46章:ケーリュケイオンの塔
螺旋階段を登り続けると、ある部屋に出た。そこは非常用のシェルターのようで、広さは10畳程度で、今までとは違い外壁で囲まれていた。おそらく、爆撃を受けてもひびさえも入らない素材だろう。こういったものを、俺はセフィロートで見たことがある。天枢学院のそれと、同じだ。
この地下へ繋がる階段もまた、緊急用でしか利用しないものなのだろう。登ってくる間、異様なまでに白いその階段は、ほとんど利用されていないことを証明していた。普段から利用しているのであれば、多少なりとも傷がつくものだが、そういったものはほとんど目にしなかった。
この部屋もまた、利用された形跡がないのがわかる。“緊急用食料”という黄色いラベルの張られた箱が壁面に積まれ、雑魚寝用のためなのか毛布も反対側に山積みになっていた。
「ここから先は、おそらく兵士もいると思う。素早く、動くぞ」
「う、うん」
俺の言葉に、サラとディアドラは緊張した面持ちで頷いた。このメンツであるならば、なるべく戦闘は回避して進まないとな……。それに、今回の作戦は“A班がマクペラの壁の装置を停止した後に、すみやかに照射台を起動し俺のティファレトを流し込み、破壊する”というものだ。はっきり言ってしまえば、B班からの報告がない限り、俺たちは照射台を起動できないということだ。
とりあえず、照射台装置のある最上部を目指して、俺たちは先へ進んで行った。
部屋を出て、そこからはまるで迷路のような道が続いていた。通路幅は車一台が通れるほどであったが、恐ろしいほどに何度も右へ曲がったり、左へ曲がったり、T字路になっていたり……と、おおよそ施設内部とは思えないほどの優しさの欠片もないところだった。一応、ピスティから送られてくる位置情報を頼りに先へ進んでいるが、単純な道でない分、少々の疲労感とイラつきを大きくさせていくには十分だった。
「建物内部だっていうのに、一つも部屋がないね。……人もいないし」
そう、サラの言うように部屋から出て長いこと進んではいるが、人どころか“何も”ないのだ。異様なまでの静けさ――と形容できるほどに。
「あまり利用されていない場所だった……ということか? 或いは、軍部にとっては大して重要なものではない施設か」
「でも、照射台があるなら大事なはずじゃない? だって、これで“マクペラの壁”を破壊できちゃうかもしれないんだし」
と、ディアドラは頭を傾げる。
“マクペラの壁”――という、地球を守るエレメントの膜。それを破壊される可能性のあるここの装置を、なぜ軍部は置いたままにしているのか……?
“壁”を破壊されては、軍部――SICも困るはず。そこまで頭が回らないわけではあるまい。……ということは、別の理由があるのだろうか。ここが建造された理由というのが。そして、本来の用途で利用する可能性が限りなく低いために、人も配置されていないのだろうか。
「エレメントの照射が行える装置があるってことを、セシルは知っていた。じゃあ、公にされたものではない情報なんだよな?」
「彼女の話しぶりからすると、捜査して得た情報なんじゃないかと思うけど……それがどうかしたの?」
ディアドラはよくわからず、今度は逆方向に首を傾げて見せる。
「もしかしたら、軍人を配備する必要性のある施設ではない――というのが、この“灯台”のある理由の表立ったものなのかもしれない」
「……えーと、つまりどういうこと?」
サラも、ディアドラと同じように頭を傾げていた。
「軍部が利用するものではない、というのがこの施設の存在理由だってことだよ。つまり、本当の意味は全く別で、もしかしたら“俺たちでさえ履き違えているのかもしれない”」
「じゃあ、兵器ではないってこと?」
と、サラは間髪入れずに訊ねる。それに対し、俺は顔を左右に振る。
「それはわからない。兵器として利用するのも、目的の一つでしかなく、本来の目的はもっと別のもの……なんじゃないかって思う。ここは、違和感だらけだからな」
人もなく、物もない。殺風景すぎる通路が広がっているだけだ。
「ただ、人がいないってのは……単に、俺たちを誘い込ませようとしている可能性もあるんだがな」
「それじゃあ、今回の作戦は……」
「ああ。下手したら、“誘い込まれている”のかもしれねぇ」
46章
――ケーリュケイオンの塔――
「じゃ、じゃあ、尚更まずくないですか?」
