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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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52章:勇気と知恵と根性と、信ずる心



「ここは……?」



 白い空間に入ったかと思うと、気付けばそこは草原の上だった。ただただ緑生い茂る草原が広がり、空は透き通るような青さを抱いていて、白い雲もゆっくりと動きながらこの青いキャンバスを彩っていた。ずっと向こうに、巨大な樹が一本だけ立っているのが見える。


「気付いたかい?」


 後ろから声を掛けてきたのは――ローランだった。

「……」

「ん? 俺の顔、覚えてるかい?」

 と、彼は呆然としている俺の顔の前で右手を振ってみせた。

「忘れるわけねぇだろ」

「いや、だって不思議そうな顔をするもんだからさ」

 そう言われてみれば、たしかにそうだったのかもしれない。どうもここは……夢見心地の空間のようで、どこか非現実的な場所のように感じるのだ。だからか、目の前のローランでさえ本物なのかどうか疑いたくなった。

「……色々聞きたいことがあるんだろうけど……」

 彼はそう言って俺の手を引っ張り、体を起こさせた。そして、あの一本の巨大な樹を指差した。

「とりあえず、あそこへ行こう」

「……」

 真っ直ぐに俺を見るその目は、嘘偽りのないものだった。だからか、俺は彼に何も聞くことはしなかった。




 草原を歩いていき、樹の下で待っていたのは――フィーアとサラ、そして……見知らぬ男性が樹にもたれかかるようにして座っており、目を閉じていた。

 サラは俺に気付くなり、駆け足で近寄ってきた。無邪気な子供のような笑顔を浮かべながら。


「ゼノ!」

「お、おう」


 俺に飛びついてきたサラに、俺はどうしてか動揺していた。俺たちを救ったのは、彼女だからか。それとも、あの時のサラが妙に大人びているように見えたからなのかもしれない。

「無事でよかったよ……もう、心配したんだから」

 彼女はそう言いながら俺から体を離し、吐息をついていた。

「そりゃ、俺も同じだ。……無事で何よりだ」

 俺の言葉に、彼女はニコッと微笑んだ。

「とりあえず、生き延びられたね」

 横から言葉を投げつけてきたのは、フィーアだった。

「あの状況下から、よく助かったよ。サラ様々って感じね」

 どこか自虐風に彼女は言い、サラにウィンクして見せた。

「おいおい、その場にもう一人いたこと……忘れちゃいませんかい?」

 なぜか明後日の方向を向くローラン。妙にニヤついているのが横顔からでもわかるほどだった。

「いやいや、サラがいなかったらシェムハザのエレメントを喰らって死んでたでしょ? あんたのセフィラじゃ防ぎようないわけだし」

 フィーアはため息交じりに言った。

「か~! そんな正論言われちゃ面白くないじゃない! あそこでカッコよく登場したってだけでも凄くない?」

 面白いとかの問題なのか?

