47章:反目する、咎を背負いし者たち
「やっぱり、この“扉”は君の創造物だったんだね~」
やれやれとため息交じりに、ローランはかざしていた右手を下げ、ゆっくりと立ち上がった。
「ふん、わかりやすく作ってたつもりなんだが、気付くの遅すぎんだよ。ノロマ共」
ピンク色の髪をツインテールにした少女――シゼルは、以前と同じ出で立ちで暴言を吐く。その様はローランにとってはいつも通りのものではあるが、彼女を初めて見るフィーアたちにとっては、ある意味衝撃的なものであった。
「いやー、相変わらず手厳しいねぇシゼルちゃん」
ローランはハハハと笑いながら、自らのジャケットに付いた土埃などを手で払いつつ、他の仲間を立ち上がらせるため、手を差し伸べた。
「あ、ありがと」
フィーアたちは立ち上がり、周囲を見渡す。砂ぼこりで周囲が見にくいが、倒れてきた扉をローランがくり抜いたのか、私たちの周囲だけ綺麗な円状になって穴が開いており、私たちはちょうどそこにすっぽり収まったため、無事だったようだ。
「ここに君がいる目的は、何かな。奪取かな?」
ローランはメアリー、ノイッシュと立ち上がらせたところで、シゼルに疑問を投げかける。いつもの陽気な声色で。
「いちいちてめぇに答える義理はねぇよ。……あたしがここに来た理由は、単純さ」
シゼルはパチン、と指を鳴らした。その瞬間、倒れていた扉はパズルが崩れていくかのようにして分解し始め、宙へと浮かび消滅し始めた。
「てめぇを殺す。それだけさ!」
大きく口を開け、シゼルは嬉しそうに叫んだ。まるで、初めての獲物に出逢えた獣のように。ローランに対する怒りや憎悪など、微塵も含ませていないのだ。
「止せ、目的の本質を見誤るな」
その時、彼女の背後から土煙の中から現れるかのようにして、男が出てきた。それを見たローランは、思わず目を見開いた。
――マジか。こいつまで来てるのか。
「本質だぁ!? んなの知ったことか! ローランはあたしの“獲物”だ。邪魔すんじゃねぇぞ!」
「マクペラの防衛と、“器”の奪還。それが我々に与えられた任務だ」
「リンド、てめぇは頭かてぇんだよ!」
リンド――?
ノイッシュは思う。その名前、どこかで聞いたような気がする……。たしか、ゼノから聞いた話の中で……。
リンドと呼ばれた男は仮面をつけており、鼻先から上を窺い知ることが出来ない。女性のように真っ直ぐな髪をしており、それは肩甲骨辺りまである。
「どうせ、てめぇだって同じだろうが! 本当はあたし一人で十分だったんだよ、ローラン含めてもな!」
シゼルはハッと笑い、紫苑の双眸をローランたちに向けた。
「なるほど、あの暴言女……私たちを相当舐めてるわね」
フィーアはそう呟き、小さく苦笑いをした。しかし、彼女はその言葉を強く言い放つことができなかった。
奴は――強い。正直、一対一で勝てる相手じゃない。
彼女は変な汗が額に浮かんでいることに、気付いていなかった。シゼルという女一人ならば、ローランもいるこのメンバーであれば勝てるだろう。それはローランの“力”が、最も強いことであるという確信の裏返しでもあった。
そして、あの不気味な気配を漂わせているリンドという男……おそらく、記憶が正しければ“幹部”だ。
「フィーア、あれはPSHRCI?」
と、メアリーが彼女の横に立ち訊ねる。
「……あの女の子はわかんないけど、男は知ってるよ。ウルヴァルディに次ぐ、“次席相当”だったと思う」
奴らを見据えたまま、フィーアは答える。
「次席――! じゃあ、かなりの手練れね……」
「正直、あんなやつまで出てくるとは思わなかったわ。エルダくらいなら、まだなんとかなったかもしれないのに」
不気味さで言えばエルダも負けていない。しかし、あの男――リンドは、噂だけしか聞いたことはなかったが、ウルヴァルディに傷を負わせたことのある“唯一の人間”だと聞いた。
「おや? フィーアちゃん、リンドを知ってるの?」
「……いちおうね。同じ組織だったから」
「ふーん……。とりあえず、リンドは俺が請け負うよ。君たちは、シゼルちゃんを任せる」
ローランはそう言って、その場で準備体操を始めた。屈伸をしてみたり、腕を大きく天へ伸ばしてみたりと。
その様子に、フィーアたちは驚くしかなかった。この男……どうしてこんな余裕しゃくしゃくなの? ――と。ただただ、当惑するだけだった。
「で、でもローランさん。あのシゼル……という女性、何に気を付ければ……?」
ノイッシュは驚きつつも、対処法を訊ねる。あの口ぶりから察するに、ローランさんはシゼルと戦った経験が豊富なはずだ。
「シゼルちゃんは、その場でなんでも創り出す“千手の創造主”さ」
「アルケミスト……?」
まさか、新しく入ったっていう“幹部――錬金術師”のことだろうか?
