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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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43章:ラケル=ファーシェ

 俺にとっては、そこらのチルドレンとそんなに変わりはない存在だった。ただ女性の中で最もCG値が高い女性であるということと、俺とディンに次いで3番目であること。そしてやけに俺に突っかかってくるということが、他の奴らと違うというところだと思う。どうも最初の接触の時に、話しかけられたのを無視したせいだとは思う。これについては、ディンからもさすがに弁護できないよ――なんて、爽やかに笑いながら言われてしまう始末だった。


「すごいね、あの子。ゼノが怖くないのかな?」

「知らねぇよ。めんどくせぇな」

 特級階層と呼ばれる、ハイクラスのチルドレンが使う施設があるフロアの通路を歩きながら、俺は舌打ちをした。

 天枢学院に入って、4年が経って少し。未だ実戦経験はないものの、訓練をする中で自分はそこらの大人よりも戦えるんじゃないかという自信を持ち始めていた。身体能力はずば抜けているが、エレメントの扱いは乱暴だ――と、担当の教官であるラグネルに言われてしまっている最中ではある。

 ラケルが俺たちに絡んできたのは、そんな頃だった。変に自信をつけていた俺は、突っかかってくる奴が邪魔でしょうがなかった。

「でも、すごいじゃない。SSクラスのチルドレンなんて、結構久々だって聞いたけど」

「それを言ったら、俺たちだってそうだろ」

 まぁね、とディンは苦笑する。

「“女性で”っていう意味だよ。ハイクラスって女性の割合が少ないわけだしさ」

 女性は比較的、チルドレンの割合が少ない。というのも、ロークラスは均等な割合なのだが、ハイクラスになればなるほど、女性は少なくなる。それはおそらく、男と女の生まれついての肉体的な差だとか、様々な要因があるとは言われている。それを踏まえて考えれば、たしかに“SSクラスの女性”というのは、かなり稀有な存在なのだろう。

「たしか、CG値は1050……だったかな」

 ディンは天井を見上げ、言った。女性で1000オーバーというのは、天枢学院の歴史を振り返ってみても、ほとんどないと言われている。

そのためなのか、或いはもっと別の――それこそ巨大な陰謀であるとか、彼女が高貴な一族のものであるとか――理由があるのかどうか定かではないが、ラケルは“ハイクラスにしかその存在を知られていない”と同時に、ロークラスとの接点がないようにさせられている。それが何を意味するのかは分からないし、俺が考えるようなことではないのだとも思うため、特に詮索をするということはしなかった。

 いや、どちらかと言えば、彼女のことを調べようと思うということは、すなわち“彼女に興味を持った”と思われかねない。それは彼女の押しに負けた――ということになりそうで、俺はひどくイラついた。だから興味を持たないようにしようと、どこかわざとらしく嫌悪感を表現していたのかもしれない。

