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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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53章:零した星のかけら④


「おいおいおいおい」


 管制室に到着すると、ラグネルは今まで見たことのないような笑顔で俺たちに近寄ってきた。

「お前ら、先に本部に到着していたってのに、なんで俺より管制室に来るのが遅いんだ?」

「え、えっと……い、いろいろありまして」

 ディンは苦笑しつつ、そう答えた。というよりも、説明しづらいのだ。


「説明になってねぇんだよ!」

「ぐべっっ!」


 その怒号の瞬間、鉄拳が俺たち二人の脳天に振り下ろされた。あまりの衝撃に、俺たちはうめき声を出しながらその場にうずくまった。

 お、恐ろしいほどの馬鹿力が……! 俺たちじゃなけりゃ、意識ぶっ飛んでたぞ……。

「い、いってぇ……!」


「いてぇも糞もあるか! 今がどういう状況かわかってんのか? ちったぁ自覚を持ちやがれ!」


「す、すみません」

「……すまん」

 こればかりはラグネルの言うとおりだった。俺たちは鈍痛に顔を歪ませながらも、頭を下げた。すると、ラグネルは腕を組み、大きくため息をついた。


「お前らは既にそんじょそこらの軍人よりも能力は上だ。俺も上層部も、お前らに期待してんだよ。だからこそ、お前らだけをここに呼んだんだ。わかるだろ?」


 ラグネルはさっきまでの鬼のような表情を消し、優しい面持ちをしていた。


「……お前らはいずれ、SICの軍部を引っ張っていく存在だ。お前らには、それだけの力と能力がある。俺も局長も認めている。……俺たちの期待を背負っているってこと、忘れるな」

「…………」

「わかったか?」


 ラグネルは微笑んだ。諭すかのようなその表情は、不思議と俺たちを安堵させた。ラグネルの言葉に、嘘偽りはないのだと感じたからかもしれない。彼の言葉には、いつだって俺たちを納得させるような真心があった。

「……ああ」

「わかりました」

 俺たちはそう言って、再び大きく頭を下げた。すると、ラグネルはフッと笑って俺とディンの肩に手を置いた。

「ま、あんまり気を落とすな。誰にだってミスはある!」

 その言葉に、俺とディンは互いの顔を合わし、吹き出してしまった。

「な、なんだよ、その適当な励ましは」

「おいおい、これくらいでへこたれるような人間じゃねぇだろ?」

 俺の言葉に、ラグネルは口を大きくあけて笑いながら言った。こういうことを言うから、憎めないんだよな。

「さて、あまり時間はない。簡潔にミッションの説明をしようか」

 彼はそう言って、ついて来いと言わんばかりに背中を向け歩き始めた。




 俺たちのミッションは、至極単純なものだった。敵兵に囲まれている味方を救出、及び敵勢力の駆逐だった。チルドレンはほぼ本部へ撤収済みで、残りも既にこちらへ向かっているとのこと。俺たちがここへ戻る際、銃撃戦が聞こえていたあたりに軍部の人たちが取り残されており、ここから北へ2キロの地点にある廃ビルに籠り、救出されるのを待っているらしい。


「やれやれ、なんで俺たち16歳のガキが、いい大人の軍人を助けに行かねぇといけねぇんだよ」

「そう言ってやるな。末端の兵士はお前からしたらCG値はかなり低い。そういう奴らが配属されるところだ。本来であれば、あまり前線に出ることはない奴らだからな」

「……CG値による弊害、か」


 と、ディンは呟いた。CG値はある意味、SIC内では絶対だ。軍部の末端の兵士は、前線に配属されることは少ない。だが、こういったチルドレンとの合同訓練では、彼らの訓練も兼ねて行われることが多いのだ。運悪く、といったところだな……。


「廃ビルの周辺にいる敵は約50。奴らの本隊は既にこちらが包囲しているが、どうも妙に苦戦しているみたいでな」

「苦戦? たかが泡沫組織にか?」

 俺がそう訊ねると、ラグネルは渋い顔を浮かべた。

「こちらの兵士の熟練度も低い。それを鑑みれば、多少致し方ない点もあるんだが……如何せん、時間がかかりすぎている。ここまで時間を要しなかったら、お前たち二人を向かわせる必要もなかったんだよ」


 あまり俺たちを実戦に参加させると、人権委員会などがうるさいらしい。なるべく参加させたくなかったのだ。


「本来なら俺みたいな特別教典局も現場に行かないといけないんだが、チルドレンの管理をしなきゃならん。なるべく、お前らには参加させたくなかったんだが……」


 彼は自然とため息をついていた。FROMS.S掃討作戦の折、あれで多くの人を惨殺したことに関して、担当教官であるラグネルは批判を受けたのは言うまでもない。もちろん、作戦への参加を命じたのはラグネルではない。だが、その批判を甘んじて受けることを選んでくれたのは、ほかならぬ彼だった。

「しょうがないですよ、緊急事態ですし。ね、ゼノ」

 ディンはそう言って、俺に笑顔を向けた。まぁ、そのとおりだ。それに、ラグネルだって俺たちを行かせたくはないんだ。その気持ちがわかるだけで、俺たちにとっては十分だった。

