44章:Luna 作戦会議と共に
別の映像が広がる。
それは凄惨な光景だった。
それは――映画の一面だと言われても、しょうがないほどに。
一面に広がる、滅びの景色。巨大な閃光の後に世界を包む轟音と、全ての大地を揺るがす振動。この世に存在する、ありとあらゆるものを灰燼に帰してしまうほどの――劫火。
隅々に広がっていた生命の音色は途切れ、蒼空は灰色の粉塵に覆われ、世界に光が失われてゆく。それはある種の“地獄”を形容するものだった。
星の閃光――
人々は、そう呼んだのだ。
それは星を貫き、生命を消し去ろうとしていた。
あまねく命の輝きを、覆い隠そうとしていた。
それは記憶――
それは歴史、星と生命と――人との。
それはいつの日か、僕たちに語り継がれていくのだ。
“審判の日”であると。
僕たちは“責務”を果たさなければならなかった。
それがたとえ、再び世界を破壊することになっても。
俺は眩しさに顔を歪ませた。無意識に開いたまぶたの上から、真っ白な光が降り注いできたからだ。
徐々に目が慣れてきて、眼球を上下左右に動かしながら周囲を見渡す。ここは……さっきと同じ部屋、か? 俺はさっきまでと同じ服装のまま、ベッドの上で仰向けになっていた。
あれ……どうだっただろうか。たしか、フィーアと話をしていて……。
その瞬間、電流が走るような鋭い痛みが、頭を突き抜ける。それはほんの一瞬のことだったが、俺は思わず眉間にしわを寄せてしまっていた。
自分の体を確かめるように、俺は両手の拳を握りしめたり開いたりした。今度は上半身をゆっくりと起こし、腕をぐるぐると回す。いたって正常だ。
健康なのにこうやってベッドの上にいる時間が増えているような気がしてきて、なぜだかそれがとてつもなく不快感を抱かせた。俺はそれを振り払うかのように、立ち上がって深呼吸をした。
何か……とてつもなく大切なことを忘れているような気がした。それは夢の中で彷徨っていた時のことであるのに、どうしてか思い出せない。
その時、急にドアが開き「で、今どうなの?」という声が聴こえてきた。入ってきた彼女――メアリーは俺の方を見て、怪訝そうな表情を浮かべて何度か瞬きをした。
「……起きてるけど」
「え?」
彼女の後ろから、フィーアが顔を出してキョトンとしていた。
「あれ、目が覚めたの?」
と、フィーアは首を傾げて俺に問う。
「あ、ああ。さっきはすまなかったな」
俺は思わず、ばつが悪そうに頭をかきながら言った。
「……人が急いで来たっていうのに」
表情はあまり変化がないが、メアリーの言葉は機嫌を損ねたように感じた。
「ご、ごめん。結構痛がっていたから、私も焦っちゃって」
「…………」
俺とメアリーは彼女の言葉に驚愕した。そして、つい目を合わせてしまったのだ。おそらく、メアリーも俺と同じことを思っているだろう。
あのフィーアが謝るとは……。
驚いている俺たちに気付いたのか、フィーアは頭上に疑問符を浮かべて首を傾げる。
「どうしたの?」
と、フィーアは首を傾げる。
「あ~……いや、なんでもねぇよ」
「うん。別になんでもない」
すぐに表情を普段通りのポーカーフェイスに戻したメアリーに比べ、俺はついつい苦笑していた。
「……? それにしても、一度精密検査を受けた方がいいんじゃない?」
と、フィーアは急に話を振ってきた。
「いくらなんでも、ちょっと多いと思う。今まで、そういったことなかったんでしょ?」
「数か月前までは、全くと言っていいほど」
俺は頷きながら、そう言った。
いつからだったか、はっきりとは思い出せないが……おそらく、いろいろな事件に巻き込まれるようになってからだとは思う。そうなると、PSHRCIが襲撃してきた時からなんだが。
「体に異常があるなら、私のエレメントでどうにかはなる。けど、原因が不明じゃあどうにもできない。フィーアの言うように、落ち着いたら精密検査することね。脳みその問題もあるかもしれないから」
「こんな状況で、落着ける時があるのかよ。それこそ、事が終わるまでは無理だろ」
