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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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49章:魂の還る地 彷徨う心の在り処は


 地球――それは、俺たち人類生誕の星。


 学院で習った“地球”というのは、特別宙域に指定されかなり限定的な出入りしかできない星である――と教わっていた。第三次世界大戦や環境変化などがあり人の住める場所はほとんどなくなり、いわば“禁断の聖地”とまで言われるほどになっていた。


 その場所に、俺は立っている。


 いや、確証はない。だが、確信している。それは今、俺自身が体感しているこの大気や風、青い空や海のさざ波。あらゆる景色と音やにおいが、己の奥底に眠り続けていた故郷への憧憬を呼び起こしたのだ。それを他者は“勘”とでも言うのだろうが、それを遥かに超えたものに近かった。

 忘れられるはずがないのだ。どれだけ時を経て、世代を重ねようとも。

 俺の中に息衝く、母なる星への回帰願望。

 身震いするような衝動と、鳥肌が全身を駆け巡る感覚。


 ここは、俺たちの故郷なのだ。




 49章

 ――魂の還る地 彷徨う心の在り処は――




 それにしても、なぜ地球にいるのだろうか。

 巨大な光に飲み込まれ、気付けばここだった。何やら多くの夢を見ていたような気もするが、既にそれは雲散霧消してしまい、心の深淵に潜む闇の一部となってしまっていた。


 ともかく、仲間を探そう。


 俺がここへ辿り着いた――というよりも転移されたと考える方が可能性は高いだろう――ということは、他の奴らもここへ飛ばれているはずだ。尤も、偶然にもこの星へ飛ばされたという可能性はあるのだが。


 小高い丘を歩き、俺は海の方へと向かった。雑草を踏みしめながら歩く、というこの感覚さえ新鮮なものだった。大地の感触とは、こうした雑草も含めているようにも思う。いつもコンクリートで塗り固められた場所を歩き続けてきた自分としては、違和感に近いものではある。しかし、こうして歩くだけで、柔らかな草原を歩くというのは膝への負担が軽減されているように感じる。歩く際の衝撃を和らげる効果があるのではないだろうか。


 海との間には、草原とは全く違う白色の砂が広がっていた。海の蒼さと、微かに土色を含んだ白い砂浜と、緑色の景色広がる草原。三食のコントラストの上に広がる、青い大空。世界を包み込むその空に勝るとも劣らない、大海原。たしか、かつて地球の70%以上を占めるのがこの海だと教わった。地球が生命の故郷だと言われる所以は、この海にあるのだ。

 砂浜に立ち、海を見つめる。

 朝日――というのだろうか。まだ空の中央へ上がり切っていないそれは、宝石の如き輝きを海に降り注いでいた。波の動きと共に、その輝きは様々な動きを見せている。


 どうしてか、涙が出そうだった。


 なぜ、そう思うのかはわからない。地球であると確信させるものの全てが、この光景に含まれているからだろうか。

 なんとなく空を見上げ、まぶたを強く閉じた。瞳の上に浮かんだ涙を絞るかのように。そして顔を下ろし、再び大海を望む。潮風とともに、その香りが鼻を通じて脳に伝わる。不思議な香りだが、しばらくそれを感じていようと俺はゆっくりと深呼吸をした。


 ――その時、俺は気付く。


 波打ち際から、そこまで離れていない海の上で何かが浮かんでいる。それを認識する前に、俺はそれが“人”であることに気付いた。

 俺はすぐさま靴と上着を脱ぎ海へと飛び込んだ。泳ぐことは得意なので、問題ない――と思っていたが、想像以上に波が厄介だった。それは浜辺へと押し返そうとしていて、うまく前へ進めない。

 それに、思ったよりも海は冷たかった。大気はちょうど良い気温だったが、朝方の海はどうやら冷えるようだ。

 海を掻き分けるようにして進み、10メートル以上進んだだろうか。まだ先に浮かんでいる人の顔が、少しずつ見えてきた。


 その人物に、俺は思わず声を上げてしまった。

 金色の髪が、海の上でなびくようにして浮かんでいる“彼女”は――



「フィーア!」









「引き上げたはいいが……息してねぇ……!」

 なんとかフィーアを浜辺まで連れて行けたが、彼女は息をしていない。海水を飲みすぎてしまったのだろうか? こういう時は何をするべきなのか、天枢学院での訓練で学んできた。しかし、いざやろうとすると多少の迷いが生じる。


「……あぁ、くそっ! 既にこいつとは一度しているから、今更迷う必要はねぇだろ!」


 俺は自分を奮い立たせるためなのか、心の声を外に出してしまった。あの時――ジュピターコロニーでキスしてしまったんだから、気にするだけ無駄だ!

