥノンのセフィロート支部に在籍することになった。ある時、シゼルはそこで見つけちまったのさ。見ちゃいけない、過去の事実をね」

「過去の事実?」


 そう問い返すと、ローランは俺から再び目をそらした。あまり言いたくないのか、それともいうことが難しい内容なのか。そう思ってしまった。

「当時から、セフィロート支部長はジョージさんなんだ。ジョージさんは元々、エレメントを研究する科学者だった。どこかの国に属することもなく、自由な研究を行える場所を求めていた。だから、ある組織に所属したんだ」

 ある組織……どこの国にも属さない……?

 俺はその時、一つの組織の名が脳裏をよぎった。


「その組織の名は、“DRSTS”。D・Cの研究を取り入れたのは、他ならぬヴォルフラム=ヴィルス。そして、D・C専門の部門で責任者をしていたのが――」

「……ジョージさんだったのか」


 遮るようにして、俺は言ってしまった。その言葉に、ローランも小さく頷いた。

 そういうことか……。様々な研究を行っていたというDRSTS。そもそも、設立に投資したのはSICだ。癒着があるのも、隠蔽しようとしたことも当然と言えば当然の結果だろう。

「ジョージさんは積極的に実験を行っていた。受精卵を弄り、遺伝子操作をして、思いのままの人間を造ろうとした」

 理想の人間を。

 科学者の探求心は、何時の世も世界を切り拓いてきた。その情熱と執念があったからこそ、人類は様々な文明を打ち立てることができた。この宇宙へと居住区を移すことができたのだ。

 だが――得てして、その探求心故に人道から外れてしまう。戻れないところまで、進んでしまうのだ。


「そして、造り出しちゃったのさ。シゼルとセシルを」

「――!」


 そうか……ジョージさんが、二人を造った科学者だったのか。

 24年前、成長が止まるということに気付かなかったものの、チルドレンに勝るとも劣らない能力を持ったD・Cが生まれたのだ。研究者たちは歓喜したという。

 その二年後、同じ女性の卵子からセシルが生まれた。立て続けに成功したことにより、ジョージさんたちはその女性の卵子を何度も取り出そうとした。

 だが――。


「その女性は自殺しちゃったのさ。……これ以上、機械のように人間を生みたくないってね」


 厳密に言えば、人工的に受精させ、専用のカプセルで受精卵を成長させるため、彼女自身が生んだというわけではない。しかし、遺伝子操作をされた人間を造るという“罪”に加担することに、限界が来たのだ。

 ジョージさんは、そこで気付いたのだという。


 人を造ることの、愚かさを。


「宗教的なことで言えば、この世の生命体は人を含め、“神”によって創造されたらしいじゃない。その“神”と同じようなことをするなんて、人はあまりにも傲慢で罰を恐れない愚か者なのさ。何千年、何万年経とうと」

 神――いるかどうかわからない。しかし、それを真似ているとも言える。


「……6年前、シゼルは知っちゃったんだ。その事実を――ね」


 そういうことか……。

 俺は何も言えず、彼を見つめながら話を聞き続けた。

「シゼルはああ見えて、結構悩んじゃう性格でさ。ほかの人とは違うことを――D・Cとしての能力や、変わらない見た目のことを、悩んでいた。いつの間にか、自分自身の存在自体を呪うようになっていたんだ」

 どれだけ励まそうと、どれだけ慰めようと、彼女の意識が変わることはなかった。

 ローランはハハハと、笑っていた。それが作り笑いであることも、表情とは真逆の感情が渦巻いていることも、容易にわかるものだった。


「……真実を知った彼女は、俺たちの前から姿を消した。気付いたら、あちら側に立っていた。絶対にジョージさんを許さない――ってね」


 奴――シゼルから迸る、怒りの波動。それが憎しみによるものなのかはわからない。だが、その方向性はジョージさんだけでなく、カムロドゥノンにも向けられていたのだ。

「……難しい問題だな」

 俺は思わず、そう言ってしまった。簡単に説得できるような内容でもないし、どうにかできるものでもない。

「おっと、ゼノっちでもそう思う?」

 ぬふふ、とローランは気持ちの悪い笑みを浮かべる。キモイな……。

「生まれた環境だとか、自分の能力や欠点……まぁ、見た目がガキっぽいってのを欠点って言うのかどうかわかんねぇが、自分自身じゃどうにもできねぇからな。それを恨むことも、憎むこともしょうがねぇわけだし、“憎むんじゃない”とかってことを言う権利は、周囲のやつにあるわけねぇんだよ」

