47章:反目する、咎を背負いし者たち⑤
小隕石たちが降り注いだ。
しかし、轟音が鳴り響いただけで俺たちは一切ダメージを負っていなかった。
俺の前で、天に両手を掲げるようにして――まるで上から落ちてくる巨大なものを抑えるようにして、サラが立っていた。
サラがエルダのエレメントを防いだのだ!
「あら、さすが。この程度の“原星古語”じゃ意味ないわね」
わかり切っていたように、エルダは言った。あの程度って……今まで感じたことも見たこともないほどの強大なエレメントだったぞ。受けていれば、全滅しかねないほどの威力だった。
だが、サラはそれを防いだ。
「だ、大丈夫?」
サラは手を下げ、心配そうに俺の方へ目をやった。
「あ、ああ。すまん、助かった」
驚きつつも、こうしていられるのもサラのおかげだ。彼女の力――“ダアト”は、想像以上のものなのかもしれない。
その時――
「バースト、Lv8!」
エルダの背後から飛びかかるように、ディアドラがエレメントを発動した。
「甘いわね」
「!?」
一瞬にして霧になったエルダは、逆にディアドラの背後をついていた。そして見えない衝撃波が彼女を吹き飛ばした。
「ディアドラ!」
俺はこちら側へ飛ばされたディアドラを受け止め、その場へ着地した。しかし、エルダはすぐさま印を結んでいた。
「閻魔の審判――全てを薙ぎ払いなさい――“ウルテイル”」
エルダの掌から無数の光が天井を覆うようにして広がり、そこから光が今まさに降り注がんとしていた。
「やっべぇな……ディアドラ、手を貸してくれ!」
「了解!」
俺はディアドラと互いの片方の掌を合わせ、シールドを展開させた。
「ダブル・シールド、Lv10!」
巨大な水晶色の防御壁が、俺たちを囲むようにしてドーム状に広がる。天空から降り注がれる光の雷は、この防御壁に当たる度に轟音を放ち、大きく振動させた。
「まだまだこんなもんじゃないわよ……殺戮の嵐、疾風の帝王――“ガヴァルゲノス”」
防御するだけの俺たちに、追撃するようにエルダはエレメントを発した。これもとびっきりでかいエレメントの振動だ!
「私に任せて!」
サラは俺たちの前に立ち、両手を広げた。光の雷たちと共に、破壊を誘うかのような漆黒の巨大な竜巻が迫ってきている。
「星と命の言霊――“スーパー・ノヴァ”!」
彼女を中心として、紺碧色の光が広がる。それは一瞬にして目の前の竜巻と光の雷に纏わりつき、発光と共にその姿を消し去っていった。
「……私のものがまったく効かないわね。やっぱり、どう足掻いても従属するしかない――か」
ふぅ、とエルダはため息をついた。
「そうか……なんとなくわかったぞ」
「え、何が?」
と、ディアドラは首を傾げる。
「サラの力……“ダアト”の力だよ。あれはたぶん、エレメントを強制的に消去する――みたいな能力じゃないか?」
ゴンドウ中将が急に動きが悪くなり、エレメントの攻撃が効くようになった。そして、エルダの発動したエレメントも消滅した。
「おそらく、あらゆるエレメントを停止・消滅させ、その効力を無くす。つまり、相手は生身の体で戦わなくちゃいけねぇってことだ」
「そっか……エレメントは肉体の増強にも関わっているから、単純に身体能力が減少しちゃうんだね。エレメントに依存していればしているほど、“ダアト”の力も発揮されるってことか」
「……よくわかんないけど、相手のエレメントは意味がないってことだよね?」
と、サラは自信無さげに言った。当の本人もわかっていないのだから、俺たちもよくわからんと言うのが本音だが……。
「まぁ、大方あなたたちの言う通りかしら」
宙に浮き、エルダは言った。
「“ダアト”――神々が与えなかった唯一の力。それは“星の幼子”と呼ばれる、星そのものの力と言っても過言ではないわ。だからこそ、特殊なのよ。私たちのように“歪な生命”にはないものを持っている」
エルダは自身のさらけ出している太もも辺りを指でなぞりながら、小さく笑っていた。
「知りたいと思わない? なぜ、そうなっているのか」
「……なんだと?」
俺は問い返した。
「疑問に思ったことはない? この世界の成り立ち、そしてこの世界に何が起きようとしているのか」
「……何か起きるとでも言いたげだな」
俺がそう言うと、まるでその言葉を待っていたかのようにエルダはふふと微笑んだ。
「世界は滅びるわ。そう遠くない未来……それこそ、私たちが生きている間に」
思わず、呆れてしまいそうだった。そういったことを本気で言う人間が存在するとは。
「妄想もそこまでいくと滑稽だな。何を根拠にそんなこと言ってんだ?」
「私たちGH――PSHRCIも、MATHEYも……この世界は死にゆくことを知っている。それは緩やかにではなく、眼前に迫っているということを。それを打破するためには、全てのセフィラとアーネンエルベが必要なのよ。星が与えた、最初にして最後の救済――とでも言えるのかしらね」
自嘲するように、奴は笑う。
本気で……言っているのか?
