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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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50章:古の都②


 翌日も歩き続け、同じような海岸線が続く。俺もフィーアも戦闘員のため、体力には自信があるから問題ないが、こうも何もないと不安は広がっていく。


 草原と海と、青い空。


 天気が快晴なだけでも、いいのかもしれない。

 だから、フィーアは少しだけ楽しんでいる。たまに裸足になって、海に膝下まで入ってははしゃいでいたりしていた。


「私さ」


 彼女が海面を蹴り上げると、水しぶきが舞う。蒼天の太陽によって、それらは白く光り輝く粒のようだった。


「海って、なんだか好きだな」

「塩臭いだけじゃねぇか」


 俺がそんなことを言うと、フィーアはあきれ顔をして見せる。

「あんたね、気分を害するようなこと言わないでくれる?」

「へーへー」

「まったく、ロマンっていうものをわからないんだから」

 そんなことを言いながら、フィーアは海水を両手ですくい上げ、何をするのかと思いきや俺に投げかけてきた。


「おわっ!」

「おら、塩臭くなっちまえ!」


 急なことで避け切れなかった俺に、畳み掛けるようにフィーアは何度も海水を掛けてきた。

「てめ……うらっ!」

 俺も負けじと、靴を脱いで海に入り彼女に海水をすくい投げた。

「あっ! やったわね~」

 そうやって水をかけ合い、お互いがびしょ濡れになっていった。子供のように無邪気に笑い合い、追いかけては水をかけ、追いかけられて――それを繰り返していた。

 気付けば、俺たちは浜辺で大の字になっていた。結構激しく掛け合ったので、二人とも呼吸が荒くなっていた。

「変なことで体力使わせないでよね」

「うるせぇ。そもそもお前が発端だろうが」

「お互い様でしょ?」

「……へーへー」

 ああ言えばこう言われるので、俺は苦笑しながら体を起こした。フィーアも体を起こし、濡れた自身の髪をかき上げ、両手で握り海水を絞った。


 その姿が、妙に……どう言えばいいのだろう。少しだけ、鼓動が高鳴るような気がした。


「……私さ」

「ん?」


「……このまま……」


 彼女はそこまで言って、ゆっくりと俺の方へ視線を向けた。彼女の顔の肌にはまだ水が残っていて、少しだけ白い砂が付いていて、どことなく火照ったその頬はほんのりと桃色が浮かんでいて、長いまつげの先に雫が今にも落ちそうになっていた。

 すると、彼女は前方の海へ視線を移し、まぶたを閉じた。


「……いや、なんでもない」

「…………」


 俺は追及する気にはなれなかった。ただ、彼女と同じように海を眺め、そのさざ波を静かに聴いていた。

 どうしてか、彼女の思ったことが分かったような気がしたのだ。

「海、きれいだね」

 フィーアは髪をかき上げ、優しく微笑んだ。

 二人でしばらく海を眺め、何も話さなかった。それはいつだったか、以前にも体験したことのあるような現象だった。


 ああ……そうだ。

 ディンとだ。


 あいつとは、言葉を投げかけなくてもお互いのことがわかるような気がしていた。だから、変に言葉を使わなくても大丈夫だった。

 今は、あの時の雰囲気に似ているのだ。








 その日はそのまま夜を過ごし、次の日になった。


 海岸線をずっと歩いていき、岸壁が道を阻んでいた。それらをよじ登りながら先へ進むと、俺たちの視界にようやく望んでいたものが映し出された。

「……あれは……」

 フィーアはそれらを指差し、笑みを零した。

「町――だな」

 廃墟となった巨大な都市が、微かに見える。それらはまるで蜃気楼のように、蒼く霞んでいた。



 その都市は、草原の中に佇む瓦礫のようにも見えたが、崩れかかった高層ビルや道路の標識、おそらく外灯であったであろう折れ曲がった鉄の棒が列挙しており、そのどれもが苔のような植物にあちこち覆われていて、かなりの時間を経ていることを容易に想像させた。

 俺たちは歪み、穴の開いた道路を進んだ。道路には白線も敷かれていたのか、微かに痕が残っている。コンクリートはあちこちが裂け、それらから顔を出している雑草たちは俺たちの背丈を上回るほどに成長していた。