 とはいえ……たしかに。なんだかんだ、いいところで救出に来てくれるのはこいつなんだよなぁ……。正直、頭が上がらなくなるところだ。

「うっさいわねぇ。役に立ったかどうかは、私が主観的に判断する! つまり! 今回はサラの勝ち!」

「え、え?」

 フィーアはサラの右手首を掴み、まるで勝者かのようにその手を天に向かって突き上げた。サラはサラで、目をパチクリさせていた。

「意味わかんねぇことしてんなよ……ったく。ほら、諸々のことを話してくれるんだろ? そこのおっさん」

 俺は視線をあの男の方へと向けた。俺たちの会話を聞いていたのか、どこか微笑んでいるようにも見える。


「おっさんに見えるかい?」


 目を瞑ったまま、男は言った。まさかそう言うことを言ってくるとは思わなかったので、俺は思わず怪訝そうな表情を浮かべた。

「……俺からしたらおっさんだろ?」

 見た目は――おそらく、ラグネルと同じくらいの二十代後半だ。長い髪は雪のように白く、全身を淡い緑のローブで包んでいる。

「あながち間違ってはいないなぁ」

 男はそう言いながら、ハハハと笑った。大きく口を開けて笑うその様は、既視感を覚えるものだった。誰かに似ている――と。

「さて、自己紹介がまだだったね」

 男はゆっくり立ち上がり、俺を見据えた。


 ――黄金の双眸だ。




「私は“アーサー=アルタイル”。そこの息子が世話になっているね」






  52章

  ――勇気と知恵と根性と、信ずる心――





「まさか……あんたが……!?」

「そう! 俺のお父様なんだなぁ!!」


 ハーハッハッハ! と大口を開けて、ローランは笑った。

 そう、これだ! こいつの“これ”にそっくりなんだ!

「いやー、俺もびっくりなんだよね! こんな簡単に再会できるとは――ぶふっ」

 その瞬間、ローランの声は途絶えた。まぁ、見なくても何が起きたのかは想像できる。どうせ、フィーアがラリアットでもかましたのだろう。

「……あんたが、アーサー……ローランの親父さんか」

 今回、地球へ向かった理由そのもの。この人に会うことで、様々な謎を知ることが出来るはずなのだ。

「はるばる地球へようこそ」

 彼はそう言い、小さく会釈をした。

「だが、ここは厳密に言えば地球ではない」

「……? じゃあ、ここはどこなんだ?」

 青い空、緑の草原。体を覆う優しい大気と、穏やかな太陽光は地球にしかないもののはずだ。


「ここは“仮想空間”。地球には間違いないがね」


 仮想空間……!? となると、“VISION”みたいなものか。

「私はグリゴリ……MATHEYに追われる身でね。実体は地球の海深くに封印しているのさ」

 封印って、意味わかんねぇな……。そんな疑問符を浮かべる俺の顔を見てなのか、アーサーは苦笑した。

「意味が分からないことが多いだろうね。とりあえず、経緯を説明しようか」

 経緯――それは、俺とフィーアを助けに来たことについてだった。


 俺とフィーア以外は、地球のある都市の中にワープしていたという。そこには様々な研究施設の名残のような建物があったらしい。

「そこはかつて、アーネンエルベ研究機関“カナン”の設立者の一人である“イヴリース博士”による別の研究機関だったんだ」

 ローランはそう言った。イヴリース博士……そう言えば、東博士と同じく名前が挙がっていたな。

「そこには電気が通っていなくて、あまり情報らしい情報は得られなかったんだけど、“秘密の部屋”があってね」

 得意げにローランは続けた。

 どうやらその“秘密の部屋”へと続く道へ入ることが出来たらしいのだ。

 なぜかメアリーによって。


「……メアリーが手をかざすことで、通れたってことか?」


 そう問うと、ローランとサラは頷く。話によると、彼女の網膜で認証をパスすることもできたという。

「まるで、あんたみたいだね」

 フィーアは俺に目をやり、言った。俺が“アベルの都”でやったことと同じだ……。

「それについてはよくわからんのだけど、結局その先には仮想空間へ入るための装置があったんだ」

 地下奥深くに、トラームのような装置が並んでいたという。そこは地熱によるエネルギーで稼働されており、彼らを導くかのような“コンピューター”もいたらしい。

 これだけの話を聞くと、俺たちがあの図書館の地下で出逢ったAI“ノーティ”と同じのように感じる。

「そこから情報を得るために仮想空間へアクセスしたところ、ここへ辿り着いたってわけ」

 と、ローランはにこやかに言った。

「そんな簡単に行けるって……大丈夫なのか? あいつら――グリゴリに追われる身なんだろ?」

 俺は思わず首を傾げ、そう問い返した。初めて来た俺たちが簡単に行けてしまうってのは、些か問題があるような気がする。

「それを言ったら、私たちだって同じじゃない」

 俺に対し、フィーアはため息交じりに言った。

「たまたま“アベルの都”に行けて、グリゴリと対面した――それもなかなか問題があるものだと思うけど?」

「……まぁ、な」

 彼女の言葉に同意せざるを得なかった。

 たしかに、初めて地球に行って敵側の親玉のアジトに乗り込めてしまうんだから、相当運がいいのか、或いは相手のセキュリティが間抜けなのか、だ。

「ハハハ、それはそうかもしれないね」

 アーサーは笑って、大きく頷いていた。


「たまたま――というよりも、君たちには“権利”があるということさ」

「……権利?」


 そう訊ね返すと、彼は再び頷く。


「世界の運命を変える権利――さ」


 世界を変える……?

