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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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51章:グリゴリ 神々の御座

 


 シェムハザ――



 名乗った瞬間、奴の体から波紋が広がるようにして、紺碧の円環が拡散していく。


「グリゴリ……? 世界を導くだと?」


 俺は極度の緊張状態だった。それ故か、或いは本能的に畏怖しているせいか、呼吸がいつの間にか荒くなってしまっていた。肩が大きく上下している。

 こんなことは初めてだ。圧倒的な力の差――ただ同じ空間にいるだけで、それを確信してしまう。


「我らは世界を“崩壊の時”から救い、新たな境地へと達するがために存在している。“全ての始まりにして、全ての終わりなる時”へと導く――それが我ら“グリゴリ”の使命」


 シェムハザはゆっくりと言った。まるで、俺たちに一言一句正確に伝えんがために。

「使命……? お前、一体なんなんだ!」

 俺は思わず、声を荒げた。意味の分かんねぇことを言って、混乱させようとしているのか? いや、そう考える時点で俺は混乱してしまっている。


「あんたら、グリグリだかグルゴルだかなんだか知らないけどさ」


 ……は?

 俺は開いた口がふさがらなかった。え? この女……何言ってんだ?

 フィーアはずいと前に出て、シェムハザを指差した。

「ここは“アベルの都”? ここであんたらは何してるのよ?」

 この状況で、なぜ強気に出られるのか。いや、ある意味いつも通りの彼女なのだが。

 うろたえる俺を一瞥し、フィーアはわざとらしく大きなため息をついた。

「こういう時こそ、情報収集しないといけないでしょ。あんたらしくもない」

「……ご尤も」

 今回に関しては、彼女の言うとおりだ。なぜこんなにも狼狽してしまったのか、自分でも些か恥ずかしいが……それだけ奴――“シェムハザ”という女は桁違いなのだ。次元が違うと言ってもいい。


「ほう……我が“波動”に圧されぬとはな」


 シェムハザはフィーアを見、小さく微笑んだ。

「多少の“覚醒”は成し得ているようだ。ユリアと“イヴ”の力――僅かながらも顕在しているが故か」

「……? 意味わかんないこと言ってんじゃないわよ。さぁ、質問に答えな!」

 フィーアは声を大きくし、シェムハザを再度指さした。よくもまぁ、こんなにも堂々としていられるもんだ――と思うも、彼女の横顔を見た時、それは見当違いだということに気付く。

 一筋の汗が、彼女の頬を伝う。体を強張らせ、奴から視線を逸らしていない。フィーアも俺と同じで、圧倒的な威圧感を全身に受けているのだ。それをなんとか誤魔化し、対峙しているのだ。

「お前の質問に答える義理はない、フィーア……いや、“レア”」

 シェムハザはその眼光をフィーアに向け、瞬きをせず一心に見つめた。まるで彼女――その心中を覗き込もうとするかのように。


「……レ、レア……?」


 フィーアは目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。それにどういう意味があるのか、この時の俺には理解できなかった。


「違う……私は“フィーア”だ! 勝手に変な名前で呼ぶな!」

 フィーアは眉をしかめ、怒鳴るようにして言った。どこかわざとらしく――そう感じるのは、何かを誤魔化そうとしているように見えたからだろうか。

「私はお前を知っている。そして、()()()()()()()()()()()()。そうだろう? “レア”」

 それを否定するかのように、シェムハザは小さく顔を振った。

「……あんた、誰かと勘違いでもしているんじゃないの?」

 と、彼女はわざとらしいと思えるほど大きなため息をついた。

「あんたなんか知るか。残念ながら、私は交友関係が狭いんでね」

 それを自慢げに言うものではないと思うが……。

 そんなフィーアの姿を見て、シェムハザはフッと笑い始めた。


「そうか。イェフダが悲しむだろうな」


 その言葉にどういう意味があるのが――なぜか、俺は気になっていた。だが、それに気付く前に、フィーアは武器の星煉銃を引き抜いていた。



 ――今にも泣きそうな顔をして。



「そ……その名前を言うな! 私に……その名前を思い出させるなぁ!!」

 動揺が彼女の顔に広がっていた。口元は歪み、あの紅い双眸には今にも涙が零れ落ちそうだった。シェムハザの言葉が、彼女の心に何かをしたのだ。大切に閉めていた扉をこじ開けられたかのように。大事な領域に、無断で足を踏み入れられたかのように。