「……だからって、多くの人を殺していい理由にはなんねぇだろ」
「歴史を振り返れば、同じじゃない。人は殺し合いを経て、平和を手にする。西暦時代に起きた数度の世界大戦も、その後の平和を享受できたということを鑑みれば、確かに必要な殺戮だったとも言えるのよ。わかる? 歴史が証明しているのよ」
数々の戦争――悲劇。奴の言っていることもわかる。人類の歴史が、全ての結果を物語っている。そして、それは何度も繰り返すということも。
だが、だから――今度も、そうなると言えるのか? なぜ、そう考える。
「たとえそうだとしても、俺はお前たちがしようとしていることに対して、納得なんかできねぇ」
俺は拳を強く握りしめ、言い放った。
「だから、俺はあんたらと戦う。俺の人生を、勝手に弄ばれてたまるか」
俺の人生は俺のもんだ。誰だってそうだ。敷かれたレール――チルドレンである以上、求められているのは“セフィラを扱える器としての自分”なのだ。そんなもの、俺の人生じゃない。
「……子供ね」
ふう、とエルダはため息を漏らす。
「子供で結構。どんなガキよりも、俺は手を焼くと思うぜ?」
それを嘲笑うようにして俺は言って、グラディウスを構えた。
「まったく、イツァークも物好きよね……。自分で自分の首を絞めているようにしか見えないけれど……それもまた、一興……ということかしら」
独り言のようにエルダは言い、自身の唇に人差し指を添えた。
「その一興に、私も楽しませてもらうわ」
エルダはさらに高く宙へ舞い、手を掲げた。
「暴乱の影、その身を大地に広げ、命の痕を喰らえ――“エイヴリーラ”」
闇色の影が、床一面に広がる。浸透する水のように。
「大丈夫、私が!」
サラはそう言って、再び“ダアト”を放とうとした。
「いい加減にしてね。……何度も何度も、あなたの好きにはさせない」
エルダの体が、紫苑色に煌めく。
「“セフィラ”を有しているのは、あなたたちだけじゃないのよ」
「……!?」
奴の周囲は心臓の鼓動のように発光しながら、歪な光をまき散らしていた。それが与える何か――まさに、恐怖に近いものだった。
嫌な予感がする――ダメだ!
「サラ! 待て!」
「“セフィラ・イェソド”――捥ぎ、剥ぎ、削ぎ取れ――“エクセキューショナー”」
俺が叫ぶのと同時に、奴の周囲を囲んでいた紫苑色の光が飛び交う。それはまるで大気を這う血流のように広がり、サラの放つ光を飲み込もうとした。
「さぁ、お食べ。私の可愛いかわいい“処刑人”」
それらは一斉にサラを貫いた。一つの細く、長い槍のようになって。
「え――」
「サ、サラアァァ!」
“ダアト”の波動が消え、紫苑色の槍も消え去っていた。サラは一瞬、宙に浮かびその場へ倒れた。
「サラ、しっかりしろ!」
俺はすぐさま彼女を抱き起こした。……息もあるし、意識もある。腹部を貫かれたが、自動治癒も発動している。致命傷ではないはずだが……。
「力が……入らない。な、なんで……?」
彼女の体からは一切力が感じられず、首を起こすことも敵わなかった。まさか……。
「彼女の“核”を損傷させた。しばらくは動けないと思うわよ。もちろん、“ダアト”も発動できない」
エルダはいつの間にか、俺たちの背後に回っていた。
「“ダアト”はあらゆるエレメントを強制解除させる。それを放たれたら、正直勝ち目はないの。それだけ強力無比なのよ。だって、エレメントの恩恵にあずかれないんだもの。私たちがただのヒトに成り下がる」
奴はクスクスと笑い、俺に目をやった。
「さぁ、どうする? あなたたちに勝ち目はあるかしら。自身のセフィラ――“ティファレト”を制御できない状態で」
そう言い放ち、エルダは俺たちに手を掲げた。光が集結し、エレメントが集約している。
ピンチだと――普通は思う。
だが、この時の俺はそんなことどうでもよかった。
サラを、傷つけやがったな。
「てめぇ……許さねぇ」
俺はその場にサラを静かに起き、ゆっくりと立ち上がった。
