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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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45章:月面内部 灯台へ

「ローランさんからの連絡はまだかなぁ」


 と、ライトの光しかない坑道の奥で、サラはため息をついた。

「既に入って10分……か。予定通りなら、そろそろだとは思うが」

 腕時計に目をやると、22時10分――予定時刻だ。


 月面の坑道。


 それは西暦時代から掘られ続けていた場所だ。西暦時代、人類はエネルギー問題を解決するための原料を求め、月を掘り始めた。月には“ヘリウム3”と呼ばれるものが大量にあり、それこそが石油に代わる新エネルギーだった。エネルギー問題を多少なりとも解消した人類は、宇宙へ移民を行うことが出来るほどに復興した。もし月という衛星がなければ、人類は未だ地球に住み続けていたのかもしれない。

 宇宙歴になってからも、この坑道はずっと掘られ続けていたが、SD500頃から掘削がストップしている。おそらく、ASAが実用化されたのがこの頃だと言われている。人類が文明を高めていくうえで最も重要な課題が“エネルギーの確保”だが、ASAはそれを完全に解消したのだ。もしASAが西暦時代に運用されていたのなら、そもそも環境問題なぞ起きなかったのではないか――と、俺は坑道の白い壁を見ながら思う。

 だが、ASA……“アーネンエルベ”と呼ばれるものは、2000年前まで見つかることはなかった。いや、果たして“見つからなかった”のだろうか? そんな疑問が浮かんでくる。

 “神の遺産”だと、フィーアは言っていた。そして、人が手にするには大きすぎるものであるとも。

人類が利用するには強大すぎる。

 それはつまり、“かつて人はアーネンエルベを利用し、何らかの事を起こした”――と考えるべきなのかもしれない。それは人類に英知をもたらしたとか、そういった恩恵ではなく……想像を絶するほどの、崩壊の方だったのではないか。それでなければ、フィーアたち今の一部の人類に、危険であるとの認識は伝わっていないのでは?

 西暦時代――或いは、もっと大昔に利用されていたのだとしたら、それはおそらく“秘密裏”にだろう。現在のアーネンエルベが一部分しか利用できないことを鑑みるに、かつては全て利用できる環境下であった可能性がある。一部分しか利用できないからこそ、今は公にして利用しているのかもしれない。


「どうしたの?」


 と、サラが俺の前にひょっこり顔を出した。子供のように、無垢な眼で俺を見る。

「いや、ちょっと考え事を」

「難しいこと?」

 彼女はそう言って首を傾げる。

「そういうわけじゃないさ。ただ……」

 異様なまでに白い行動の壁は、延々と同じように続いていた。

「……月の中に入るなんて、数ヶ月前までは予想だにしなかったな」

「……そうだね。いろいろ、あったもんね」

 サラはどこか、物悲しそうにつぶやいた。

「こーら、何しんみりしてるのよ」

「いて!」

 その声と共に、鈍い衝撃が俺の頭に響く。それはサラも同じだったようで、思わずしかめっ面になってしまうほどだった。

「これから作戦開始なんだから、もっと明るくいかないと成功するものも成功しないよ?」

と、俺を叩いてきたディアドラは言った。

「……始まる前は、あれだけ不安がってたじゃねぇか」

 がちがちに緊張していたのは、他でもないディアドラなのだ。

「始まっちゃってるんだから、不安に考えたってしょうがないの! ね、サラ」

 と、彼女は自分で拳骨をしたサラの頭をなで始めた。

「う、うん……」

 ぎこちない笑顔を浮かべ、サラは頷いていた。

「どっしり構えないとねー、ディアドラ」

「ねー」

 なぜかフィーアとディアドラは同調し、語尾を伸ばしていた。

 やれやれ、うちの女性陣ときたら……。




  45章

  ――月面内部 灯台へ――




『今から電源を切るぞー。準備はオッケーかな?』

 陽気な声が、腕時計とセットになっている通話マイクから出てきた。以前まで持っていたアームは居場所など様々な情報を提供しているSICへと流れている可能性が高いため、カムロドゥノンに来た際に破壊した。現在つけているのは、ほぼアームに近い機能を持つ“ピスティ”と呼ばれるものだ。

 俺は後ろに振り返り、他のみんなに対し合図を送る。

「いいぞ、頼む」

 その声を発したのとほぼ同時に、用水路内の明りも無くなった。俺たちはライトを点け、用水路の奥へと進んだ。

 坑道を抜けた先には、かなり広い用水路が広がっていた。坑道内と同様に、ここも異様なまでに白い壁で埋め尽くされていた。地図上ではそこまで広く感じなかったが、実際には戦車が2代以上通れるほどの幅がある。天井までも5メートル近くはある。どうやら、緊急時にはここを避難通路として利用する計画もあるのだとか。

「これだけ広いってことは、もしかしたらどこかに面白いものが見つかるかも」

 走る中で、メアリーがボソッと呟いた。というよりも、呟く以上に大きい声で言っていたのだが。

「面白いって……例えば?」

 聞き逃さなかった一人、ノイッシュが訊ねてみる。

三叉槍(トリアイナ)――はみんな知っていると思うけど……」

 三叉槍とは、SICの誇る制圧戦艦のことである。“フィラデルフィア”、“サマルカンド”、“ベルン”の三つのことを指す。

「あれって哺乳類を模しているっていわれているでしょ?」

「ああ、モチーフはそれらしいな」

 たしか虎だったか、鯨だったか。無機質な形態ではないのは有名な話だ。

「元々は、FGI社が惑星改造計画――テラフォーミングをする中で開発していた戦艦だと、父から聞いた。それは“戦艦”というよりも、“移民船”としての役割を担っていたって」

「移民船……? まぁ、あれだけ巨大な戦艦なら不思議ではないけど」

 と、フィーアは零した。それに対し、メアリーは小さく顔を振る。


「違う。戦艦ではなく、この“月そのものが移民船”だということ」


「――!?」

 月自体が、移民船……!?