 俺は意を決して、彼女に人工呼吸を行った。そして、心肺蘇生のために心臓マッサージも交互に行った。

顔色は悪いが、体は冷えているものの多少温かい。息が止まったのは、そんなに前じゃない。これくらいならば、すぐに蘇生させられるはずだ。


「ゲ……ゲホ、ゲホッ!」


 フィーアの口から、咳と共に水が出てきた。彼女は気を失ったままだが、呼吸はしているようだ。しかし、どれくらいの時間を海で漂っていたのかわからないが、体が冷えている。服も濡れているので、体温調節がままならない。このままでは体温低下で危険かもしれない。


「……おいおい、マジか……」


 俺はそう呟いてしまった。そう、あることに気付いたからだ。

 服が濡れている、つまり脱がすしかない。体が冷えている、暖めるしかない。暖めるのは容易だ。俺には炎熱系のエレメントが扱える。その辺りに“フレアボム”を放てば驚きのキャンプファイヤー並みの暖かさが出現する。問題ない。


 問題なのは“服を脱がす”ということだ!


 さすがに女の服を脱がしたことは、人生経験上ない。いや、もしかしたらガキの頃、乳飲み子のサラを風呂に入れるのに脱がしたことはあるかもしれないが、あんなのはノーカンだ!

「だぁー! 迷ってる場合じゃねぇのはわかってんだ!」

 放っておけば、本当に危ないかもしれない。この期に及んで、何の恥ずかしさだというのか。もうキスしてしまったんだ。裸を見るくらい、大目に見やがれってんだ。

 俺は再び意を決し、彼女の服を脱がした。なるべく見ないように、肌に触れないように――と意識するが、どうしようもなく触ってしまうこともある。

 服とスカート、その他諸々脱がしたところで、俺は最後の難関にぶち当たる。

「下着……脱がすしかねぇのか?」

 白い肌の上にある、ブラと下着。それは彼女に似つかわしくない、淡い黄色だった。

「ぐ……くっそぉ! 目を瞑りながらならいいだろ!」

 もし誰か見たら、変質者にしか見えまい。叫びながら女性の下着を脱がそうとしているのだから。


 俺は三度意を決した。






 ―――――――――――――――――――







 私は夢を見ていた。私が“誰か”だった頃の。

 私は誰なのだろう。でも、その夢の中で私は、()()()()()()()()()()()()()


「綺麗な髪ね、レア」


 そう言って微笑む女性。“幼い私”の髪をとかしながら。

「あなたには、きっと素敵な王子様が迎えに来るわ」

「おうじさま?」

 意味を理解できない“私”は、たどたどしく聞き返した。

「あなたを幸せにしてくれる、世界で一番大切な人のことよ」



 でも“私”に幸せは到来しなかった。

 今までも――


 ……今までも?



 いいえ、違うわ。


 私には……いつも、大切な人が存在した。

 あの眼差しを覚えている。あの吐息を覚えている。あの切なさを、ずっと覚えている。



 ――さぁ、行こう。外へ――

 ――君たちを護るから――



 ――今度こそ……今度こそ――



 ――一緒に生きよう――






 ―――――――――――――――――――






 俺の上着を彼女に掛け、両手で抱えて草原を歩いた。この場所では、風が強い。どこか、風邪を凌げる場所はないかと進んでいると、先ほどの小高い丘の先に半壊した砂色の建物が佇んでいるのが見えた。

 そこはおそらく、かつてビルだった建物だった。そのほとんどは土に埋もれてしまっており、顔を出しているのは屋上部分とその下の階層のみで、しかも斜めに傾いていた。半壊した窓が開いていて、それがまるで三角形の入り口のようになっており、中に入れるようになっていた。

 中に入ると、天井の部分があちこち崩落しており、太陽の光が差し込むことで意外と明るさが広がっていた。うまいこと崩落した瓦礫がパズルで組まれた床のようになっていて、俺はとりあえず彼女をそこへ置くことにした。