「それがお前の“魂”だ。その名を、忘れるはずがない」

「う……るさい! 黙れぇぇえ!」


 フィーアは銃口を奴に向け、瞬きもせず間にいくつもの弾丸を放った。

 しかし――。


「――!?」

「残念だが、私を傷付けることなどできはしない」


 弾丸の全てが、シェムハザの前に止まっていた。まるでシャッターを押されたかのように、その場に浮かんだままだったのだ。防具で阻まれているわけでも、目視できるエレメントでもない。ただそこに浮かんだまま止まっているのだ。


 その瞬間、後方で轟音が響く。


 すぐさま後ろへ振り返ると、粉塵が舞っていた。そこには――――フィーアが壁に叩きつけられ、まさに血反吐を出している瞬間だった。

「がっ……!」

「フィ、フィーア!?」

 何が起きたのかわからない。それは彼女も同じで、目を大きく開いた状態だった。彼女を中心に壁にはクレーターのように円形にへこんでおり、衝撃の強さがうかがえる。

 ――何をした? 一切、奴の動作が見えなかった。奴は何もしていない。俺がその動作の欠片さえも気付けないなんてこと、あり得るのか!?


「次は貴様だ、ゼノ」


「――!」

 俺はグラディウスを握り、力を丹田に集中させた。

 やるしかない……! “ティファレト”を解放し、戦うしかない。生身のままで、どうにかなる相手じゃない。

「俺に力を……“ティファレト”!」

 紅い光が、螺旋を描いて俺を包み込む。湧き上がる力とエレメントの波動とともに、風が舞い上がる。



「今のままの貴様では、役不足のようだ」



 その刹那、衝撃が体中を駆け巡る。電流の流れよりも早く――そう感じられるほどだった。いつの間にか、シェムハザは遠くへ行っていた。

 違う……俺が後ろへ飛ばされたんだ。シェムハザの立ち位置は、何も変化していない。フィーアと同じように、俺は壁に叩きつけられたのだ。

「ぐっ……は!?」

 俺の口から、真っ赤な鮮血が溢れる。痛みは腹筋辺りを突き抜け、背中全体に痛みが走り抜ける。


 な……んだ?

 何をされた……? 何も見えなかったぞ。奴の指一歩さえ、動いていない――それほでに、速かったとでも言うのか……!?


 意識が、遠のいていく。たったの一発で、俺は意識を失ってしまった。

 たったの一発で。



「……だから言っただろう? 役不足だ――と」





 51章

 ――グリゴリ 神々の御座(ぎょざ)――





「う……」

 体中から鈍痛の信号が鳴り響く。どうやら、痛みで意識を取り戻したようだ。

 微かに開いたまぶたから広がっているのは、深淵の宇宙のような光景だった。銀河系のような白銀の渦があちこちで揺蕩い、この空間を微かに照らしていた。


「目覚めたようだな」


 女性の声――あのシェムハザという奴の声が響く。まるで教会や演奏のためのホールなどで発せられたかのように、声が反響している。

 その時、俺は自分がどうなっているのかに気付いた。いつの間にか両手は鎖で繋がれており、その場に座り込んでいたのだ。異常ともいえるくらいに体は重く、動かせない。今までだって、こんなことはなかったのに。


「これが“絶対なる破壊者(オメガ)”――か」

「破壊者たる所以……“燃ゆる紅き環”……我らが祖たる“半神”と同じ」

「恨めしいことよ。かつて、世界を崩壊に導いた力そのものだ」


 なんだ……? 老人どもの声があちこちから聞こえてくる。そう認識したのと同時に、俺は気付く。俺の前方に浮かぶ、いくつかの光に。それらは噴出する水のように、何もない空間から上へ向かって出ており、闇色に染まっていた。

「誰だ……? なんなんだ、お前らは……!」

 俺は絞り出すように、声を発した。意味がわからない。なんだってんだ、こいつらは……? 誰も姿が見えない。



「我らは“グリゴリ”。MATHEYを司り、この世界の行く末を定め、導く者なり」



 声と共に、鼓動が鳴るかのようにあの光が動く。

「MATHEY……お前らが、SICを……!?」

 こいつらが、SICを操るMATHEY!? それを司る……?