怒りが込み上げる。サラを傷付ける奴は、誰だろうと許さない。今にも爆発しそうな怒りという名の炎を携え、俺はエルダを睨みつける。
「……怖い顔をしたって無駄よ。死になさい」
エルダはエレメントを解き放った。奴の掌から、紫苑色の光が放たれる――――が、俺はそれを手で薙ぎ払うようにして跳ねのけた。その瞬間、奴のエレメントは埃になったかのように消え去ってしまった。
無意識だった。俺の体を、あの感覚――ウルヴァルディと対峙した時のもの――が巡りまわっている。
「ディアドラ、サラを頼む」
「え? わ、わかった」
現状を理解できないディアドラは、サラをゆっくり抱え上げ、少し離れた所へ移動した。
「……あれを片手で打ち消すなんて……いいじゃない」
エルダは俺を挑発するかのように、ほくそ笑む。
「その余裕満々の面、ぶっ潰す」
あまり使いたくなかった。正直、この“ティファレト”の力は。
これはまさに“破壊の力”。ベツレヘムで、俺は力を暴走させた。自分が自分でいなくなった感覚。これを何度も使えば、俺はおそらく自我を失う。
そう確信できるものが、俺の中にはあった。
「制御しきれていないのに“ティファレト”を使えば、あなたもただじゃ済まないんじゃない?」
俺の懸念を察知しているかのように、エルダは言った。
「……てめぇに心配される筋合いはねぇよ。たとえそうだとしても、俺はてめぇを許さん。この力を使う理由には十分だ」
「……その言葉、結構好きよ」
フッと、エルダは笑う。
「……はぁぁぁ!!」
俺はローランに教わったように、力を解放した。指先にまで鋭い感覚が広がり、俺の全身を覆いつくす。
「俺に力を――“ティファレト”!」
衝撃波が、俺を中心に広がる。それに押されるように、エルダは斜め後方へと吹き飛んだ。
「あら、いい風ね」
余裕綽々なエルダに向かい、俺は突撃する。一瞬にして間合いを詰め、俺は斬撃を繰り出した。普段の俺では出せない速度で。
「なかなか速いわ」
そんな俺の攻撃を、エルダはまるで飛び回る蜂のようにして舞いながら避け続ける。刹那に霧状になり、すぐさま元に戻っているようだ。それは蛍光灯がON・OFFになるかの如く。
俺は身体の芯に力を込め、言霊を発した。
俺は知っている。“破壊”を具現する言霊を。
「無への回帰――“デストルークティオ”!」
全てを飲み込む亜空間が、俺の体を中心に広がる。
「――!」
エルダは咄嗟に距離を取ろうとしたが、彼女のローブが一部この空間に飲み込まれ、消失した。
「……ひどいわね。女性の服を破るなんて」
「舐めたこと言ってんじゃねぇ!」
俺はその亜空間を掌に凝縮させ、後方へ飛びながら退く奴へ向けて飛ばした。そういった方法など知らない。だが、俺の中にある“破壊という名の何か”が勝手に行うのだ。
「厄介ね……“エクセキューショナー”!」
歪な紫苑色の光が奴の周囲に発生し、雷鳴が唸るようにして轟いた。それは闇色の雷のように広がり、その凝縮された亜空間に突き刺さる――――が、一瞬にして消失してしまった。
「“イェソド”の具現結晶を消し去るなんて……! さすが“神の力”と呼ばれるだけはあるわね!」
エルダは嬉しそうに笑い、速度を上げて上空へ飛んだ。
「ハハハ! なら見せてあげる――私の“星純青歌”を!」
奴は人差し指を天へ向けた。その指先に螺旋状の光が集い、まばゆいばかりの発光が起きる。
この属性振動――今までのとは違う! 奴のとっておきってところだろうが……なぜか、この属性振動を俺は何度も感じたことがある気がした。
それこそ、つい最近に。
「到来せよ、命果てる祈りの聖地。天翔ける御使いの歌……永遠に、永久に奏でよ。我らの言霊、終わりを願わん――“プローディギウム”」
光がほとばしる。
上空が真っ白に光り、まるで天使でも降臨するかのような神々しさを纏っていた。それは俺を覆いつくし、巨大な発光と共に爆発を引き起こした。