「ここは、地球のどこ辺りなんだろうね」

 周囲を見渡しながら、フィーアは言った。

「道路の標識を見るに……アジアかもな。あれ、“漢字”ってやつだろ?」

 俺が指差した場所に、案内標識のようなものが道路に落ちている。それは幅3メートルはあり、元々は信号機のほどの高さに掲げられていたもののようだ。

「うーん……となると、中国か日本ってところかしら」

 フィーアはその標識を覗き込むように、その場で屈んだ。

「たしか、第3次世界大戦で先進国のほとんど――中国や日本も壊滅したんじゃなかったか? 真っ先に狙われたって教わったが」

「だけど、SICの前身“地球連盟”の設立に日本は関わっていたはずよ。だから西暦時代には国として残ってたんじゃないっけ?」

 地球連盟――第3次世界大戦後、崩壊した国連の代わりに残された各国により設立された組織。人類が宇宙へ進出を始めると、地球連盟は解散し、新たな宇宙開発組織“SIC”を設立した。

「日本という国、というよりも東アジアの諸国が集まって“東アジア共栄圏”じゃないか? その中に“日本”という地域は存在していたんだろうけどな」

「あの頃の国って、かなりややこしいのよねー。先進国のほとんどがダメになったから、新しいパワーバランスを作るために色んな組織や団体が設立されて、一つにまとまらなかったって聞いたし」

 と、彼女はため息を漏らした。世界が荒れたというのに、主導権を握ろうと様々な手を施そうとするのは、ある意味人間らしいのかもしれない。それこそ大昔の国々だってそうだったわけで。


「……けどさ」


 フィーアはゆっくりと立ち上がり、廃墟の町を見渡し始めた。崩れかかったビルたちの隙間から風がやってきていて、掠れたような音を奏でている。微かに聴こえる虫の音色や、小鳥たちのさえずり。かつて多くの人が住んでいたであろうこの都市には、人の気配は何も感じなくなってしまっているのに、人工的なものと自然的なものが不思議と混ざり合った妙な光景を作り出していた。

「結局、今も変わってないのよね」

「……国がいろいろあって、争い合っているってことか?」

 そう訊ねると、彼女は小さく頷く。

「うん。……宇宙の中の、僅かな生存地域を求めて争い、神々の遺産“アーネンエルベ”を探し求め、血生臭い戦いを続けている。……何年、何千年と時間が経っても、人の本質は何も変わってないのよね。なんだか、やりきれなくなっちゃう」

 フィーアは俺の方へ向き直り、少し哀しそうに微笑んでいた。どれだけ足掻こうが、結局は同じなのではないかと――。

「……ごめん。なんだか、変なこと言っちゃってさ」

 と、彼女はばつが悪そうに視線を斜め下へ落とし、苦笑した。謝る必要なんてないのに――と思いつつ、そういった疑問を抱くのは間違いではないとも思った。

 俺は彼女の方へ歩み寄り、肩に手を置いた。フィーアは驚いたのか、俺の方へ再び視線を戻した。

「こんな血生臭いこと、終わらせるために戦うんだろ? 誰かがやらなきゃなんねぇんだ。俺たちで終わらせてやろうぜ」

 俺は彼女に対し、頷いた。真実を知るために、俺たちはここまで来たんだ。偶然であっても。

「……うん。そうだね」

 フィーアは優しく微笑み、再び歩き始めた。俺もまた、歩を進める。




 俺たちは図書館を探していた。もしくは役所のようなところ。そういった場所には、“情報”があるはず。ここがどこで、なんなのか――一先ず情報を手に入れることになったのだ。

 歪んでいる道路を進んでいくと、巨大な樹木が行く手を遮っていた。それは道路のコンクリートを突き抜け、周囲の建物に絡まりながら鎮座しており、まるで一つの居城のような佇まいを放っていた。

 その樹木に近付いてみると、枝に絡まれて宙づりのようになっている標識を見つけた。そこには漢字で「長束町立図書館」と記載されてあり、その文字の上にルビとして「library」とあった。


「どうやら、あの樹木に飲み込まれた場所が図書館っぽいな」


 俺は腕を組み、ため息交じりに言った。

「みたいね。やれやれ、情報が残ってればいいけど」

 フィーアもまた、同じようにため息をついていた。

 樹木をよじ登り、建物を貫いている巨大な枝による空洞を進んでいった。建物の中はあちこちに枝やツタが這いずり回るようにして広がっていて、自然と人工物が妙に融合した光景となり果てていた。それはどうしてか、美しいとさえ感じるのはなぜだろう。滅びゆくものにそういった感情を抱く――と、昔、講義か何かで聞いたような気がする。