「……すまんな。大人のわがままに突き合せちまって」

 ラグネルは苦笑し、自身の頬を指先でかいていた。






 俺たちはすぐさま、現場へと向かった。本部付近には続々と負傷した兵士たちが帰還していた。その様相を見るに、“たかが泡沫勢力”によるものとは思えないものだった。だが、この時の俺は、違和感を抱きつつもそれが何を意味するのか、どういう結末を用意しているのかなど、それらへの心の準備は一切していなかった。

 ちょっと戦って、さっさとラケルのところへ戻ろう。そのくらいに思っていたのだ。


「帰ったら、ラケルに応えてあげないとね」

「……は?」


 目的地へ走る最中、ディンは前を見据えながら言った。俺は思わず、変な声が出てしまった。

「あんなにはっきりと告白されたんだからさ。そうじゃない?」

 と、ディンは首をかしげる。いや、たしかにそうかもしれねぇけど……。

「……応えるっつっても、よくわかんねぇよ」

 俺は率直に、そう言った。よくわからない――まだ、その程度だったのだ。



「え? ゼノはラケルのこと、好きじゃないの?」

「ぶっ!」



 俺の口から飛沫が放たれる。それはもう勢いよく。人生でこんな派手な飛沫を出したことはない。いや、そもそもそんなに出すことはないぞ。

「お、お前、何言ってやがる!」

「えー? 何って、ラケルの告白に対してどう応えるかって話だろ?」

「……ん?」

 そうなのか? と思い、走りながら首をかしげる俺。


「僕はてっきり、ゼノはラケルのこと好きなのかと」

「ぶっっ!」

「うわっ!」


 俺の飛沫が、ディンに直撃。それでも、俺たちは走るのを止めていなかったというのは、ある意味しっかりしているのかもしれない。

「き、汚いな!」

「す、すまん。てか、お前が変なことを言うからだろうが!」

「別に変なことじゃないと思うけどな。日頃のゼノの接し方を見ていて、素直にそう思っていたんだから」

 ディンは自身の顔についた俺の唾を服の袖で拭いながら言った。

「す、好きとか、そういうんじゃねぇよ。いちいち飛躍させんな、馬鹿」

 俺はしどろもどろになりつつ、そう言うしかなかった。あからさまに動揺しているということは、誰の目にも明らかだった。

「飛躍なんかさせてないさ。言っただろ? 素直にそう思ったって」

「…………」

 ディンは大真面目な顔で、俺を見る。その目で見られると、どうも嘘をつけなくなる。偽りの言葉を吐くと、まるで罪に苛まれそうなのだ。


「こっち見るな。前を向いて走れ」

「……」


 俺がそう言うと、ディンは少しだけ目を細め、前方へと顔を向きなおした。小さく息を吐いたということにも、俺は気付いた。どこか、がっかりしたように。

 ちょっとした間。それは頭の中を整理するのに、必要な時間だった。ほんの数秒ほどだったが、それでもこの時の俺にとって、かなり重要なものだった。


「……憧れてはいるのかもな」


 俺は独り言のように、言った。ディンの耳にギリギリで届くくらいの声で。

「あいつは、俺には無いものを持ってやがる。……それはディンも同じだが、ちょっと違う」

「……違うって?」

 彼もまた、俺の耳に届くくらいの声量で訊ねる。


「ディンのようになりたい――というよりも、俺とディン、お互いが力を合わせりゃ、互いの不足しているところを補い合える。だから、ディンしか無いものを、俺自身が手に入れる必要がねぇんだよ」


 俺がディンになる必要はない。俺にとって、ディンは親友だからだ。憧れなんかではない。唯一、対等な友人なのだ。だからこそ、同じものを持とうと思わない。その必要性がないとはっきり思えるくらいに。


「だけど、あいつは――ラケルは、そうじゃない。あいつを見ていると、俺は自分が如何にちっぽけな人間かって思い知らされんだよ」


 灰色の空を見上げ、そう思う。


 彼女の前向きさ、自分の感情に素直なところ、自分のことは自分でやろうと努力するところ。俺やディンに怒りを覚えながらも、それを糧に自分を強くするところ。


 人の夢を、願いを、屈託のない笑顔で聞いてくれるところ。


 そういった些細なところが、俺にとって憧れに相当するものだった。そういった感情を抱いたのは、初めてだった……。

「俺たちはSIC内じゃエリート街道まっしぐら。絶対的なCG値が高いからだ。……だが、あいつはそれを感じさせない。あいつ自身もエリートだが、そう見えない泥臭さ……みたいなもんがある」

 彼女は誰よりも努力をしている。あいつはエレメントの制御訓練を、誰よりも時間をかけて実施している。反復練習の時間は、誰よりも多い。能力の低いロークラスよりも。座学にしても、どんなことに対しても。自分が正しいと思うことに対し、相手が間違っていることに対し、納得するまで考える努力――理解しようとする器の広さがある。

