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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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48章:母なる星 命の故郷へ



 エルダの肉片も何もかも、消えてなくなっていた。まぁあったらあったで、気味が悪いだけではあるんだが。

 あれだけの損傷を受けて尚、生きていられるってことは……あの女、ただの人間じゃない。俺たちチルドレンとも違う。本当に人なのかと言いたくなる光景だった。



 ――私を食べて――



 いったいどういう意味なのか。


 そう考えるだけで、薄気味悪くなってしまう。おそらく、言葉の真意はもっと別なのだとは思うが……胸元辺りから上しかない体で、しかも心臓部分に大きな風穴が開けられたというのみ、嬉しそうに笑っている姿は何よりも不気味だった。


「大丈夫?」


 ディアドラの声で、俺はハッとした。後ろへ振り返ると、疲れた表情の彼女が立っていた。

「あ、ああ。俺は大丈夫」

「それならよかった……」

 ディアドラはホッとしたように、胸を撫で下ろした。そこへ、サラもゆっくりとではあるが、しっかりとした足取りで俺たちの方へ歩いていた。

「おい、サラ。平気なのか、傷は?」

 俺は思わず、彼女の下へ駆け寄った。

「う、うん。ディアドラがエレメントを掛けてくれたから、傷も塞がった。でも、“ダアト”は使えないみたい。……なんでだろ」

 不安そうな表情で、サラは自信の掌を見つめていた。

「単純に想像以上にダメージを負ってるってことだろ。エレメントは肉体というより、精神力に影響される概念だ。体は元気でも、精神ストレスが大きいんだよ。それに、何度も“ダアト”を使役したからってのもあるだろうし」

「……そう、かな」

 それでも、彼女は拭い切れない違和感を抱いているようだった。しかし、彼女はそこでハッとしたのか、俺を慌てた様子で見つめてきた。体のあちこちに目をやり、段々辛そうな表情を浮かべ始めている。

「すごいケガ……大丈夫なの?」

 たしかに、俺の体はボロボロだ。上半身の服はまるでミキサーにかけられたかのように千切れていて、裂傷の数が尋常ではない。既に赤黒く変色した血もあれば、まだ流れているところもあった。


「“ティファレト”を使役しているからか、痛みは感じねぇんだ。笑っちゃうだろ?」


 と、俺は自嘲気味に笑った。そうせざるを得なかった。

 だが、サラは俺と同じように笑うことはなかった。視線を下に向け、少しずつ顔を伏せていった。

「……いつも、護られてばかり。私って、本当に足手まといだな……」

 まるで独り言のように、サラは言った。そして、ハハっと自分を嘲笑った。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、俺を見つめた。それは――今にも崩れそうな、脆く、か弱い彼女の表情が浮かんでいた。彼女の双眸には涙がたまっていて、辛うじて下まつ毛によって流れ落ちないほどで、それを我慢するかのように口は一文字に結んでいて。

 そこに、いつかの“彼女の姿”がだぶって見えた。そう、俺をまだ“お兄ちゃん”と呼んでいた頃の姿に。


「ごめんね、ゼノ」


 小さくも、はっきりと彼女は言った。何を謝る必要があるのか――そう怒鳴りたいほどに、彼女の罪悪感は俺の胸に直撃してきていた。

 俺はゆっくりと彼女の頭に血だらけの手を乗せた。そして、彼女に伝えるべき言葉は何なのか、100%わかっていた。


「助けられたのは、俺の方だ。ありがとう、サラ」

「――――!」


 俺の言葉に、サラはびっくりしている様子だった。彼女はディアドラの方にも顔を向け、これが本当なのか確かめていた。

「……おいおい、そんなに珍しいことかよ?」

 と、俺は思わずため息をついた。

「だって、ねぇ?」

 ディアドラは苦笑しながら、手を広げた。今まで俺がサラを褒めたことなんてほとんどなかったから――というのはわかっているんだが、それにしたって大げさじゃねぇかと思う。