ぼそぼそと声を押し殺しながら、ノイッシュは驚く。身を隠す通路の壁の先には、見回りのための兵士がうろついているのだ。
「可能性としては、その方が高いかもねって話だよノイッシュちゃん」
ノイッシュは呆れる。どうして、ローランさんはこんなにも余裕ぶっこいた笑顔を浮かべられるのだろうか。見つかればただでは済まないと考えている自分に対し、彼は“自分の力なら潜り抜けられる”と考えているに違いない。確かな自信を持っているから。
「物事、すんなりいく時ほど気を引き締めないといけない。敵は予想のはるか上をいくものだと用心しておいた方がいいわよ」
メアリーは相変わらず表情を変えず、淡々と喋る。ノイッシュは思う、なぜこのメンツは皆、軍人みたいな人たちなのだろう……。いや、それを言ったら自分も同じようなものなのだが、どうも自分はちょっと違う気がする。そこまで戦闘するタイプではなかったはずなんだけどなぁ……。
「それにしても、堅っ苦しいところよねー、軍部って。同じようなことばかりして、飽きないのかしら」
と、フィーアはため息交じりに言う。再びノイッシュは思う。現在、緊張しているのは自分だけなのではないだろうか……と。それと同時に、彼らの余裕さは、自身の力が確かなものだと信じているからだ、と。
ノイッシュは自分の掌を見つめ、強く握りしめた。
――俺も、戦わなければいけないんだ。後ろで眺めているだけでは、ダメだ。ディンのように……ゼノのように、強くならなければ。
「よし、今だ! いっくぜ~」
ローランは“ネツァク”を発動し、皆を透明にさせた。透明になっていられる時間は限られている。その間に、兵士が巡回している薄暗い大広間を駆け抜け、その先の階段を登らなければならない。
ローランたちA班は、彼のセフィラを適宜利用しながら監視の目をかいくぐって進んで行った。そこは“マクペラの壁”発生装置のある、ルナ中央司令部。地球宙域を担当する軍部の中心であり、秘密色の強いところだ。かなりの数の兵士が基地内を巡回し監視をしており、おそらくローランがいなければ先へ進むことは困難だった。
彼らは地下用水路を抜けた後、5つの階層を抜け、上へと移動していった。ここはセフィロートの地下にあった軍部施設と同じように、群青色をした無機質な壁で覆われており、白色の蛍光灯が通路を照らしていた。窓もなく、そのため中は常に薄暗い。それが“軍部”という暗闇さを増し、彼ら――特段、ノイッシュに限定されるかもしれないが――不気味さを与えていた。
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ここまで人気がないものなのか。進めば進むほど、疑心暗鬼になってくる。それはたぶん、俺だけではないはず。サラもディアドラも、変な汗をかいてしまうくらいに感じていることのはずだ。
白い壁は人の手が創り出した造形ではないように感じ、まるで無から生まれたかのような気色悪さを臭わせていた。天井に並ぶ細い蛍光灯は、どこか青白い。白い壁と相まって、この建物内は非常に明るく感じる。だが、それとは対照的に俺たちは言葉が少なくなっていった。
「……敵が出てきてくれた方が、良いような気がしてきた」
走る中で、サラはぽつりとつぶやき、小さく苦笑していた。
「それに関しては、同感だ」
思わず、俺もため息を大きく吐いてしまった。
「……敵さんがどうあれ、先へ進むしかないよ。今はとにかく、作戦通りいこう」
ディアドラはそう言い、サラの肩にポンと手を置いた。その時、サラはハッとして、ディアドラの顔を見上げた。
「ハハ、なんでだろ。震えちゃってさ」
そう言って、彼女は笑いながらその手を俺たちに見せた。
「言葉だけでも、平静を装わないと……なんだか、押し潰されちゃいそうで」
「……お前も、強情だよな」
サラにしても、ディアドラにしても。
「ゼノと違って、私は平凡なチルドレンだからね」
ニコッと、彼女は笑った。その恐怖を打ち消すかのように。
「んなわけあるかよ。自分だって、十分ハイレベルなチルドレンだぜ? サラに至っちゃ、こんなんでもスゲー力があるんだからな」
俺はそう言って、サラの頭をポンポンと軽く叩いた。
「だ、誰がこんなんよ! 私だって、頑張ればフィーアくらい……」
「あれくらいにはならんでいい!」
俺は彼女の言を止めるために、手で口を塞いだ。あいつみたいになられても困るぞ。
