表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
61/96

47章:反目する、咎を背負いし者たち④


「あなたたちに宿る“神々の言霊”――存分に感じさせてちょうだい」


 エルダはそう言い放った瞬間、紫色の霧状に散った。

 散った――という表現は、はたして人間に使っていいのだろうか。そう形容できるほど、異常な光景なのだ。人の身体が霧状になって散る――などというのは。

 その“霧”は一瞬にして視界から消え去り、気配が感じない。どこからやってくるのか、皆目見当がつかない。


「ねぇ、見てくれないの? 私を」


 どこからともなく、声が聞こえる。上かと思い、見上げるもそこには何もない。

「私の全てをさらけ出して、こうなっているのに。つれないわね」

 ため息交じりの声が、左から聞こえた。俺は咄嗟に左へ振り向くのと同時にグラディウスを振り抜くが、感触は何もなく、空を切っただけだった。その瞬間、体全体に衝撃が走り、俺は前方へと吹き飛ばされてしまった。


「――なっ!?」


 骨が軋むのを感じながら、俺は宙で体勢を整え床へ着地した。

「何をされたかわからない――って顔をしてるわね」

 含み笑いとともに、俺がさっきまでいた場所に紫色の霧が人型に集い、一瞬にしてエルダとなった。

「私を攻撃しようなんて無駄よ。優しく触れようとしてくれないと……ね」

 エルダは右手を掲げ、詠唱を始めた。


「虚空より来たれ、無数の光。……ほうら、悶えちゃいなさい……“ザヴェーロ”」


 強烈な波動――それはエレメントの振動だった。目に見えない波動が、俺たちのいる空間を揺らす。それだけで、奴の放とうとするエレメントが如何に強大かがわかる。


 ――ほとばしる閃光を纏った光の小隕石が、降り注ぐ。













「……うん?」

 ローランは首を傾げ、耳を澄ませた。

 大きく振動している。それとともに、エレメントの波動を感じる。誰かが強力な“原星古語”を放ったようだ。

「あちらさん、派手にやってるようだねぇ」

「……」

 ローランの言葉に、相対する仮面の男――リンドは何の反応も示さない。


「誰を仕向けたんだい?」

「……お前にそれを答える必要があると思うか?」


 鋭さを前面に押し出すように、リンドは言を発した。戦いの最中、こちらから言葉を投げかけても反応しなかったが、漸く喋ったか……と、ローランは変に微笑ましく思っていた。


「そりゃないけど、大方……そうだね、エルダあたりかい?」

「そう思うのならば、そう思えばいい。あちら側を思うほど余裕があるようには見えんが」

「……へっ、たしかに」


 ローランのジャケットはあちこちが破れ、彼の血が染みて所々赤黒く変色していた。周囲は瓦礫が散乱し、粉塵がまだ舞っている。

 ――やれやれ、相変わらず“奴”とは相性が悪い。

 ローランは小さく笑い、口の中にたまった血を吐き捨てた。

「でも、あっちはゼノっちがいるから大丈夫だと思うけどね!」

 ローランはそう叫ぶようにして言い、右手にある銃で攻撃を仕掛けた。しかし、どれもリンドの前に広がる見えない防御壁に阻まれてしまった。

 “絶対防御壁(アブソリュート)”が厚いなぁ……。というよりも、あれは“空気の壁(アトモスフィア)”か。

 冷静に考えながら、ローランは大剣を肩に担ぎリンドに特攻した。


「……無謀だな」


 リンドはため息をつきつつ、彼の攻撃を長剣で捌く。

「無謀かなんて、こちとら生まれてずっと無謀なもんでね!」

 ローランは回転しながら下から剣を振り上げた。リンドはそれを防御するも、宙へ大きく吹き飛ばされてしまうほどのものだった。


「喰らえ――“クロス・レイザー”!」


 ローランは“ネツァク”を発動させ、その大気を銃口から放った弾丸に乗せた。それらは音速を遥かに超え、衝撃波を放った。

 リンドはその衝撃波でさらに上空へ吹き飛ばされ、天井にめり込んでしまった。砕けた天井の一部が崩落し、床に散らばっていく。


「血を飲め、鋭き陰りの刃――“ゲーヴレイグ”!」


 ローランはリンドへ向けるように天へ手を広げ、印を結んだ。エレメントが結集し、無数の風の刃となったそれらは空を裂き、リンドに襲い掛かる。大気の刃が直撃するたびに粉塵が舞い、さらに瓦礫が崩落してくる。