 アーサーは目を瞑った。まるで、過去の想い出を思い返すかのように微笑んでいた。

「この世界には、死が近づいている。きっと彼らから聞いたんじゃないのかい?」

「…………」

 滅びの時――“カリ・ユガ”と言っていただろうか。

「逃れようのない死。それは形あるもの全てに言えることだ。何もこの世界に限った話ではない。ただ、それが早いか遅いかだけの問題なのさ。人の生き死にも、ね」

 人は生きていき、いずれ死ぬ。それが早くなるのか、そうでないか……雲に大きく左右されることはある。だが、ある程度は自分の意思でそれを変えることは可能だ。良い意味ではないが。

「MATHEY――正確には、それを牛耳る“最高議会グリゴリ”の目的は、死が近づくこの世界を生き永らえさせることだ」

 大義名分のように、奴らは言っていた。それで何もかもが許されるわけではないと思うが……。


「それを回避するために、奴らは600年近くこの宇宙で彷徨い続けている」


「600年!? ちょ、ちょっと、どういうこと?」

 フィーアの言葉と同じように、俺もそれ以上に驚いていた。600年も生きる人間がいるのか!?

「あれもまた、セフィラの力だ」

「……セフィラって言えば、誰でも納得すると思ってるの?」

 フィーアはそう言い、アーサーを怪訝そうに見つめる。思わず、アーサーは笑ってしまっていた。

「そう思われてもしょうがないだろうね。それだけ異質な能力があるんだよ、セフィラというものには」

「……セフィラってのは何でもできるのか? ちょっと恐ろしいんだが……」

 長生きさせるってことは、老衰をストップさせている――みたいなもなのだろうか。

「あんたのセフィラや、サラのセフィラの力を考えたらそこまで不思議じゃない気もするけどね」

「そりゃそうだが……」

 そう言いながら、俺はふと思う。あの感覚は間違っていなかったのだ、と。見た目以上に年齢を重ねた風貌と瞳の力。とくに、シェムハザからそれを感じた。

 幾重にも積まれた、意志の強さ――と言えるのだろう。あれは600年という長い時を経て、形作られたものなのだ。

「それだけ長命でなければ、器は生まれなかったんだ。……君やディン=ロヴェリアといった器が」

「……“チルドレン計画”か」

 俺の言葉に、彼は頷く。

「セフィラの中でも、最も強力な力にして鍵である“ティファレト”生み出すために、ね」

「……疑問なんだが、その他のセフィラはもう生み出されているのか?」

 チルドレンを育成していたのが“ティファレト”というのはわかったが、セフィラが全て集まらないと意味がないと聞いた。

「君の言う通り、“ティファレト”と“ダアト”以外のセフィラは既に存在している」

 ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト――9のセフィラと、特殊なセフィラであるティファレト、ダアト。全部で11個になるのだという。

「それらは600年前に、奴らが手に入れた。だが、残りの二つを生み出すためには時間が要ると知ったんだ。だから、自身たちの肉体を地球のどこかへ封印し、仮想空間内だけで顕在化しているのさ。……一人を除いてね」

「一人? それって――」

 あの中で思い当たる人物は、直感的にわかる。アーサーは小さく頷く。



「最高議会元老“シェムハザ”――実質的な指導者だ」



 異質な奴らの中において、シェムハザだけが別の意味で特殊だった。一人だけ老いているわけではなく、女性だったから。何より、俺やフィーアを見つめるあの空色の双眸――敵である俺たちを、“敵”だと見てはいないように見えた。なぜそう感じたのかはわからない。だが、そう思える“何か”があるのはたしかなのだ。

「グリゴリは何者? あれは本当に……人なの?」

 そこで、フィーアが質問を投げかける。


「厳密に言えば人さ。そして、チルドレンたちの祖でもある」


「!? あ、あいつらが……!」

 俺たちチルドレンの祖先だと!?

