5章:奇跡に近い必然と運命に
しばらくすると、ディンとサラが帰って来た。二人は扉が開いて、その先にいた女性に目を奪われていた。
「あ、覚ましたんだ」
何度か瞬きをしながら、サラが呟くかのように言う。その時、女はベッドから降りて立ち上がった。俺はそこに、グラディウスを出して止めさせる。
「……だから、物騒なんだって」
ため息交じりに女は言い、俺が出したグラディウスの刀身の前で動きを止めた。
「あんまし近づくな。信用したわけじゃねぇんだよ」
「…………」
「ちょ、ちょっとゼノ!」
サラはそう言って俺に向かおうとしたが、俺はそれを目で停止させた。
「お前は黙ってろ。女、ベッドに座れ」
女は素直に小さくうなずき、ゆっくりとベッドに座った。俺は刀身を出したまま、グラディウスを引く。
「まったく……少しは優しくしてやれよ」
と、ディンは呆れた表情で言う。だが、その言葉はサラを気遣ってのものなのだということが、はっきりとわかる。だから、俺は何も言わず小さく笑うだけだった。
「体調はどう? どこか悪いところはないかい?」
ディンは女の方へと視線を移してそう訊ねた。女は小さくうなずく。
「そうか、ならよかった」
そう言いながら、彼は彼女の近くにあるイスに腰掛けた。
「僕はディン=ロヴェリア。よろしく」
笑顔で自分の名前を言って、彼は女に手を差し出した。女は予想外な行動に少し戸惑いつつ、
「私はフィーア=ジュリエッタ=エディンバーラよ」
と言って、彼と握手を交わした。俺の時のように敵愾心を放たないのは、ディンの為せる業なのだろう。
「あの子は?」
女はサラの方に目をやって言った。いつの間にか、女の表情が和らいでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「あ、私はサラ。サラ=ニーナ=フェンテス。よろしくね」
サラはディンの隣へと行ってしゃがみ、女と握手を交わした。そんな光景が俺は馬鹿馬鹿しく思えてきて、目を瞑ったままため息を漏らす。
「それと、彼は……」
「ゼノでしょ? さっき、教えてもらった」
ディンが言いかけた時、女は俺に視線を向けて言った。不敵な笑みを浮かべている女が腹立たしく感じ、俺は小さく舌打ちをした。
「自己紹介が終わったんなら、教えてもらおうか」
「何を?」
同じような笑みを浮かべつつ、女は頭をかしげる。
「どうやってセフィロートに侵入したか、に決まってんだろ」
「……目的は聞かなくていいの?」
女はそう言ってくる。俺たちはお互いに微笑を浮かべたまま、視線をそらさなかった。こういう時、この女も戦闘員なんだと実感する。
「興味ない、って言ったら嘘になるが、どうせお前らは誘導係とかみたいな下っ端だったんだろ?」
何が目的だったにせよ、少数でしかも要人のいない市街区に襲撃したこいつらは、高い確率で誘導が任務だったはず。そして、こいつらの戦闘能力からして、幹部ではないはず。寧ろ、下っ端に属する奴らだ。
「ま、あながち外れちゃいないわね」
顔をしかめて、女は小さく息を漏らした。当てられて嬉しいような、或いは予想外だったか。
「私はあんたの言うとおり、GHの下っ端さ。末端の末端……だね」
女の言葉には、どこか自嘲的な意味合いも含まれているような気がした。俺はそんなことよりも、「末端の末端」というワードが気になった。
「聞かせてもらいたいのは、お前らGHが『ASA――レイネ』の監視から逃れることができた理由だ。お前らだけでなく、欧米や東アジアの諸国でさえあのシステムを突破するなんてことは不可能のはずだろ」
俺がそう言うと、女は俺の方へ視線を向けた。
「でしょうね。今まで、GHが結成されてから幾度となくASAとセフィロートへのハッキングを試みたけど、全て失敗さ」
ということは、ASA一つだけでの監視さえも突破できなかったということだ。今では、レイネによってそれ以上の能力を有したASAに敵うことは絶対に無理ってことになる。
「お前らがどんだけでかい組織であろうと、無理だったってことだろ? じゃあ、なんで入れたんだよ」
「……悪いけど、私は知らない」
と、女は顔を振る。
「本当か?」
「そんな情報、知り得ると思う?」
なるほど、ね。まぁ、下っ端なら知らないのは無理もない。きっと、GHの中でも特別な奴らしか知りえない情報だったのだろう。
「じゃあ、質問を変える。お前たちはどこから入って来た?」
さすがに、目隠しされてました――だとかみたいなことでもない限り、わからないはずがない。
「…………」
女は俺から視線をそらさずに、何も言わなかった。
「答えろ。知らないとは言わせねぇぞ」
「そう……ね」
なぜか女は自分の顎に手を当て、小さく唸り始めた。まさかとは思うが、言い訳でも考えてんのか?
