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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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53章:零した星のかけら③


「今日のミッション、まさか“ウルティオ”がいるなんてね」


 声に気付き、俺は後ろへ振り向いた。岩陰に隠れ、少しだけ顔を覗かせて戦況を確認しているのはあの頃のディンだ。

「いきなり実戦って……相変わらず、SIC様は俺たちをこき使うのが好きなこった」

 当時の俺は、舌打ち交じりにそう言っていた。

「よ、余裕そうだなぁ……」

 そんな俺を見てか、眼鏡をかけたノイッシュは苦笑いを浮かべていた。

「俺なんて、怖くて手が震えてるよ」

 ノイッシュは自身の手を差し出した。彼にとって、これは初めての“実戦”だった。

 あの日――Aクラス~SSSクラス合同のミッションが行われた。珍しくSIC正規軍との訓練で、普段より格段に規模の大きいものだった。

火星衛星軌道上に、西暦時代末期に建造されたコロニーがいくつかあり、そこは既に廃墟と化していたが、訓練を行うにはちょうどいい場所だった。


 どこで嗅ぎ付けたのかは定かでない。


 そのコロニーには“ウルティオ”と名乗る反SIC組織が潜伏しており、訓練を行っていたSIC軍に攻撃を仕掛けてきたため、急遽“実戦訓練”となったのだ。

 俺たちはまだ16歳で、実際に人を殺したことのあるチルドレンは少なかった。おそらく、Sクラス以上のやつらだけだったように思う。こういった実戦に近いことを、Sクラス以上はほとんど経験している。しかし、Aクラスはそうではない。ほとんどのAクラスチルドレンが、戦意を失い既に移動戦艦に戻っており、ノイッシュのように恐怖で震えながらも向かおうとしている奴は少ない方だった。

 しかし、この“ウルティオ”という組織は、古代地球の言語から“反乱”の意味を持った組織名を持つものの、各地で小規模なゲリラ活動しかしていない矮小なものだった。SICも“いつでも潰せる”と思っていたのか、或いは泳がせるためなのかは定かでないが、無理に殲滅しようとしなかった。

 それで増長したのだろうか。戦ってみれば、意外と勝てるのでは――と。


「東の方角にいたチルドレンたちは、既に応戦しているみたいね」


 ラケルはそう言いながら、自身のアームを確認していた。戦況が随時表示されており、敵側が俺たちを潰せるほどのものではないことが容易にわかる。

 この時は……深く考えていなかった。なぜ、勝てる見込みがほとんどないにも関わらず、攻撃を仕掛けてきたのか。それに対する疑念さえ、俺たちは抱かなかった。イレギュラーなことだとしても、大した事象ではないと――どこか、甘い考えがあったのだ。

「……いちおう、敵は半径100メートル以内にはいないみたい。どうする、ゼノ?」

 と、ラケルは訊ねた。

「敵の殲滅は軍に任せて、俺たちは本部に戻ろう」

「あれ、珍しい。突撃でもするのかと思った」

 キョトンとした表情で、ラケルは俺を見ながら首をかしげる。

「俺とディン、それにお前の3人ならそうしたが、今回はそうじゃねぇだろ」

 俺はノイッシュやディアドラたち、他のAクラスのチルドレンたちに目をやった。それぞれ全く同じではないが、一様に不安と恐怖を抱いているということは、容易にわかるほどだった。ディアドラなんて、今にも吐きそうな顔をしていた。

「こいつらを守りながら戦うのは、少々リスクが高い。だろ、ディン」

 彼にそう振ると、ディンはにっこり微笑んだ。

「そうだね。SICの無茶ぶりに従う必要はないさ」

「……あとで教官(ラグネル)に怒られるわよ?」

 ラケルはため息をつき、苦笑した。そんなこと、俺とディンにとってなんの問題にもならないことは、彼女もわかりきっていることのはずだからだ。

「まったく。じゃ、行こうか」

 彼女は笑顔をして見せ、大きく頷いた。





 俺たちは銃撃戦が行われている場所を避けながら、本部である戦艦に到着した。既に多くのチルドレンも戻っており、中には重傷を負っている者もいた。生々しい血の跡があちこちにあり、思ったよりも激しい戦闘が行われていたことを容易に想像させる。

 医務室に向かう途中、俺のアームに連絡が入った。表示された名前を見ると、ラグネルだった。


「おお、ゼノか。無事か?」

「ああ、大丈夫。一緒にいた奴らは全員無事だ」

「そうか……それは安心した」


 胸をなでおろすかのように、ラグネルは言った。


「ところで、今本部に戻っているのか?」

「ちょうど到着したところさ。こんな戦いに、ノイッシュたちを巻き込ませるわけにはいかねぇだろ」

「今のAクラスは実戦経験がないからな。その判断は妥当だ」


 ラグネルはそう言い、“お前にしちゃ上出来だ”と付け加えた。


「うっせ。そんで、なんか用なのか? さっさと医務室に行かせたい奴もいるんだけど」

「ちょいと頼みごとがあってな。俺も本部に戻っている途中なんだが……ディンと来れるか?」


 頼みごと? この状況の中で、俺とディンだけ?