「おー、どうだ? 新人ちゃんは」

 その時、ちょうど先の部屋から出てきたラグネルが、にこやかな顔で話しかけてきた。手には束になった書類がある。

「その新人ってのは、あの女のこと?」

「それ以外にあんのかよ」

 ラグネルは笑いながら、俺の頭をポンポンと軽く叩いた。俺はまだ165cm。十分大きい方だと思っていたが、ラグネルはずっと身長が高い。

「初対面なのに、“性格がすごく悪そう”ってさ」

 最初の接触を思い出しながら、ディンはクスクス笑っていた。

「なんじゃそりゃ。お前、なんかしたのか?」

「なんもしてねぇよ!」

 俺は即座に返答した。疑問をすぐに払拭しようとする俺を見ながら、ラグネルはカカカと笑った。

「どーせ、声を掛けられたのに無視したとか。そんなところだろ?」

「…………」

 俺は思わず、口を横一文字にしてしまった。どうしてラグネルは、俺の行動を言い当てるんだろう。

「わかりやすいやつだなぁ。少しは相手とコミュニケーション取るように心掛けんと、いい大人になれんぞ」

 ラグネルは大きく口をあけて笑って、俺の髪の毛をクシャクシャにし始めた。

「いい大人なんかになるかよ。ラグネルみたいな大人にはなりたくない」

「ロクな大人じゃないって言いたいのか、お前は?」

 ラグネルは俺の髪をぐしゃぐしゃにし始めた。

「なんにしてもよ、少しはコミュニケーション取りな。ディン以外で、お前に合わせられるチルドレンはあの子くらいなもんだぞ」

 そう言って、ラグネルは俺たちとは反対方向へ歩いて行った。

 ハイクラスに、俺たちと張り合えるチルドレンはいない。そういう意味で、彼女は重要な人物ではあるのかもしれない。だが、やっぱり俺は……。

「あー、いたぁ!!」

 背後から、廊下に響く少女の声。どう考えても、奴だ。

「あんたねぇ、話は終わっていないのよ!」

 廊下をわざとらしく、大きく踏みつけながら声が近寄ってくる。隣でディンが、目をパチクリさせている。

「さっきのはどういうこと? わざとやったでしょ!」

 “さっきの”というのは、さっきまで行っていた訓練でのことだろう。奴との対決だったが、俺はわざと負けたのだ。“なぜ俺がこんなやつと、訓練をしなければならないのか”――と。

「ちょっと、聞いてんの!?」

 振り向きもしない俺に対し、奴は声を張り上げる。

「聞いてるよ。いちいちうっせぇ女だな」

 俺は頭をガシガシとしながら、振り向く。そこには、俺を睨みつけるエメラルドグリーンの瞳。俺に向けるその敵意は、幼いものでしかない。

「あんた、私を馬鹿にしてるでしょ?」

 などと言って、彼女は俺に指をさす。

「人に指をさすなって、習わなかったか?」

「いちいち話を逸らさない! 私はね、あんたのしたことが許せないの!」

 俺の言葉なんて無視して、自分の言いたいことを言いやがる。ところでディンは、俺が責められているのが面白いのか、少し笑っている。

「私が女だからって、下に見てるんでしょ? 私だって本気でやれば、あんたに負けないんだから!」

 どこからその自信が湧いてくるのか、一度その湧水を確認してみたいところだ。そんな言葉がのどを通ろうとするのを抑え、俺は代わりにため息を吐いた。

「お前さ――」

「まぁまぁ、落ち着きなよ」

 俺とラケルの間に入り、俺の言葉を遮ったのはディンだった。

「ゼノも女の子に本気を出したら……って、思ったんだよ。きっとね」

「それ、余計に腹が立つんですけど?」

 ディンの言葉に対してだけでなく、彼の場を収めようとする笑顔もまた、彼女の眉間にしわを寄せさせる原因になっていた。それがわかるほどに、目を細めてディンを睨みつけていたのだ。

「ゼノはとくに力の加減が上手じゃないんだよ。だって、今まで僕と教官以外とは手合わせしたことがないからさ」

「ディン、俺は――」

「まぁまぁ」

 今度は俺の口を無理やり手で塞ぎ始めるディン。……加減がわからないから、ではないのだが……と思いつつも、それが最も穏便に済む方法なのかもしれない。

「それって、彼と私を差別してるってことでしょ?」

 ラケルは声をとがらせた。。

「そういう中途半端な情っていうの、大っ嫌い!」

 かつて地球の南国に広がっていたというエメラルドグリーンの海を思い起こさせる、彼女の瞳。それは何よりも強く、気高く、そして――世界で唯一無二の美しさを持っていた。

 俺は時折、思う。

 彼女がいれば――と。




43章

――ラケル=ファーシェ――




 今まで平穏無事に生きてきた――というわけでもないが、それでも彼女の存在は俺にとって、非常に波風立てるようなものだった。訓練の後では、毎度のように文句を言ってくる。こんなにも感情むき出しにものを言ってくる奴は、ラケルが初めてだった。傍から見れば、俺が新参者に絡まれているという印象でしかないのだろうが、ディンからしてみれば、こう言う始末だ。

「よかったじゃないか」

「……お前、目ん玉ついてんのか?」

 俺は思わず、そう言ってしまうのだった。訓練が終わった後、自分たちの部屋に戻る中でのことだった。

「だってゼノがああやって押し切られそうになるのって、僕からしたら新鮮で楽しいんだよ」

「それは“お前にとって”だろうよ。俺にとっては、疲れることでしかないんだが」

俺はイスに座ったまま、机の上に上半身を倒れるように寝かせた。

 なぜあの女は俺にやたらと絡んでくるのか。何かきっかけでもあっただろうか――などと想いを頭の中の宇宙空間で巡らせながら、彼女に対する言動を振り返ってみる。俺としては親密度の低い“部外者”を拒絶するための言動でしかなかったはず。それを悪意だと思われているのなら、俺に絡んでくるのは些か仕方のないことなのかもしれない。だがひっくり返すことのできない大きな悪意であるならば、普通なら諦めて関係を持とうとしなくなるものだ。だのに、奴はまだ絡んできやがる。ここまで俺の精神をかく乱させてくる奴は、初めてかもしれない。