これから月へ行ってティファレトを行使しないといけないってのに。体を休ませるということも、もしかしたら解決の一つになるかもしれないが……。今はそんなことをしている状況ではないことは、明白だ。
「たしかにそうだけど、あなたが今回の作戦の鍵――ひいては、私たちが勝てるかどうかも、あなたにかかっていると言っても過言ではない」
メアリーは少しため息を混じらせながら、言った。
「無理をするな、とは言わない。でも、あなたはあなた自身の体を一番に考えた方がいい。それこそ、サラを護りたいというのなら」
彼女は小さく微笑んだ。そんなに笑顔を見せない奴だが、たまに見せられると思わず視線を変えてしまう。
「わかってる。無理はしねぇよ」
「なら、いい。それじゃ」
メアリーは180度、翻して外へ出て行った。一瞬でも可愛いと思ってしまったが、なんというか……切り替えの早い奴だよな。ある意味で。
「メアリーって、優しいよね」
「急にどうした?」
彼女が出て行ったドアを見ながら、フィーアは呟くようにして言った。
「人に興味がなさそうな顔をしているし、開いたと思えば口は悪いし」
「お前が言うかよ……。同レベルだぜ?」
或いはそれ以上だ――という言葉が、喉元まで来ていたのは当然だ。
「そうなんだけどさ」
フフ、と彼女は笑う。どこか自虐的な笑みだが、そういわれることを想定してのものに思えた。
「でも、そんな人が他者を気遣ってくれてるってことに気付くと、すごく嬉しいんだよね。不思議と」
フィーアは嬉しそうに笑っていた。――その表情を見て――どうしてか、俺は思う。
「……お前さ」
「ん?」
彼女はその紅い瞳を俺に向け、見つめる。吸い込まれそうなほどに、その双眸は魅力を放っていた。だからなのか――――俺は、次の言葉が言えなくなってしまった。
「……いや、なんでもない」
「そう? じゃあ、私も自分の部屋に戻るよ」
フィーアはそう言って、メアリーと同じようにすたすたと歩きながら部屋を出て行った。
金色の髪。切ってしまったので以前よりは短いが、癖のある髪質はそのままなのであちこちはねている。あいつと同じ、髪の色。髪質は違うが。
――ラケル。
フィーアを見ると、どうしてかあいつを思い出す。
ラケルは俺にとって、既に想い出の一部となっている。それは“俺”という人間の歴史の一部分で在り、そのものでもあるのだ。
――想い出を源泉に、戦ってほしいんだ。君が君らしく在るために――
彼の言葉が脳裏によぎる。全ての想い出が、俺に力を与えてくれるわけではないのに。あの頃の未熟で未完成な精神。貧弱な能力と、他者を助けるだけの力のない脆弱な肉体。
ただただ、後悔しかないのだ。どんなに美しい想い出だったと言えども。
44章
Luna 作戦会議と共に
その日の午後、無事に月の軌道に入り、5時間後にはLunaへ入った。
宇宙港は多くの人々でごった返しており、多くの言語でのアナウンスがフロアに響き渡る。天井はずっと高く、あちこちに映し出される映像は、あらゆる星系へと繋がる搭乗口を指し示しており、それらの数はこの港がどれだけの規模を誇っているのかを物語っている。
「さーて、それじゃ空港に入る前に」
ローランは俺たちを密着させ、一塊にした。
「ちょいとカール。恥ずかしいのはわかるけど、もっとくっついてもらえる?」
「そ、そうは言ってもですねぇ……」
密着しなければならない恥ずかしさか、カールは躊躇っていた。
「いいから、さっさとして」
そんなカールを無理やり密着させるメアリー。あれだけ強引だと見てる側は気が楽なんだが、本人は余計に恥ずかしいだろうに。
「それじゃあ、“ネツァク”を使うよー」
と、ローランは軽く朝食でも食べ始めようかというほどの気持ちで、右手を俺たちにかざした。そこから淡い翡翠色の光りが放たれ、俺たちを包み始める。光と共に、風が俺たちの髪や服、肌を優しくなでるように流れていった。
「――アトモスフィア」
彼の言葉と共に、空気が澄んでいくのがわかる。それと同時に、対象者である俺たちの姿が薄らいでいった。そして、ほんの数秒ほどで俺たちはまるで“透明人間”になってしまった。
「……え、みんないる?」
