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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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54章:世界で一番、あなたのために③


 何を、言ってんだ。


 そう思いながらも、この時、初めて俺はラケルの表情をしっかりと見つめた。いや、見つめたというよりも、そうせざるを得なかったのだ。

「いつも足を引っ張って、さ……ホントに、ごめんね……」

「何、言ってんだよ……?」

 俺は否定するように、顔を振った。弱いのはお前じゃない。お前なんかじゃない。

「足を引っ張ったのも、弱いのも……俺じゃねぇか。俺が判断を見誤ったばっかりに……!」

 どこかで慢心していたんだ。今まで出会ったことのない強者だったとしても、ディンと二人ならどうにかできると。奴と対峙した時、すぐさま救援要請を出しておけば、ラケルを死なせなかったかもしれない。


 かもしれない。


 その可能性にすがったって、どうにもならないことは理解しているはずだった。だが、人はこんな時――抗いようのない現実に打ちひしがれた時、すがるしかないのだと悟った。


「……弱くなんか、ないよ。ゼノは……強いよ」


 花緑青色の瞳には、俺の姿がはっきりと映っていた。それがわかるほど、彼女の瞳は透き通っている。その双眸はまだ命の灯を抱いていて、俺を捉えているのだ。


「あなたの……強さは……戦うだけじゃない。いつだって……みんなを、護ろうと……してくれた。いつも、いつも……」


 ラケルが言葉を発するたびに、とめどなく血が流れ出る。


「それは……優しさっていう……強さ。誰もが持っていて……誰もが、その強さに護られてる……」

「ラケル、もういい! もう喋るな! 血が止まらなくなる!」


 違う。どうしたって止まらない。これだけの傷の深さ、どうしようもないってことはわかりきっている。血が、命の素が、俺たちの意志に反して流れ出ていっている。広がる血だまりは、俺が見たくない現実を広げていく。その血の温かさが、俺から希望を奪おうとしている。


「私、幸せだよね……。その優しさに……気付けたんだから。私自身の強さで……大事な人を……大好きな人を……護れたんだからさ……」


 ラケルは微笑んだ。呼吸は弱く、目も虚ろになりつつあるのに。

 彼女はそっと、俺の頬に触れた。微かに、命の温もりが伝わってきた。しかし、それは消えかけた灯であることを一層と理解させるだけだった。


「お願い……約束して……」

「……約束?」


 そう問い返すと、彼女は小さく頷いた。



「サラちゃんを……護ってあげて……」



 サラを――。

 なぜ、こんな時に、あいつを護れと言うんだ? どうして……。

「大事な人を……護りとおせるほどの力が、ゼノにはある……。だから……」

 彼女の瞳から、涙があふれる。それは大粒のものばかりで、頬を伝って俺の肌にも触れた。――暖かい。彼女の冷えた体よりも。いや、これまで感じてきたものの何よりも。


「サラちゃんを護ってね……お願いよ……」

「何言ってやがる! そんなお願いをするな! なんでこんな時に、お前は他のやつのことを……!」


 一言、たった一言でもいい。


 生きたいと、そう言ってほしい。それだけを、言ってほしかった。

 俺の願いと同じであると。そう言ってほしかったのに。

 俺はラケルに生きてほしい。生きて、俺と――俺たちと一緒に戦ってほしい。このろくでもない世界で。

 殺人兵器と言われようと、殺すだけしか能のない奴だと蔑まれても。


「……ゼノに逢えて、よかった。()()()()()、だと、して……も……」


 手が震えている。彼女の指先が、俺に触れているその指先が。それを止めるかのように、俺は彼女の手を握りしめた。

「ラケル! 最後の言葉みたいなこと言ってんじゃねぇ! おい!」

 俺がそう言うと、彼女は再び微笑んだ。どこか安心したように。



「……私、さ。ゼノのこと……大好きだよ」



 ――涙が、彼女の瞳を覆いつくさんばかりに溢れていた。

 微かに紅潮した彼女の頬や、艶やかな唇を見て、俺はどうしてか――綺麗だと感じた。

 だからなのか、俺は言葉を失った。かけるべき言葉を喪失してしまった。彼女の天使のような――包み込む柔らかい母のような微笑みを見て、俺が言いたいことが消えてしまった。



「だから……生きてね。生きて……みんなを……護っ、て……」



 ――あなたなら、それができると信じてるから――



 何かを言い当てられた。そんな気がした。


 そう思った瞬間、彼女の手がするりと俺の手から落ちていった。慌てて再び握りしめようとするも、さっき感じた彼女の暖かさは、温もりはなかった。


「ラケル?」


 彼女は目を閉じていた。その瞳に、俺は映っていない。もう、真っ暗な闇しか映し出されていない。もう二度と、開くことがないのだから。

 脈打つ心臓の鼓動が、感じない。彼女の魂が、生命の欠片が失われたことに、少しずつ、少しずつ気付いていく。


 ――気付きたくない。


 でも、目の前にある現実が、怒涛に押し寄せる。

「ラケル……!」

 彼女の体を抱き寄せ、強く、強く抱きしめた。そうした理由はわからない。理屈でわかるものでもない。魂のない器だけの彼女の肉体だとしても、ただただ、抱きしめたかった。

 魂がある時にできなかったことを、今しているのだ。

 それは俺の心が崩壊しないための、防衛本能だったのかもしれない。

「う…………」

 走馬灯のように、彼女の姿が脳裏に浮かんでいく。次々と。



「ゼノ!」

 怒る彼女。


「ちょっと、ゼノ!」

 また、怒る彼女。


「ねぇ、ゼノ」

 どこか恥ずかしさを抱いた彼女。


「ゼノ」

 優しく、真っすぐな眼差しで見つめる彼女。



 彼女は、いない。

 俺を呼ぶ彼女は、もういない。



 伝えたかったのに。


 俺はお前のことを――

 君のことを――




「ああああああああぁあぁあ!」




 魂の赴くまま、俺は叫んだ。

 この感情を、破壊したくて。




 ――ゼノ――


 ――大好きだよ、ゼノ――






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