 その時、サラが不意を衝くかのように俺の胸元に飛び込んできた。銀糸のような髪の毛が、俺の手肌に少しだけ触れた。


「ありがとう、ゼノ」


 小さい声で、それでも辛うじて聞こえるほどの声で、彼女は言った。俺は思わずフッと微笑み、彼女の肩に手を掛けた。

「なんでお前が礼を言うんだよ。俺の方だってんだろ?」

 そう言うと、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま小さく顔を振った。


「……そう言ってくれて、ありがとう……って意味」

「…………」


 どうしてか、その言葉は――ずっと昔、どこかで聞いたような気がした。自分でない誰かが、或いは自分でないか誰かであった時に、といった表現の方が正しいのかもしれない。己の心の奥底に沈んでいた、一つの宝物のように。




 48章

 ――母なる星 命の故郷へ――




「さて、と。とりあえず、目的のものを探すか」


 俺たちの目的はこの塔の最上部にある照射台を起動させ、“マクペラの壁”を破壊すること。この円錐状の部屋の奥に、コンピューターがずらりと並んでおり、その前面にはかなり厚めのガラスが張り巡らされており、月の大地――白い平原と宇宙の暗闇が視界の真ん中で分かたれている。

「これらが、照射台……の装置なのかな?」

 それらを見渡しながら、サラは言った。

「ここが最上部だとすれば、間違いなくそうなんだろうが……」

「待って、確認してみる」

 ディアドラはそう言って、コンピューターの前の椅子に座り、キーボードを軽やかに打ち込み始めた。そう言えば、後衛タイプのエレメントを得意とするチルドレンは、こういったことも訓練の中で多く勉強しているため、コンピューターに強いのだ。チルドレン特有のCG値は、あくまでエレメントの能力の高さ。どちらかと言えば、身体的な能力の高いチルドレンになる。だからか、俺やディンのようなハイクラスのチルドレン――ディアドラもハイクラスに相当するが――は、あまりコンピューターの扱いに長けている奴はいない。

「……えぇっと、“システム・マクペラ”……これだね」

 彼女の言葉と共に、画面にいろいろな数字や言葉が映し出される。



“SYSTEM・MACHPERAH”


 稼働率 99.8%

 中央制御システム“LEINE”――接続済

 E.S.I.Nとの接続状態――良好 正常に稼働しています。

 リンク率合計168.4%

 防衛システム、異常なし。



 いろんなことが表記されているが、意味は分からない。ただ、これが指し示しているのは、A班の作戦がまだ完了していないということだ。

「何か……あったのかな?」

 と、サラは不安げに言った。

「こっちでもエルダたちが待ち構えていたんだ。あいつらの方でも、敵が待ち伏せしていた――って考える方が妥当だろうな」

「でも、ローランさんの“セフィラ”があれば、なんとかなるんじゃ……」

 ディアドラの言葉に、俺は首を振った。

「必ずしもそうじゃない。エルダだって、セフィラを持っていた。中将もそんな口ぶりだったしな」

 中将も何かしらの力――“セフィラ”を持っている可能性は高い。それに、エルダのセフィラ……たしか“イェソド”と言っていただろうか。能力ははっきりとしていないが、サラの“ダアト”を打ち破るほどの力があるってことは、相当なものなのだろう。



 その時――



 頭の中に、一本の線が入り込んできたかのような痛みがほとばしる。それはほんの一瞬だったが、顔を歪めるには十分だった。

「なんだ……?」

 体の奥底が、共鳴し始めている。それは俺の体内にあるエレメントが、()()()()()()()()()()()()()()()


 何か――とは?


 わからない。だけど、わかっているような気がするのはなぜだ。

「うっ……」

 傍にいたサラが、その場にうずくまった。脂汗が出てしまいそうなほどに顔を歪ませ、まぶたを強く閉じていた。

「痛い……頭が……!」

 それはディアドラも同じだった。俺以上に、彼女たちは痛みがひどいようだった。


 なんだ、この――空間に広がりつつある“何か”は?


『ゼノ! 聞こえるか!?』


 その時、俺たちの連絡手段であるピスティから声が漏れてきた。雑音が入り交じり、通信が不安定なことが窺える。


「ロ、ローランか?」

『おお、無事か! まずいことになった! 早くそこから脱出してくれ!』


 焦燥感に駆り立てられているのか、ローランの声は俺たちを急かすように早口だった。


「な、なんだ? 何かあったのか?」

『まずいんだ! の、呑み込まてしまう!』


 呑み込まれる……? いったい、どういう意味だ?