「左様。お前たちの見てきた“SIC”は我らの膝下にある」

 右端の光が揺らめく。

「ここまで来るとは、恐れ入ったぞ。さすがは……と言ったところか」

「だが、これ以上貴様の好きにはさせん。“崩壊の時”を早めるわけにはいかぬ」

 こいつら、何を言ってやがる……? 俺には意味が分からず、ただ状況を把握するために目線だけ動かしていた。

 ――全方向、宇宙空間のようだ。なのに、妙に明るい。そして、重力は感じる。俺は見えない鎖に繋がれ、床に座っているかのようだ。


 フィーアは? あいつの姿が見えない……。


「……フィーアはどこだ?」

 俺は闇色の光が並ぶ方へ、睨みつけた。


「あの女が気になるか?」

「彼奴は不要品。失敗作」

「処分だ。早々に処分せよ。我らに仇成す“ユリアの天使”」

「あらゆる次元に関与し、その意志を以って我らの計画を阻もうとする」

「統制主の時代より現れた、星の――或いは、人の祈りにより生まれ出でた者」

「我らに必要なのは、“星の幼子”」

「奴は要らぬ」


 まるでピンポンクイズのように、実体もないのに入れ替わり立ち替わり発言しやがる。言葉の意味が何一つ理解できねぇ。

 なのに、こいつらは俺の質問に何一つ答えていない。それが無性に腹立たしかった。

「意味わかんねぇことを……! フィーアはどこだって聞いてんだ! 答えやがれ!」

 俺は声を張り上げた。歯を食いしばり、強く睨みつけて。



「そんなに恋しいか?」



 今までの老人の声とは違う、若々しい声が遥か上空より届く。だが、俺はそれを知っている。どれだけ、この声を恨んできたか――!

 闇色の光たちの前に、紅い光が煌めき、そこから一人の男が出現した。紅蓮のウェーブがかった髪の男――――そう、ウルヴァルディだ!


「て……めぇ、ウルヴァルディ!」

「喜べ、まだ何もしてはいない」


 奴の足元に、意識を失った状態で横たわるフィーアの姿があった。俺とは違い、体を縛られているわけではなさそうだった。

「フィーアに何をした!?」

「そう睨むな。わざわざこいつを甚振ろうなどとは思わん」

 ウルヴァルディは俺の視線をよそに、フィーアに目をやった。

 俺はそこで、重大なことに気が付く。


 ――なぜ、PSHRCIのウルヴァルディがここにいるんだ?


 俺の表情に気付いたのか、奴はほくそ笑んだ。

「俺が何故ここにいるのか――疑問に思うか?」

 今まさに抱いた疑念を、奴は言った。


「教えてやろう」


 奴の隣に、紺碧の光と共に女性が現れた。驚異的と思えるほどの美女――シェムハザだ。



「ウルヴァルディは“MATHEY”の執政官――その中でも、我らの計画を主導し進める“主席政務官”だ」



「な……に……?」

 奴が、MATHEYの執政官!? じゃあ、PSHRCIは……!?

「PSHRCIはMATHEYの構成機関の一つ。ただの反政府組織ではない。計画推進のため、表舞台を賑わす役割を演じるための組織だ」

 シェムハザは淡々と言い放った。だが、俺にとってそれは異常なほどに驚愕の事実だった。

 ――PSHRCIが、世界を裏で操る組織“MATHEY”の構成機関だと? じゃあ、今までのPSHRCIとの戦いは……奴らの計画の一端だったというのか!?

「お前たちネフィリムと交戦し、そのデータを採取。それと同時に、ネフィリムを死地へ追い込むことで生存本能を呼び起こし、その素質を開花させる目的も担っていた。SICを表だとすれば、PSHRCIはいわばその裏であり“影”」

「俺たちを……開花させるだと……?」


 まさか――!?


「お前やディン=ロヴェリアを覚醒へと促すために、大切な友人を殺した。あれもまた、計画の一端だ」

 ウルヴァルディは俺を見、言い放った。


 ラケルの死が……計画だと?