ディアドラの声が、そのあたりから聞こえた。みんなの戸惑いの声が漏れ始め、声は聞こえるのに姿を認識できないという現象が起きていた。そう冷静に分析している俺だが、その“力”に驚きを隠せない。
「でも、結局は探知機には引っかかるからなぁ。さっさとゲートを抜けて、ムーンライフに入らないと。たぶん、すぐに軍部が出動するから」
と、ローランは得意げな表情で言った。そうなるのは百も承知だが、あちら側も“この船に俺たちが乗っている”ということを把握していそうなものだが……。
そうなると、手出しできない理由があるということだ。それが“フェイルセイフ”としての役割を担うカムロドゥノン故なのか、はたまた別の理由――それこそ、俺たちを罠にはめようとしているもの、か。
事実が後者である場合、ここへ誘導しているのはジョージさんということになるが、あの人に限ってそれは無いような気はする。策を使って、人を陥れるような人間ではあるまい。短い付き合いでしかない俺たちがそう思えるほど、彼は“正義”に近い人物だ。それこそが、彼をセフィロートの支部局長という“重要な役職”に就いている理由に他ならない。
「さてさて、それじゃあ進もうかね」
ローランに促され、見えている人たちは船から降り、ゲートへと進み始めた。大勢の人たちが行き交う空港――その中でも、“ゲート”と呼ばれる入国管理システムが設置されている場所は、最もごった返しているところでもあった。それは門のようなもので、一人ずつ促されてその門をくぐる。大体どこのコロニーの宇宙港にも設置されているが、今回ほど緊張することはなかった。
「……見られているわけじゃないのに、気になっちゃうね」
と、後方から弱弱しいサラの声が聞こえた。自意識過剰なのだろうが、密入国するようなものだからか、彼女の気持ちはよくわかる。歩いていると、これが犯罪を行った人の意識――なのかと思う。周囲すべてが、自分たちを見ているんじゃないかと錯覚するのだ。
「ゲートを通ったら、おそらく警報が鳴る。けど慌てず、そのままの速度で歩くんだ。いいね?」
いつになく落ち着いた表情で、ローランは俺たちに言った。見えもしないが、俺は小さく頷いてしまった。
そして、ローランに続いてゲートを通り抜け始める俺たち。何度か通ったことはあるが、ここまで緊張するのは初めてだ。俺たちが通り抜け終わるのとほぼ同時に、警報が鳴り始めた。
「おぉっと、けっこう大きな音だなぁ」
ローランは呑気なことを言いながら、笑っていた。このターミナルに鳴り響く警報は、ほとんどの人の会話が聞こえないレベルの音量だった。逆に、それが好都合ともいえるのだが。
「この音に乗じて、さっさとターミナルを出よう。外のジョージさんたちと合流するんだ!」
ノリノリなローラン。子供のような笑顔で、それでもはやる気持ちを抑えながら、早歩きで出口へ進んで行った。緊張感がないというかなんというか……などと、思わず呟いてしまいそうになるも、声を出したらまずいので咄嗟に口をつぐむことができた。
大勢の人たちが困惑している中、俺たちは何事もなかったかのように外に出、ローランのセフィラを解いてもらった。もちろん、人気の少ない場所で。
「もう地元警察が来てる」
ディアドラはそう呟き、視線を周囲に配った。
「俺たちが通ったってこと、すぐにバレるのも時間の問題かね。さっさと合流地点へ行こうか」
ローランはそう言って、俺たちを先導した。
ここがLuna――月、か。母なる星・地球に最も近い星……。
そんな想いを馳せながら、俺たちは彼の後に続いた。
「皆、無事で何よりだ!」
支部に到着するなり、ジョージさんは安堵した表情を浮かべながら言った。宇宙港から約5キロ地点にあるLuna支部。さすが地球に一番近いってこともあってか、立派な建物だ。どこぞの大企業の本社ビルと見紛うばかりのものだった。セフィロートの支部は広域な敷地を有していたため、横に長い建物だったが、ここは逆に縦に長い。おそらく、月面上に建てられているコロニーの土地が少ないためであろう。コロニーの広さに比べて人口が多いのだ。だから多く済ませるには、居住の建物を縦に伸ばすしかない。