「セフィラを有する、有する可能性がある――それはチルドレンと同じだからね。君たちチルドレンは彼らの遺伝子を受け継ぎ、何代にもその血を重ねてきた。そうやって、少しずつティファレトを有する器を生み出そうとしていたんだ」

 だが――と、彼は続ける。

「その方法では、ティファレトしか生み出せない。覚醒させるためのダアトが生まれないんだ」

 たとえティファレトの器が多く生まれたとしても、ダアトがなければ意味がないのだ。

「じゃあ、ダアトはどうやって……?」



「ダアトは通称“E.S.I.N”と呼ばれる特殊なチルドレンにしか発現しない。共通しているのが、皆“女性”であるということ。そして、彼女たちは全て……シェムハザの遺伝子を受け継ぐ者たちだ」



「シェムハザの……!?」

 俺は思わず、隣に立っていたサラの方へ目をやった。彼女も同じように俺に目をやり、小さく頷いていた。

「シェムハザのみが肉体を封印せず、且つ若々しいのは遺伝子提供を続けるため。そして、彼女自身が最初の“E.S.I.N”。彼女らが使う力……特殊なエレメント“星純青歌(オルビス・テラエ)”と言われるものこそ、その証だ」

 星純青歌(オルビス・テラエ)――それこそが、ダアトの器たる証拠だという。

「じゃあ、シェムハザは……お前の……」

 俺はサラにそう言いかけ、口をつぐんだ。その先は、何も言わずともわかってしまうものであり、多少なりとも彼女を傷付けるのではないかと思ったのだ。


「……あの人が、私の“お母さん”なんだよ。きっと……ね」


 彼女はニコッと微笑んだ。いつものように振舞おうとする、彼女の健気さがその表情に滲んでいた。それがわかるからこそ、俺は何も言えなかった。


「彼女だけではない」


 話が終わっていない――そうとでも言わんばかりに、アーサーはさっきまでよりも少し声色を強くした。思わず、怪訝そうな表情を浮かべ、彼の方へ視線を戻した。

「“星純青歌(オルビス・テラエ)”――そのエレメントの能力は様々だが、他のエレメントを凌ぐのは理由がある。それは……一部を除き、他のエレメントを従属させ、解除してしまうことだ」

 解除する――おそらく、サラが何度か発動した能力のことだろう。あれのおかげで、ゴンドウ中将を退かせることが出来たと言っても過言ではない。

 ……?

 俺はその時、何かに気付く。

 待てよ……たしか、その能力……“あの時”も……。

 俺の表情を見てか、アーサーは再び頷く。そして、“彼女”へ視線を向けた。



「フィーア、君も“ダアト”の器だ」



 皆の視線が、彼女へと集う。

「……私?」

 フィーアは何度も目を瞬きさせ、現実なのかどうかを確かめようとしているように見えた。

「いやいや、おかしいじゃない。なんで私が?」

 そう言いながら、彼女は苦笑していた。そうなるのは当然だ。俺たちでさえ、信じられないのだから。


「君はあの戦い……月でシゼルたちと戦った際に“ある力”を使っていた」


 そこで、ローランがいつになく真面目なトーンで語りかけた。

「君がその力を使った瞬間、あの場で使われていたセフィラの力が――全てのエレメントが解除された。シゼルは叫んでいたじゃないか。“これはダアトの力だ”って」

 彼女に確かめるように、ローランは言った。だが、フィーアはキョトンとした表情を浮かべるだけで、理解していないようだった。

「ご、ごめん。あの時、あまり覚えていないのよ。気付いたら、地球に居て……」

 フィーアは頭を抱えるようにして傾げ、眉間にしわを寄せていた。彼女自身が、今現在の状況に追い付いていないのだ。

「……シェムハザたちと戦った時、俺を護ってくれた。あの時に使ったエレメントの波動は……サラが使った“星純青歌(オルビス・テラエ)”ってやつと酷似していた。覚えていないか?」