「……なんでもって、どういうことよ?」
フィーアは首を傾げ、質問する。
「もう“なんでも”だよ。銃火器だのミサイルだのレーザーガンだのetc。さっきの“扉”も、彼女が創り出したものさ」
「はぁ!?」
何よ、それ! ローランがへらへらして言う様が、余計に腹立つ。
フィーアは何も言わず、ローランに足蹴りを見舞った。
「痛い! もう、乱暴だねぇ」
太もも辺りをさすりながら、ローランは小さく微笑んだ。
「シゼルちゃんは接近戦闘・遠隔攻撃双方強いけど、それはフィーアちゃんも一緒でしょ?」
「……!」
こいつ、私が銃だけしか扱えないわけじゃない――ということを、知っているのか。
「ノイッシュも両方いけるから、適宜攻撃方法を変更。メアリーちゃんは後方支援。シゼルちゃんは“エレメント耐性”がバツグンに高いから、味方支援・回復に徹した方がいいかもね」
「…………」
私に命令するなんて……とメアリーは思いつつも、現状最も冷静に分析できるのは、彼だ。その指示に従うほうが賢明だろう。
「どうやら、奴は俺をご指名のようだ」
「ああ!? ざけんじゃねぇぞ、てめぇ!!」
シゼルは再びリンドを睨みつけ、怒声を放った。
「あいつを殺すのは、あたしだ! 邪魔はさせねぇぞ、リンド!」
「お前は他の奴らをやれ。ローランの“ネツァク”相手は、俺の方が適している」
「あぁ!? あたしがあいつよりも、劣ってるって言いてぇのか!?」
彼女はリンドの胸ぐらを掴み、今にも殴り掛かりそうになっていた。
「相性が悪いというだけだ。それに、セフィラの活動期間は奴の方が圧倒的に長い。未だ、馴染んでいないだろう?」
「…………」
リンドの言葉に、シゼルは何も言い返せなかった。“悔しい”というより、それは覆すことのできない“事実”だからだ。
「安心しろ。とどめはお前にやる」
「……んなもん、いるか!」
シゼルはリンドから手を離し、床に唾を吐き捨てる勢いで舌打ちをした。
「まぁいいさ。この鬱憤は、あの小娘ども+αで晴らしてやる」
そう言って、シゼルはキッとフィーアたちに目をやった。
「ここをてめぇらの墓場にしてやる。光栄に思いな」
シゼルは両手を広げ、不敵な笑みを浮かべた。
「そう簡単に、やられると思ってんの?」
同じように、フィーアも笑みを浮かべた。それは余裕の現れではないことを、本人だけでなくシゼルもまた、理解していた。
「何も持ってない“一般人風情”じゃあ、あたしたちには敵わねぇよ。所詮、てめぇらは中途半端な真実を知って、果てるだけに過ぎねぇってこと」
その時、シゼルの周囲からまるでコンピューターが組み立てられるように部品が組み合わさっていき、それぞれが自己の姿を修復するかのように、その光景をさらけ出した。
「どうせ、“向こう”の奴らもすぐに始末されるさ」
47章
――反目する、咎を背負いし者たち――