「この作戦は少々懐疑的だったが、うまくいってよかったよ」
ハハハ、とジョージさんは笑う。
「そりゃないよ、ジョージさん。俺は失敗するだなんて、これっぽっちも思ってなかってのに」
ローランは指で何かをつまむようにしてその気持ちを表現していた。
「それで、どこから行けばいいの?」
会話に横やりを入れるようにして、メアリーが言を投げつける。ジョージさんは「それなんだが」と前置きをしたところで、セシルが資料を持って俺たちの前に立った。
「この先の居住区“ムーンライフ”の外れに、現在は放棄されている採掘場があります。そこの16番採掘場の奥に、ムーンライフへ水を供給するための用水路へと通じる場所があります」
最初から通じるように作られたわけではなく、採掘場の通路に対し用水路のための道がギリギリなため、ちょっと破壊すれば簡単に入れるのだとか。
「但し、用水路にもセキュリティはあります。これを見てください」
セシルが右手に持っていた円形の機械を押すと、空間上に地図が表示された。まるで迷路のように張り巡らされた通路――用水路の地図か。
「Lunaの用水路はムーンライフだけでなく、地下研究所や軍事基地にも繋がっています。そのため、侵入者を検知するためのセンサーがいくつも設置されています。そこで――」
「俺の出番なんだなぁ!」
彼が得意げに叫んだとたん、ここの時間は止まったかのようだった。セシルは目を細め、ローランを見ている。そんな彼女の様子に気付いたローランは、場の空気を漸く理解したのか、体を縮めてカールの後ろに隠れてしまった。
「……そこで、ローランさんの“ネツァク”を再び使います」
小さく咳をして喉を整えたセシルは、再び説明を始める。用水路内では彼のセフィラを利用し、姿を消して先へ進むとのこと。
「おそらくですが、センサーは熱感知機能もあります。素早く移動すれば問題ありませんが、人数が多いと難しくなってきます。ですので、まずはローランさんが先行し、この地図の上部にある用水路内の電源設備を破壊します。これによって、一時的にセンサーは無効状態になるかと思われます」
「なるほど。その隙に、先へ進むってことか」
俺がそういうと、セシルはこくりと頷く。
「はい。復旧するまで時間はあまりありませんので、5分以内に用水路を出る必要があります」
「あまり時間はないわね。この赤く光っているところが、それまでに到着していないといけないところ?」
と、フィーアは地図上の衷心よりやや下あたりを指差した。
「そこが軍事施設と研究所への分岐点となります。ここで、二手に分かれなければいけません」
A班――先行したローランと合流し、研究所へと潜入。そして“マクペラの壁”を発生させている装置を破壊する。
「A班が発生装置を破壊した後、軍事施設へ潜入したB班は地表から伸びている照射兵器……通称“灯台”内部に入り、兵器を稼働し“マクペラの壁”を破壊します」
「……想像以上に、難しい任務だね」
思わず苦笑してしまったのは、ノイッシュだけではない。この場にいる全員が、そう思ったはずだ。
「そうでもないさ。俺もここに潜入捜査したけど、奴らLunaっていう結構重要なコロニーに住んでいるせいか、はたまた特別扱いされていると思っているのか、仕事がテキトーなんだ。意外と簡単に潜入できたし、この地図だって思ったよりも簡単に入手できたでしょ?」
と、ローランはカールに投げかけた。そう、実はこの用水路の地図データは、カールが見つけ出してくれたのだ。
「ま、まぁそうですね。言っちゃ悪いですけど、訓練でやっていた内容の方が難しかったですね」
そんなカールは、わかりやすく照れてしまっていた。CG値が低いから――と、吐露していた時期もあったもんだが、あいつには立派な“武器”が備わっているのだ。
「一種の平和ボケみたいなもんでしょーよ。太陽系内のコロニーの中で、最も中心に近いコロニー。たぶん、侵入されるなんて微塵にも思ってないのさ」
「……でも、宇宙港ではちょっとした騒ぎになっている。SIC側も狙いに気付いてくる――と判断してもいいと思う」