「なんだったかな……たしか、『ジオフロント』だったと思う」
「ジオフロント――だと?」
俺たちは驚きを隠せなかった。なぜなら、ジオフロントはSIC軍やチルドレンたちが宇宙船を使う際に利用する特別な軍港のことだからだ。俺やディンも、幾度となくそこを利用している。別の国家の要人たちも利用するってんで、警備は厳重なのだ。
「じゃあ、お前らを手引きしたSICの関係者が誰なのか……わかるのか?」
「手引き? どういうことよ、それ」
女は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「お前らがコロニー内に入るために、ASAとレイネの監視システムに細工した奴らだよ。いるんだろ?」
「……残念、そこは私も知らないわ」
クスッと笑い、女は顔を振った。
「本当か?」
「もちろん」
「下っ端だから、か?」
「まぁね」
女はお手上げのポーズをして見せた。俺は思わず、舌打ちをした。せっかく、SICを揺るがす大スクープをいち早く知られると思ったのに…………当てが外れて、がっくりだ。
「ゼノ、そんなあからさまじゃなくてもいいじゃないか」
と、ディンは苦笑を浮かべながら言った。俺が思わず作ってしまった残念そうな表情が何を物語っているのか、よくわかっている様子だ。
「それじゃ、私から質問させてもらってもいいかしら?」
すると、女は小さく挙手をした。俺たちは、彼女の細い指先に視線が集中してしまった。
「あぁ? いちいちお前に答えることなんざ……」
「ゼノ、それくらいいいじゃない。私たちは敵じゃないんだからさ」
俺の言葉を遮り、サラは腰に手を当てて言った。敵じゃないと言い張るところが、ある意味ご立派なのだが……忘れないでほしいものだ。この女は、敵だってことを。
「で? いいの?」
ニヤリとした表情で、女は俺を見てきた。
「……どーぞ」
俺は既に言う気力を失ってしまっていた。サラがいちゃ、いつもどおりにはできないってもんだ。
「あのさ、どうして私を助けたの?」
彼女は座った状態で足を組み、その上に肘を置いて頬杖をついた。
「わかってると思うけど、私はあんたらネフィ……いや、チルドレンの敵・GHの戦闘員。殺される理由はたくさんあるけど、助けられる理由なんて考えても見つからないからさ」
そう思うのは当然と言えば当然。GHはSICだけでなく、諸国からも反SIC組織として警戒されており、「国家の敵」として認識されている。奴らと戦うってことは、殺したって別に誰も文句を言わねぇってことだ。
「そうだね。たしかに、君は僕たちの敵だし、助ける理由なんてわからないのも無理はないよ」
そう言いながら、ディンは小さくうなずいた。俺も、ディンがどうして頑なに助けようとしたのか、その理由は知りたかった。無為に殺したくはない――とは言っていたが。
「というより、僕もよくわからないんだ」
その言葉は俺とサラだけなく、この女の度肝さえも抜いてしまうほど驚くべきものだった。あまりのことに、俺はまぶたと口を開いたままになってしまったのだ。
「ディ、ディン……そ、そうなの?」
口の端を引きつかせながら、サラは言った。すると、ディンはこくりとうなずく。
「あんた……もしかして、馬鹿?」
「ハハ、そう言われたら返答のしようがないね」
と、彼は笑い始めた。その様子を、女は口を半開きにさせてあんぐりしてしまっていた。ディンがここまであれだと、俺も女も何かを言う気力を失ってしまうってもんだ。
「……まぁ、そういうことらしい。女、他に質問は?」
俺はこのわけのわからない空気を脱するべく、無理やりそう言った。すると、女は戸惑いを隠せない様子で、何度も瞬きをしてしまっていた。
「あ……え、えっと、うん。もういいや」
女は苦笑しつつ、そう答えた。これ以上質疑応答するのも馬鹿馬鹿しいので、俺はとりあえず部屋から出ようと思った。