 そうした内部を進んで行き、内部を侵食している巨大な樹木の一部を降りていくと、広大な空間が出現した。壁面には「中央資料館」――「Central Museum」とあった。その名に相応しく、多くの書物が遺されていた。

 この場所は5階層になっており、中心部分が吹き抜けになっている。その奥を、あの樹木が天井へと伸びており、透明だったであろう天井を突き抜け、まるでここを覆い隠すようにして緑を広げていた。

 全ての階には多くの書物が在ったのだろう。そのほとんどが開いただけで崩れるほど経年劣化してしまっており、内容を確認することがほぼできなかった。上の階層の本棚は樹木の根や枝が侵食し、その原型さえ留めていないものさえあった。


「大方予想はしていたが……ダメだな、こりゃ」


 俺は落ちていた書物を拾い上げるも、それはボロボロに朽ちており、手から崩れ落ちてしまった。

「こういった資料って、あくまで一般人にも見れるようにってものじゃない?」

 フィーアはそう言いながら、周囲を見渡す。


「なら、情報を保存するための場所もあるんじゃないの?」

「……なるほど」


 彼女の言葉に、俺はポンと手を叩いた。

 一般人には見せられない貴重な資料や情報――それらはおそらく、劣化しないようにどこかで厳重に保存されているはず。これだけ大きい施設であるならば、そういった場所があってもおかしくないのだ。

「どこか……例えば、ここの従業員でしか入れないような場所、かな」

 フィーアは視線をあっちこっちへ向かわせ、その在り処を探る。すると、彼女は手すりから身を乗り出し、一階の中心にある円状のテーブルに目をやった。そこはおそらくだが、かつてカウンターとして機能していたのだろう、ドーナツのようなテーブルの形だった。

 その中心に、地下へと続いているであろう階段があった。一階ほどの高さを降りると、扉がある。ドアノブの部分にはタッチパネルで入力するものだったのか、小型のディスプレイが備え付けられている。

「これ、当然だけど壊れてるよね?」

 と、フィーアは首を傾げる。

「そりゃそうだろ。ま、必然的に“こうしないと”な」

 俺はそのドアノブを力任せに回した。すると、ドアノブの部分がメキメキと音を立てながらへしゃげ、ドアのロックも外れてしまった。

「……な?」

 俺は彼女の方へ振り返り、手を広げた。

「……そうね」

 彼女もまた、同じように両手を広げた。だが、その意味は俺のものとは同じではない。単純に呆れているだけのように見えた。


 ドアの先は、光の届かない階段だった。ライトを照らしながら、先へ進む。

 足元に気を付けながら進んで行くと、一つの扉があった。それは両開きのスライドドアで、既に半分ほど開いていた。電源が切れたタイミングだったのか、或いは誰かが通ったのか。

 後ろへ振り向いてみると、先ほどの扉から光が多少漏れている。5メートルほど下へ進んだくらいだろう。

 そのスライドドアを抜けると、再び同じような階段が続いている。今度の階段は、かなり下まで続いているようだ。

「普通の図書館って感じじゃないわね」

 階段を下りていく最中、フィーアは呟くようにして言った。さっきまでは人二人が通れるほどの幅があったが、ここからはその半分ほどの幅になっており、俺が先頭で進んでいた。

「だな。やけに地下に潜らせるようになっているが……」

「あまり見せられるようなものじゃないのかも」

「……というと?」

 俺の問いに、彼女はすぐに答えなかった。俺たちの足音だけが、この狭い空間の中で反響しながら飛んでいる。

「……良い内容じゃないことはたしかね」

 フッと、彼女は笑う。

 わざわざ奥に隠している――ってことか。あまり他人に見せたくない、若しくは大っぴらにできない情報があるか。



 しばらく進む――おそらく、5分近くは進んだだろうか――と、一つの扉が鎮座していた。今度の扉は鉄でできており、異様な静けさを纏っているように感じた。幾何学模様が浮かんでおり、凡そそれまでの図書館の雰囲気とはかけ離れたものだった。その扉には鍵がないのか、ゆっくりと押せば開いた。

その先に広がっていたのは、1階部分に相当するほどの広さのある空間だった。そこには、台座のようなものが二列に配置され、広間の奥まで等間隔に置かれていた。その台座の上には、透明なガラス板が備えられている。