 全て、俺にないものだった。当時だけじゃない。今だって、そうなのだから。


「だから、俺はあいつに……憧れている……と思う」


 それは何よりも本心。自分で言っていて、変に恥ずかしくなる――と思ったが、不思議とそうではなかった。きっと、それが本当のことであるのと同時に、聞いている相手がディンだからなのだろう。

「…………」

 ディンは何も言わず、前を見ていた。俺としては、すぐにでも反応してほしいのだが……。

「……な、なんか言えよ。反応がねぇと、言い損じゃねぇか」

 俺がそう言うと、ディンはうーんと唸りつつ、自身の頬を指先でかいた。


「それって、“好き”ってことなんじゃないの?」

「……は?」


 俺が変な声を出すのと同時に、ディンは走るのを止めてしまった。俺も同じようにその場に止まってしまった。

「だから、好きとかじゃねぇって言ってるだろ!」

 何か言われる前に――そう思ったのか、俺はそんなことを言い放った。しかし、ディンはそれを否定するかのように首を振った。

「ゼノの言う、ラケルの良いところって……よく見ていないと、気付かないことだよ。ただ普通に接していただけじゃ、気付くことができないものだと思うんだ」

 ディンは俺の方へ向き直り、視線を向けた。

「自分にないものを持つ人に対する憧れ――それを素直に認め、尊敬できることって難しいよ。憧れって、簡単に嫉妬になるからさ」

 羨望――人はそういった感情に囚われやすい。自分には無いもの持つ者を、そうやって妬むのだ。それが人であり、人である所以なのかもしれない。


「きっと、ゼノのそれは憧れだけじゃなく、もっと別の感情があるからじゃないかな。……自分がそれに気づいていようと、いまいと……ね」


 ディンの言葉は、いつだって筋が通っているように聞こえる。彼には打算的なものが含まれていない。だからこそ、俺も信頼しているのだ。

 だが……今回ばかりは、それが俺にとって大きな壁になっている。まるで逃げ場のない袋小路のように、俺の気付かない心象を目の前に出されているようだった。

「何を狼狽えているのさ?」

 ディンは怪訝そうな顔で俺を見る。彼からしたら恐ろしく狼狽しているためなのだろうが、そんな顔で見られるとやけに腹が立つ。

「狼狽えてなんかいねぇよ。……俺の心の内を見透かしてるようなことを言うからだ」

 妙に言い訳がましく、俺は言った。そんな俺を見て、ディンはにっこりと微笑む。


「とりあえず、このミッションが終わったら、二人でのんびりデートでもしてきたらいいじゃん」

「はぁ!? な、なんでそうなるんだよ!」


 俺の言葉で、彼は余計に笑い始めた。

「なんだかおもしろいなー、こんなゼノ。滅多に見られるもんじゃないから、貴重なシーンだ」

「冷静に何を分析してやがる……」

 思わず、ため息を漏らしてしまう。

「ほら、二人っきりでいろいろ話してみるといいかなって」

「……なんでだよ?」

「お互いの気持ちを整理した上で話してみると、正直になれるかなって思ってさ」

 ディンはそう言って、上空を見上げた。灰色の空が広がり、その奥にある深淵の宇宙と星々の煌めきは見ることができない。

「せっかく自分のことを“好き”って言ってくれる人がいるのなら、とことん話してみたいって思うんだ。自分自身のことや、たくさんのことを」

「…………」


「好きになろうとすることは、理解しようとしてくれることと同じなんだよ。……きっと」


 理解者がいることの幸福――。

 自分が異質であれば異質であるほど、俺たちは“一般人”からかけ離れていく。それは理解にほど遠く、恐怖の対象となりうる。

 俺たちは、そういったリスクを背負っている。俺に限らず、チルドレンというのはそういうものだ。

 だからこそ、理解されるというのは、何よりも幸福なのだ。


 俺もまた、彼と同じようにそう思う。


「よし! そうと決まれば、さっさと終わらせに行こうよ!」

 ディンはそう言うなり、急に走り始めた。

「お、おい! 勝手に決めんじゃねぇ!」

「えー、聞こえないなぁ!」

 既に数十メートル先へと突っ走っているディン。あんにゃろ……! 端っから、俺に決定権を与えないつもりだな!

「待ちやがれってんだ、てめぇ!」

「ハハハハハ!」

 俺はすぐさまディンに向かって走った。この緊急の戦闘への緊張感など、皆無だった。それはある意味、俺たち自身、この戦いをなめていたということでもあり、ラケルの“告白”はそれだけ俺にとって――俺だけでなく、それはディンにとっても――大きな事象だったのだ。


 俺は思う。


 毎日、多くの言葉が行き交う中で、俺たちはどれだけその言葉たち――言霊たちの真意を掴むことができているのだろうか。

 星の数だけある言霊たちを捕まえ、表面的なものではなく、その裏にちょっとした落書きのように刻まれた想いというものに、どれだけ気付けているのだろうか。


 気付いた時には、何もかもが遅い。


 大事なものは、いつも表にはいない。いつも息を潜め、隠れているのだ。気付いてほしいと願いながら。


 それは、この日もそうなのだから。




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