「FGIはSICから要請を受けて戦艦を建造している。三叉槍もそのうちの一つ。それは“NOAH‐SYSTEM(ノア・システム)”と呼ばれる計画の一端らしい」

 ノアシステム……? どこかで聞いたような気がするな……。

「それ、たしかフィラデルフィアのことを調べている時になかった?」

 フィーアの言葉で、俺はハッとした。そう言えば、FROMS.S掃討作戦の折、フィラデルフィアにフィーアを侵入させるためにあれこれ調べていた時だ。設計図の一部に、そう記されていたのだ。

「システムとあるのに、“計画”……? 何か引っかかるような言葉だな……」

 うーん、とノイッシュは小さく唸った。確かに、俺も同じように引っかかる。何かの計画――PROJECTと表記するのはわかるのだが、戦艦、或いは巨大移民船を“システム”の一部であるという意味。

「それで、メアリーのお父さんはなんて言っていたの?」

 と、ディアドラが質問を投げかける。

「ちょっとした雑談の中で父が言っていただけで、それ以上は私も興味なかったし、聞かなかった。……今にして思えば、それもまたSICの陰謀に関わることだったのかもしれない」

「…………」

 聞いておけばよかったと、メアリーは苦笑していた。それはおそらく、本心だろう。こうしてSIC――いや、“MATHEY”の陰謀に近付くにつれ、それらは与太話ではなくなってきているのだから。






 しばらく走り、分岐点へと到着した。

「おーい、急げ―。あと1分しかないぞー」

 既に到着していたローランは、ニッコニコで手を振っていた。どうしてだろう、蹴っ飛ばしたくなるのは……。


「ほげぇ!」


 思いは具現化したのか、フィーアがドロップキックをかましていた。

「……結構飛んだね」

「だな」

 サラの言葉に、俺は大きく頷いた。多分、10メートルは吹き飛んだぞ。そして、フィーアは宙で華麗に回転し、着地していた。

「で、私たちA班はどっちに行けばいいわけ?」

 フィーアはすぐさま、腕に装着してあるピスティに話しかけた。

『右手の方だよ! フィーア、話聞いてなかっただろー』

 と、そのピスティで繋がっているカールの呆れ声が流れ出てくる。

「ハハハ、そ、そんなわけないじゃない」

「その様子だと、忘れていたようね」

 冷たい視線を送りながら、メアリーはスタスタと先へ進んで行った。

「おーい、班行動なんだから一人で行くなー」

 ローランは俺に苦笑いを見せ、その後に続く。あっちの班は、やっぱりまとまりがねぇな……。こういう時、ディンがいれば――と思う自分がいる。あいつは、人の前に立つに相応しい人間だったから。

「じゃ、頼んだわよ」

「え?」

 その時、フィーアは俺の肩をポンと軽く叩いた。

「“お姫様”たちのエスコート、しっかりね」

 不敵な笑みを浮かべ、彼女はそう言った。からかっているわけではなく、彼女なりに俺への激励なのだろう。

 しっかり護り通せ――と。

 それは、どこかで言い当てられていた言葉のようにも思う。彼女に対する既視感――なのかもしれない。

「誰がお姫様なの?」

 と、サラは俺に向けて無垢な表情を浮かべた。

「……そういうところなんだがね」

 俺は思わずフッと微笑んで、フィーアも同じようにして小さく笑っていた。意味が分かっていないサラだけが、疑問符を頭の上に出していた。




 俺たちB班は、左手の通路へ進んだ。今までのように広い通路ではなく、人二人が通れるくらいの幅のものだった。それはどんどん上へと続く階段で、螺旋になっていた。

 俺たちが向かうのは照射台――“灯台”と現地の人々に呼称されている場所だ。

「どうして“灯台”っていう名称なのかな?」

 サラがそう訊ねた。作戦中なので、声量を極力抑えてのものだった。

「セシルさんの映像だと、月面上から数百メートルの高さまで伸びている建造物だったよね。あれを古くから航海の時の目印にしていた“灯台”に似ていると言えば、なんとなく意味は分かるけど……」

 ディアドラの言うように、ただ単に月面上から垂直に立てられた“塔”と言える。月面上にそんなものがあるとは聞いたことがなかったが、おそらく軍部関連の施設であることは間違いない。

「何らかの目印の意味も兼ねて、“灯台”って呼んでいるだけかもしれねぇけどな。これだけ巨大なら、宇宙からでも見えるだろ」

「でも、地球側に向けられてたじゃない。あまり地球との間の空間を航海することはないしさ」

「……たしかにな」

 月は常に同じ方向を地球に向けている――というのは有名な話。この“灯台”は、地球に向かって伸びているのだ。高さは約500メートル……建造物にしては些か巨大なものだが、それはただの“軍事施設”であるわけではないようだ。


 照射台――その名が関されている意味。そして、“マクペラの壁”とは。

 その意味は、この先に待っていた。


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