「……効かんな、そんなもの」

「――!?」


 ローランを押し付けるかのように、風が押し付けられてくる。目を開いていることが難しいほどの風だった。


「俺の“ネツァク”は、お前以上だ」


 ゆっくりと、天井から降りてくるリンド。彼を包むように、大気がボール状に広がっており、その表面を瓦礫が滑るようにして回転していた。


「大人しく渡せ。奴の――アーサーの全てを」


 蔑むように、リンドはローランを見下ろす。それは侮蔑――寧ろ、憎しみを覆い隠すかのようなものだった。その怒りを、憎悪を、ローランはよく知っている。それはローランにではなく、ローランの中にある“彼”の影に対してだった。

 奴は――そうしなければ、“己”を手に入れられないのだから。


「嫌なこった」


 へん、とローランは鼻で笑い、鼻先を指先で拭った。そして、強くリンドへと目をやった。

「これは俺のもんだ。あんたらの狙いは……アーネンエルベだろ? 絶対に、これは渡さない」

 鍵たる“セフィラ”。神々の言霊――それは、人を導く道標になる可能性のあるもの。それを、易々と渡すわけにはいかない。


 行こうぜ、ネツァク。

 俺の――俺たちの本気を、見せてやろうぜ!


「魂の風よ、我が言霊に応え、その御業を現せ――“ネツァク”!」


 風が集い、ローランを包む。それは淡い緑色の光を帯び、まるで水中に広がる太陽の光のように漂っていた。

 その様を、リンドは目を細くしながら見つめていた。

「……言っておくが、肉体に馴染んできているのは貴様だけではない。俺も同様だ」

 リンドがそう言った瞬間、エレメントの波動が周囲に広がった。そして、ローランと同じように緑色の光が彼を覆い、風が巻き起こる。


「アーサーが貴様にだけ与えた全てを――奪いつくしてやる」

「やれるもんなら……やってみな!」


 二人は同時に、剣を振り抜いた。巨大な大気の刃が、彼らの間でぶつかり合った。








「てめぇらの力はこんなもんか?」


 瓦礫の上で、桃色の髪を両側頭部で束ねた小柄な少女は、胡坐をかいて言い放った。彼女の視線の先には、瓦礫に埋もれたフィーアとメアリーの姿があった。

「所詮、セフィラの欠片も持っていない低俗な虫けらってことだな」

 少女――シゼルはそう言って彼女らを嘲笑する。

「くっ……!」

 フィーアたちは身体を震わせながら、体を起こした。片膝をついた状態だが、肩を大きく上下するほど呼吸が荒かった。


 歯が立たない。


 攻撃の速さも、バリエーションも何もかも奴の方が上手だ。あの小柄な体からは想像できないほどの怪力。それはおそらく、ゼノに匹敵するかそれ以上だった。

 だが、何よりも誤算なのは――


「……エレメントが、効かないなんてこと……あるのね」


 メアリーは思わず、微笑しながら言ってしまった。自分のエレメントがまったく通用しないのだ。たしかにローランが“シゼルにはエレメント耐性がある”と言っていたが、耐性があるなんてもんじゃない。何も効かない、弾かれるのだ。

「あのウルヴァルディの懐刀って聞いてた割に、大したことねぇな。やる気あんのか?」

 シゼルは睨みつけるように、フィーアに目をやる。

「なんだと……!?」

 その言葉が癇に障ったのか、フィーアはシゼルを睨み返した。

「どういう理由であの野郎がてめぇらを生かしておいたのか、理由がわかるかと思ったが……期待外れもいいとこだな」

「……言わせておけば!」

 フィーアはカッとなり、銃口をすぐさまシゼルに向け、放つ。しかし、胡坐をかく彼女の前に瓦礫が集結し壁となり、攻撃を阻んだ。


「――“イレイザー・キャノン”!」


 フィーアの言葉とともに、エレメントの光線が解き放たれる。それは一直線に、シゼルへ向かって行った。

「ったく、学習能力の無い奴だ」

 シゼルはそれを避けるようにして上空へ跳躍した。

「逃すか!」

 フィーアはシゼルの後ろに移動しており、星煉銃を近接攻撃モード“LAMINA(ラーミナ)”に変え、攻撃を繰り出した。


「勝てやしねぇってのに、諦めが悪いなぁ!」

「うるさい!」


 シゼルもまた、歪な刀身を持った剣のような武器を具現させ、フィーアに応戦した。二人の剣撃はさながら刃物を抱いた旋風のようであり、近づけばたちどころにみじん切りにされてしまうほどだった。