 さて、ここで難関の一つ。


 体を冷やさないためにも、彼女の体に掛けていた俺の上着を着せなければならない。まぁ目を瞑りながらなんとかできるかもだが、それでも俺にとっては勇気のいる話だった。

 俺は四度目の意を決し、服を着せにかかった。その際――本音で言えば、多少の下心もあったのかもしれないが――、ふとした瞬間に目を開けてしまい、彼女の裸体が視界に入ってしまった。

 しまった――と思った刹那、俺はすぐさま別の感情が自信を支配していくことに気付く。


 透き通るかと思うほどの白い肌。

 柔らかな朝日を浴びて、その肌は水面のように輝いているように見えた。

 女性特有の肌の柔らかさが、触れていなくとも指先に伝わるほどに艶やかだった。


 そして俺は何より…………()()()…………と思っていた。


 今まで見たものの中で、最も尊く、純粋で清純な存在。

 穢れを知らない子供のように眠る彼女は、それこそこの世に存在し得ない――――そう、まるで――



 天使のようだった。



 その見とれていた時間がどれほどだったのかわからないが、俺は唐突にハッとし、小さく頭を振って彼女に服を着せた。彼女の乳房も目に入ってしまったものの、変な気など一切起きなかった。

 人は人を美しいと思った時、それ以外に何も抱かないのだと――初めて知った。


「…………」


 俺はそのまま彼女に服を着せた。とにかく、彼女を暖めねば――と。

「枯葉を集めて、そこに火を点けて……瓦礫で囲めばいいか」

 俺はそう独り言を呟いて、行動を始めた。





 ―――――――――――――――――――――




「ん……」

 じんわりと、暖かさが体を覆う。だけど、足先や指先はかなり冷えているのが分かった。それと同時に、私は上半身しか服を着ていないことに気付いた。しかし、頭がぼんやりとして、自分がどうしてここにいるのかということも含め、そんなことを気にすることが出来なかった。

 体を起こし、少し離れたところに火が灯っている。それが暖かさの証拠であるとわかり、この空間に存在する明かりはそれだけだった。コンクリートに囲まれているけれど、天井のあちこちは崩れてしまっていて、闇夜が広がっているのがわかる。


 ――そして、私は気付く。仄かに灯の光を受け、暖色に染まる彼に。


 彼は……壁にもたれるようにして座り、腕を組んで眠っていた。上半身は裸で、私が着ているこの服は、彼が着せてくれたものだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

 周囲を見てみると、私の服や下着が紐のようなもので壁から吊るされていて、おそらく乾かそうとしてくれているのだろうか。


 ……ということは、裸を見られちゃったのか。


 変に気恥しくなりつつも、彼とは以前、キスしてしまったことがあるから特段気にすることの程ではない――と、少し無理のある納得の仕方をした。


 正直、恥ずかしさの方が強いのに。


 気怠さの塊のような体で、私は彼の方へと歩み寄った。珍しく、小さな寝息を立てて眠っている。普段は気を張っているためか、あまり彼のそういった姿を見たことがない。だからか、なんとなく、少しだけ、特別だな――と感じた。

 体に目をやると、筋肉質な上半身には真新しい傷跡が多く残っていた。それらの一つ一つに、きっと様々な感情が含まれている。憎しみや哀しみ、或いは愛おしさ。


 誰かを護るための、傷も……。


 なぜか、私は彼の体に触れようとした。意味はないように思うのに……なぜだろう。

 二の腕にある細長い傷跡に触れ、私はゆっくりと掌を被せた。

 ……冷たい。

 私のせいで、彼は服を着ていないのだ。それは当然だった。きっと、彼は“男なんだからしょうがねぇよ”なんて言いそうだけれど、それでも少し罪悪感を抱いた。



 私はその場に跪き、彼を抱きしめた。



 理由は――わからない。でも、そうしたくなったのだ。

 彼が私に与えてくれたこの服の温もりを、彼に分け与えたい。そう思ったのかもしれない。

 彼の体から、触れ合う場所を通じて冷たさが伝わってくる。私の体温が、触れ合う肌から彼へ奪われていく。

 どうしてだろう。それが、嬉しく感じるのは。


 どうして、私はそんなことをしたのだろう。

 その時の私には、何も理解できなかった。


 けれど、それはどことなく、不思議と優しい空間だった。

 だからなのか、私の心は混ざり気のない充足感に満ち満ちていた。




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