「…………」

 俺の言葉に、フィーアは表情を固まらせていた。たしかに、そうだった――と思っているかのように。

「君の力は、まごうことなきダアトの力だよ。自覚はないかもしれないけどね」

 アーサーはそう言って、フッと微笑んだ。

「ダアトの力を持ってすれば、グリゴリの持つセフィラに対抗できる。しかも、ティファレトを持つ君もいる。彼らに勝つことは十分に可能だ」

 彼はそう言ったところで、「だが」と続けた。


「今のままでは、彼らには勝てない。なぜだかわかるかい?」


 優しい表情で、彼は俺たちに問いかけた。一人ずつ、ゆっくりと視線を移しながら。おそらく、ローランは彼から予め話を聞いているからなのか、腕を組んで目を瞑っていた。


「……俺だろ?」


 しん、とした空気の中で、俺は罪を告白する罪人のように言った。

「その通りだ。……残念ながらね」

 と、アーサーは苦笑した。

「サラとフィーア――二人のセフィラでは、シェムハザには勝てない。おそらく、二人がかりでも奴のダアトを抑えることはできないだろう。……奴に勝つためには、異次元の力である“ティファレト”が必要不可欠だ」

「…………」

 それから、何を言われるのかは自覚できていた。

「今の君では、ティファレトを使役するどころか力の暴走を招きかねない。己自身がその力に食い破られ、“絶対なる破壊者(オメガ)”として敵味方関係なく破壊し尽くすだろう」

 自分の思っていること、そのものだった。

 結局、俺は奴らに対抗することはできなかったのだから。エルダを退けられたのも、おそらくたまたまだ。力が不安定であるため、不確定な予測しか得られないのだ。

「……そんなこと、自分でわかってる」

 俺は悔しかった。自分でわかっていても。

「誰かを護れるほどの強さを得たい……ずっとそう思ってきた。これ以上、大切なものを失わないために……!」

 思わず、歯を強く食いしばっていた。あいつの――ラケルの顔が横切る。

「だけど、俺は何もできなかった。誰も護ることが出来なかったんだ。……いつも、護られてばかりだ」

 ラケルにも。ディンにも。

「それが……ひどく、腹が立つ。いつも何もできやしない自分に」

 ただただ、自分に対する腹立たしさが募るばかりだった。


 怒り――憤り。


 グリゴリの奴らに対峙した時と、同じくらいのそれらが込み上げる。

「そう思うのなら、自分自身と向き合うしかないんだよ」

 アーサーは、はっきりとそう言った。彼の方へ目をやると、彼は俺をじっと見据えていた。


「君はまだ“自分”を知らない。セフィラ――エレメントとは、己の心に連動する。心に静寂が流れていれば、エレメントは穏やかに広がる。猛り狂う嵐の如き憤怒であるならば、具現化された力は殺戮の宴を謳う。……君自身、恐れているんじゃないか? その力を使うことで、自分の中になる“衝動”が己を支配することに」


「――!」

 その瞬間、あの時の光景が頭の中をよぎる。

 ――FROMS.Sを襲い、数百人を殺した時のことを。

 ウルヴァルディと対峙し、己を失った時のことを。

「大いなる力には、代償を伴うのが常だ。否が応でも、なるべくして為っていると言っても過言ではない。……“ティファレト”という力自体、見極めようとしているのかもしれない。君がその力を持つに相応しいのかを……ね」

 まるで意思があるのかのように――彼はそう付け加えた。

「かつて、その力を“聖魔”と呼んでいた時代があった。“創造と破壊”、“正と奇”。相反する者同士でありながら、同時に存在する。あらゆるものは、カードの表と裏。君の心の行く先を、その力は見届けようとしているんだよ」