「おらぁ!」

「ぐっ……!」

 シゼルの上からの振り下ろしを防ぐも、あまりのパワーに押し負け、フィーアは下方へ吹き飛ばされた。


「ハハ! 死ねぇ!」


 シゼルがパチンと指を鳴らすと、彼女の背後に光とともに様々な銃火器が具現化する。それらは一斉に、吹き飛んでいったフィーアを追撃するようにして弾幕を浴びせた。

 フィーアは瞬時にシールドを張り攻撃を防ぐも、彼女の傍にいつの間にか幾つもの小型爆弾が漂っていた。


「し、しまっ――」

「ほーら、ドカンってね」


 再び、シゼルは指を鳴らす。それと同時に、フィーアを巻き込むようにしてその爆弾たちは閃光と共に破裂し、爆炎を場き散らした。

「うあああぁ!」

 フィーアはさらに下方へ飛ばされ、床に激突した。彼女の身体からは、灰色の煙があちこちから昇っていた。

「フィ、フィーア……!」

 メアリーはほとんど動けないほどに、ダメージを負っていた。彼女は一般的な戦闘員並みの近接攻撃は可能だが、それはあくまで平均的なもの。セフィラの加護を得たシゼルには、到底敵わなかった。エレメントが効かない時点で、彼女は戦うリングにさえ上がれていない状態だったのだ。


「よえぇ、よえぇぞ」


 宙に浮かび、シゼルは彼女らを見下す。

「せっかくあのローランを八つ裂きにしてやろうと思ってたのに、こんな雑魚共をあてがわれて……ったくよぉ!!」

 シゼルは怒声を放ち、眉間にしわを寄せた。その様は、おおよそ少女のすることではないものだった。


「もう飽きたな。そろそろ死んでもらおうか?」


 そう言って、今度はため息をつくシゼル。まるで情緒不安定な人間のようだ――と、メアリーは冷静に考えていた。

 ――ああいったところを見るに、過去に相当の因縁があると思って間違いないのかもしれない――と。

「切り刻んで、その肉片を微塵も残してやんねぇからな」

 シゼルがそう言うと、彼女の周囲に様々な武器が具現化される。巨大な鎌や無数の針を持った鉄球、或いは鋭利な刃物たち。うじゃうじゃと虫のように蠢くそれらは、彼女を崇める修道僧のようだった。

「く……そ……!」

 瓦礫に埋もれたフィーアは、ただ思う。自分は何も為せないのかと。

 私がここへ来たのは……ゼノたちと共に行こうと決意したのは、何のため?


 彼らのため?


 そう……それもある。でも、何よりも。

 何よりも、自分のためにここまで来たんじゃないのか? こんなところで負けてしまえば、私は……ただの道化師じゃないか!

 私は私の存在意義を証明するために、ここにいる。ウルヴァルディに利用されるために、生きてきたんじゃない!


「負けるわけには……いかない!」


 フィーアは歯を食いしばり、立ち上がった。強い意志が、彼女を覆っていた。そして、それは煌めく焔となって具現化していた。そのことに、彼女は気付いていない。

「……フィーア?」

 その感じたことのない波動――エレメントの振動に、メアリーは驚嘆していた。自分たちの芯に響く不可思議なこの振動。それは生まれた時から知っていて、穏やかな温かさを感じさせるものだった。

「なんだ、急に? これは、まるで……」

 それ以上に驚いているのは、シゼルだった。

 まさか、あり得ない。この波動は……まるで、“あれ”じゃねぇか!?


「はああああぁぁ!」


 フィーアの声と共に、光がより強くなる。紺碧の光が――彼女を中心に広がり、周囲を包み込む。


「そう――“私”は知っている」


 言霊が漏れる。私じゃない誰かが、私の口から言霊を発している。


「私と星と生命の言霊――さぁ、羽ばたこう」


 自然と、フィーアは両手を広げた。それと同時に、紺碧の光はまるで波打つかのように広がり、世界の色と混ざり合う。その光に乗り、フィーアの金色の髪が優しく揺蕩う。



「我らが無垢なる幼子たちよ……神々が愛した“原初のヒト(イヴ)”の下へ還れ」



「ま、まさか……ふ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 シゼルは宙で、たじろいでしまっていた。


「これは、星の幼子――“ダアト”の力じゃねぇか!」


 彼女は声を荒げた。それが何を意味するのか、はっきりと分かっているからだ。

 そして、紺碧の光が膨張する。




 ――スーパー・ノヴァ――




 星の音色が、優しく響き渡る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