「ラケルはどうすんだ?」

「とりあえず、他のチルドレンのサポートをしてもらっておいてくれ」

「…………」


 とりあえず――か。多少意味深ではあるが……その頼みごとがなんなのか、その言葉である程度予測できた。


「わかった。じゃあ、管制室で待っていればいいか?」

「察しがいいな。すぐに行く」


 ラグネルとの回線が切れ、俺はディンに目をやった。ディンも俺の意を察してか、小さく頷いていた。ディンはラケルの方へ向き直り、言った。


「ラケル、僕とゼノは管制室に行ってくるから、あとは頼んでいいかな?」

「え? 意味わかんないんだけど」


 ラケルは首をかしげる。ある意味素直な反応というか……ストレートに頼んだディンはディンで、目をぱちくりさせて俺の方に顔を向けた。つまり、俺からも言えってことか……。

 俺は頭をかきながら、言った。


「ラグネルに呼ばれたんだよ。俺とディンだけな」

「……なんで二人だけ?」


 子供のようにクエスチョンを浮かべ、彼女は言う。俺はしかめっ面になり、思わず頭をかいた。こういう奴には、変にはぐらかすよりも内容を伝えた方が納得しやすいだろう。

「俺とディンだけってことは、戦闘区域へ応援に行けってことなんだろ。たぶん」

 確信ではないが、間違いはないだろう。

「……それが私を呼ばない理由になるわけないじゃない」

 まぁ、御尤もだ。そう思いつつも、俺は彼女に言うしかない。たぶん、彼女が最も毛嫌いするような言葉を。



「お前は女だからだろうよ」



 その言葉を放つと、どういった言葉が返ってくるのか――予想できている。罵倒を浴びる覚悟も出来てさえいた。

「今更……どういう意味? 私があんたたちに劣ってるとでも言うわけ?」

 静かに、彼女は言った。それは瞬間的に沸いた怒りを喉のあたりで押し止めているのが、はっきりとわかるほどに彼女は冷静に言い放った。


「お前は十分俺たちに匹敵するし、戦闘力も申し分ねぇよ」

「エレメンタル能力だけで言えば、君の方がずっと上だとは思う」


 ディンは俺に続き、言った。それらは本当だった。嘘偽りのない、真実。だが――。


「だが、それでも現場では俺たちの方が上だ。誰が見たって、そう言えるだろ」

「――!」


 ラケルの表情が強張る。顔が若干紅潮しているように見える。

「私じゃ……役に立たないって言いたいわけ?」

「…………」

 どう言えば、正解なのだろう。何度、そう自問自答しただろうか。二年以上経った今でさえも、答えはわからない。

 ――だけど、この時の俺は、今の俺がサラに言ったようなことしか言えなかった。



「ああ。お前じゃ、役不足だ」



 お前は彼女をまっすぐ見、言った。その言葉は刃だった。“女”であるラケルにとって、それがどれほど彼女を傷付けるのか想像できていた。言ってはならない言葉であることに、間違いなかった。

 俺は目を瞑った。彼女は俺にビンタの一つでもするのだろう――そう思ったからだ。少し痛い思いをして、怒鳴られれば、簡単に終わることだ。そう思っていた。



「どうして?」



 俺は彼女のその言葉に、ハッと目を開く。俺の耳に届いたその言葉には、いつもの彼女の激情は含まれていなかった。


 彼女は泣いていた。

 一滴、一滴、彼女の白い頬を伝っていく。


「私は傍にいちゃいけないの? どうして?」

 彼女は小さく顔を振っていた。何かを否定するかのように。俺はただ驚くばかりで、言葉を失っていた。想像していたことが何一つ起きていない。想像していなかったことだけが、目の前で起きているのだから。


「私はただ、あんたたちの仲間だから――そう思っていたのに。あんたたちは、そうじゃなかったってこと?」

「ち、違うよ、ラケル」


 驚いた様子で、割って入ったのは……ノイッシュだった。周囲のチルドレンたちは既に医務室へ向かったのか、そこへ向かう通路に残っているのは、いつの間にか俺たちとノイッシュ、ディアドラだけだった。