「この台座、よく見たらボタンがあるわよ」


 フィーアは手前の台座を覗き込んでいた。全ての台座は不気味なほどに白く、微かにボタンがあるのがわかるくらいにその溝が確認できる程度だった。

「とりあえず、押してみる?」

 彼女はそう言って、俺の方を見る。

「……押したいんだろ?」

「うん」

「……押すなって言っても押すだろ?」

「うん」

「…………」

 子供のように嘘偽りのない双眸で、彼女は頷いた。なぜかはわからんが、少しムカつく。

「部屋は真っ暗で、電気も通ってねぇだろ。押したって、意味ね――」

 そう言いかけた瞬間、彼女は有無を言わさずボタンを押した。その瞬間、亀裂が走るかのように青白い光が台座を駆け巡り、その上に置かれているガラス板に光が広がっていった。順序良く点灯する外灯のように、他の台座やガラス板にも光が広がっていく。室内は一気に明るさを孕み、床や壁、天井全てが真っ白だということに気付いた。

「……すっご。電源ボタンだったのかしら?」

 フィーアはわざとらしく首を傾げていた。当の本人である彼女でさえ驚いているのだから、考えての行動ではないことは確かだ。



『何をお探しですか?』



 突然、女性の声が響く。静かなこの広間に、その声が妙に反響していた。俺たちはその声の主がどこにいるのかわからず、あちこちに視線を配った。

『何をお探しですか?』

 再び、同じ声が聴こえる。それと同時に、その声は“生身の人間”ではなく、このガラス状の板から発せられているものだと気付いた。

「なるほど、AIか」

「不思議、まだ動くっていうのもすごいわね」

 俺たちは妙に感心し、手前のガラス板を見上げた。透明なガラスは、白色のぼんやりとした光を携えていた。


『私たちは“情報格納機関システム”――正式名称は“ノーティティア”。“ノーティ”と呼んで下さい。ここは地熱を利用しているため、電気の供給は永年可能となっております』


 まるで俺たちの心の中の問いを見ているかのように、“彼女”は言葉を発していた。もしかしたら、俺たちの表情や話す内容から何を疑念に抱いているのか……というものを予測する機能でもあるのかもしれない。

「……ここは、どこなんだ?」

 俺はそう訊ねた。


『ここは“日本国”にある長束町になります』


「やっぱり日本だったんだね」

「漢字があったしな」

 フィーアの問いに、俺は頷きながら答えた。西暦時代には先進国の一つであったが、アルマゲドンで甚大な被害を受け、小さな国の一つに過ぎなくなったと聞いた。


「じゃあ、質問。第三次世界大戦って、なんなの?」


 と、彼女はすぐさま質問した。すると、“ノーティ”はその体であるガラス板を点滅させた。情報を検索しているのか、無数の光の線がその表面や内部を駆け抜けていく。


『第三次世界大戦――通称アルマゲドンと呼ばれます。西暦2026年3月11日12時46分、太平洋のハワイ沖、東へ約150キロの地点にて、海中より“謎の都市”と思しきものが浮上。それはさらに5000メートルほど上昇し、そのまま停止。14時28分、全世界のテレビなどのデジタル媒体を介して“首謀者”から映像が送られる。その5分後、その“謎の浮遊都市”から攻撃が全世界へ始まる。アメリカ、ヨーロッパ諸国、日本、中国などの主だった先進国のほとんどが壊滅的なダメージを受け、約53億人近くが死亡。翌12日13時頃、“謎の浮遊都市”は降下を始め、太平洋へと沈む。その原因は不明とされていますが、内部の中央制御コンピューターの機能停止によるものと思われます。それから1週間後の19日明朝、連合国軍による内部調査が行われ、深部にて巨大な水晶体を発見。それがこの都市のエネルギーの核であると断定し、回収する。それは研究機関により“HETERO”と仮称され、後に“アーネンエルベ”と呼ばれるようになりました』


 様々な映像と共に、ノーティはニュースキャスターがそれを読み上げるようにして、淡々と述べた。ガラス体に映し出された映像は、おそらくその“浮遊都市”のものなのだろうか。かなり遠くからの映像なのではっきりとはわからないが、巨大な円盤の上に高層ビルが立ち並んでいるように見える。

「……第三次世界大戦って、戦争というよりも……」

「ああ。一方的な攻撃だ」

 俺は彼女の言葉に合わせ、頷いた。たった一日で、53億人が死んでしまうなんてこと、たしかに“アルマゲドン”と呼ばれる意味も分かるというものだ。


『その“浮遊都市”は、日本の“東博士”が“アベルの都”と呼んでおり、いつしか学会などではその呼称が定着するに至ります』


 アズマ博士……東博士?