「……俺の、心……」

 俺は自分の掌を見つめた。

 自分の心――何を目指すのか。何を怖がっているのか。


 俺は止まっている、あの時から――。


「……思い当たることがあるのならば、進むんだ。君の力の行く先を、きっと指し示してくれる」

 アーサーはそう言い、後ろの樹木を指差した。その瞬間、樹の幹が裂け、紫苑色の幾何学模様が渦を巻くようにして広がっていく。

「これは……!?」

「ここは仮想空間――言わば“精神世界”。あの先は、君の深層心理へと向かう道だ。他のセフィラの保持者にこういったことは不要だが、君には必要なことだ。そうだろう?」

 言い当てられているかのように、アーサーは俺を見ながら優しく微笑んでいた。まるで父親が自身の息子と接する時のようだった。

「……たぶん、あんたの言うとおりだ。俺は――俺はずっと、あの時から逃げていた」

 渦を見つめ、思う。

 ラケル――俺は、お前との想い出から逃げていたんだ。お前を思い出すことで、何度も自分の心を傷付けたくはないから。何度も何度も、あの切なさを、あの苦しさを……。

「逃げ続けた先で、自分は成長なんかしない。人を殺し続けたことだって、無理やり納得していただけに過ぎないんだから」

 関係のない人間を、俺は殺した。罪もない人を。SICの……奴ら“グリゴリ”の掌の上で、俺は命を奪い続けてきた。

 力を使うのが、怖いんだ。

 だから……。


「ゼノなら、大丈夫だよ」


 サラの声が、スッと耳の中へ入り込む。彼女の方へ、俺は顔を向けた。

「いつだって、ゼノは私を……私たちを護ってくれた。ゼノが思う以上に、ゼノには力があるんだよ。昔から、私のヒーローだから……」

 サラは今にも泣きそうなくらいに、笑顔を作っていた。それが嘘偽りのない本心であるということが、身に染みてわかるほどだった。

「だから、自分を信じて。自分を弱いだなんて思わないで。……誰よりも、私はゼノを信じてる。どんな神様よりも」

「……サラ……」

 どこまでも、純粋な言葉だ――そう思った。その言葉に、一つも曇りはない。この青空のように。

「……お前に言われなくても、しっかりやってくるさ」

 俺はそう言って、彼女の頭を撫でた。

「ちょ、ちょっと! 子ども扱いしないでよね!」

「俺からしたら、お前はいつまでたってもお子ちゃまなんだよ。昔から変わんねぇしな」

 そう。こうやってからかうと、子供のように頬を紅潮させて俺を強く見つめる。“妹”の頃から、それは変わらない。

 そうであることが、いつの間にか力になっていた。サラを護りたいと、思う理由の一つなのかもしれない。



「いろいろ大変だねぇ、ゼノっちは」


 ふう、とローランは遠くを見ながらため息をついていた。

「“大いなる力には、それ相応の代償が”……いくら何でも、俺たちみたいなガキに背負わせるようなもんじゃないのに――ってね」

 そう言って、彼は俺の方へ視線を向けた。

「神様とやらがいるのなら、ちょっと負担を強いりすぎなんじゃないって言いたくないかい?」

「……重荷だとは思うよ。けど、まぁ、そのためにできることもあるじゃねぇか。それに関しては、感謝するってもんさ」

 俺はチラッとサラに目をやった。彼女は意味が分からず、目をパチクリさせていた。

「なるほど。そう言える当たり、君には“権利”があるんだよ。神に匹敵するその力を。幼馴染のために使えるなんて、この上ないよね」

 ローランは砕けた表情で笑った。

「自分を見つめ直すことで、進むべき道が開かれる。当たり前のことだけど、それが一番難しいからみんなやりたくないんだよなぁ」

「……そんなもんさ。人間なんてな」

「でも、君は進もうとしている。それだけで、十分なんだよ。だから、大丈夫って思うんだよね」

 彼は両手を頭の後ろに回し、すかした表情をして見せた。

「やれやれ、過度な期待は止めてもらいたいんだがな」

