47章:反目する、咎を背負いし者たち③
光の円環――
それは彼女を中心に、一瞬にして煌めきながら広がっていった。部屋全体を覆い、光が満ち満ちていく。それは今まで感じたことのない光景であるはずなのに、どうしてか“わかる”のだ。
太陽の淡い光が降り注ぐ、優しい風の舞う緑の大地。風に揺られて、様々な草木や花がその体を左右に動く。どこまでも青く、遥か彼方まで広がる空。その中に、まるで絵の具を塗りつけたかのように疎らに混在する白い雲。
この光は……感じたこともない“あの星”での光景を映し出しているかのようだった。
「くっ……まさか、これは……!?」
その光が眩しく、中将は手を前に出して光を遮ろうとしていた。
「“ダアト”の波動――か! 所詮、付属品程度の力のはず……!」
当惑した様子で、奴は何かを呟いている。その中将を睨みつけるようにして、サラはキッと睨みつける。
「“私たち”が呟いている……ねぇ、そうでしょう……? ええ、“私”は知っている。これは……星と命の言霊……」
サラは今までとは違う口調だった。彼女とは正反対のもののように感じる。邪悪だとかそういうことではない。もっと、崇高な何かのような……。
どうしたってんだ……サラ……?
「穢れなき星の光……永遠に眠りし少女の歌声……」
彼女の銀色の髪が、優しく揺蕩う。光はより一層強くなり、彼女自身が発光体であるかのようだった。
「我らが無垢なる幼子たちよ……さぁ、神々が愛した“原初の人”の下へ還りなさい……」
――スーパーノヴァ――
音色。
俺には、そう感じた。声が届く――というよりも、“音”が伝わったかのようだった。
青い光が土へ染み渡る水のようにして、大気中に広がる。それは中将を包み込み、白く輝き始めた。
「なっ――!?」
すると、光は瞬く間に消えて行った。
「なん、だ……これは? “絶対障壁”が発生しないだと!?」
中将は自身の両手に目をやり、驚いていた。そして、何かに気付いたのか視線をさらに向け直した。
「そうか……! “ダアト”の力――“アルバア・ハ=イマホット”としての力が顕在化し始めたか!」
奴は驚きを含ませながらも、どこか喜んでいるようにも感じた。
「それならば、これ以上好きにはさせん!」
中将はそう言い、掌を俺たちの方へ広げた。またもやエレメントを発動させる――そう思った。しかし、身構えたものの何も起きなかった。
何も起きらない……?
そう思い、少しずつ体の緊張を解きながら中将に目をやった。そこには、俺たち以上に今の状況を飲み込めていない奴の姿があった。
「なぜ発動しない……! どいうことだ!?」
中将は己の掌を凝視しながら、喚くようにして言った。まさか、エレメントが発生しないのか?
なんでそうなっているのかわからんが――これはチャンス!
俺はグラディウスを振り抜き、衝撃波を飛ばした。中将が避ける前提で、俺はそれを追うようにして突進した。中将は衝撃波を右へ避け、そこへ俺は剣を振り下ろした。奴はそれを大剣で受け止めるも、俺に力負けしているのかすぐさま後方へ逃げた。
違和感――とでも言えようか。
俺はそれを確かめるために、畳み掛けるように追撃を行った。中将はそれを避けた――が、さっきまでと違う。避ける動作に余裕がほとんどないのだ。機敏さが失われ、力も俺に負けてしまうほどになっていた。
サラが発動した“何か”の影響なのか?