 本人の辛さは、本人にしかわからない。だが、それでも俺は思う。

「しかし、なんで人ってのは“辛いこと”、“悲しいこと”……そういうもんを、周りのやつと共有しようとしねぇのかなって思うけどな」

「……なぜだい?」

 ローランは笑みを消し、俺に目をやった。


「楽しいこと、嬉しいことは、すぐ他人に――特に仲のいい奴に言いたくなるもんだろ? そういう記憶や感情を、共有したいってことじゃねぇか。分かり合える、分かってもらえるってのは、不思議と幸せなことなんだよ。それだったら、悲しいことや辛いことも、共有することで前を進めるようになるかもしれない。端っから、“この辛さは自分しかわからない”ってつまんねぇこと言ってると、周囲の人も声を掛けづらくなるだろ。そうなっちまったら、誰も声を掛けてくれなくなる。痛みや苦しみを、緩和できなくなっちまう。……一人で抱え込むってのは、想像以上に辛いもんなのに」


 喜びも、悲しみも……心の傷も、全て自分にしかわからないもの。だが、だからと言って、殻に閉じこもればどうにかなるわけでも、痛みが癒されるわけでもない。

 他者が、何かが、その痛みを緩和させてくれるのだ。最終的に乗り越えられるかは、本人次第だとしても。


「……なんだか、まるでゼノっちのことのようだねぇ」

「は?」


 素っ頓狂な声を出すと、ローランはケタケタと悪ガキのように笑った。


「ラケルさんのこと、人に言わなかったじゃないのよ」

「――!」


 彼は俺を指さした。俺の眉間を狙うそれは、まさに図星というものを捉えていたのだ。

「……ちっ、ぐうの音も出ねぇよ」

 言われてみれば、その通りなのだ。ラケルの死を、俺はディンとしか共有しようとしていなかった。彼女のことを知っている友人は、他にもいたのに。彼女との想い出を、喪ってしまった悲哀を語り合える友人がいたってのに。