 その名前は以前、ローランたちが話していたような気がする。

「その“アベルの都”って、誰が浮上させたの? 首謀者は誰なのさ」

 フィーアはノーティを見上げ、訊ねる。俺たちの世界では“誰”なのかわからない。いや、隠蔽されているだけなのかもしれないが。


『………申し訳ありません。私の権限では、この情報にアクセスできません』


 ノーティのガラス体に「WARNING」と赤字で表示されていた。

「誰なのかわかっているの?」

 質問を変え、彼女は再度訊ねた。しかし、さっきと同じ言葉が返って来るだけだった。

「わざわざこう言うってことは、誰がやったのかわかってるんだろうね」

 やれやれ、と彼女はため息交じりに言った。

「世界が隠そうとしている……なんのために?」

 首謀者を隠す理由はなんだ? そいつを庇っているのか? それとも……。

「それじゃあさ、ノーティ。その首謀者は、どうして世界を攻撃したの?」

 彼女の質問に、なるほど――と思った。俺たちが知りたいのは“誰か”ではなく、“何のために”なのだから。


『……はっきりとはわからないと言われています。ただ、決して人類を滅ぼそうとしたのではない――後に、東博士がそう述べていました』


 また、アズマ博士……か。

「その“アズマハカセ”っていうのが、どうもいろいろ握ってそうね。その都市の名前だってその人がつけたんだし、たしかエレメントのことを世界で初めて学会で発表したってのもこの人なんでしょ?」

「らしいな。……第三次世界大戦に関わってるのかどうかわからんが、こんだけ名前が出てきてんだ。キーマンに違いねぇだろ」

 俺はノーティに近付き、見上げた。

「東博士の情報、出せるか?」

 そう訊ねると、再び複数の光の線が駆け抜けていく。


『……東博士のデータにアクセスしています……OK』


 その瞬間、ガラス体に無数の文字が浮かび上がる。


『“東 空(アズマソラ)”、西暦1990年生まれ、死没年月日は不明。2018年頃から考古学者として活動し、その業界では“異端児”或いは“変人”と呼ばれた人物。2026年、政府の許可を得ず“アベルの都”に立ち入っていたとして逮捕されるも、嫌疑不十分で保釈される。2028年、ドイツで行われた学会で“地球エネルギーについての多角的な視点について”という論文を発表し、その中で“エレメント”と呼ばれるエネルギーを提唱し、物議を醸した。2030年、国連による“アーネンエルベ”の研究機関である“特務機関カナン”設立に関わるも、その後消息を絶つ。事件に巻き込まれたのではないかと捜査が行われるも、現在に至るまで行方不明となっています』


 アーネンエルベの研究機関設立に関わった後に、消息を絶つ……? というよりも、国連の研究機関に在籍していたのか? それだったら、結構な人物なのでは……。


「ねぇ、ノーティ。特務機関……“カナン”って何?」


 考え込む俺をよそに、フィーアは質問を投げかけた。だが、彼女の問いも頷ける。“カナンの民”――それと同じなのだ。


『“カナン”とは、“アベルの都”にて発見された異質物体“HETERO(ヘテロ)”の研究を主とした機関であり、第三次世界大戦後の国連により立ち上げられました。東博士、イヴリース博士、CERN(セルン)所属の研究者らが設立に大きく関わったとされています。具体的な研究目的は“HETERO”――“アーネンエルベ”の運用及び解析。そして、新エネルギー“エレメント”の研究のようです』


「……『のようです』って、憶測なのか?」

 さっきから、“されている”だの“ようです”なんだの。まるでそう伝えられているかのようじゃねぇか。


『特務機関カナンに関しては情報が開示されていない部分が非常に多く、各国の代表者や関係者の発言から分析し、おそらくそういった内容の研究をしているのではないかと言われています』


「……カナンの民と関連があるのかと思ったけど、これじゃわかんないわね」

 そう言いながら、フィーアは小さくため息を漏らした。

「たしか、PSHRCIに指導者――“導師”とウルヴァルディはカナンの民なんだろ?」

「え? ああ、うん。導師本人から聞いたわけじゃないけど、ウルはそう言っていた」

 アーネンエルベをあるべき場所へ――カナンの民の下へ。

 その思想が本当であるなら、アベルの都を浮上させた人物もカナンの民なのだろうか。そして、東博士……。


「ノーティ。東博士は、日本国出身だったよな? じゃあ、出生地はどこら辺になるんだ?」

『データ照会中……出生地は長束町3丁目5号13番地になります。ここから徒歩で南西に約78分の旧住宅街です』


 おいおい、マジか。そんな近くになんのかよ。

「変に出来すぎだね。たまたま飛ばされた場所が日本で、しかも東博士の出生地の近くってのは」

 フィーアも同様に、怪訝そうな表情を浮かべていた。たまたまそうだった――という可能性の方が高いのだろうが、それでも何らかの力が働いていたのではないかと勘繰ってしまう。

 何らかの力……?