俺も中将と同じように理解できていないが、それでも今の状況は最大の好機。
「ディアドラ! 畳み掛けるぞ!」
「え? う、うん!」
俺はそう言って視線を送り、頷いた。彼女は目をパチクリさせながらも、大きく頷きエレメントの詠唱を開始した。
「なんで動きが鈍くなってんのか知らねぇが……容赦はしねぇぞ!」
「くっ……!」
中将は防御に徹しながら、苦悶の表情を浮かべていた。そこへ、光が集う。
「――サン・ブレイズ、Lv9!」
俺が後ろへ下がった時、その光は一瞬にして火柱となり、遥か天井まで立ち昇った。中将は炎に包まれ、雄たけびにも似た声を上げていた。
「ナイス、ディアドラ! いつの間に高位エレメントを発動できるようになったんだ?」
後方にいたディアドラの下へ着地し、思わずそう訊ねてしまった。今のはエレメントの中でも高位のもの――扱えるチルドレンは少ない。
「私だって、訓練は続けていたのよ。カムロドゥノンでのんびりしてただけじゃないからね」
彼女はそう言って、照れ隠しに微笑んでいた。
「ぐっ……!」
火柱から出てきたのは、あちこちが焦げて煙が出ている中将だった。想像以上にダメージを負ってしまったのか、呼吸が荒い。
「まさか、“ダアト”の力がこれほどとは……」
中将は俺たちを睨みつけた。そして、大剣を自身の前に突き刺した。奴はそれにもたれかかるようにしていた。普段であればエレメントの防御壁でダメージを軽減できるのだろうが、今はそれが一切できていないようだ。中将の状態からして、それを窺い知れる。
「仕方ない。こうなった以上、“解放”させるしかあるまい」
中将はそう言って、ニヤッと笑みを浮かべた。
「……強がりは止してほしいんですがね、中将」
俺は思わず、そう訊ねた。
「図に乗るなよ。貴様らだけに、その力があるわけではない」
中将は直立になるように立ち、俺たちを見据えた。
「――碧き樹海、その輝ける慈悲よ――」
中将に集結するように――いや、まるで衣を纏うかのように、青白い風が彼を包むこんでいく。それは俺たちに寒さを抱かせるものだった。
しかし――
「よしなさい」
光が、砕ける。砕け散ったガラスの破片が、周囲に降り注ぐかのようだった。そして、その破片とともに現れたのは――
「てめぇは……エルダ!」
妖艶な褐色の肌を出し、彼女はその場に浮かんでいた。
「エルダ!? ……何の用だ」
“力の解放”とやらを邪魔されたためか、中将は怒気を孕んだ声で彼女に訊ねる。しかし、エルダはそれを気にする素振りを全く見せず、寧ろ腹を立てている子供を微笑ましく見つめる母親のように、ふふふと笑っていた。
「その“力”、まだカシュデヤンからきちんと譲渡しないのでしょう? 無為に操ろうとすると、自我が崩壊するわよ」
「何度も訓練している。問題はないはずだ」
「もう、せっかちね」
エルダは紫色の口紅が艶めかしく塗られた唇に指を添え、ため息を漏らした。
「でも、あの程度の“ダアト”の解放でエレメントを封じられるくらいなら、結果は変わらないと思うけれど」
「…………」
中将は苦虫を噛んだようにして、視線をエルダから逸らした。
「“ダアト”の波動が感じたから覗きに来たけれど……へぇ、あなたが例の」
エルダはサラに目をやり、その姿をじっくりと脳裏に焼き付けるかのように見ていた。サラは言い表すことのできない悪寒を抱いたのか、一歩後ろへ下がった。俺は自然と、彼女の前へ立ちエルダの視線を遮った。
「あら、ナイト気どり?」
エルダはそんな俺を見て、フッと笑った。
「悪いかよ? 俺の大事な連れなんでな」
「……“セカンド”といい、“サード”といい……あなたも歪な運命を背負わされているのね。少しだけ同情しちゃう」
意味不明なことを言って、エルダは頬に手を添えてアハっと笑った。だが、すぐにその笑みを消し去り、目を細めて虚空を睨んだ。
「けれど、あなたもまた私たちと同じ“咎を背負いし者”。この次元が誕生した時から、その運命の円環に囚われている」
咎を背負いし者。
それは異様な表現だった。そう感じるのと同時に、妙に納得してしまった。意味も分からずに。
「神様がいるのなら、どうしてこんな運命を辿らせるのかしらね。所詮、私たちなんて“ヒトの紛い物”でしかないのに」
ふう、と彼女はため息を漏らし、俺たちを見据えた。
「けれど……これも一つのお楽しみよね。こうして殺し合えるのだから」
エルダは歪に口角を上げ、笑みを浮かべる。
「ここで“マクペラの壁”を破壊させはしない。あなたたちがあの場所へ行くのは、時期尚早というものよ」
空気が冷える――気がした。
それは寒さではない。エレメントの冷気でもない。単純な“殺気”だ。目に見えないそれが、俺たちを覆いつくそうとしている。
「あなたは帰還しなさい」
エルダは中将に目をやることなく、そう声を掛けた。
「……このまま帰られるわけがあるまい!」
怒気を孕んだ声で、中将は言った。
「わからないの? “ダアト”の影響下で、あなたに勝算はないわ。打ち勝てるのは――そう、私の“処刑人”だけ」
それとも――と、奴は続けた。凍てつくような紫苑の瞳で。
「その肉体から魂を剥ぎ取られたいの?」
「……っ……!」
中将は今にも歯が割れんばかりに噛みしめ、俺たちを一瞥することなく後方へ下がり、そして光とともにこの空間から去っていった。
「さぁ、て」
エルダは妖艶に宙を浮かび、舌なめずりするかのような笑みで俺たちを見渡した。
「あなたたちに宿る“神々の言霊”――存分に感じさせてちょうだい」