「んじゃ、ちと俺は外させてもらおうか。ディン、付き合えよ」
「ああ、いいよ」
俺とディンが部屋から出ようとすると、
「じゃあ、私も」
とサラが言ってきたので、俺は彼女の頭を手で押さえつける。
「お前は見張りだ。女の子同士、ちゃんとやれよ」
「…………」
ガキのように頬を膨らませて、彼女はしぶしぶ部屋に残った。
俺は外に出て、ボロボロになってしまっている石像の近くにあるベンチに座った。ディンは俺の隣で、噴水の水が流れているのを静かに見つめている。
「お前、本当にわかんねぇのか?」
足と腕を組み、俺は訊ねた。
「ああ」
「本気でそうなのか?」
「ああ」
彼は背を向けたまま、即答しながらうなずいた。俺は「そうか」とだけ呟いて、小さく息を吐きながら上空を見つめた。どこからかともなく、未だに灰色の煙がセフィロートの大気と混じり合っていて、いつもよりも淀んでいるように見える。
「……なんか、よくわからないんだよ」
しばらく、俺たちの間には静寂しかなかった。耳に届くのは、あちこちで修理をする鉄を叩いたり機械が動いたりする音と、噴水で流れている水のささやかな音色だけだった。普段なら、マンションの前にある道路を無限に行き交う自動車たちの音が中心のはずだが、今は交通止めにされている。
「どうしてか、救わなければならなかったような気がしたんだ」
「救わなければならない……?」
俺はそう問い返してしまった。それでも、彼は振り向きはしなかった。ずっと、前にある水の動きに視線を向けている。
「倒れている彼女を見て、そう思ったんだ。……いや、違うな」
ゆっくりと顔を左右に振り、ディンは再び前を見据えた。
「あの時は、よくわからなかったんだ。ただ、殺しちゃいけないってことだけが、自分の中にあってさ」
彼はまるで自分を嘲笑うかのように、小さく笑った。それは、なるたけ小さくしようとしたのだろうが、一瞬だけ周囲の忙しそうな音が途切れた時に聞こえた鼻の笑いは、否応なく俺に届いた。
「それで、起きた彼女を見て思ったんだ。あの時に、彼女を助けることは間違いじゃなかったって」
ディンの背中からは、その意思が目に見えるものとして漂い、俺の中に流れ込んでくるかのようだった。それは、ひたすら純粋なものであると――俺は、漠然とした何かを感じた。
「結局、今のところそれくらいしかわからないんだ」
そう言って、彼は俺の方に向き直った。そこには、苦笑するディンの表情があり、どこか優しい眼差しは、いつものそれとは違うものだと直感させる。
「……まぁ、お前がそう言うんなら、そうなんだろうな」
「なんだよ、あんまり考えてくれてない風に聞こえるぞ?」
ディンはため息を混じらせながら、さらに苦笑する。すると、ディンは俺の座っているベンチの後ろにある石像に歩み寄った。中世と呼ばれる、約3000年前の騎士を模したような石像は、顔やマント、馬の蹄などが崩れてしまっていて、その勇猛さの欠片などなくなってしまっていた。
「僕には、これが自分にとって重大なことのように思えるんだ」
そう言いながら、彼は石像に触れる。
「これから先、死ぬまで引きずっていかなければならない。……そんな気がする」
彼の言葉には、いつかのような哀愁を含んでいるように感じた。それは、いつかの俺自身にも言えることなのかもしれない。
「それならそれでいいさ。まぁ、あの女には不信感でいっぱいだけどよ」
俺は彼をからかうかのように言った。
「ああ、わかってる。たぶん、その方がいいんだ」
「……その方が?」
意味深なそのワードを、問い返さずにはいられなかった。
「さぁ、どうなんだろ」
すると、彼はいつもの子供っぽい笑顔をして見せた。そこで俺は、この内容の会話は終了なのだということを悟り、小さく笑った。彼もまたそうなのだと悟ったのか、俺と同じベンチに腰掛けて、上空を見上げる。
「ASAとレイネの監視システムって、ここだけなんだよな」