「ハハハ、もう逃げられないぜ? しっかり頼むよ、ゼノっち!」

 彼は俺の肩を軽くはたいて、再び笑った。



「こういう時、何て言えばいいのかわかんないけどさ」


 彼女は指先で自分の頬をかきながら、視線は斜め下へと向いていた。

「……大切なのは、勇気と知恵と根性」

「は?」

 思わず、俺は首を傾げた。その様子に驚いたのか、フィーアも目を見開いていた。

「あのね、私が言ったんじゃなくて、友人というか……昔の知り合いが言っていたのよ」

 恥ずかしさを隠すかのように、彼女はため息をついた。

「その子は、なんていうか……何事も前向きだった。どうしてそんな前向きでいられるのかって思っていたんだけどね」

 そう言いながら、彼女はフッと微笑んだ。

「さっき言った、“勇気と知恵と根性”……全部必要というわけじゃなくて、ほんのちょっとでいいんだってさ。たったそれだけで、人は前を向けられる。進むための力に変えられるのよ」

 彼女は同意するかのように、頷く。

「それに、あんたは私たちに信じられてる。あなたがティファレトなんかみたいなものに、負けないってことをね」

 だから――

 そう続けて、彼女は俺の胸に拳を軽く当てた。


「あなたを、待ってる」


 顔を上げた彼女は、俺を見つめた。紅蓮の瞳が、俺を捉えている。吸い込まれそうな美しさに、俺は何度も目を奪われた。

 初めて出逢った時から。

「どーんと構えて行きなよ」

 急に普段のトーンに戻り、彼女は俺に向けて人差し指を立てていた。

「……言われなくても」

 俺は微笑み、再び樹の幹の先にある渦へ目をやった。

 その先へ足を踏み入れ、俺は吸い込まれていった。











「……自分と向き合う、か」

 ゼノが消えた瞬間、幾何学模様の渦は消滅していた。フィーアは呟きながら、そこを見つめていた。

「難儀だよねぇ、それって。結局、人間楽な道へと流れるもんだからなぁ」

 と、ローランはため息交じりに言う。

「ゼノって、あまり過去を話したがらない節があったから……トラウマがあるのかな」

 フィーアはそう言いながら、今までを思い返していた。あのFROMS.Sのことだってそうだ。彼は“強く在りたい”と願うばかりに、自身の弱さをさらけ出そうとするのを恐れていたのだろうか。強く在るためには、弱さを見せてはならないと思い続けていたのかもしれない。


 ――少しでも、支えになれたらいいのに。


 不思議と、自然と、彼女はそう思った。何の疑問も抱くことなく。

「たぶん、だけど」

 言葉を漏らすように、サラは言った。


「……ラケルさんのことだと思う」

「ラケル?」


 ローランは首を傾げ、どこかで見た名のように感じていた。

 たしか……シゼルちゃんが強襲してきた時に、シャーレメインの管制室に表示された名前だったかな。

「私はロークラスだったからほとんど接点はなかったし、“彼女”のことは機密事項だからって詳細は教えられていないの」

「ということは、その子も結構なCG値があったってことかい?」

「たしかそうだったと思う。唯一のSSクラスだって聞いたから……」

「SSクラスってことは、CG値1100以上ってことか」

 ゼノたちよりワンランク下だけど、そこまで能力差はないんだろうな。

「そのラケルって子、何歳だったの?」

 フィーアはサラをジッと見つめ、訊ねた。どこか普段と違う――と感じたのか、サラは視線をあちこちへ泳がしながら、記憶を辿った。

「えっと……たしか、ゼノたちと同い年だったと思う。でも、4年前に事故で亡くなったって聞いたけど……」

「……死んだ……」

 まさか、ね。

 彼女はそう思うことにして、遠くの風景へ目をやった。



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