「うっ……あ……あぁ……」



 光が広がる。

 サラを中心に、紺碧の光の円環が何層にもなって広がっていった。彼女の体が光りの中心となり、ゆっくりと浮遊し始めていた。

「サ、サラ!?」

 手を伸ばすも、彼女はどんどん上昇していく。それと同時に、光も強くなる。そして、俺たちを襲う頭痛もその間隔を速めていき、俺もディアドラも立っていられなくなるほどになっていった。


『これは――! くそ、まさか――フィーアまでがそうだったってのか!』


 ローランが叫んでいる。それが何を意味しているのか、まったくわからなかった。それよりも、視界が歪む。吐き気までするほどだった。俺の中にあるエレメントが、暴走しているかのようだった。


「や……めて」


 サラは小さく、言葉を漏らした。酩酊しているかのような意識の中、視界にあった彼女は何かに抗うように、頭を両手で抱えて体を揺さぶっていた。



「私に――語りかけないで! やめ――やめてぇぇぇ――!」



 彼女の叫び声と共に、光が爆発する。




 超新星(スーパー・ノヴァ)――




 その表現が、正しいと思えるほどに。















 俺の意識は、どこにあるのか。

 自分自身にも、それがわからない。

 現実のいるのか、それともまどろんだ夢の中にいるのかさえ。


 それでも、微かに聴こえてくるのは誰かの声。

 俺を呼んでいるんじゃない。

 その場で話している。誰かに向けて。



 ――神々が遺した、我々人類のための神――

 ――人類の英知の宝庫たる、古の大都“アンフィニ”――


 ――そして、星の遺産――


 ――貴様ら神の眷属に対抗するために、星と生命が生み出した――

 ――この世界に、貴様らは必要ない。人は己の足で、歴史を創るのだ――


 ――未来を創造するのだ――



 誰の声だ?

 だけど、俺は――俺の中の誰かは、その声の主を知っている。

 遥か遠い昔から。


 友人?

 …………

 …………


 そうか、憎いんだな。


 貴様のせいで、俺は――

 貴様の“原初の人類”――



 ――神だの人だの。そうやって、くだらないものに縛られている――

 ――俺たちは、ただのヒトだよ――


 ――ただの、ちっぽけなヒトだ――



 少年の声。おそらく、俺と同じくらいだ。



 ――明日も、未来も……俺たちが創る――

 ――だから、お前の創る世界なんていらない――




 ――アベル――







 聞き慣れない音が、耳へ優しく到達する。

 澄んだ大気が喉を通って、俺の肺を埋め尽くす。

 暖かい光が閉じたまぶたを覆いつくし、微かにその明るさを感じる。


 ゆっくりと、俺は目を開ける。そこに広がっているのは、青い光景。淡い白い模様があちこちに広がっているものの、ほとんどその青さが視界を埋め尽くしている。

 そこで漸く、俺が仰向けになっていることに気付いた。少し顔を右へ向けると、柔らかな雑草が生い茂っており、いくつかは風に揺らされながら俺の頬をその先端で突っついていた。それが妙にこそばゆくて、自然と指先で頬をかいていた。


「ここは……?」


 自然と言葉が漏れ、俺は体を起こした。視線の先に、聞き慣れない音の正体があった。

 遥か地平線――ずっと先まで広がる、水の平原。それは……海だった。なら、あれは波の音だろうか。ゆっくりと音が流れていて、それはまるで時の流れさえも変えているかのようだった。


 じゃあ、上に広がるのは……空だ。


 世界を覆いつくしているかのような、青い天井。だけど、あの青さの先に壁があるわけじゃない。あのずっと向こうには、深淵の宇宙が広がっているのだから。

 でも、なんて美しいのだろう。

 それは言葉で形容しがたいほどに、美しかった。この空も、海も、草原も。

 何もかもが、資料などで見聞きしてきたものだったが、実際に見たことはなかった。これほどまでに心を揺さぶるのは、きっと俺たち人類が――生命が、生まれながらに“ここが故郷”だと認識しているからに違いない。



 そう、ここは地球だ。


 俺たち人類の故郷――地球なんだ。



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