 あの想いも、苦しみも、哀しみも――何もかも、計画だと……?


「お前らは……一体、何が目的だ?」

 俺は呆然としながら、そう言った。

「俺たちをモルモットのようにして……何が楽しいんだ? 何をしたいんだ?」

 意識して言ったわけではない。漏れ出るようにして現れた疑問だったのだ。


「何度言わせる。“崩壊の時”から世界を救うためだ」


 シェムハザは凛とした声で言った。

「救うためだと? ……どれだけ、人が死んでいると思ってやがる……! どの口が、救うとか言っている!」


「笑止。人類の繁栄と安息の未来のために、礎となる“死”は必要不可欠」

「犠牲の上で繁栄は約束される」

「至極当然のことだ」


 口早に、老人たちの声が響き渡る。どいつもこいつも、あの局長と同じようなことを言いやがる。そういうことを聞きたいんじゃねぇ……!

「繁栄だと……!? 人の生き死にを、てめぇらの描く理想のために使ってんじゃねぇ! 俺たちは、てめぇらのために生まれたんじゃない!」


「戯言を抜かしおる」

「貴様らネフィリムは、我らの計画の一つに過ぎん」


 老人たちは、鼻で俺を笑った。


 俺には見える。


 老人どもが、俺を蔑視しているのが。俺の言葉を、戯言だと抜かしたのだから。


「何のために生み出されたのだと思う? 生まれた意味があるのだと思っているのか?」

「くだらぬ宗教家の妄言に等しい。貴様らネフィリムなぞに、意味などない」

「あるとすれば、それは我らのため。“アブラハム”の遺した扉を開かんがための」

「そう、貴様らはパーツなのだ。“神々の言霊(セフィラ)”を生み出すための」


 それぞれの闇色の光が、交互に瞬く。腸が煮えくり返るような思いだった。俺の――俺たちの全てを、否定しているのだ。怒りを覚えないはずがない。唇をかみしめ、血が滴り落ちている。口には鉄の味が広がる。握りしめた拳の中では、爪が肉に食い込み生温かい血が溢れている。それらで感じる“痛み”のおかげで、俺は狂わずに済んでいるのかもしれない。


「……だが、破壊者たる貴様は、我らにとって脅威でしかない」

「左様。故に排除する」


 排除する……殺すということか? そうしてしまうと、奴らにとって問題があるんじゃないのか?

「……俺は“ティファレト”を有するんだろ? だったら、俺が必要なはずだ。セフィラが欠けてもいいってのか?」

 俺が“ティファレト”を持つ以上、奴らに俺を殺すことはできないはず。でなければ、アーネンエルベを覚醒させることが出来ない。

 すると、突然老人どもはクククと笑い始めた。


「愚か者め。“絶対なる破壊者(オメガ)”である貴様は不要だ」

「……なんだと……?」


 意味が分からない。じゃあ、“ティファレト”は必要ないってのか?

「ティファレト――“神のセフィラ”。かつて、この次元に降臨した神々の力だ」

 シェムハザは間に入るようにし、言った。

「その神々の力には二面性が存在する。それは“創造と破壊”、“正と奇”。相反するものでありながら、同質のもの。つまり、その神の力である“ティファレト”にもその二面性があるということだ」

 その流れで言うと、俺は……。


「ゼノ、貴様は“破壊”――即ち、“オメガ”。“終焉をもたらす者”なのだ」


 そうか、だから“絶対なる破壊者”だと言われていたのか……。


「そして、その反対――“創造”。我々は“アルファ”と呼ぶ」

「もうわかるだろう?」


 ウルヴァルディは俺を見据え、言った。

「お前と同等の存在――それが誰なのかを」

「……え」

 俺と、同等。



 ――“ティファレト”を有するチルドレンを――

 ――あの場所へ連れて行くのが、私の――



 フィーアの言葉が、脳裏に浮かぶ。俺たちに、何の目的で俺たちに近付いたのかを話した時の言葉が。


 その時、あいつの声が聴こえた。

 幼い頃から、ずっと一緒だったあいつの声が。




「“原初を創る者”――――ディン=ロヴェリアだ」




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