妙に白く、淡く見える上空を眺めながら、ディンは呟くかのように言った。
「らしいな。たしか……『第3次世界大戦』があったからだろ?」
「そうそう、それだよ」
第3次世界大戦――通称「アルマゲドン」。
約2000年前の、まだ「西暦」と呼ばれていた時代。世界的な戦争から80年以上も経った日に、突如として起きたのがその戦争だ。なぜ「アルマゲドン」と呼ばれているのか……それは、まさに世界が破滅するかと思われたからだ。
現代の人々にしても、俺にしてもアルマゲドンのことはよく知らない。当時の資料はあまり残っていないことと、既に2000年も経っていること、そしてその頃の文明が滅びかけてしまったことが原因とされている。滅びかけた――というのは、当時懸念されていた核戦争が起きたのではなく、謎の第三者によってそれは引き起こされた。
歴史専門の教官によると、第1次・2次世界大戦は諸国のいざこざから発生してしまったものであるが、第3次世界大戦はそうでなかったそうだ。どこの国にも属さない、突如として現れた謎の集団は、地球諸国の技術を遥かに超える武器や兵器を保持しており、諸国はそれに敵うはずもなかった。その集団は、真っ先に国連の中心地を壊滅させ、世界的大国を中心に狙い撃ちし、ものの数日で数十億人が死亡したとされる。リーダーを失った新興国や発展途上国はどうすることもできずにいた。
だが、世界を滅ぼそうとした集団は突如消えてしまい、戦争は終結した。世界は滅びなかったが、文明の衰退は著しく、人口も激減した。人類が宇宙に進出するのに、それから千年近くもかかったのはこれが原因だった。
こういったことから、世界の中枢となるべき組織がある場所――今ではセフィロートであるが、ここが先の大戦の時のようにならないよう、最強のシステムが必要ということで、「ASA」を据え、世界の技術の粋を結集して創造された機関「レイネ」を搭載することになったのだ。
「宇宙暦の時代になっても、各地で戦争は絶えない。でも、SICがASAとレイネを保持しているからこそ、太陽系で大きな戦争が起きることはないし、他星系での抑止力にもなっているんだよな」
ディンは誇らしげに言った。自分たちの住んでいる機関が、世界の秩序のバランスを保つ役割を担っているのだと思うと、そうなってしまうのは仕方がない。俺もたぶん、悪い気はしていないから。だからこそ、俺たちチルドレンは人殺しのミッションなどに対して、誇りを持って遂行することができる。そうでなけりゃ、人殺しなんてのはやってられない。
「いつか、この宇宙に拡大してしまった戦争を無くすことができるように、僕は強くなりたいよ」
「…………」
戦争を無くす。争いごとの全てを、この世から消してしまいたい。
それは、幼い頃からの俺たち共通の夢だった。ニュースで何度も見る、太陽系の外で起きている宙域紛争……それを見る度に、どうしようもないほどの虚しさと怒りだけが込み上げて来て、俺たちの中から何かに駆り立てられるかのような、胸の奥にあるものを引き上げられるかのような正義感が溢れ出てきた。
「ゼノ、僕たちにできるかな」
ぽつりと、まるで空から一つの雫が落ちてくるかのように、ディンは言葉を放った。
「できるかできないかじゃねぇよ。……やるんだ」
「……そうだね。絶対に」
「ああ、絶対に」
幼い頃と、あの時にも誓った。俺たちは大切なものを絶対に護りとおすと。それが今の俺とディンに繋がり、過去に繋がっている。絶対に切り離すことのできないそれは、俺たちが離れ離れになっても、互いに見る先が違うことになったとしても、いつかはお互いのために誰かを――何かを護ることを意味する。
何度も傷ついたのも、そこへ辿り着くためだったのかもしれない。
「サラは何歳?」
「私は16歳。フィーアは?」
「今年で18歳になる」
「じゃあ、ゼノたちと同い年だね」