純白の視界――そして、体に衝撃が駆け抜けてゆく。それにより、体のあちこちから自分の真っ赤な血が噴出していくのがわかる。息が止まるかのような連続する爆発の後、俺は後方へ吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。
「ぐっ……は!」
今までのエレメントとは次元が違う――
そう感じた矢先に、防ぐこともできずただ受けるしかできなかった。
だが……
――君の力は、その程度で破れるようなものじゃない――
声が聴こえる。いつもの“奴”の声だ。
そう、俺は立てる。動ける。
まだ、負けていない。
――神の権利を持つ者――
――“彼ら”は君をこう呼ぶ――
――絶対なる破壊者、と――
俺は埋め込まれたようになっている状態から、体を動かし壁から抜け出した。“ティファレト”の影響で、痛みはすぐに消えていった。痛みを感じないから、俺はすぐさま床に立つことが出来た。
「……“星純青歌”を受けて、動けるなんて……!」
俺を見て、エルダは不敵な笑みを浮かべていた。それは“反則だろ”とでも言いたげな、そんな表情だった。
「次は、俺の番だ」
俺は強く、グラディウスを握りしめた。小さく息を吐き、全神経を集中させた。体のさまざまな場所で、溶岩のように血が溢れ出る。痛みの信号を遮断させたかのように、それらは俺の脳に何も伝えてこない。
「喰らえ――ゼロ!」
俺の左手が紅く光り、電流がほとばしる。奴に向けた掌から、電流を纏った巨大な光線が放出された。それは接触する床を削り取りながら、エルダを飲み込もうと高速で飛んでいった。
エルダは霧状になり、それを避けた。そして、俺は気配を感じ取り斜め前方へ跳躍し、何もない空間を斬りつけた。
「なっ――!?」
斬りつけた場所から、エルダが右へ避けながら実体を現した。
「逃がすか!」
俺はそこからさらに斬りかかる。だが、エルダは同じように霧状になりそれを避け続ける。右へ左へ、さらには上や下にも斬りつけるが、エルダには掠りもしない。
「無駄よ、そんなものじゃあ私を捕まえられない」
何もない空間から、エルダがそう囁く。
「……じゃあ、やってみせてやろうじゃねぇか!」
俺はそう言い、左手を前方に出し、掌を広げた。
「無限の旋律――“アイン・ソフ・アウル”」
その言葉と共に、俺の前方3メートルほどを色のない白黒だけの世界が塗りつぶした。なぜ、俺はこれを使ったのか。理由はわからない。だが、それが何をもたらしたか――すぐにわかった。
「――なに!?」
「捉えたぜ……エルダ!」
その空間内に、エルダは実体を出現させていた。それは本人の意思に関係なく。なぜか、まったく身動きできないままで。
俺はグラディウスにエレメントを纏わせ、思いっきりエルダに向けて斬りつけた。巨大な衝撃波が、エルダを斬り裂いた。
血しぶきと、肉片が散る。
「とどめだ、エルダァァ!」
俺は剣を奴に向けて、貫いた。紅い閃光が切っ先から飛び、エルダを破壊する。
「キィャアアァアアアアア!」
エルダの体は肩から斜めに切断され、さらに心臓部分を貫かれて大きな風穴が開いていた。それでも。
それでも、エルダは俺を見ていた。深紅の双眸が、同じように紅い俺の瞳を捉えていたのだ。
「いい、いいわ」
エルダは笑った。妖艶な紫色の唇を、彼女自身の鮮血で彩りながら。
「これが“ティファレト”――“絶対なる破壊者”の力! ああ、なんて心地良いのかしら! 絶望の音色が、破滅の歌声が私の体を食い破ってゆく! アハハハハハ!」
奴は口を大きく開けて笑っていた。宙に浮いたままの俺は、それを呆然と見つめていた。
――なぜ、平気なんだ。あそこまでなって、なんで生きていられる……!?
「……また会いましょう。それまでに、もっと強くなって。そして、お願い」
――私を食べて――
エルダは舌なめずりしながら、残された右手で俺を指差した。
そして、奴は再び霧状になって跡形もなく消えてしまった。