 ――ヒトは、それを“運命”と呼ぶ――



 電流が走るように、突き刺さるような痛みが頭に迸る。苦痛に顔を歪め、俺は思わず片手で顔を覆ってしまった。

「ゼノ? 大丈夫?」

 急なことに、フィーアは俺の肩に手を置いて声を掛けた。

「あ……あぁ、いつものやつだ。もう、大丈夫」

 痛みの残滓があるものの、苦悶するほどではなくなっていた。

「……それより、ノーティ。その場所までの道筋を教えてくれ」

『畏まりました。最短ルートを表示します』



 俺たちはノーティに記された道筋をメモに写し、いくらかの情報を所得してこの場所を後にした。

 その情報とは、まず地球は環境の激変により居住地が減ったわけではないということ。宇宙へ居住区を移した理由もまた別のようだ。

 そもそもアルマゲドンにより、当時の先進国と言われる国々が崩壊したことで、世界の統制がままならなくなったという。その中で世界を先導したのが、“CIVETS(シベッツ)”と呼ばれる複数の新興国である。

 人口が激減したことにより、当面の問題であった食糧問題と環境問題に関しては回避できたという。そのため、CIVETSは打撃を受けた新興国ではなく、先進8か国を優先的に支援。復興に力を注いだ。また、CIVETSは国連での地位向上を図り、主要ポストを支配するに至り、後の“地球連盟”設立の先導をした。

 当時の世界経済と言えばアメリカドルだったが、アメリカが最も被害が大きかったため、ドル本位制の経済は破綻。そのほか、中国・日本・EUといった先進国の貨幣も暴落し機能不全になってしまった。

 国連組織の一つである国際通貨基金IMFと経済開発協力機構OECDにより、新たな貨幣への移行が提案されたという。そう、世界人口が7割以上も減ったため、民族自立の意識が薄らぎ、互いに寄り添う――様々な人種の壁を超えようとしたのだ。そのまず一歩が、貨幣だった。

 たしかに、現在存在してある“東アジア共栄圏連合”も、元々は東アジアの国々の集合体であり、イスラム系の“ILAS”も、アラブ系移民などが中心となって設立された国だ。多少の民族同士の隔たりはあるものの、アルマゲドン以前の世界のように国々が多く分かれているわけではない。

 人類が宇宙への進出に抵抗が少なかったのも、“何らかの危機”に対して全ての民族が協力したためだという。その“危機”というものが何なのかは、これもまた最高機密のようで開示してくれなかった。

 こういった情報は今の時代に伝わっていない。単純に不要だからというわけではなく、悪意があるように俺は思う。というのも、いつの世も“政府”は“国民”に余計な情報は与えないものだからだ。知識は、時として毒にもなり得る。自分たちに歯向かう刃になるかもしれない。

 地球へ行かせたくない理由は不明だが、それを変に探らせないために、様々な経緯というものを全て秘密にしているのかもしれない。

 地球に行きたい――そんな幻想を抱かせないために。





「でもさ」


 図書館を出、崩れたビルの瓦礫の山を歩きながらフィーアは俺の方へ振り向いた。


「結局、変わらなかったってことよね」

「何が?」


 そう訊ね返すと、彼女は少しだけ俯き、ゆっくりと上空を見上げた。

「アルマゲドンの後、人類は互いに協力し合おうと試みた。ノーティの情報だけで言えば、私にはそう見えた」

 彼女は空を見上げたまま、続ける。

「……でも、同じことをしてしまってるってことだよね。何千年経っても、大きな危機を乗り越えても、私たち人類は争い合っている。ただ単に、場所と時代が変わっただけで……さ」

 俺たちの上にある青空には、雲一つない空色だけが広がっていた。その美しさとは対照的に、彼女の言葉には形容しがたい寂しさが孕んでいた。

 どこに行っても、どれだけ時を経ようとも。

 俺たちは戦い、争い、血で血を洗う。



 その結末は、どこにあるのだろう。その果てに、何が残るのだろう。

 いや、果てなどあるのだろうか。


 そう思えてしまうほどに、この世界の空は、何よりも美しく純粋であるように感じた。


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