 気付けただけ、俺は幸せなんだけどな。

「それに気付けた君は、すごいよ。……そんな君だったら、もしかしたら、シゼルと友達になれたのかもね」

 ローランは上空を見上げ、仰向けになって大の字になった。なんつーあり得ないことを言いやがる……。

「俺はごめん被るが」

「え~!? なんでだよ!」

 俺の即答に、彼はすぐさま飛び上がった。いや、当たり前じゃねぇか……。

「無理に決まってんだろ。いくらなんでも、言葉遣いが悪すぎる。あれで24歳って信じられねぇ。見た目は子供、中身も子供じゃねぇか」

「こらこら、シゼルはカムロドゥノンにいた時は、それはもう可愛くてかわいくて、大人気だったんだぞぉ!?」

 ローランは当時を思い出しているのか、目を閉じていた。まぶたの裏に、6年前のシゼルを浮かべているのだろうか……。そう考えると、ちょっと気持ち悪いな……。


「俺はああいう女とは仲良くできねぇ。もう少し、おしとやかな感じがいい」

「おしとやか……? 今のうちの女性陣で、おしとやかな女の子って存在するのかい……!?」


 大真面目な顔になるローラン。

 む、たしかにそうかもしれん。……誰もおしとやかじゃねぇな。フィーアにサラ、メアリーにディアドラ。全員、おしとやかというよりもケンカっ早い。

「かけ離れてる奴ばっかだ……」

 俺は思わず、頭を抱えた。類は友を呼ぶ――というから、俺自身にも責任があるような気はするが、敢えて言わないでおこう。

「まぁ、俺はおしとやか~よりも、今のみんなの方がいいんだけどね」

「……なんでだよ?」

 そう訊ねると、彼はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、満開の笑顔をして見せた。


「だってみーんなベッピンじゃないか!」


「…………」

 まぁ、こいつが真面目なことを言うわけねぇか……。てか、ベッピンなんて死語、言う奴がいるんだな――などと、俺は変に感心していた。


「サラちゃんは純粋無垢でお人形さんみたいで可愛いだろー? 俺のこと褒めてくれるし」

 あぁ、そう言えば……サラくらいだな。こいつを褒めてくれるのって……。


「フィーア様はスタイル抜群で怒Sっぷりが逆にいいし、なんたって超美人!」

 美人っちゃ美人だが、性格に難ありだろ……。こいつ、やられるほど喜ぶ奴だからな。


「メアリーちゃんは無愛想だけど、あのミステリアスな感じがグッド!」

 無愛想にも程があるけどな。……あれで猫好きなんだから、ギャップがでかい。


「ディアドラちゃんはもう完璧! ナイスバディ! これに尽きるね!」

 こいつがディアドラをどういう風に見ているか、簡単にわかるセリフだな。いや、意見については同意するが。


「……しかし、ディアドラちゃんと比べると、サラちゃんとメアリーちゃんはちょいと貧相だわね」

「……まぁ、言いたいことはわかる」

「だろぉ!? 悩むよなぁ……ああ、なんて巨大すぎる悩みなんだ……」


 天に両手を伸ばし、掌を広げるローラン。誰かを選べと言っているわけでもないのに、いったい何を悩んでいるんだ?


「むむっ!」


 すると、まるで“キュピーン”と音が鳴るかのように、ローランは眉間にしわを寄せ、目を見開いた。

「おい、どうし――」

「シッ!」

 ローランは人差し指を立て、口元に当てた。声を出すなと言わんばかりに。


「……誰かが盗聴している可能性がある」

「はぁ? 何言ってんだあんた。誰がしてんだよ?」


 奴がひそひそ言うもんだから、俺もひそひそ声になってしまう。


「俺にはわかる。――たぶんメアリーちゃんだぜ」

「おいおい、なんでメアリーなんだよ」


 意味が分からん。大体、なんで盗聴する必要があるというのか。

 だが、その時この空間が大きく揺らいだ。まるでテレビの画面の映りが悪くなるかのように。

「な、なんだ!?」

「おぉっと、これはいけませんなぁ」

 俺たちは立ち上がり、上空へと目を向けた。ローランは慌てることなく、のんびり体を伸ばしている。



『殺すわよ』



 なんと怖い声だ。これは……メアリーか?

『昼食の準備ができたから、声を掛けようと思ったら……あなたたち』

 淡々とした口調でありながらも、普段とは違うトーンの低い声。しかし、そこからは憎悪の色が滲み出ているのがひしひしと伝わる。この緊迫感、以前銃口を突き付けられた時よりも大きいぞ。


『貧相って、何が貧相って言いたいの?』


 まずい。聞いたやがったのか……。

「……ゼノ」

 と、ローランがそそくさと俺の傍に駆け寄り、小さな声で俺を呼んだ。

「いっせーので、逃げよう」

「……マジか」

「マジです」

 こくりと、彼は頷く。


『言わないと、この空間内で殺すわよ? さぁ、言いなさい。すぐ。3秒以内に。言っても言わなくても殺すけど』


 だったら聞くんじゃねぇよ! ていうか、この空間内で何をするつもりだ?

「よし、いっせーの! GO!」

 掛け声とともに、ローランは真っすぐ全速力で走り始めた。おいおい、マジかよこいつ! さっきトレーニングしていた時よりも早いぞ!

『逃がさない』

 すると、何もないはずの空中から槍が降ってきた。それも数えられる数ではない。まさに雨のように降って来たのだ!

「うおおお! ゼノっち! 特訓の成果だぜ!」

「こんなんで出せるか!」

 俺たちはそれらを避けるため、死に物狂いで走り始めた。メアリーのこれは、さながらシゼルのセフィラの能力だ。ある意味、訓練みたいになってしまっている。


「――ゼノ」

「なんだよ!?」


 同じ方向に駆けながら、ローランはニコニコと俺を呼ぶ。



「ありがとね」



「……はぁ?」

 何のお礼だ? と、俺は走りながら首を傾げる。

「俺、もうちょっと頑張ってみるよ。シゼルのこと」

「……ローラン……」

 彼は前を見据え、優しく微笑んだ。その微笑みは、いつもの彼の持ち味だった。

「というわけで、しっかり避けていこうぜ!」

 その瞬間、前方から俺たち目掛けて爆弾たちが転がってくる。それは100以上あるぞ!

「マジかよあいつ!」

 俺たちはそれから、一時間近く走り回ることとなった。



 昼食は当然、抜きにされた。






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