「あら、そうなの?」
ふーんと言いながら、フィーアは窓の外へ視線を向けた。ほとんど人が使っていなかったこの部屋は、彼女が知っている部屋よりも小奇麗に見えて、ディンのような男性が使っている部屋ではないと確信させる。
「そう言えばさ、ここはどこなんだっけ?」
フィーアはふと、思い出した。結局、彼にここはどこなのか教えてもらっていないということを。それが思い出されると、彼はなんと性格の悪いチルドレンなのだろうという腹立たしさを浮かばせ、それに比べてディンはそうでないことに好感をもった。
「ここはディンの実家よ。他に連れていく場所なんてなかったしね」
彼女としては、病院に連れていくのが一番いいと思ったのだが、そこでは簡単にフィーアのことがばれてしまうと思った。男性の家に運ぶのは些か反対ではあったが、自分の家なんてゼノと同じ家だから、結局はどっちかになってしまうのだろうとも思う。
「ところで、サラもチルドレンなんでしょ?」
「うん」
にこやかにうなずいたサラを見て、フィーアは小さく微笑む。
「なのに、どうしてそんな安穏としてるの?」
「え?」
その瞬間、フィーアは自分の近くにあるイスに座っているサラを床へ押し倒した。声を出さないように、口を手で塞いで。
「あなたもチルドレンのはずなのに、GHの私に不信感を抱かないなんてダメなんじゃない?」
「――!」
フィーアは自分がゼノにされたように、サラの上に馬乗りになっていた。
「ディンもそうだけど、あなたたち二人は気を抜きすぎ。尤も、ディンはわざとそうしている感じはしたけどさ」
彼が見せている微笑みの奥には、どこか冷たいものがあるように感じたのだ。それはきっと、ゼノだけが知っているもの。だからこそ、彼の言うことにはそこまで反対しないのだ。
「それに比べて、あなたはネフィリム失格ね。やっぱり、彼らはエリートっていうことかしら」
失格――その言葉が、どれほどサラを傷つけるものであるか、フィーアにはわからなかった。わかるはずもなかった。そして、それはサラの胸の奥から、熱いものを込み上げさせ、サラはそれを止めることができない。
「サラはゼノのように冷酷なのを認めないかもしれないけど、あれが普通よ。そうでもなければ、人殺しなんてできないもの」
フィーアは、サラが己の空色の瞳に浮かばせている涙の雫を見つめながら、フフっと笑った。
――かわいらしい、「女の子」なのね。
彼女はサラから手を離し、再びベッドに座った。解放されたサラは、涙を拭うこともしないまま、大きく呼吸しながらフィーアに視線を向けていた。
「ごめんね、ひどいこと言って」
本当にそう思っているのか――サラにはそう思えるほど、フィーアの言葉には重みがないように見えた。そう思っていることも、もしかしたら彼女に見抜かれているのかもしれないとも。
「でも、知るといいわ。あなたは、幸せだってことに」
「…………」
瞳に涙を残したままのサラへ、フィーアは視線を向けずに言い放った。
「まぁ安心しなよ。ゼノに負けた時点で、私はあんたたちの膝下にいるんだからさ」
まるで、わざとそうしているかのようなニュアンスが含まれていて、フィーアの言葉には冷たさが少しだけ孕まれているように感じ、サラは言いようのない不安を抱いた。自分は間違いを犯したのでは――或いは、ゼノに悪いことをしたのでは、という自責の念と一緒に。
「セフィロートって、空気がきれいよね」
いつの間にか、フィーアは再び窓の外を眺めていた。サラの心には、そんな余裕などないことなど知っているはずなのに。
それぞれの思いを胸に秘め、四人は出逢った。
それは必然であり、偶然であり、運命でもあった。
罪と痛みと咎を背負いし者。
護ることに固執する者。
ただ傍にいたいと願う者。
終わりのない永遠を望む者。
狂おしいほどの愛と憎しみが渦巻く世界の中で、彼らの時間は進んで行こうとしていた。