「あいつは“悪い例”だ。お前はもっと、正攻法でいける奴になれ」
「せ、正攻法って何よ。まるでフィーアが悪童みたいじゃない」
ディアドラはハハハと笑いながら、俺の肩を叩いていた。無理しているような表情ではない……少しは、気が紛れただろうか。
「もー、真面目にしてよね。ゼノ」
笑って涙が出てしまったのか、彼女はそれを拭いながらニコッと笑った。
「……ありがとね、ゼノ」
優しく微笑んだその表情は、彼女のか弱さの証拠でもあった。
メンタルが弱いんだよ――と、ノイッシュは言っていた。それは彼自身のことではなく、ディアドラのことだった。常に一緒だった彼だからこそ、わかるものなのだ。
「よし、もうちょっと上がれば最上階だ。行こうぜ」
「うん」
サラとディアドラは大きく頷き、俺の後を走ってついてきた。
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いくつもの階層を抜け、戦闘を行わずA班は巨大な扉の前に辿り着いた。それはゆうに5メートルを超え、戦車が通れるほどの幅を持っていた。そして、そこだけが今までの無機質な建造物ではなく、どこか芸術的な装飾を施されたものだった。それはこの先が“今までのところとは違う”ことを、わかりやすく明示していた。
だからこそ、感じるのだ。歪な不気味さを。ここまですんなり進んでこられたからこそ、膨らむ疑念。注意深い人間たちでも、途中で歩みを止めるわけにはいかない。止めてしまえば、再度作戦を練らねばならないからだ。時間のない今、それは選択肢にない。
「これ、押せば開くのかね?」
ローランは腕を組み、頭を傾げた。
「たしかに……押してもびくともしなさそうな大きさですからね」
ノイッシュも、力学的に無理であることは明白だと言わんばかりに頷いていた。
「推してダメなら、引いてみたら?」
「……それこそ無理だよ……」
フィーアの言葉に、ノイッシュは大きく肩を落とした。どう見ても、引くためのものは備えていない扉だ。まるで、誰にも開くことが出来ないような扉だ。
「しかし、これだけ造りが違うというのもおかしな話ね」
メアリーは扉に近付き、まるで診断をする医師のように丹念に見始めた。
まるで、この扉だけ“違う世界”みたい。言うなれば、ベツレヘムで見た地下の建造物に似ている。いや――似せて作られている?
「……最初からここにあったというよりも……」
メアリーはしゃがみ、床に目を行きわたらせる。
「何してるの?」
そんな彼女の行動に疑問を抱き、フィーアが訊ねる。
「……あまりにも変な扉だと思ってね。つい最近作られたかのような気がして」
「最近……?」
フィーアは疑問符を浮かべつつも、周囲を見渡した。この建造物に入ってから、“変なもの”と言えば、この扉のみ。
彼女も同じようにしゃがみ、扉と床の接地面に目をやった。
「――!!」
彼女は、本来ならあるべき“空間”がないことに気付いた。メアリーも同じタイミングで。
二人は顔を見合わせ、頷く。
「……扉と床に隙間がない」
「ええ。つまり、これは扉……というよりも、“壁”ね」
二人は立ち上がり、再び扉を見上げた。この扉は真ん中で開く、両開きのタイプだった。それならば、床と密着しているはずがない。
「扉に似せて作られた“壁”……じゃあ、先はどうやって……」
フィーアが言葉を発していた時――
「二人とも、下がれ!!」
「え――」
その瞬間、巨大な扉はローランたちの方へ倒れてきたのだ。まるで0から100へ一気に加速したかのように、高速で。
「――“ネツァク”!!」
巨大な扉が倒れた瞬間、大きな振動と共に空気が激しく揺れ動いた。砂煙が舞い、天井からはパラパラとひび割れた欠片が落ちてくる。
「やれやれ、変に荒いことするねぇ」
砂煙が舞う中、ローランはため息交じりに笑っていた。
「なんだよ、生きてやがんのか“くそ野郎”」
少女の怒声が空間内に響く。わざと大きく舌打ちをして。
「“ネツァク”で真空を発生させ、くり抜いたのか」
再び、少女は舌打ちをした。彼女の眼前には、一カ所に固まったローランたちの周囲が、まるでくり抜かれたかのように巨大な円が広がっていた。
「そーそー、舐めちゃダーメよ」
ローランは無邪気に笑って見せ、立ち上がった。
「――ね、シゼルちゃん」
「……ぶっ殺してやんよ、くそローラン」