「ゼノ―、頭から湯気が出てるぞ?」

 遠く離れているわけでもないのに、ディンは両手でメガホンを作って言った。彼はどことなく、嬉しそうに笑っていた。人をからかっているのとは、また違う笑顔だった。ひねくれた性格の俺は、その真意に気付くはずもなく、彼に悪態をつくしかなかった。

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、あいつ。意味がわかんねぇ」

 吐き捨てる勢いで、俺は言った。自分たちに並べる――それは今にして思えば、なんとおこがましい考え方だったと言えるのだが、当時の俺は自分が少なからず特別な存在であると思っていたのだ――チルドレンがいなかったから、その領域に入り込んでくるのが、多少なりとも嫌だったのかもしれない。

「僕は嬉しいんだけどな、正直なところ」

「なんでだよ?」

 ディンの言葉に、俺は即座に反応した。ベッドの上で壁にもたれかかり、ディンは微笑んでいた。

「そこまで感情向きだしのゼノを見るの、久しぶりだからかな」

 久しぶり――なのだろうか。これでも結構感情をむき出しにしている人間だとは思っている。反抗的なのも含めて。

「まるで、親みたいなことを言うんだな」

「そりゃ、学院内でのことを任されているからね。おじさんとおばさんに」

 だろうと思ったよ……。12歳の俺にとって、おふくろと親父の過干渉――過保護とまではいかないものの、その心配性が少しだけ邪魔臭く感じる。それが一種の溝になりつつあることを、当時の俺が知る由もなかったのだが。

 やれやれと思いながら、俺は大きくため息をついた。

 ラケル=ファーシェ。どうしてか、異様に、ほんの少しだけ、気になっていた。それがどういった意味であるのかはわからない。それでも、ただ怒りだけがあるわけではなかったと思う。




「素敵な想い出だね」




 夢は突然、薄氷が砕け散るようにして粉々になって終わってしまった。俺は星々の輝く、夜空の中で立っていた。

「人と人の繋がり。それこそが、僕たち“人”の力の源泉と言えるのかもしれない」

 言葉と共に、光の粒子が目の前に集結する。それはゆっくりと、人の形を成していった。

「……あんたは……?」

 そこに現れた人間を、俺は知らない。

「いや、知っているはずさ。いつも、君に呼び掛けていた」

 頭の中に響く声の主、か……!?

 俺と同い年くらいの、男性。耳にかかるかかからないか程度の髪の長さで、サラサラの髪質。童顔のような顔立ちに見えるが、その優しげな眼差しと微笑みは、予想する年齢の人間が持っているものではないことが、容易にわかる。移ろいゆく時の流れの中で、変遷していく世界を見、多くの経験と悲愴、様々な困難を乗り越えてきたものだけがもつものだった。

「僕が“誰かだ”なんて、大した意味はない。いずれ、知るべき時が来るさ」

 彼はそう言って、フッと笑った。

「君はこの大きなうねりの中心にいる。だから必ず、全てを知る時が巡ってくる。その時までに、君には力を使いこなせるようになってほしい」

「……力ってのは、セフィラのことか?」

「もちろん」

 俺にある力と言えば、それしかない。

「君のセフィラは強力だ。世界を変革させるほどのもの。……そもそもティファレト自体、“セフィラ”という一つの規格に収まるものではない。他のセフィラと同じような範疇と認識していれば、いずれ世界を滅ぼすことになる」

 だから――と、彼は続ける。

「想いの強さを……過去の想い出を源泉に、戦ってほしいんだ。君が君らしく在るために」

 俺が俺らしく……か。

 想い出。それは彼女との想い出も、その一つなのだろう。だけど、それでも……彼女のことを想うと、懐かしさよりも先に、憎しみや哀しみが覆いかぶさる。それは俺の心を重くし、剣を鉛のように鈍重にさせているのではないかと思う。

「なぜ、俺にそんなことを?」

 どうしてか、そんな質問を投げかけた。本来であれば、もっとたくさんの質問を投げかけるべきなのに。どうして俺に話しかけられるのか。どうして、俺に頭痛を起こさせるのか。


「君が最後の“破壊者”だからだよ」



 言葉が終わるのと同時に、彼も消えた。この不思議な空間も、ただの真っ暗闇になってしまった。


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