その中で、メアリーは相変わらず表情を変えずに、冷静に言を発した。
「その緊張感が末端の兵士たちにまで、浸透はしていないよ」
彼女の危惧を、ローランは子供のように笑い飛ばそうとした。
「ただ、その中で最後にどんでん返しのように、トラブルが起きるのも多々あるんだけどね」
「あんた、結局どう言いたいんだよ」
と、俺は思わずため息交じりに訊ねた。俺たちを安心させようとしているのか、それとも気を引き締めるようにしているのか。
「ハハ、最後が肝心ってこと。“マクペラの壁”は軍部にとっても重要なシステムだ。通常の警備体制の中でも、最初から強い奴が守っているだろう。それこそ、軍部のお偉いさんか――或いは、MATHEYの執政官か」
結局脅してるだけじゃねぇか……と思いつつ、実際のところそうなのだろう。仮に俺たちがLUNAに入ってきたことに気付いたならば、その目的は“地球”であることはすぐに予測できるだろう。そして、そのために“マクペラの壁”の破壊を目的としていることも、おそらく容易に気付くはず。
――つまり、時間はないってことだ。
「では、班分けをお伝えします」
こほん、とセシルは喉を整え、続ける。
「A班はローランさん、ノイッシュさん、メアリーさん、フィーアさん。B班はゼノさん、サラさん、ディアドラさん。カールさんはこちらで、作戦の指揮を一緒に執って頂きます」
俺は見逃さなかった。フィーアの「うげ」という表情を。たぶん、ローランと同じ班というのが嫌だったのだろう……。
「A班が最も戦闘力の高い敵と戦う可能性を鑑み、フィーアさんに入ってもらいました」
セシルも気付いたのだろうか、視線を彼女に向けすぐさま理由を述べた。誰も聞いていないのに。
「そ、そう……。わかったわよ」
やれやれ、といった表情でフィーアは苦笑していた。
班分けとしては、妥当な線だろう。俺とサラは照射兵器から“セフィラ”を流し込み、壁を破壊する必要性があるため必然的にB班。メアリーはエレメント能力に長けているし、ノイッシュはバランスがいい。カールはセフィロートでの侵入作戦のように、情報を見ながら指揮する方が向いている。
こっち、B班は些か戦闘力に不安があるため、なるべく戦闘を回避して進むしかあるまい。おそらく、発生装置を破壊した時点で警備はあちらに流れる。その混乱に乗じて、行動するのだ。
「ひ~、大丈夫かなー」
ディアドラは緊張した面持ちで、俺の方に歩み寄ってきた。
「怖いのか?」
俺はちょっと笑いながら、そう問いかけた。彼女も苦笑しつつ、「そりゃ、多少はね」と返してきた。
彼女はノイッシュほど戦闘向きのチルドレンではない。もちろん、Aクラスなので一般的なチルドレンに比べれば高いのだが、どちらかといえば後方支援タイプなのだ。
「大丈夫だよ、ディアドラ!」
「わっ!」
そんな彼女に、サラは後ろから抱き着いた。急なもんだから、ディアドラもよろけてしまって、目をパチクリさせている。
「ゼノがいるんだから、絶対に大丈夫!」
「え、えぇ?」
屈託のない笑顔をしてそんなことを言うもんだから、ディアドラも戸惑いの表情を浮かべていた。
「おいおい。そんな自信、どこから湧いてきやがんだ」
俺は思わず、頭をかきながらため息を漏らした。なぜお前が自信持ってそう言うのか、理解に苦しむ。
しかし、彼女はそんな俺のことの方が、理解できないような表情で頭を傾げた。その姿に、どうしてか俺が戸惑ってしまった。
「だって、今まで護ってくれなかったことなんて、一度もないじゃない」
さも当たり前かのように、サラは俺に言う。空色の瞳は穢れを知らない幼い子供のように、透き通った童心を前面に押し出しながら、俺を見つめた。
「いつも助けてくれるもん」
そんな言葉を放つサラの姿が、俺を“お兄ちゃん”と呼んでいた頃の彼女と被る。
なんだか緊張していたディアドラも馬鹿らしくなったのか、まるで安堵するかのような吐息を漏らした。
「まったく……お前には、敵わねぇな」
「だね」
俺とディアドラは顔を見合わせ、同調した。お互いがなんとなく、小さく笑ってしまうのも。