「君と二人の戦闘能力に大きな差異はない。それは誰もが認めることだとは思う。だけど、圧倒的に違う点があるんだ」

 彼は焦りつつも、ゆっくりと言っていた。彼自身、ラケルが涙を流したことに対し、かなり動揺しているようだった。


「それは経験だよ」

「……経験?」


 ラケルがそう言うと、ノイッシュは大きく頷いた。


「そう。圧倒的に経験の差さ。ゼノとディンはずっと前から実戦を経験している」

「それを言うなら、私だって実戦は――」

「ううん、違う」


 彼女の言葉を遮るように、ディアドラが言った。

「ゼノとディンはチルドレンの中でも“特殊中の特殊”。ラケルもSSクラスだから、私たちAクラス側からしたらずっと特殊だけど……人を殺した経験、あまりないでしょ?」

 彼女は優しく諭すように、ラケルへ投げかけた。それを否定するかのように、ラケルは小さく顔を振った。


「それくらい、私だって――」

「たぶん君が思っている以上に、僕たちは人を殺しているよ」


 いつものトーンで、ディンは遮るようにして言った。そこに彼女へ対する情などないかのように。或いは、敢えてそうしているのかとさえ思えるほどに。

「この手で、反政府組織や武装犯罪組織の人間をたくさん殺した。君だって知っているだろ? FROMS.S掃討作戦のことだって」

「あ……」

 思い出したのか、ラケルは目を泳がせていた。

「ラグネルさんはおそらく、今日で“ウルティオ”の人間を掃討するつもりだ。だけど、軍部の人間も少ない。だから、実戦経験豊富な僕とゼノだけを呼んだんだ」

 ラグネルの判断なのかははっきりしないが、俺とディンだけ呼ぶってことはそういうことだろう。

 ディンは目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。まるで自分を落ち着かせるかのように。

「ラケル、君はまだ未熟なんだよ。こと人殺しに関しては」

「…………」

 ラケルはディンから視線を外し、俯いていた。

 そこで、静寂が流れる。それは数字にすればほんの数秒のことだっただろう。それでも、当時の俺にとっては異様に長く感じた。人の心に傷を入れることなんて、たった数秒で事足りるのだということを俺は学んだ。

 そんなこと、学びたくもなかったのに。

「……ゼノ」

 ディンは俺の肩にポンと手を置いた。「行こう」という合図と悟り、俺は頷いた。その時――



「ゼノが好き」



 その言葉は、束の間の静寂の中ではっきりとした輪郭を持ち、確かな意思を持って俺たちへと届いていた。聞き逃すことなどありえない。だからこそ、その言葉は本当のものなのかどうかという疑念が湧いて出たのだ。その疑念は矛盾であるなどと、今ならば簡単に確信できるのにもかかわらず。

 彼女の方へ視線を向けると、ラケルはまっすぐに俺を見ていた。エメラルドグリーンの双眸は、優しく俺の心を射抜いているように見えた。その表面に浮かぶ微かな涙の雫は、まるで宝石かのように光を反射しており、輝いていた。

 俺の表情を見てなのか、それとも自然となのか……彼女は微笑んだ。それは今まで見てきた彼女の表情の中にはなかった、初めてのものだった。俺が知らないだけで、その微笑みこそが彼女という存在の“すべて”であるかのように。



「わからないかな。一度しか言わないよ? ……ゼノのこと、好きだよ」



 彼女は屈託のない笑顔をして見せた。かと思いきや、俺たちに背を向け通路の奥の方へと走って行ってしまった。

「…………」

 ただただ、茫然。それは俺だけでなく、他の三人もそうだった。

「えぇっと……あれって、告白?」

「う、うーん……経験値が少ないからわからないけど、いちおう告白なんじゃないかな?」

 ディアドラの問いに、ノイッシュは変な返答をしていた。

「うわー、初めて聞いちゃった……ああいうセリフ。なんだか顔が火照っちゃう」

 ディアドラはそう言いながら、両手で自身の頬を挟むようにしていた。

「ラケルって大胆だよね。なんだか感心しちゃう」

「そ、そうなの?」

 と、ノイッシュはディアドラがウキウキなのとは対照的に、苦笑いを浮かべていた。


「……ん? まずい、ゼノ!」


 すると、ディンが何かに気付いたのか、俺を呼びかけた。

「ラグネルさんから着信が何件も入ってる! 茫然としてて気づかなかった」

 ディンは「あちゃー」という表情をして、頭を抱えていた。

「や、やばいな。さっさと行かないと」

 俺は拙く答え、頷いた。

「じゃあ、僕たちは管制室に行ってくるよ。ノイッシュ、ディアドラ。悪いけど、ラケルのこと頼んだよ!」

「え? あ、ああ」

 急にそう言われてか、二人は虚を突かれたかのような表情をしていた。ディンに急かされるかのように、俺たちは管制室へと向かった。

 その中で、ただ彼女の言葉が脳内を駆け巡っていた。



 ――好きだよ――



 たったその言葉だけで、俺のちっぽけな脳みそは処理が追い付かなくなっていた。意味などを考えるのではなく、無為にその言葉と彼女の表情が映像として浮かび上がっている。これから向かう戦場のことや、どこぞの誰ともわからぬ人間を殺しに行くというのに、彼女のことしか考えられなかった。



 まるで、魔法をかけられたかのように。




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